【第5話】アビスゲート(2)
ダンジョンの攻略情報を内心待っていたジウは、学園で思いがけない噂を耳にした。
「今回のダンジョン、もしかしたら攻略できないかもってさ。」
「ダンジョンブレイクの前兆が見えてるらしいぞ。」
「は? それってどうなるんだよ、俺たち……。」
「さあな……日本のギルドが失敗したら終わりって話だ。」
背後からざわめく声が聞こえてくる。
ジウは気にも留めていなかったが、今回の渋谷ダンジョンは世間の話題を独占していた。
テレビ局も連日、緊急速報としてダンジョン情報を垂れ流している。
(ウンサジャ……何してんだろ。)
(やっぱ、行った方がいいかな……。)
ジウはついに授業の途中で席を立ち、教室を後にした。
【スキル:透明化を使用しました】
【スキル:召喚を使用しました】
ジウはアーシャを呼び出し、ウンサジャがいるダンジョンへと一気に移動した。
【星の星位が「ジウ、あんたダンジョンなんて興味なかったんじゃ?」と問いかけています】
(まあね……興味なかったけど、もし失敗したら面倒になるのは目に見えてるし。)
(ただ、確認しに行くだけだから。)
【星の星位が「うちの子、素直じゃないねぇ〜」と笑っています】
(……黙ってて、星さま。)
そんなやり取りをしているうちに、目的地へと辿り着いた。
そこには今にも崩れそうなほど不安定な巨大ポータルが鎮座していた。
膨れ上がる魔力、血のように赤黒く変色していく光――
誰が見ても不吉さを覚える光景だ。
周囲は取材に来た報道陣、見物客、そしてダンジョンブレイクに備えた軍人たちでごった返していた。
【スキル:召喚を解除しました】
【スキル:透明化を解除しました】
黒いパーカーを被ったジウは、フードを深くかぶり手をポケットに突っ込んだまま、ポータルの前へと歩み出た。
「えっ、あの子何だ!?」
「小学生か!?」
「おい坊主、そこは危ないぞ!」
D級ハンターや兵士たちが慌てて振り返り、叫んだ。
「ちょっと待て、ここは封鎖してたはずだろ!」
「早く止めろ!」
だが、溢れ出る魔力に満ちた巨大なポータルを前にしても、
ジウは一切の躊躇なくその中へ足を踏み入れた。
「お、おい……!?」
「あれ、止めなくていいのか!?」
人々のざわめきを背に、ジウの姿はポータルの中へと消えた。
――ダンジョン:アビスゲート(Abyss Gate)に入場します――
血の太陽が昇る赤黒い荒野。
ジウの侵入を誰も知らぬまま、内部では今まさに死闘が繰り広げられていた。
S級のいない〈青龍〉はすでに壊滅寸前、
かろうじてS級が率いる〈カエサル〉が辛うじて持ちこたえ、
〈銀虎〉はウンサジャただ一人が必死に戦線を維持していた。
本来ボス部屋で繰り広げられるはずの戦闘が、すでにダンジョンの入り口付近まで押し戻されている。
チョンウン:「くっ……我がギルドの精鋭がここまで追い詰められるとは。」
チョンウン:「辛うじて持ちこたえてるのは、俺たち第一部隊とウンサジャくらいか……。」
息を荒げながらウンサジャを一瞥し、チョンウンが叫んだ。
チョンウン:「おい! 銀虎! 気を確かに!」
チョンウン:「俺たちはまず持ちこたえることを――」
その時、背後に気配を感じて振り返ると、
フードを深くかぶった小柄な影がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
チョンウン:(……誰だ?)
チョンウン:(新種のモンスターか?)
チョンウン:(いや、違う……この気配はモンスターじゃない。)
ジウは状況を一目で見渡すと、ポケットに手を入れたままウンサジャへと近づいた。
ジウ:「助けはいらないって言ってたのに、何やってんの。」
聞き慣れた声に、ウンサジャは安堵とも諦めともつかない笑みを浮かべた。
ウンサジャ:「お前を巻き込みたくなかっただけだ。
こんな光景、俺一人で背負うべきだからな。」
ジウ:「まったく……ホントにライオンらしいね。」
ジウは地面に落ちていた刃の欠けた剣を拾いながら呟いた。
ジウ:「意地ばかり張ってさ。」
ウンサジャ:「それを信念と呼ぶんだ。
我らが“王”は、こういうことに興味ないんじゃなかったか?」
ジウ:「……まあ、言い訳みたいなもんだよ。」
ウンサジャはふっと笑った。
ウンサジャ:「相変わらず素直じゃないな。」
その時、前方のモンスターたちがジウに向かって咆哮した。
「ギャアアアッ!!」
――ザシュッ。
咆哮が悲鳴に変わるまで、ほんの一瞬だった。
ジウ:「うるさい。
お前たちごときに、武器を使うのももったいない。」
「ギイイイイイ!!」
【スキル:抜刀を使用しました】
目の前のモンスターが一瞬で斬り裂かれる。
戦闘ではなく虐殺に近い動きだった。
さらに別のモンスターが悲鳴を上げようとした瞬間、
ジウは剣ではなく素手でその頭を掴み、地面に叩きつけた。
――ドゴォンッ!
ジウ:「黙れ。
今ちょっとムカついてんだ。さっさと片付けてやる。」
崩れかけていた剣ですら、ジウが手にした途端に誰も耐えられぬ凶器と化す。
【スキル:極刀を使用しました】
――ブゥンッ。
音と共に、周囲のモンスターたちの首が一斉に跳ね飛んだ。
後方で見守っていたS級ハンターのチョンウンが驚きの声を上げる。
チョンウン:「なんだ……あれは!? 銀虎! あの者は一体!?」
ウンサジャは静かに答えた。
ウンサジャ:「名もなき――王だ。」
チョンウンはハッと息を飲んだ。
チョンウン:「じゃあ、あの方が……!」
これまでの努力を嘲笑うかのように、
ジウは一切の迷いなくモンスターを薙ぎ払っていった。
【塔攻略状況】
国家:アメリカ合衆国(27階)
国家:日本(17階)
国家:韓国(12階)




