思いと想い side IKU
中学3年生の、地味な男の子とキラキラした女の子。
普段の生活からテリトリーの異なる二人が、気がつけばお互い気になるように……。
東雲くんとお話ができていない。
しかも一週間も!
ぶっちゃけもう、わたしから話しかけようと思っているのに、クラス委員の仕事に先生からの用事にクラスのみんなからの相談に……確かに忙しいけども!
東雲くんてば視界にすら入らない!!
東雲くん、一体学校のどこに生息してるの!?
こうなったら周りのことなんて気にせずに、お昼休みにお弁当に誘おうかしら。
大抵誰かしらの相談に乗りながら一緒にお弁当を食べたりしているから、東雲くんと食べても問題ないわよね、きっと。
お昼休み。
休憩時間に入った途端、何人かが相談に来たので、今日は先約があるとお断りをする。
ところがお弁当を持って東雲くんの席に向かおうとすると、肝心の彼が席にいないじゃない。
後ろの席でお弁当を食べているクラスメートに東雲くんがどこに行ったのかを聞いてみると、今日はお弁当が無いので学食に向かったとのこと。
その流れでクラスメートから相談したいことがあると言われたが、明日必ず時間を作ると約束をして、わたしは足早に学食に向かった。
東雲くんとの間には、なぜかこういう間の悪さが存在する。
やはり少なからず強引にことを運ばねばならないのだ。
我が校は給食制ではなく、お弁当か学食を自由に選択できるようになっている。
アレルギー持ちなど特定の事情を抱えた生徒はお弁当を持参することが多く、共働きのご家庭では学食を利用することが多いようだ。
学食につくといつも通り、大勢の生徒でごった返していた。
「東雲くんはどこかな……」
学食内を見回し東雲くんを探していると、購買の列に並んでいるのを見つけた。
人混みを避けながら近づこうとすると、どうも誰かと話をしているようだ。
話しているのは……御厨さん?
え?
一緒に購買に来たの?
二人は頭を近づけて何か話している。
まわりがうるさいからそうしているんだと思うけど……。
ちょっと近すぎない?
御厨さんはとても楽しそうに笑ってる。
東雲くんは……角度が悪くて、あんまり表情がわからない。
でもちらっと見えた感じでは、真剣な表情だった。
東雲くんが何かを話すと、それを聞いた御厨さんは優しく微笑んだ。
御厨さんって、あんな表情もするんだな……。
もしかしたら、わたしが東雲くんに会えなかった一週間、御厨さんは東雲くんに何度も会ってたのかしら。
その度に今みたいに笑ってたの?
なんだかちょっと胸が痛い……気がする。
わたしの足は止まっていた。
しばらくすると、御厨さんが東雲くんの肩を叩いてこちらに向かってきた。
慌てて横の柱に隠れるわたし。
彼女はわたしには気づかず、そのまま学食を出て行った。
二人が一緒にお昼ごはんを買いに来たわけではなかったみたいで、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけほっとした自分がいた。
何で隠れちゃったんだろ。
普通に挨拶すればよかったのに。
何話してたのって聞けばよかったのに。
……わかってる、嫉妬だ。
わたしが会えない間に東雲くんと御厨さん、二人の距離が縮んでる。
気が付かないうちに眉間に皺が寄っていたみたいで、教室に戻った時には目元がちょっと疲れていた。
結局わたしは、今日も東雲くんと話すことはできなかった。
その日の夜。
我が家では、晩ごはんは必ず、家族全員で取ることになっている。
みんなでその日に会ったことを話すのだ。
家族全員仲良しで、友達やクラスメートの話を聞く限り、わたしは恵まれているなぁって思う。
でも今日は食事中、自分が何を話したのか全く覚えていなかった。
みんなが心配そうにしてた気もするけど、わたしの頭は東雲くんと御厨さんのことでいっぱいだったのだ。
食後は部屋に戻り、ラジオで天気予報を聴きながら、翌日の学校の準備をするのがわたしのルーティン。
何か作業をしている時はラジオを流すことが多い。
テレビやネットだとつい画面を見ちゃうのだ。
見ちゃうと作業が進まない。
ラジオって結構おすすめ。
その天気予報によると、今夜から一層冷え込みが厳しくなるようなので、お風呂に入ったら早めに休むことに決めた。
寝れば大抵のことはすっきりする。
睡眠をとっている時、脳は情報整理とリフレッシュをしてくれるんだって。
今夜は冷え込むそうだから、お気に入りの湯たんぽも出すことにする。
空気が乾燥していると喉を痛めるので、寝る時にエアコンは使わない派なのだ。
湯たんぽでぽかぽかになったベッドで、いい夢を見よう。
いい夢ってのはもちろん、東雲くんの夢ね!
翌朝。
夢見最悪。
と言っても内容はよく覚えていない。
起きた瞬間は覚えてたのに……最悪って印象だけは残ってる。
そういう時あるよね。
家を出ると夜気が残っているような、とても冷たい空気が頬を撫でてくる。
天気予報大当たり。
通学路沿いにある花壇の土が、今年はじめて見る霜柱でほんの少し持ち上がっていた。
子供の頃はよく踏んで歩いたっけ。
ざくざくって感触と音が気持ちいいんだよね。
「東雲くんも霜柱、踏んだりしてたのかなー……」
小さい頃の東雲くんが大きな本を抱えたまま、霜柱をバリバリ踏んで歩いているところを想像すると、可愛すぎて興奮する……!
冷えた頬も温かくなってきた!
今後寒い時は東雲くんのことを考えることにしよう。
そんな妄想が捗りすぎたのか、気がつけば学校に到着していた。
教室に入るとカバンを置いて、まずは担任の机の上にある花瓶の水を入れ替える。
担任の二階堂先生は、無精髭を生やしていていかにもおじさんって見た目だけど、可愛いものや綺麗なものが好きなのだ。
次に窓を開けて換気。
冬は寒いから嫌がる人も多いけど、換気は大切。
何より、こもった空気を入れ替えるのは気持ちがいい。
一つずつ窓を開けていくと、こもった空気と一緒に、今朝の夢見のもやもやも窓の外に出て行く気がした。
今日は東雲くんとお話できるかなー……。
窓を開けながら、ぼーっとそんなことを考えていたら。
「おはよー、九重さん」
突然背後から声をかけられ、心臓が飛び跳ねる。
ちょっと体も跳ねちゃった。
いつの間にか、東雲くんが教室に入ってきていたのだ。
「東雲くん……おはよう」
あまりに驚いたので、返事に変な間が空いちゃった。
落ち着け心臓!
でも東雲くんだ!!
久しぶりにお話できる!!
「この間はごめん!」
え?
いきなり謝られた!
何で!?
「あの時はその、言葉のあやというか、別に御厨さんと一緒に帰りたいとかじゃなくて、すごく大切な話をしている最中だったから、一旦とにかく御厨さんに出て行ってもらおうと必死で……」
あ!
そうだよね、気になってたよね……!
あの時は嫉妬しちゃったから……なんて言えないし!!
とにかくわたしの方が悪いんだから、わたしが謝らないと!!
「あの時はわたしもその……感情的になっちゃって、言葉の揚げ足を取るような意地悪なこと言っちゃったの」
「わたしの方こそごめんなさい」
感情的て!
嫉妬したって言ってるも同然じゃないのこれ!?
てかもうむしろ気がついてほしい!!
でもよかった……これで仲直りでき……。
「ぼくが一緒に帰りたいのは九重さんだけだから……」
「え」
「あ」
なんですと!?
今間違いなく『ぼくが一緒に帰りたいのは九重さんだけ』って言ったよね!?
何で録音してなかったわたし!
念の為確認したいのに!
でも絶対言った……よね!?
だって東雲くんの目がありえないくらい泳いでるもの!!
『あ』って言ったのはちょっと気になるけど、耳もまた赤くなってるし!!
これ多分確実なサイン!!
録音できていなかったので、確認のために『もう一回言って』って言おうとしたその時、廊下からクラスメートたちの足音と話し声が近づいてきた。
くぅ……時間よ止まって!!
もちろん止まらない!!
もう少し話したかったのにもう!!
東雲くんが教室の入り口に目を向けると、ちょうどクラスメートたちが教室に入ってくるところだった。
そのまま東雲くんは自分の席に向かおうとする。
ちょっと待って!
このままじゃまたいつもの距離感に戻っちゃう!!
東雲くんから言ってくれたこのチャンス!
わたしも言わないとだめ……!!
東雲くんが席に向かって歩き出し、わたしとすれ違おうとした時。
「……それじゃ放課後、ね」
わたしはなんとかそれだけ、言葉を搾り出すことに成功した。




