【第5話】アビスゲート(1)
……なんだ、この子たちは。
教室へ入った途端、見知らぬガキどもが「“無名”を知ってる」と言い合いながら取っ組み合っていた。
(静かにしておくのが一番だ……)
ジウはそう思いながら、そっと自分の席に腰を下ろした。
なるべく目立たないように気を配りながら、初めての授業を受け始めたが――
(うああああ……)
たった一時間授業を受けただけで、ジウの頭はもう破裂しそうだった。
(いっそモンスターを狩ってる方が楽だ……)
椅子にもたれ、天井をぼんやり見上げていたそのとき、
隣の席の子どもがジウの肩を軽く突いた。
???:「ねえ、姉ちゃん?」
顔を向けると、先ほど入り口で言い争っていたガキの一人だった。
???:「さっき聞いてたかもしれないけど……うちの兄貴が“無名”なんだ。絶対、秘密な。」
(……)
(だからそれ、私のことなんだけど……)
その時、隣に座っていた地味な女の子が、おそるおそる口を開いた。
年の頃は十九くらいに見える。
???:「あんなの、信じちゃだめですよ。」
???:「無視しとけばいいんです。全部ウソですから。」
するとガキが即座に噛みついた。
???:「うっせー! 姉ちゃんが信じてないだけだろ!」
???:「ほら見ろ! 兄貴がくれたドラゴンのウロコだってあるんだからな!」
ガキはポケットを探り、何かを取り出した。
(あれは……)
それはまるで本物のドラゴンのウロコに見えた。
一般人では触れることすらできず、ハンターでも入手が難しい超レアアイテム。
ドラゴンはテイマー系ハンターしか扱えない存在だからだ。
ジウは思わず声を低くして問い詰めた。
ジウ:「おい、それどこで手に入れた?」
ガキ:「こ、これは兄貴が……」
少年は途中で言葉を飲み込んだ。
目の前の姉ちゃんの冷たい表情に、説明できない圧を感じたのだ。
ガキ:「兄貴がくれたんだよ……」
(……待てよ)
違和感を覚えたジウはスキルを起動した。
【スキル:文書化を使用しました】
【目の前のアイテムを検索しますか?】
(検索)
【アイテム:ただの石。ぱっと見ドラゴンのウロコに見えるだけ。】
(……偽物かよ……)
テイマーである自分だからこそ、余計に驚いてしまったのだ。
(アーシャ、元気にしてるかな……)
(帰りに久しぶりに呼び出して遊んであげよっかな)
【星の星位が「そんなことしてバレたらどうするんだ」と問いかけています】
(気配を隠す魔法を使えば平気でしょ)
【星の星位が「それでも上位ランカーなら気づくかもしれないぞ」と釘を刺します】
(もう知らん! ストレスくらい発散させてよ!)
(ていうか、みんな勉強ってどうやってるの……?)
そんなことを考えているうちに、授業は終わりの時間を迎えていた。
勉強は相変わらず苦痛そのもので、ジウは重い溜息をつきながら家路につこうとした。
――その前に、ウンサジャが待っていた。
ジウ:「……あれ、おじさん。待ってたの?」
ウンサジャ:「ひどい有様だな。天下のランキング1位がそのザマか。」
ウンサジャは軽く微笑んだ。
ジウ:「からかいに来た? だったらもう一度追い出された方がマシだわ……」
その瞬間、ウンサジャの表情が真剣なものに変わった。
ウンサジャ:「いや。行かなきゃならない場所ができた。」
ジウ:「……どこ?」
ウンサジャ:「ダンジョンだ。最近、渋谷に出現したやつの魔力値が尋常じゃない。
そのせいで大手ギルドの精鋭が総出で動員された。」
ジウ:「え……まさか攻略の手伝いに?
何度も言ってるけど、私はダンジョンなんか――」
ジウの言葉を、ウンサジャは軽く頭を撫でながら遮った。
ウンサジャ:「助けを借りに来たんじゃない。
今回は時間がかかりそうだから、顔を見に来ただけだ。」
ジウ:「……そんなに深刻な案件なの?」
ウンサジャ:「少なくとも数日は戻れないだろうな。
その間、おとなしく勉強でもしてろ。」
ジウ:「……そっか。」
ジウは少し心配そうに呟いた。
そんな彼女を見て、ウンサジャはふっと笑みを浮かべる。
ウンサジャ:「気を使ってるのか?
まあ、それも可愛いけど……もっと猫みたいに振る舞えよ。
俺は偏った人間だから、犬の面倒を見る趣味はないんだ。」
ジウは呆れたように彼の手をぴしゃりと払いのけた。
ジウ:「なにそれ、手どけて。」
ウンサジャはくくっと笑い、肩をすくめた。
ウンサジャ:「それでいい。」
――そして、日本の精鋭たちが渋谷ダンジョンへ向かってから三日が過ぎた。
(早く戻るって言ってたのに……もう三日も経っちゃった。)
ダンジョンの内部は外より時間の流れが遅い。
もう攻略を終えていてもおかしくないはずの頃だった。
【塔攻略状況】
国家:アメリカ合衆国(26階)
国家:日本(17階)
国家:韓国(12階)




