【第7話】バルドジェ
ジウ:「……思ったより、拍子抜けだね。」
ボスとの短い交戦を終えたジウは、人だかりの方へ戻ってきた。
ジウ:「銀執事。片付けたよ。」
ウンサジャ:「ああ。我らが“王”が直々に動いたのだから当然だ。」
口ぶりは平静だが、明らかに消耗している。
ジウ:「で、これからどうするの?
日本の“三大ギルド”の看板しょっててこの苦戦ぶり、だいぶ騒がれるでしょ。」
ウンサジャ:「だろうな。おそらく公聴会も開かれる。
今後、さらに巨大なダンジョンが現れるかもしれん。」
ジウ:「うっ……考えるだけで面倒。
私はもう休むから、後は各自でどうぞ。」
ウンサジャ:「……待て、今ここで出るのか?」
ジウ:「当然でしょ? 早く家で休みたいの。」
ウンサジャ:「俺なら“そういう出方”は勧めないが。」
ジウ:「知らなーい。ここにいたら、正気に戻ったハンターに身バレするかもだし。」
ひらひらと手を振り、ジウは急いでポータルの外へ出た。
――が。
(あ……透明化の魔法……。
“今は出るな”じゃなくて、“その出方はやめろ”って意味だった……ってこと!?
この……クソ銀執事――――!!)
ジウの退出と同時に、外から見たポータルは急速に安定し、魔力も規模も萎んでいく。
そこから悠々と出てきた小柄な少女へ、視線が一斉に集中するのは必然だった。
顔はフーディで隠せている、――が。
「ほら! 出てきた!」
「どこどこ!?」
「スクープだ! 撮れ!」
パシャッ――。
群衆のざわめきと同時に、フラッシュが炸裂する。
記者たちがマイクを突きつけ、口々に問いかけた。
「少しだけインタビュー、よろしいですか!」
「MBK放送です!」
「おい! 先に俺だ!」
(……ここにいる全員、眠らせれば早いんだけどな。)
【星の星位が「やめなさい。正体が割れたらどうする」と全力で反対しています】
ジウ:「……ええっと、何も知りません。では。」
ジウはとぼけて、するりと人波を抜け出した。
何人かの記者は執拗に追ってきたが、ちょうど“三大ギルド”のハンター達が姿を見せ、そちらへ関心が雪崩れ込む。
「ハンターの皆さんだ!」
「詳細をお願いします!」
「支援者はいましたか? まさか、今の子が――?」
記者も市民も一斉にハンターへ群がる。
おかげでジウは、簡単に身元を隠したままその場を離れられた。
だが、想像以上に悲惨なハンター側の被害に、日本は少なからず動揺。
ほどなく公聴会が開かれた――“日本最上位のハンターたちですら辛勝した”前代未聞の事態に備える、という名目で。
もちろん、ジウにはどうでもいい話だ。
その頃ジウは、予備校をサボってカフェでアイスを頬張り、束の間の自由を満喫していた。
ジウ:「“一日働いた者は、一週間休め”。――私のモットー。」
「はぁ〜、美味しかった。」
「パク女史〜、ただいま。ソユンは〜?」
上機嫌で帰宅したジウを、玄関で出迎えたのは――ウンサジャだった。
(ひぃっ……!)
パク女史:「あら、ジウ。帰ったのね。先生にご挨拶は?」
ジウ:「……こ、こんにちは。ウン……ジヒョク先生……。」
母にハンター覚醒を隠すため、ウンサジャは“学校の先生”という設定にしてある。
“さっさと帰れ”と言わんばかりの視線を送ると、ウンサジャはそれを見抜いて微笑んだ。
ウンサジャ:(本当に不思議な家だな……)
パク女史は夕食を勧めたが、ウンサジャは丁重に辞退した。
パク女史:「よかったら、ご飯でもご一緒に?」
ウンサジャ:「いえ、すぐに用がありまして。」
(よし……!)と胸を撫で下ろしたのも束の間、ウンサジャはふと真顔で切り出す。
ウンサジャ:「送ってもらってもいいか。」
(……。)
家を出るなり、ジウは両手を頭の後ろで組み、ぶつぶつ文句を言った。
ジウ:「一人で帰れるでしょ?」
ウンサジャ:「大事な連絡がある。」
ジウ:「ほんっと、人に面倒事ばっか押し付けてくるよね。」
ウンサジャ:「最近の公聴会で、“君をハンターとして正式デビューさせるべきだ”という声が強くなった。」
ジウ:「で、銀執事が上手く盾になってくれた、と。」
ウンサジャ:「ああ。君の正体を知る者は極少数。だから隠し通せた。
ただし、“国家権力級”でも守秘に向かない人物がいてな。」
ジウ:「……誰? まさかダンジョンで剣を振ってたあの人たち?」
ウンサジャ:「そうだ。君が剣を使うのを見て、足取りを追っているらしい。」
(……。)
ウンサジャ:「それで、別名義でB級ハンターのライセンスを作るしかなかった。」
ウンサジャは用意していたカードを差し出す。
ジウ:「“バルドジェ”? ……ネーミングださ。どうせ銀執事が考えたでしょ。
剣士系なのは分かるけど、B級?」
ウンサジャ:「“B級で勘弁してやった”の間違いだ。最初はC級にするところだった。」
実際、A級の多くは国家権力級ではないが、十分に強大だ。
A級は顔が割れている者も多く、B級でさえ身元露見のリスクはある。
ウンサジャ:「ポータルから出てきたのも“バルドジェ”だと説明しておいた。
おそらくヘッドハンティングやラブコールが山ほど来るだろう。」
ジウ:「うぇ……。」
ウンサジャ:「保険だと思え。――じゃあ行く。」
踵を返し、車へ向かう背中。
(……かっこよ。
私、あと10センチ背が高かったら……
あの時、振られなかったのに……)
【星の星位が「うちの子猫、恋愛はまだ早い」と申しております】
(……とっくに振られてますけど。)
ジウ:「銀執事、ちょっと待って。」
ジウは家に駆け戻り、傘を一本持ってきて彼に差し出した。
ジウ:「必要になるよ。持ってって。」
ウンサジャ:「……雨の予報は無かったが。」
ジウ:「私の方が当たる。」
そう言ってジウは家に戻る。
(部屋でウェブ小説読も〜。)
また休む計画に胸を躍らせるジウであった。
一方その頃、ウンサジャが自宅へ着くころ――
ザーッ……
ウンサジャ:「……本当に降ってきたか。
問題は、渡されたのが“自分サイズの傘”ってことだが。
まったく――手のかかるやつだ。」
小学生サイズの小さな傘を差しながら、家路につくウンサジャであった。
【塔攻略状況】
国家:アメリカ合衆国(27階)
国家:日本(17階)
国家:韓国(12階)




