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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フロッグボイス!

作者: 藪犬

 

 私達は新種のカエルの存在を知り、急いでアマゾンの奥地へと向かった。

 片言の日本語を操る現地ガイド。日本人の癖に片言の日本語を操る隊長。その他、私含めて数名の研究者モドキ共がメンバーだった。

 そうして、何かよく分からない草木に囲まれた私達は、よく分からない現地ガイドの説明を聞きながら、苦節一ヶ月の時を経て、遂に新種のカエルを発見した。

 私達はこの苦難に満ちた一ヶ月が実りを結んだことに歓喜の雄叫びを上げ、カエルを捕まえた。

 カエルは正直、ニホンアマガエルと同じように見えた。微かな違いがあるのだろうが、私としてはもうニホンアマガエルにしか見えなかったし、案外しょぼいなと思った。結局、新種なんてのは大概何でもそんなものだろう。私にとってアイドルや俳優なんてのも、このカエルのように違いの分からない物だった。

 まあ、そんなことは置いておくとして、私はこのカエルの保管を任された。なぜ私かは分からなかったが、任されたのだから仕方が無い。

 私はカエルの飼育方法など知らなかったから、取り敢えず適当な虫を見繕って、小学生が使うような虫かごで弱肉強食を行わせていた。


 それが昨日のことである。今日の私はカエルに不調が無いかを確認するために、手のひらに乗せて観察していた。突然、隊長が後方から私を呼んだ。私は急いで返事をして、それじゃあ今日も頑張って帰ろうと握り拳を作り自分を励ました。

 「グエッ」

 その瞬間、手の内から今までの人生で感じたことも無いような触感があった。私はもう数度、握ってみてそのぷにぷにしたような、どろどろしたような気味の悪い感覚を確かめた。

 私は手のひらをそっと開いた。するとそこには、カエルが仰向けになり、腸を飛び出させていた。私はそれをどうにか腹に戻そうと、グッグッと押し込んでみた。しかし、カエルの腸は戻らず、口からは謎の黒ずんだ汚い液体が飛び出した。

 私はその瞬間にカエルが死んだことを確信した。なぜだか額の奥が熱くなり、汗が脇と顔から溢れだしてくるようだった。無量の焦りが私を支配した。

 私はヒクつく頬をどうにか殺し、いつもの表情を携えて出発の準備をした。


 「おい、どうしたんだネ。早く行こうじゃないカ」


 そんなことは分かっているが、これをどうすればいいのだろうか。隊長の声が体に染み入るように、私を刺激した。私は咄嗟にカエルを虫かごに入れて、葉でその姿を隠した。

 私はとうとう誰にも言わずに出発した。アマゾンの道のりは来たときよりも、数倍厳しかった。私は歩くこと以外に考えることが増えたことを厭わしく思った。

 たまに飛んでくるカエルの質問に、私は心底怯えながら答えた。

 いやに太陽が眩しく見えた。


 夜になった。皆が寝静まった。私は虫かごから、そっとカエルを取り出した。何故かまだ生きているような気がしたが、やはりそこには腸の飛び出したカエルがあった。

 私はふつふつと怒りが込み上げてきた。一体何故私がこんな目に遭わなければいけないのか。何故私がカエルの世話などを任せられなくてはならなかったのか。一体これは私だけの責任だろうか。これは皆の責任ではあるまいか。

 私は思わずカエルの死体を床に叩きつけた。カエルは鳴くまでもなく、のびて地面に横たわっていた。

 虚しい怒りが駆け巡り、溜息がこぼれた。カエルを拾い上げ、床に入った。

  

 何処ともしらない光景が私を取り囲んでいる。カエルが私を取り囲んでいる。私はこれが夢だということが分かっている。しかし、何故こんな夢を見るのかが分からない。私が冷静ではないことの証明だとでもいうのだろうか。カエルが鳴き出した。段々と増えていく。頭をかき回す合唱が、何時までも続いている。一体何時になったら終わるのか。何時になったら覚めるのか。カエルの声は止まず響いている。


 朝になった。私は寝ぼけ眼を擦りながら考えた。カエルと人間というのはどう違うというのだろうか。どちらも地球上に居座る生物ではないか。私にとって人間とは確かに同胞である。しかし、それがどうしたというのだろうか。同胞であれば殺してはいけないのだろうか。ここは日本ではない。アマゾンだ。アマゾンにまで日本の法律を持ってくるのは何だか理不尽なような気がする。そうと決まればやることはやはり一つしかない。


 私は早起きな隊員と一緒にトイレに行った。彼は帰ってこなかった。彼はカエルになったのだ。

 私はもう己を止めることが出来なかった。

 探検隊は一日に一人ずつ減っていった。遂には片言の日本語を繰り出す現地ガイドと、片言の日本語を繰り出す日本人の隊長が残った。

 

 「なんだか随分寂しくなったネ。皆どこ行っちゃたんダロ」


 隊長は馬鹿な独り言を吐いていた。今日は貴方がカエルになるというのに。

 私はカエルの声を聞いていた。これは言い換えれば神の声だとも言える。私の本能的な部分でこの声を聞くのだ。


 夜になった。隊長は悲しげな顔をして私の方を見つめた。


 「私は貴方に罪はないと思っています。しかし、私にも罪はないのです。私は神の奴隷のようなものです。人は皆全て己の意思どうりに体を動かしているように錯覚していますが、実はそうではないのです。私達には一人一人の神が存在しており、その神が私の体を動かしているのです。これは本能と呼べるかも知れません。人間の理性なんてのはあてにならないもんです。あんなのは後で走って追いかけてくる物なんです。私達は皆神の奴隷ですよ。正しいことは神に聞けば良いんです。私には聞こえます。カエルの声が、鳴り止まないカエルの声が」


 翌日、私は現地ガイドと共にアマゾンを脱出した。そうして今はこうして日本に帰ってきている。私が人を殺したことは認めましょう。しかし、カエルが鳴いていたからそうしたんです。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。

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