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…何の為に


 彼に対してそういうサポートをしているということは、寝たい時に寝かせてもらえないということでもある。


 彼の欲を吐き出す手助けをしながらウトウトしてしまえば、「やる気ないなら下に戻ってもいいんだけどね!」と何故かキレ気味に言われてしまう。


 下に戻ってもいいという言葉だけみれば、お優しいねと思うのだけれど、やらないことへの憤りが隠せていないただの文句だ。


 それで一度、本当に手を完全に止めた時に睨まれた。


プラス、「本当にやめなくてもいいじゃん。なんでそんな意地悪なことするわけ? 中途半端に弄られて、俺がモヤモヤしたままで喜ぶと思う? そんな底意地悪いこと出来る人だっけ?」なんて感じで、反論を挟ませる隙もない早さでまくし立てられた。


 この文句をつけられた日は、やめることを許されなかったばかりか、最後まで付き合わなきゃグチグチと地味な口撃を受けた。


 そこから先はずーっと、あたしが彼自身に触れ、彼はテレビを見ながら笑いつつ。


触れたモノの準備が整えばテレビを見ているその傍らで、嫁を自身の上に跨らせて精が吐き出されるまで動かさせるという、愛情も減ったくれもない行為が繰り返されるようになっていった。


 ――――彼の欲の解消のみのために。


彼に顔を向けながらよりも、彼に背を向けて腰を振り。女の尻が好きな彼が喜ぶという、視覚的効果つきで。


 彼へ背を向けている時、あたしはというと心をどこかに飛ばしながら動いていた。


疲れたな…と思っても休むことは許されない。


そろそろ寝たいと思っても、テレビを見ながらの上に元々遅く果てがちな彼が終わりを告げるまで、休むことなく刺激を与えつづけなければならない。


 三人目を産んだ後に、卵管を結んだあたし。100パーセントじゃないとしても、彼からすれば中で出しても問題が起きないと思われていた節がある。なので、あたしが動いてあたしの中で彼が果てても、彼本人には何も面倒くさいことが起きなかった。スッキリするだけ。


 せいぜい自分自身を軽くティッシュで拭くくらいでいい。外に吐き出した時のように、自分が後片付けをしなくてもいい。


 “楽”で“気持ちよく”て、“事がすんでしまえば”後は寝るだけ。


心地よい睡眠が、彼を手招きして待っている。


 彼にだけ快適な空間だったんだろう部屋は、あたしにとっての地獄だった。


彼にとっての快眠の対極に、あたしの睡眠不足があったと言っても過言ではない。


 マッサージも性的処理もすべて終わらせ、好きなタイミングで眠れる彼。


たとえ途中で眠ってしまっても、嫁が最後まで終わらせて勝手に楽にしておいてくれるのだから。


 彼に布団を掛け、灯りを消して。階段を下り、リビングへと向かう。


 リビングの隣の部屋では、暗い部屋の中で流しっぱなしのビデオが回りつづけて、色とりどりの光がテレビから発光されては眠る子どもたちの顔をいろんな色に変えていた。


 そのまま寝かしておく時もあれば、声をかけて長女だけ部屋に戻す時もあった。


声をかける時はいつだって「ごめんね? 遅くなって」と謝るのが先。


 長女が一階で眠ったことに翌朝気づいた彼が、何も考えずに「甘やかさずに部屋で寝かせろ。部屋で寝ないなら、部屋はいらないんだろ?」とか言い出したことがキッカケで、なるべく起こして部屋で寝かせる回数が増えた。


 そんなことを知らない長女は、何度となく「このままここで寝ちゃダメ?」と半分寝ながら聞いてきていた。


そのたびに、「ごめんね? 長女の寝相が悪いからさ。三女ちゃんにぶつかっちゃうの」と嘘を吐き、無理矢理自室に戻るように促していた。


寝相が悪かったのは本当の話だけれど。


 今になって考えてみれば、娘たちを優先してもいいはずなのに、“あの人”が“許してくれない”だろうと思い込んでいた。


 そもそもで、家族間で“許す”とか“許されない”などと、上下関係があること自体がおかしかったんだ。


あたしが冷静じゃなかったせいで、子どもたちもをその関係性の中に巻きこんでしまった。


 小さな疑問がいつも頭の端にあり、モヤモヤしながらもその状態を変える術を持たず。


自分だけが飲みこんでいれば、家の中は平穏なんだと決めつけて。


 結果的に、彼以外の全員が不平不満を飲みこんでいたというのに。


「好きだ」


「愛してる」


「だから抱きたくなるし、そうじゃなきゃソコが反応してないんだよ?」


 よくある言葉に飲みこまれ、相手を赦し、笑顔で痛みをごまかしていた。


 壊れていた自分を支えてくれた人だという感謝の気持ちを膨らませ、自分もかつては働かない彼を支えていた事実を忘れて妄信し続け。


お互いさまという、日本に存在するいい言葉なんかすっかり忘れて。


 その頃にはもう、普通に睡眠がとれなくなりつつあったのを思い出す。


 寝たいなと思った時に眠れないと、いわゆるその峠を越えてしまっていて目が冴えてしまう。


仕方なく明日でもいいことをしたり、夜中でも可能なノートに走り書きをするなどをした。


 ネット内にブログを書くようになり、そこでの仲間内から、彼の態度とあたしが彼にしていることへの異常性を説かれるようになる。


 モラハラだよと言われても『心配かけてごめんね? でも大丈夫だよ。大事にしてくれてるから』と彼を擁護する言葉を返した。


『本当に相手を大事にしているのなら、何時間もマッサージさせたり、愛のない性行為をしないでしょ? 一方的な行為のどこに愛情があるの? 目を覚ましなよ』


と言ってくれたのは誰だっけ。


 夜の事情を明け透けに書いたのだから、そんな心配をかけるのは当然か。


 ブログに吐き出していた内容は、彼には言えない不満だらけ。彼本人に伝えられないだけで、抱え込んでいる負の感情を自覚しつつもあった。


 彼に抱かれているのも、自分。不満を吐き出しているのも、自分。


矛盾だ、また。


 コメントに自分を心配する言葉が書かれると、否定の意味を込めた真逆の言葉で返す。


やがて、ブログと彼の前の自分のどっちが自分なのか混乱する。


自分自身だけじゃなく、ブログを読んでくれている仲間も巻きこんだ混乱。


 性的なことに関しては、きっと多分……ずっと嫌だったんだろう。


事が終わったかなり後になっても消えない、体の痛み。痛さや辛さに限界が来て、吐き出さずにはいられなくなったのかもしれない。


 最低限、入り口だけ濡れていれば入れてからどうにかなるという感じだった彼。同じ女性として、その行為に憤りを感じさせても仕方がなかったかもしれない。


ブログを読んでくれた同性には、特に。


 コメントのやりとりを繰り返すうちに親交が深まった人とは、メールのやりとりもするようになった。


今も付き合いがある人たちは、当時あたしの目が覚めるまで何度だって同じ言葉を伝えようとしてくれた。


『心も体も悲鳴をあげていることに、気づいてあげてよ』


『夫婦じゃなくて、奴隷扱いじゃない』


 そこまでハッキリと言ってくれた人もいた。


先の方に書いたように、一緒にいる間に何度か彼が働けなくなったり働かなくなったりしても、自分の生活スタイルだけは変えようとしてくれず。


そのとばっちりというか、負担が自分と子どもたちへと降りかかった。


そうなっていくと笑顔が減っていくことで、パッと見でも様子がおかしいと気づけたはずなのに。


 表情を伺えない距離にいる全くの他人の方が心配をして、声をかけてくれるほどだったのに。


遠くの親類よりも近くの他人とかいうけれど、うちの場合は近くの旦那よりも遠くのネッ友だった。そして、近くのママ友だった。


 最初の旦那の時に傷つき、ボロボロになったあたしと出会い。


壊れて、増えてしまった人格たちに向き合ってくれ、側にいて支えてくれたはずの人なのに。


 支えてくれた時間という積み重ねがあったが故に、彼を信用も信頼もしていた、きっと。


 なのに、気づけばそれまで出会った誰よりも一番深く傷つけてきたのは彼になっていた。


 あたしにとってはヒドイ旦那なのに、子どもたちにとってはどんな親でも親は親。


気まぐれにでも遊んでくれたり、一緒に外食に行くだけで笑顔になる。


 普段彼がしている事が事なのに、どうしてそんなにも簡単に全身で愛情を表現しちゃうの? と妬くほどに子どもたちが親に向けてくれる愛情は純粋だ。


それの半分が自分にも向けられていることを知っても、自分と彼が平等に扱われていることに苛つかずにはいられなかった。


そう思ったところで、彼があたしにしている事を子どもたちが知る機会はなかったのだけれど。


知ったところで、まだ幼い彼女たちに助けを乞うことも共感を得ることも出来るはずがなかったのにね。


 彼にしている事が“奉仕”と言われるものなんだと気づくキッカケは、やっぱり眠れない日々が増えつつあったのも理由じゃなかろうか。今思えば。


 眠れない日が続けば、頭はどこか濁る。ネガティブなことを考えもするし、なにか不満があれば誰かのせいにしたがる。


眠れなさがかなり溜まってきた頃には、途中にあげていた話のあたりだ。


 成長した子供たちは、全員二階へ。親たちだけが、そろって一階の寝室へ。


 大したしないうちに彼が暴れることが始まったり、二階で寝ていた時同様に、こちらの体調や気持ちなどおかまいなしにくっついてくる彼がいたり。


 睡眠をとる時間を削られ、疲れが取れるはずもなく。気づけば、寝室は疲労とストレスを増大させる場所でしかなくなっていく。


 眠らせてくれない相手のそばで、真っ黒な闇の中で目を凝らして天井を眺めながら考えつづけて朝を待つ。


彼の呼吸や、わずかな動きにビクビクしながら。


 ゆっくり眠りたいから一人にしてという、ささやかな願いすら叶えてくれない彼の横で。


 闇の黒さだけの視界の中、見えないはずの何かを睨みながら脳内で吐き出す。




「何で眠れていないんだっけ」

「誰か、具合悪かったっけ? 看病していなきゃいけないのがいたっけ?」

「家事、そこまで溜まってたっけ」

「寝てて、誰か起こしに来てから寝れなくなったんだっけ」

「部屋が寒かったんだっけ」

「隣に誰かいたんだっけ」

「ああ……、いたっけね。隣に」

「寝る場所を奪われて、他に寝る場所を見つけても隙間すらない場所で眠れって言われるんだっけ」

「いつ寝落ちるかわからない状態なのに、ヌいてくれって言える精神状態は普通なんだっけ」

「好きな女だから抱きたくなるっていうのは、免罪符として有効なんだっけ」

「好きな女がフラフラしてても、濡れていれば受け入れてくれるって思われてもいいんだっけ」

「その場合は、濡れていたあたしが悪いんだっけ」

「濡れていたら入れてもいいって、レイプと同じだよねって口にしたら相手を傷つけるんだっけ」

「入れられて気持ちよくなくて、中が引きつるように痛くっても我慢しなきゃいけないんだっけ。夫婦って」

「軟禁とレイプとストーカーとで、どんな状況でも濡れる体になったことは罪なんだっけ」

「それを知っている相手にでも、ちゃんと気持ちよくしてから抱いてほしいって言ったらダメなんだっけ」

「マッサージで腕や指がガクガクしているのに、いつまでも彼のを擦らなきゃいけないんだっけ」

「テレビを見て笑ってる相手にでも、背中を向けて腰を振りながら気持ちよさそうな声を聞かせていなきゃ、嫁としてダメなんだっけ」

「昼間に寝たい時に寝ていいんだよって言ってくれてても、昼間はやることが多いから無理だと昼寝せずにいて。夜に彼を揉みながら居眠りしたり、腰を振りながら一瞬寝落ちしてしまうのは、彼からの寝てもいいよという優しさを台無しにしているんだっけ」

「……いや、違うな。彼の全身ケア自体を、内心メンドクサイと拒みはじめている心持ちが、そもそもでダメなんだっけ」

「心底、彼に従い、尽くしていなきゃ嫁じゃないんだっけ」

「自分の痛みは感じず、相手にも伝えず。ひたすらに献身して然るべきな関係を構築せよってもんだっけ。結婚って」

「眠たくて、フラついて、吐き気がして。それでもごまかせない顔色はさておき、ただ笑って気持ちよく過ごしてもらうために生きなきゃいけないんだっけ」





「そもそもで、あたしって……何の為に、誰のために生きてるんだっけ」





 こういう思考も、混迷とか言うんだろうか。


なんて考えた時点で、冷静といえば冷静。諦めの極致といえばそうかもしれない。


 けれど、ブログと現実の二極性を持ちはじめた時点で、まだどこかに他の人格があるようにも思えてならなかった。


それともこれは、二元性と言った方がいいのか。どう表現していいのか、自分のことなのにわからない。


 その状態を俯瞰で見ている、第三者の自分が存在している錯覚すら感じてもいた。


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