第八章
三年生の模擬試験があった十月のお休みの日 由季があたしを自宅へ招いた。そして化学室での話しを詳しく聞かせてと言われたので話した。
「杉城さん ユウカの好きな人は自分じゃなかったのかと言ったの…」
「うん。あたしドキッとしたけど、自分の気持ち伝えられなかった。ただ 杉城さんは憧れの先輩ですとしか言えなかった‥そしたら杉城さん 憧れの先輩かって‥」
「ねえ ユウカ 私 この前 杉城さん見てて思ったんだけど、杉城さんてユウカの事好きなんじゃないかと思う。」
「えっ…」
「そうとしか思えないような事 多かったのよ。ユウカはそう感じる事ない?」
「正直言ってたまにある。でも そう期待してて違ったらショックが大きいから そう思わない事にしてる…」
「そうか‥でも‥」
由季が言うのに四人でいる時Wデートって事にしようって言えばokする。ユウカと噂になるんだったらいいって言うし‥普通 彼女いたらあんなに即決できないって事だった。
「でも 由季 本人が彼女いるって言ってるのよ。」
「そうなのよ‥そこがわからないのよ。どういうつもりでそう言っているのか‥この前の楡井さんの様子からして、化学室での事 おそらく杉城さんから聞いているんだと思うんだ。そして 疑問点‥ユウカが『杉城さんは 彼女さんいるじゃないですか。』って言った時『そうか‥そうだったな』って杉城さんをチラッと見たのよ。あれはうっかりしたという感じだった。それにユウカに付き合っている人がいるって杉城さんが言った時も、ユウカとその相手がどんな感じなのか確かめたみたいな所があるでしょ…楡井さんが杉城さんの彼女なり‥好きな人なりを知っているのは間違いないのよ。その楡井さんが、ユウカと杉城さんをくっつけようとしているみたいな所がある‥っていう事は杉城さんの好きな人ってやっぱり ユウカ って事じゃない?」
由季の適切な分析にはただ驚くばかりだった。由季の分析通りだったらいいなって思った。
「そろそろ 模試 終わる頃ね」
由季は時計を見た。
「大丈夫のようだったら待ち合わせをして、もう少し情報を集めてみようか‥勿論 ユウカも行くのよ。」
「えっ あたしも!…」
「そうよ 決まってるじゃない。」
由季はメールを入れた。
まもなく楡井さんからのメールの返信がきた。着替えてからくるらしい。
「ユウカと一緒だって入れたから、おそらく杉城さんも一緒に来るわよ。」
由季が待ち合わせの店に向かいながら言った。
あたし達がその店に着いた時、楡井さんはまだ来ていなかった。
楡井さんが一人だったら悪いと思いあたしは 由季の向かいの席に座った。
少しして由季の予想通り 楡井さんが真臣君と一緒に来た。
ネッというように由季が目配せをした。
真臣君の私服姿を久々に見たのと由季が言っていた情報を集めるという言葉で何か落ち着かなかった。そして当然といえば当然なんだけど、楡井さんが由季の隣に 真臣君があたしの隣に腰をおろした。
「二人共 模試どうでした?」
由季が話し出した。
「うめるだけうめたよ。」
楡井さんが答えた。
「俺も とりあえずうめたって感じだな。」
真臣君が言った。
「うめられるだけでも凄いですよ。あたしじゃ無理かな‥来年 どうなるんだろうって考えちゃいますよ‥」
「その時は俺がユウカに教えてやるよ‥うめ方を…」
「本当ですか‥助かります。よろしくお願いしまーす。」
「ユウカちゃん 気をつけた方がいいぜ。どんなうめ方か分からないからな…挨拶を入れておけとか‥知っている事を書いておけとか言うかもしれないぜ…」
「えっ そうなんですか‥?」
「うーん それはあるかもしれないな‥」
真臣君が言う。
「えっ それはちょっと遠慮させて頂きたいなー」
「冗談に決まってるだろ‥安心しろ‥ちゃんと教えてやるよ‥」
「本当ですね‥」
「ああ‥」
「でもユウカ‥杉城さんの彼女が噂の人だったら‥やっぱり彼女を優先するだろうから、ユウカは教えてもらえないかもしれないよ。」
由季が言う。
「それはそうよね‥」
(由季 情報収集に入ったみたいね)
あたしは話しを合わせて返事をした。
「大丈夫だよユウカちゃん。真臣が言い出した約束だから、時間を作ってでも教えてくれるよ。なっ 真臣‥」
「ああ 勿論‥」
真臣君が笑顔を向けてくれた。
「ところで由季ちゃん‥俺の彼女は誰だって噂されているんだ‥」
「私達と同じ学年の坂部智子さんだって言われているわ。そうなんでしょ?」
「坂部さんか…」
真臣君が言った。
「違うわ‥あたし見たの‥杉城さんが女性と歩いている所…坂部さんじゃなかった‥あれは啓子先輩だった‥あたしがお姉さんみたいに慕っている先輩‥」
あたしが言った。少し声が震えた‥気づかれてないよね。
「坂部さんは他の奴の彼女だよ。友達の彼女だから話していて、それを見た誰かが真臣の彼女と言ったんだと思うよ。」
楡井さんのフォローが入る。
「そうだったのね…じゃ 啓子先輩は‥?」
由季の不意の問いに真臣君も楡井さんも言葉に詰まった。
お互いの目を合わせる。そして一瞬の沈黙…
あたしは下を向いていた。
「俺の彼女はユウカだよ‥彼女とは偶然 会っただけだよ。」
真臣君の声‥
あたしはドキッとした。
「こうして四人の時は、俺の彼女はユウカに決まってるだろう‥」
何だ そういう事か‥
「そうだよ由季‥四人の時はそういう事にしたじゃないか‥ねっユウカちゃん。」
「えっ ええ…」
ちょっと複雑なあたし
「そうね そうだったわね‥」
自然な由季の答え方。
「もしかして ユウカ‥俺の先輩でもある啓子先輩を彼女だと思ったのか?」
あたしは大きく頷いた。
「聞いたか博…この前は彼女と言ってくれないとか言ってたのに、彼氏の俺を疑ってたっていうんだぜ‥俺は悲しいよ‥信じてもらえないなんて‥」
頭を抱える振りをする真臣君。
「でもそれは仕方ないんじゃないか‥日頃のお前の所業を見ていればな‥そう思うだろ由季。」
芝居がかって言う楡井さん。
「そうね‥問題有りって所かしらね‥」
それを受けてやはり演技する由季‥さすが由季 ノリがいいわ。あたしは感心していた。
「そうだよな‥あれじゃユウカちゃんだって疑いたくなるよな。」
「そうなんです。すぐ親しくなるのはいい事だと思うけど、誰に対しても優しすぎるから‥あたし…」
わざと大袈裟に俯くあたし。
「信じてくれユウカ‥俺の彼女は‥俺の心にいるのはお前だけだ‥」
そう言って真臣君 あたしの頭を自分の方に抱き寄せた。
え〜 嘘でしょ…あたしの胸はバックン バックンいっている。思考が止まる‥身動きができない…ハッとしてあたしは、慌てて頭を起こすと身を逸らした。
「STOP 杉城さん‥ノリすぎですよ。あ〜驚いた。」
「いい演出だと思ったんだけどなぁ‥」
真臣君が言う。
「ああ 俺もそう思う。」
楡井さんも言う。
「確かに いい演出です。それはあたしも認めますけど四人だけでもないし、舞台でもないんですよ。場所を考えて下さい。それに誰かに見られたらどうするんです。」
あたしはちょっと怒ったように言った。
「誰かに見られていても構わないけど、そうか‥舞台っていうのはちょっと無理だから、四人でふざけられる所か…」
真臣君が言った。三人共考えこむ。
「ねえ 三人共‥あたしの言った事 聞いてた。」
「ええ 勿論。だから四人だけでノレル所 考えてるんじゃない‥」
由季が答えた。
「あたしが言っているのはそういう事じゃなくて‥」
「そうだ カラオケなんていうのはどうかなぁ。あそこならプライバシー守れるし他から見えない。」
あたしの言葉を遮るように楡井さんが言った。
「あっ それいい 俺 賛成。」
「あたしも賛成‥ユウカは…?」
「負けたわ三人には‥あたしもいいわよ。」
笑いながら答えた。
「あっでも 楡井さんも杉城さんも受験 大丈夫ですか?」
あたしは続けて聞いた。
「実は 俺も真臣も推薦もらっているんだ。同じ大学の同じ学部」
「先生からも大丈夫だろうって言われてる。」
楡井さんと真臣君が交互に答えた。
「でもハッキリしてからの方がいいね。」
由季が言った。
「そうだな…十二月上旬には、結果がわかるから‥その後で‥」
楡井さんが言った。
「結果がどうあれ やるって事でいいんじゃないか。」
真臣君が言った。
皆んなそれに賛成した。
「でも真臣 さっきのは役得だったな‥ユウカちゃん 抱き寄せるなんて‥」
「そうだろ‥俺もそれを狙ったんだ。」
「もうやめて下さい‥顔が真っ赤になりそう…」
皆んなで笑った。
「ねえ ねえ ユウカ…あたし達の演技はどうだった。」
「三人共 とても上手です。演劇部に欲しい位です。ご褒美に三人に拍手を上げます。」
あたしは 小さくパチパチと拍手をした。
「なぁユウカ 演劇部っていえば定期公演 来月始めなんだろう‥ユウカ出るのか?」
「ええ もう練習 始まってるの。本読みが終わって明日から立ち稽古なの。そうだ 明日からの練習 文芸部から誰が来てくれるんですか?」
「文芸部がどうして?」
真臣君が聞いた。
「実は今回の台本 文芸部に頼んで本から起こしてもらったの。だから演出補として文芸部から来てもらう事になったの。」
「文芸部からは俺と由季で行く事になっている。」
「そうなんですね。よろしくお願いします。」
「こちらこそ‥」
「なあ 博 今回の台本も抱きよせるシーンなんかあるのか?」
「真臣 今回はユウカちゃん抱き寄せられる方だ。」
「抱き寄せられる‥」
「ああ キャスティングの時 同席したんだ。それで女性は全員 役の台詞を言ってもらったんだ。そしたらユウカちゃんの声がその役にとっても合っていて顧問がその場で決定したんだ。『その声といい雰囲気といい東条にやってもらおう』って」
「相手役は丁度指導に来ていたC組の影澤に台詞言わせたらピッタリだったんだ。あいつ既に学校決まってるだろう。それであいつも受けたんだ。」
「もうあたし驚いちゃって‥まさか影澤先輩と同じ舞台 立てるなんてそれも相手役で‥影澤先輩ってあたし達後輩にとって尊敬する先輩なんです。指導は厳しいけれどできない事をやれって訳じゃないし、演技に詰まっているとアドバイスしてくれるんです。普段は皆んなの相談にのってくれたりとっても優しいんです。今回の公演 あたし先輩の胸を借りるつもりで頑張ろうって思ってるんです。」
「それで本当に影澤の胸に抱き寄せられるって訳か…」
その言い方に棘があった。
「あたし そういうつもりで言った訳じゃ‥」
あたしは思わず下を向いた。
「おい真臣‥そんな言い方して、ユウカちゃん 困っているじゃないか。」
その楡井さんの声にハッとしたように真臣君
「悪い 悪い 冗談だよ。俺の演技そんなに真に迫っていたか…?」
「演技か…そうだな凄く真に迫っていた…十二月の四人で集まる日迄に俺も少し演技を磨いておくかな。楽しみだな。」
楡井さんが言った。
皆んな頷いた。




