第七話 『家族を繋ぐ天ぷら』
また週末が訪れ、「ふるさと亭」は再びディストピアの世界へと静かにタイムスリップした。おじさんは店内を整え、厨房で天ぷらの準備をしていた。
夜が深まる頃、一人の年配の女性がゆっくりと扉を開けて入ってきた。彼女の名はハナコ。かつて大家族で暮らしていたが、食糧危機と厳しい政府の規制の中で家族は離散し、今では孤独な生活を送っていた。
「こんばんは。ここで昔の料理を出してくれると聞きました」
ハナコの声は優しく、どこか悲しげだった。
「ようこそ。どんな料理を食べたいのかな?」
おじさんの穏やかな声に、ハナコは少し迷った後、そっと言った。
「天ぷらをお願いしたいのです。昔、家族みんなで食べたあの味を、もう一度味わいたいんです」
「わかった。美味しい天ぷらを揚げてあげるよ」
おじさんは丁寧に衣を作り、新鮮な野菜やエビを揚げ始めた。油がパチパチと音を立て、香ばしい香りが広がっていく。
ハナコはその香りを胸いっぱいに吸い込みながら、かつての記憶を辿っていた。家族が一緒にテーブルを囲み、母が揚げた熱々の天ぷらを楽しんだ日々。笑い声が溢れ、家族の絆が何よりも強かった頃の記憶。
「さあ、できましたよ」
目の前に差し出された天ぷらは美しく揚がり、湯気が立ち上っている。ハナコは慎重に一口食べ、そのサクサクとした食感と素材の味わい深さに感動した。
「ああ、懐かしい……本当にあの頃の味だわ」
ハナコの目からは、静かに涙がこぼれ落ちた。離れてしまった家族への想い、失われた幸せの日々への憧れが一気に押し寄せてきた。
「料理は本当に不思議ですね。離れてしまった人たちとも心を繋げてくれるような気がします」
おじさんは微笑んで頷いた。
「その通りだね。料理には人の心をつなぎ、家族や友達との大切な絆を思い出させてくれる力があるんだ」
ハナコは涙を拭き、優しく微笑んだ。
「本当にありがとう。また、家族と一緒に食べられる日を夢見て生きていきます」
彼女は深々と頭を下げて、ゆっくりと店を後にした。
おじさんはハナコの背中を静かに見送り、再び厨房へと戻る。こうしてまた一人、「ふるさと亭」は温かな記憶と希望を未来の人々に届けたのだった。