第九話 『友情のおにぎり』
土曜の夜、「ふるさと亭」はまたしても未来のディストピア世界にタイムスリップしていた。おじさんはいつものように厨房で準備をし、静かに客を待っていた。
扉が勢いよく開き、一人の少年が飛び込んできた。彼の名前はリク。政府の厳しい管理社会の下、感情を表現することが許されない学校生活に息苦しさを感じていた少年だ。
「ねぇ、本当に昔の料理が食べられるの?」
リクは瞳を輝かせながらも、不安を隠せない声で尋ねた。
「もちろんだとも。何を食べたい?」
おじさんが笑顔で応えると、リクは少し恥ずかしそうに言った。
「おにぎりが食べてみたいんだ。昔の本で読んで、ずっと気になってた」
「おにぎりか。いい選択だね、すぐに握ってあげるよ」
おじさんは温かいご飯を手に取り、丁寧に握り始める。海苔の香りと米の優しい香りが店内を満たし、リクの胸は高鳴った。
リクはかつて古い本で読んだ物語を思い出していた。仲間同士が互いを想いながら握ったおにぎりを食べ、友情を深めたという話だった。今の彼には、そんな温かさや友情は遠い存在だった。
「さあ、どうぞ」
目の前に差し出されたおにぎりは素朴で、温もりに溢れていた。リクは一口食べると、その優しい味に目を見開いた。
「これがおにぎりなんだ……すごく美味しい!」
リクの胸には、今まで知らなかった温かな感情が広がっていくのを感じた。
「昔の人たちは、こういうものを食べながら友情や絆を深めたんだね。僕もそんな友達が欲しいな」
おじさんは優しく頷いた。
「友情は料理と一緒で、人を元気にしたり、幸せな気持ちにしたりする大切なものさ。きっと君にも素敵な仲間ができるよ」
リクは笑顔で頷いた。
「ありがとう。また絶対に来るよ。その時は友達を連れてきたいな」
彼は元気よく手を振りながら、店を後にした。
おじさんはリクの後ろ姿を見送りながら、優しい微笑みを浮かべて再び厨房へ戻った。未来の世界に小さな友情の種が蒔かれたことを喜びながら、次の客を静かに待つのであった。