【第9話】ペク・ドユン
「……それ、その名は誰にでも軽々しく呼べるものじゃないけど。」
しかし、怪しげな男は無言のままジウを見つめているだけだった。
(あー……コイツ、私だって分かった上で呼んだな。)
ジウは内心で舌を打ち、ゆっくり口を開く。
ジウ「お前、本名は?」
ペク・ドユン「……ペク・ドユン、です。」
【スキル:文書化を使用しますか?】
【ペク・ドユンの文書を確認します】
名前:ペク・ドユン
年齢:22
等級:A級
特性:魔剣士
星位:予言の星位
(……?! 予言……?)
ペク・ドユン「たぶん、少し長くなります。
ここで続けるのは……あまり。別の場所で話しませんか。周りの目もありますし。」
ジウ「……ついてきて。」
ジウはためらいなく、ペク・ドユンを人目の少ない路地へと連れていった。
【スキル:真実の眼を起動します】
――いまから、ペク・ドユンの発言が真か偽か判別できます。
ペク・ドユン「……カフェに行くのかと思いましたけど。」
ジウ「どっちでもいい。長話するつもりはないから。
――で、アンタ何者?
ちょっと珍しい星位を信じて、ひと稼ぎでもしに来たわけ?」
ペク・ドユン「そんなつもりなら、とっくに訪ねてます!」
ペク・ドユン「ご存じの通り、私は“予言の星位”と契約しています。
眠ると未来が視える。けれど“必ず”起きるわけじゃない。未来は変えられる。
……ただ、一つだけ絶対に変えられない流れがある。」
彼は息を整え、硬い表情で告げた。
ペク・ドユン「――世界が、滅びます。」
ジウ「はぁっ?!」
(また面倒なのが……なんで私のところにばっか来るのよ……)
表情を殺し、ジウは素っ気なく問う。
ジウ「詳しく。そう簡単に世界が終わるわけないでしょ。
今のハンター戦力でも、並のダンジョンブレイクは止められる。」
ペク・ドユン「私たちは――ダンジョンやモンスターで滅びるのではありません。」
(今、“私たち”って言ったわね。)
ペク・ドユン「ハンター、そして国家間の――戦争です。」
ジウ「……何だって?」
ペク・ドユン「今の“塔”は、ゲームで言えば“チュートリアル”。
戦い、殺し合う術を学ぶ段階にすぎません。」
ジウ「じゃあ、50階をすべて攻略したら?」
ペク・ドユン「ええ。攻略した国家は、他国の“塔”を奪えるようになる。」
ジウ「……攻城と防衛、ってわけ。」
ジウはスッと男を見返した。
“真実の眼”は、嘘を一つも検知しない。
【スキル:真実の眼を終了します】
ジウ「――いいわ。信じる。
で、どうして私を?」
ペク・ドユンは、毎夜見る夢の光景を思い出す。
巨大なドラゴンに跨り、空を裂く背中――この人、王。
ペク・ドユン「“王”だから、です。」
ジウは瞬きを一度。
善でも悪でもない王。偽善は嫌うが、困っている者を見捨てない。
そんな彼女が、なぜ滅びの果てに立っているのか――ペク・ドユンには分からなかった。
ペク・ドユン「私は毎日、未来を変えようと足掻きました。
けれど、この世界線だけはどうしても変えられなかった。」
ジウ「だから私を巻き込んで、流れを捻じ曲げたい――そういうことね。
結局、要件は?」
ペク・ドユン「お願いします。」
ペク・ドユン「“王”を前に取引を持ちかけるつもりはありません。ただ……」
ペク・ドユン「――人を守らなければならない。
**B級ランカー『デウス』**が必要です。」
ジウ「B級? S級でもなく?」
ペク・ドユン「“剣の極みに至った者”として知られています。
B級ですが、星位と契約していない純粋な剣士。
ギルド〈カエサル〉の象徴のような存在です。
……ですが先日、彼は“死体”で発見されました。
それから列島は不穏に傾き……おそらく他殺。」
ジウ「……そいつを見つければいいの?」
ペク・ドユン「はい。」
ジウ「分かった。身元が取れたら連絡する。」
ペク・ドユン「……え? 本当に?!」
あまりにあっさりした承諾に、ペク・ドユンは目を丸くする。
ジウ「“見つけたら連絡する”って言ったでしょ。――じゃ、私は行く。」
ペク・ドユン「は、はいっ……! ありがとうございます!」
(星さま、まだコイツ私を見てる?)
踵を返したジウが心の中で囁く。
【星の星位が、嬉しそうに拳を握って笑っています】
(……じゃ、)
(逃げる!!!!!!)
(私、ウェブ小説歴五年だよ!? 正義感は強い、顔は整ってる、有能サポーター枠――
どう見ても私だけが苦労する未来じゃん!)
心の中で絶叫しつつ、ジウは家の近所のコンビニへ着いた。
(ふーっ……今日の危機を回避した私、えらい!
アイス食べて帰ろ~)
ご機嫌でアイスを手に帰路についた、その時――
「ひゃああああっ!!」
家の前にいたペク・ドユンを見つけ、ジウは猫のように跳ね上がった。
ジウ「な、なにっ?! どうやって私の家を――!」
ペク・ドユン「……夢で、見ました。」
ジウ「はぁ!? 夢で見たからって家の前は非常識でしょ!」
(……こんな性格だったっけ?)
一瞬たじろいだ彼は、すぐに深く頭を下げ直す。
ペク・ドユン「本当に……切迫しているんです。
このままだと、私だけじゃなく――チョン・ジウさんも酷い目に遭う。」
そして、その場に膝をついた。
(……?!)
ペク・ドユン「どうか……お願いします。」
――偽善は嫌いでも、不義は見過ごせない。
チョン・ジウは、ちょっとやそっとの嵐では揺るがない。
……ただし、太陽みたいな真っ直ぐさには、案外弱い。
「……はぁ。」
ジウは頭をかき、ため息一つ。真っ直ぐ答える。
ジウ「一度だけだよ。
私が手を貸すのは、たった一度だけ。」
ペク・ドユン「っ……! ありがとうございます!」
(ああいう目をする子、ホント……人の心を甘くするのが上手いんだから。)
ぶつぶつ言いながらも、もう差し伸べてしまった自分の手が恨めしい。
【星の星位が「一度だけならいいだろう?」と首をかしげています】
(星さま……小説、あんまり読まないんだね?
こういう“きっかけ”ができると、結局ずっと手を貸す羽目になるの。)
(それにしても――ハンター名は“デウス”? 二つ名は“神”?
まあ、剣の極みに達したなら納得だけど。)
(星さま、星位と契約しなくてもB級まで強くなることって、あるの?)
【星の星位が「稀だけど、皆無ではない」と答えます】
(……じゃ、まずはそいつを探すか。)
そうして日常へ戻ろうとした――が。
ポツ、ポツ――
(……デウス? ここにいる?)
突如、予備校の中に“ゲリラダンジョン”が開いた。
そして、その内部に――デウスがいた。
(いやいやいや……“剣の極み”って、普通は山奥で隠遁してるもんじゃないの?!)
【塔攻略状況】
国家:アメリカ合衆国(27階)
国家:日本(17階)
国家:韓国(12階)




