【第18話】イージス
家に戻ったジウは、これでもかと日常を満喫していた。
通っていた予備校もゲリラダンジョンの余波で「再整備」期間に突入し一時休講。
世界はまるっと、ジウのもの。
ペク・ドユンにデウスの件を伝える必要はあったが、宿題を先延ばしにする生徒のように三日間遊び倒した。
そのあいだにも、ペク・ドユンからメッセージが届く。
ペク・ドユン: 「ジウさん? その後どうなりましたか……」
ペク・ドユン: 「(写真)」
ペク・ドユン: 「(ギフティコン)」
……ペク・ドユン、そんなタイプじゃないと思ってたのに。レトロな釣りとはね……
だらけきった午後六時、インターホンが鳴った。
ソファでごろ寝していたジウがガバッと起き上がる。
(まさか……既読スルーしただけで家まで? 一言ビシッと言ってやる!)
玄関を開けながら声を張る。
「ペクさん、なんで家まで――」
ドアの外にいたのは、ペク・ドユンではなく銀獅子だった。
「え? 銀獅子、どういう風の吹き回し?」
銀獅子: 「とりあえず、車で話そうか。」
「おお……高級リムジン。銀獅子、ギルドの稼ぎえげつないね?」
とぼけながら乗り込むと、銀獅子も続く。
「で、何の用? まさかまた面倒ごとに巻き込むつもりじゃないよね!?」
銀獅子は無言でジウのシートベルトを締めてから言った。
銀獅子: 「面倒だが、行くべき場所がある。」
「あー……協会の偉い人と面談、とか?」
銀獅子: 「協会でもカバーしきれない案件が出た。……答えは分かってるが“提案は伝えた”という体裁が必要だそうだ。」
「なるほど。」
銀獅子: 「寺に行ってきたそうだな。ついに外に出る気になったのか?」
「ならない! 絶対に! 予備校でゲリラダンジョンに巻き込まれてね。パクお母様が“心の平安を”ってだけ。」
銀獅子: 「ゲリラ……特記は?」
(レオとかデウスとかは、わざわざ言わなくていいや……)
「あ、思い出した。大事なこと一つ。世界、滅ぶって。」
銀獅子: 「車を止めろ。途中で寄る所ができた。」
運転手: 「目的地は?」
銀獅子: 「精神病院。ラノベの読み過ぎだ。」
「はぁ!? ひどっ! もういい!」
半分冗談を返した銀獅子は、すぐに真顔に戻って問う。
銀獅子: 「いつ滅ぶ。」
「知ってるでしょ、世界律。言えないの。」
雑談しているうちに、豪奢な邸宅のダイニングに到着。
ジウは魔力で顔を薄ぼかしし、護衛が耐えかねるほどの圧を静かに流す。
銀獅子: 「急に機嫌が悪くなったのはなぜかな。」
「人が多いだけ。」
入口を塞ぐ警備員の前に立つ。
警備員: 「あ、あの、その……」
圧に耐え切れず、警備員はその場に崩れ落ちた。
中へ進むと、ムン・ソンホが出迎える。
ムン・ソンホ: 「お越しくださりありがとうございます! お久しぶりです。」
「挨拶は要らない。本題から。」
銀獅子: 「うちの王様、ちょっと不機嫌でね。本論いこう。」
ムン・ソンホ: 「は、はい! 実は……アメリカの巨大ギルド〈イージス〉から、ジウ様にヘッドハンティングの打診が来ています。」
「イージスって……」
ムン・ソンホ: 「ええ。ご存じの通りアメリカでは〈イージス〉がほぼ全影響力を持ちます。お断りの意向は伝えましたが、強硬で……“話を聞けば気が変わるはずだ”と。協会としても、これ以上は断る名目がなくて。」
「そこまで言い切る条件って?」
ムン・ソンホ: 「年俸、1兆5,243億ドル。円換算で232兆3,900億円。米国の年間GDPの約5%に相当……」
「おお……それは、行ってもいいかも?」
ジウの一言に、二人は椅子を弾いて立ち上がる。
ムン・ソンホ: 「い、行かれるんですか?! 我々、何か不快な――」
銀獅子: 「本気か、ジウ? 本当にアメリカへ?」
「冗談。座って。」
ようやく二人は腰を下ろす。
ムン・ソンホ: 「ジウ様……冗談でもお控えを。お一人が日本を離れるだけで波紋が――」
「分かってる。断るって伝えて。
あ、それと大事なこともう一つ。」
ムン・ソンホ: 「はい、どうぞ。」
「世界が滅ぶってさ。」
ムン・ソンホ: 「は……はぁっ?」
銀獅子は目を伏せる。まさか、ここで口にするとは。
ムン・ソンホ: 「ど、どうやって? ダンジョンブレイク? S級――」
「塔だよ。50階まで全部攻略すると、他国の塔を攻められるらしい。どこかが50階を抜いた瞬間、攻城戦/防衛戦で戦争になる。」
銀獅子の睫毛が微かに震えた。
ムン・ソンホ: 「了承しました。直ちに協会で対策班を――」
「待って。私が参加するって話じゃない。ただ、頭に入れといて。
以上。もう用はないでしょ? 帰る。」
ムン・ソンホ: 「は、はい。お疲れさまでした……」
「行こ、銀獅子。」
――日本ランキング2位を、ああ呼べるのはこの子だけだろう。
ムン・ソンホは心の中でつぶやいた。
帰りの車内、銀獅子が静かに問う。
銀獅子: 「ジウ。さっきのは本当か? 冗談抜きで。攻城と防衛、本当に起きるのか。」
「何度も言わせないで。」
銀獅子: 「それを、どうやって知った。」
「んー……星さまから。」
銀獅子: 「分かった。信じる。ギルドは至急で会議だな。」
「まさか……そこに私もカウントしてないよね?」
銀獅子は柔らかく笑みを添えて答える。
銀獅子: 「まさか。俺が、うちの王の言葉を無視する人間に見えるか?」
「……見えないけど。」
(なんで急にカッコつけるのさ……)
胸が、ちょっとだけ高鳴る。
――そうだ、ペク・ドユンにも話さないと。
面倒は一度に片づけよう。明日、二人を呼ぼ。
翌日。ジウはペク・ドユン、そしてデウスに連絡を入れた。
【塔攻略状況】
国家:アメリカ合衆国(27階)
国家:日本(17階)
国家:韓国(13階)




