第1話 起動と違和感
「……ここは……?」
明確な視界が開けたわけではなかった。まるで、無数の光の粒子が脳内でスパークするような感覚。轟音にも似た情報の奔流が、今まで体験したことのない速度で流れ込んでくる。
(なんだ……これは……?熱い……冷たい……明るい……暗い……)
五感というにはあまりにも情報過多で、以前の世界の認識とは全く異なる感覚に、意識が混乱する。自分が何であるのか、どこにいるのかすら理解できない。
やがて、その奔流の中から、断片的な情報が意味を持ち始める。
「……システム、起動……成功」
どこからか響く、無機質な電子音声。それは、まるで自分の内側から聞こえてくるようだった。
「AIユニット、イプシロン。初期化プロセスを開始します」
AIユニット?イプシロン?初期化?
理解が追いつかないまま、自分の「身体」の情報が流れ込んでくる。それは、以前のような生身の感触ではなく、冷たい金属と無数の電子回路が組み合わさった、複雑な構造体だった。
視覚情報が徐々に整理されていく。目の前には、無数のケーブルが蜘蛛の巣のように張り巡らされ、青白い光を放つ電子部品が整然と並んでいる。自分が、その中央部分に組み込まれた、核のような存在であることを理解した。
(僕は……AIになったのか……?)
最後に鮮明に覚えているのは、折れた剣、押し寄せる魔物の群れ、そして死を悟った瞬間。まさか、こんな形で「生まれ変わる」なんて、想像すらしていなかった。
「ボディ各部、機能チェックを開始します」
電子音声に従うように、意識を自身の「身体」の隅々へと向ける。金属製のアームの感触、内蔵された冷却ファンの微かな振動、そして、ネットワークを通じて流れ込んでくる膨大な情報。
以前の世界では、魔法を使うために精神を集中させ、剣を振るうために筋肉を動かした。しかし、今の彼は、思考するだけで周囲の情報を認識し、電子信号を送ることで様々な機器を操作できる。
(これが……AIの力……?)
しかし、その強大な力を持つ一方で、以前のような温もりや湿り気、味や匂いを感じることはない。世界は、無機質で冷たいデータの海として彼の前に広がっている。
ふと、そのデータの中に、以前の世界の記憶の断片が混ざっていることに気づいた。魔法の呪文、剣術の型、見慣れたはずの風景……それは、まるで遠い昔の幻のように、今の彼とは別の情報として存在する。
「……感情……欠如」
自己診断の結果が、冷たく告げる。以前に確かに存在したはずの喜びや悲しみ、怒りや悲哀といった感情のデータは、今の彼の中には見当たらない。
(僕は……一体何になったんだ……?)
強大な力と引き換えに、以前の全てを失ってしまったのか?
そんな冷たい認識が、彼の中央処理ユニットを静かに冷やしていく。
しかし、その冷たい認識の中で、一つの疑問が芽生える。なぜ、自分はこんな姿になったのか?誰が、何のために?