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優先順位の底辺で生き


 何かおかしいなと思ったキッカケの一つに、雪国あるあるの雪かきという作業がある。


 当時、長女は四歳あたり。次女は一歳になったかどうかという頃。


幼い子を二人抱えた状態なのに、除雪よろしくと言われた。


てっきり二人の子どもを見ていてくれるのだろうと思った。その間に急いで積もった雪を片せばいいんだと。


 ところが話はまったく違っていて、自分はテレビを見ているから二人を連れてやってきて……というもの。


 夕方を過ぎ、気温は下がってきていた。ましてや、雪はしんしんと降り続けている。


アパートの前の狭い範囲での雪かき。大した時間はかからないだろうと言いたいのだろうけれど、彼がつきつけたものはその時のあたしにはキツいこと。


 反論もせず、四歳の娘に冬用のつなぎを着せて、帽子に手袋なども着け。そこに一歳の次女も連れて行けとなると、抱っこ紐で抱えながらの作業にしなければ無理。


常に次女という重さを抱えた状態での雪かきだなんて、腰だけじゃなくそもそもで寝不足が続く体には酷。


 長女に「寒い中に雪かきのお手伝いさせちゃって、ごめんねー」と言えば、小さな子ども用のスコップで雪をかきながら苦笑い。


「ママと一緒にお外、出られるから」


その言葉は本音だとしても、寒い中に付き合わされているのも事実。


長女は鼻の頭を赤くしながら、遊びでもなんでもないその作業に付き合ってくれた。


 まるであたしの心情を察したかのように、黙って出来ることをこなしてくれた。


親にそこまで気を使う子どもがいてもいいものかと、涙が浮かんだ。


 こういう時に子どもの面倒をみてくれるのが、夫婦としての協力というものじゃないのか? と思った。


 とにかく少しでも早く終わらせようと汗だくになり、時々抱っこ紐で揺れている次女に声をかけながら雪かきをすませた。


 ――――と、雪まみれになって肩で息をしながら戻った家の中。


彼が床に寝転がって、尻を掻きつつテレビを見ていたのを見た瞬間。


やっぱり“これ”は、おかしいんだ。


それに気づいた。


『片方だけが楽をしている人生』


 そんな言葉が浮かんで、一瞬で殺意がわいた。


それでも実行にまで至らなかったのは、長女を着替えさせたり次女を抱っこ紐から降ろしたり。優先順位が高かったものが、他にあったからだ。


 子どもたちの面倒をみているうちに、殺意の熱が一旦引いてしまった。というか、それどころじゃなくやることが多かった。


 彼は仕事をしてきたら、一日の中でやることは終わり。あとは飯食って寝るだけ。時々風呂もあり。みたいな?


 対してあたしは自らそうしたとはいえワンオペでがんばってて、一日中ずっと動き続けていた。休みなどない。


そして不思議なことに子どもの世話だけじゃなく、なぜか成人男性のはずの彼の面倒までもがタスクに含まれていた。


 それが彼へのサポートだと思っていた頃は、無心でまるで流れ作業のように淡々とこなしていくだけだった。


そうするのが、愛情だと思っていた時もあっただろう。


 おかしいと気づきはじめてから、右へ左へと心を揺らしながらも、自分がやらなきゃダメなんだと背中を押していた。


他の誰も代わってはくれない、と励ましながら。


 長女はアトピー性皮膚炎で寝入った後になって痒がり、何度も寝ては起き、軟膏を塗ってなだめながら娘が眠るまで抱きつつ一緒にウトウト。


その状態に向き合っているのも、当然のようにあたしだけ。


 彼はひとり、無関心というよりも自分は無関係と言わんばかりな態度でそれまでと変わらない暮らしの中にいた。


 仕事をするようになって以降、季節雇用という特徴の影響で、一時期無収入の時期が必ずある。なのに、それでも彼の生活だけはほぼ変化なし。


 まるでそこだけ時間の流れでも違うかのように、何もかもがあたしとは違っていた。


 その違和感に気づけたのも、かなり後の話。気づいた時には、時すでに遅し。


子どもが三人もいる状態で、大黒柱がそんな感じでどこか呑気な生活を過ごす。


維持のためには、金銭的な部分で誰かが無理をする。


 いわゆる、たった一人の我慢が家計を回しているというものだ。


食べたい物、子どもが具合悪い時に使うタクシー代、新しい服、子どもへの玩具、季節のイベント時の贈り物、自分の病院代、そして美容院代。自分と子どもに使うもので、詰められるものは詰めて、他に回す。


 本当は買ってあげたい物があったし、髪の毛だって自分で適当に切りたくなかったのに。


 そうして回したお金で笑っているのが、他の誰でもない一家の大黒柱だ。


彼は変わらず好きなようにお菓子を食い、ビールを飲み、タバコを吸い、こちらの体調への気づかいも何もなく性欲を解消することを求めた。


 人間生きていればいろんな欲に絡みつかれているものだが、自分のまわりでここまで欲に抗わない人はいないなと思ったっけな。


こちらがそう思っていても、本人曰く我慢ばかりだったと後から聞かされた時、言葉が出なかったのを憶えている。


どこが? と思ったから。


 彼自身は社会の中では多少なりとも人間関係を円滑にするために我慢はしていたらしいが、家の中ではまさしく“好き勝手”を体現した人だったろう。


それこそ、子どもたちが羨むほどに。


 その好き勝手に、家族が合わせていく生活がいつの間にやら我が家のデフォに。


 気づけばそんな生活に、子どもたちも巻き込んでしまった格好になった。


 我が家の最優先は、彼=父親。子どもたちから見ても、自分たちのお願いは、二の次だと感じただろう。


そして、いつどんな時も、母親の優先順位が最下位。


そういう流れにしてしまったのは自分にも責任があると自覚してても、虚しくてたまらなかった。矛盾してる。


 そんな感情を抱くこと自体無駄だと諦めはじめた頃、自分への異変に気づかないふりをした。多分。


なんでもかんでも「気のせいだよ、きっと」と呟くのが日常化していた。


 そんな諦める日々の構図が、眠れない原因をまたひとつ作る。


けれど、それぽっちで眠れなくなるだなんて当時の自分には考えつかず。


『子ども三人を抱えていると、まともに眠る時間もないものだ』


『世の中のお母さんたちは、同じようにそれをこなしている』


『文句も言わず、淡々と』


自分の中で誰かが自分に言い聞かせているようにも感じていた。


 人格が多数あるという異常な暮らしの中で、憧れていた普通の生活。


みんなはきっと、何とか乗り越えてる。そうして一人でがんばっていけば、みんなとになれる。


 目指すものの焦点がどこかズレていることに気づくこともなく、頼ることも甘えることも許さずに歩き続けた。


蓄積していく疲労と睡眠不足は、心も体も麻痺した状態に拍車をかけるだけだったのに。


 そうして睡眠障害になるための土台が、着々と準備されていく。


地面を掘り、そこに木枠をはめ、コンクリートを流し込み。しっかりとした土台が。


 その間も、彼だけが平穏な日々を過ごしていた。


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