男の子女の子 side MAKOTO
中学3年生の、地味な男の子とキラキラした女の子。
普段の生活からテリトリーの異なる二人が、気がつけばお互い気になるように……。
その日のぼくは、授業に全く身が入らなかった。
そもそもこっそりと好きな本を読んでいることが多いので、元々あまり授業は聞いていないのだが、今日はその好きな本すら1ページも進んでいない。
『ぼくが一緒に帰りたいのは九重さんだけだから……』
今朝九重さんに、御厨さんとの誤解を解くため必死に話していた時、言っちゃったのだ。
一緒に帰りたいと。
ぽろっと。
いや、本気で素直な気持ちなので、それはいい。
問題はその後だ。
『……それじゃ放課後、ね』
確かに九重さんはそう言った。
これって一緒に帰ってくれる……ってことだよね?
学校の仕事や用事の後だからというわけじゃなく、帰ること自体を約束しちゃった。
二人で、一緒に。
これってさすがにちょっとくらいは期待してもいいような雰囲気が感じられなくもないよね?
誤解も解けたし結構がんばってみたらいい結果に繋がる可能性もあるような気がしない?
御厨さん曰く、『ぼくから見た君たちって、特別わかりやすい気がするけどね』ってことだったから、ぼくの気持ちはすでに九重さんにもスケスケにばれちゃってるかもしれないもんね?
……あれ?
『ぼくから見た君たち』
……君たち?
ふと自分に都合の良い考えが頭に浮かぶ。
いやだめだめ、世の中そんなに都合良く物事が運ぶわけないって。
でも……たまには。
本当にたまになら、都合良く考えちゃってもいいかな?
いつものようにもやもやと思考の海をたゆたいそうになった時、本日最後の授業終了のチャイムが鳴った。
放課後になるといつも通り、先生の用事やクラスメートからの相談で、九重さんは忙殺されていた。
この間のように先生の用事を手伝おうとしたけど、今日は人数が増えても仕方のない用事だとのこと。
ぼくは教室で、九重さんが戻ってくるのを待つことになった。
ただ待つというのも、色々と余計なことを考えてしまってよろしくないので、なんとなく読み途中の本を開いてみる。
今日1日かけて1ページも進まなかった本だ。
楽しみにしていたシリーズの最新刊で、たくさん溜まっている積ん読よりも優先して読み始めたのに、やはり、今は全く集中できない。
この後のことを考えるだけで、鼓動が激しくなり、頭に血が昇ってくる。
そわそわして、気分も落ち着かない。
もうこれ病気じゃん。
恋の病とはよく言ったものだ。
恋愛モノ小説もたくさん読んで、そんな状態があることは知っているつもりだったけど……本当に心身にも影響が出たりするんだ。
恋って、すごいことなんだな。
そんなすごいことを世の中のみんながしてるんだ。
……そんなすごいことを、今、ぼくもしてるんだ。
気がつくと教室にはぼく一人になっていた。
日がゆっくりと傾いて、窓の形に区切られた空は徐々に冬茜色に染まり始めている。
教壇の後ろ、壁にかかった時計を確認すると、いつの間にか1時間ほど経過していた。
再び窓の外に目を向けようとした時、廊下を駆けてくる音が聞こえ、教室の前で止まる。
九重さんだ。
ドアの向こうで息を整えているのがわかる。
ドアを開けたらきっと彼女はこう言うんだろうな。
「待たせてごめんなさい!」
彼女はドアを勢いよく開けると、思った通りの言葉を口にしながら教室に入ってきた。
「九重さん、おつかれさま。そんなに急がなくてもよかったのに」
「だってすごく待たせちゃったし……」
「でも……」
「待っててくれてありがとう」
「急いでくれてありがとう」
ぼくたちは同時にお礼を言った。
校舎から出ると、冬茜色だった空は、朝の天気予報を思い出させるように雲で覆われはじめていた。
空気はキンキンに冷えて、ぼくたちの吐く息が真っ白に染まっている。
「寒ー……天気予報、当たりそうだね」
ぼくは吐く息で両手を温めながら、空を見上げて言った。
家に手袋を忘れてきたことが悔やまれる。
朝九重さんと話をしてから放課後まで、ずっとそわそわもやもやどきどきしていたのに、放課後彼女を待っている間にすっかり心は落ち着いていた。
自分の気持ちをはっきりと自覚したからだろうか。
いや、もう自覚はしていた。
……覚悟かな。
「ほんと、今にも雪が降ってきそう」
九重さんも空を見上げながら言った。
話す彼女の口元に、綿菓子のような吐息がゆっくりと広がる。
「そういえば今朝ね、この通学路沿いの花壇に、霜柱が降りてたんだよ」
校舎の出入り口から校門まで続く歩道、その歩道沿いにある花壇を覗き込みながら九重さんが教えてくれる。
「霜柱かぁ……小さい頃はよく見たけど、最近は全然気にしてもなかったな。これだけ冷え込んでるなら、もしかしたらまだあるかも」
九重さんの話を聞いて、ぼくも彼女の隣から花壇を覗き込むと、すぐに土が盛り上がっているところを見つけた。
「あ、まだあるよ! ほら! 九重さん!」
見つけた場所を指差し九重さんの方を振り向くと、思っていたよりずっと近くに彼女の顔があった。
あまりの近さにドキッとして、一瞬身体が強張る。
「わたしね、子供の頃は霜柱を見つけるとよく踏んでたんだ。ざくざくって感触と音が気持ち良くて……今朝見つけた時は、同じように東雲くんも踏んだりしてたのかなーって考えてた」
「ぼくのこと?」
ぼくは彼女の横顔を見つめたまま、問い返していた。
「最近ね……気がつくと考えちゃってる男の子がいるの」
「入学式の時に気になった男の子」
彼女は花壇を見たまま話し続ける。
「気にはなっていたけど、その男の子はいつも一人で本を読んでいて、なかなか話すきっかけもなくてね」
「いつの間にか三年生になっちゃってた」
……都合良く考えちゃだめだ。
「ちょっと前にその男の子と学級委員の仕事を一緒にすることになってね」
「なぜか二人きりでごはんを食べることにもなって」
都合良く……考えちゃっていいのかな?
「その後また一緒に先生の用事をすることになってね」
「その時会った別の女の子に嫉妬したりして」
……ぼくから言わなきゃ。
今まで九重さんに甘えていたけど、これだけはぼくから言わなきゃだめだ。
「ぼくも……入学式の時から気になってる女の子がいたんだ」
「え?」
ぼくが九重さんの話を遮る形で話し出したせいで、彼女はちょっと驚いたようだ。
「その女の子はとても可愛くて、勉強もスポーツも得意なクラスの人気者で」
「しっかりしてるから、もちろん先生たち大人からの覚えもよくて」
「なんでもうまくこなしちゃう、ぼくに無いものを全部持っている手の届かない存在」
「……」
ぼくの言葉を彼女は黙って聞いている。
「……そう思ってた」
「でも最近、その女の子と少しずつ話をするようになって、気がついたんだ」
「心の中で考えていることや感じてることは結構……同じなのかなって」
「もちろんぼくは見た目も普通くらいだし、人と関わるのが苦手で、クラスメートからも先生からも特にウケがいいわけじゃないし、端から見たら全然同じじゃないんだけどね」
手の届かない存在なんていない。
自分がそう思い込みたかっただけなんじゃないかって。
そう思ったんだ。
「……その男の子は自分のいいところに気がついてないのね」
「周りに気を使わなくたって、自分が自分でいられる強い人なんだって」
「落ち着いた雰囲気とは裏腹に、心の中では大慌てな可愛いところがあることにも、ね」
ぼくはやっぱりスケスケなんだな。
さすがに言われるほど強くも可愛くも無いし、結局また九重さんに甘やかされてしまったけど。
でも勇気をもらった。
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと息をつくように言葉を紡ぐ。
「九重さんが好きです」
紡がれた言葉は真っ白な息となり膨らみ広がると、しゃらしゃらと微かな音をたてながら、静かに消えていった。




