第六章
暫くして生物室の掃除当番がまわってきた。化学室の前を通る時 気になってチラッと見たら真臣君がいた。あたしは気づかないふりをして早足で生物室に入った。そんな事を二、三日くり返していた。でもきょうはゴミ当番だから、ゴミを焼却炉へ持って行きゴミ箱を持って生物室に戻った。生物室から出たら真臣君が化学室から一人で出てきた。
「ユウカ‥話しがある。ちょっと中へ入れ‥」
あたしはドキッとした。いつもの真臣君じゃない!
「この頃 俺の事 避けているよな‥何でだ」
真臣君はあたしの目を正面から見る‥あたしは耐えられず目を逸らして下を見る…
「ユウカ 黙っていないで答えて欲しい…」
「だって杉城さん‥彼女‥いるんでしょ?」
「…いるよ…」
一拍おいて真臣君が答えた。
あたしの心はズキっと痛んだ。
「杉城さんがあたしに話しかけてくれるのは とても嬉しい。だからどこかで会った時は、一緒に楽しい時間を過ごすし、杉城さんの高校最後の試合もお休みだったから応援に行けた。そして夢中で応援した。試合後も杉城さんや楡井さんに誘われて、由季と一緒に仲間、に入れてもらってとっても楽しかったです。たまに一緒に家まで帰れる事もあるし‥でもそれって杉城さんの彼女にすれば 誤解の原因ですよね。彼女に誤解されて困るのは杉城さんですよね‥それなのにそんな事も分からなかった自分に気づいたんです‥だから あたし なるべく会わないようにと思って…」
「バカだな‥そんな心配する事ないのに…彼女の事は気にしなくていい…それよりユウカ 桜林高校の白河と付き合い始めたんだってな‥」
「どうして それを‥?」
「文化祭の演劇部の公演を観に行った時、冴草と白河本人が話しているのが聞こえたんだ。」
そういえば杉城さんと席が近くだった。あたしは舞台から見た客席を思い出した。
「友達としてです。」
「それでも付き合っている事に変わりはないだろう…」
真臣君の口調は何だか怒っているように聞こえた。
「それはそうですが…」
あたしは真臣君の顔が見られなかった。
そして少しの間があって
「ユウカが好きなのは 俺じゃなかったのか‥?」
真臣君のその言葉に思わずあたしは顔を上げていた。
あたしは〈そうです。〉という喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。だからと言って違いますとも言えない。
「杉城さんはあたしの憧れの先輩です。」
それが今のあたしの精一杯の言葉だった。
「憧れの先輩か‥」
杉城さんがフッと笑ったような気がした。
「はい…あたしは杉城さんに憧れている人達の中 ただ小さい頃から知っているという特権で 話しかけてもらったり ユウカって名前で呼んでもらえたりしてとても幸せだと思ってるんです。今だってあたし ドキドキ ウキウキしちゃってるんですよ…」
「そうか 彼女の事は気にしなくて大丈夫だから‥これからは‥俺の事を避けるな。俺としても可愛い後輩と話しがしたいからな。わかったか‥そろそろ部活だろ…」
「はい‥じゃあ失礼します。」
あたしは化学室を後にした。
部活が終わる頃 由季が部室に顔出して 一緒に帰ろうと言っていたので由季を待って下校した。
「ユウカ 報告したい事があるんだ。」
「なぁに?」
「あのね この頃楡井さんが私の事 由季って呼んでくれるようになったの‥」
「本当!?良かったね。おめでとう!何か あたし熱くなってきちゃたな‥」
「もう!ユウカったら‥それとね 私が皆んなの事 名前で呼ぶから 楡井さんも皆んなの事名前をちゃん付けで呼ぶようになったの。だから驚かないでね。」
「わかったわ。」
そんな事 話しながら 三年生の昇降口から続く道へ出た時
「由季。」
振り向くと楡井さんがこっちへ歩いて来る所だった。
「楡井さん‥」
由季の顔がパッと輝く。
「今 帰りか‥偶然だな‥一緒に帰ろう‥」
楡井さんがそう言ったので
「あたし これで失礼します。じゃ 由季 また明日ね‥」
そう言って帰ろうとしたら
「ユウカちゃんも一緒に帰らないか?今 真臣も来るから四人でお茶でもして帰ろうよ‥」
「杉城さんと一緒だったの?」
由季が聞いた。
「ああ 担任に許可もらって 真臣と二人で化学室で勉強していたんだ。あそこは静かだからね」
(化学室‥じゃあ あの後ね)
「ユウカ 今 帰りか?」
今度は真臣君が駆け寄ってきた。
「今 四人でお茶して 帰ろうって誘ってたんだ。」
楡井さんが言う。
「お茶か‥いいねえ」
真臣君が答える。
楡井さんと由季はすでに歩き出そうとしていた。
あたしがどうしようか迷っていると
「行こうぜ‥」
真臣君があたしの手を引っ張った。そして耳元で小さい声で言う。
「約束だろ‥今まで通りだって‥」
あたしは頷くと 皆んなと一緒に歩き出した。




