第五話 『甘い記憶のホットケーキ』
またしても週末の夜、「ふるさと亭」は未来のディストピア世界へとタイムスリップした。おじさんは店内の掃除を終え、今日の営業に備えて食材を確認していた。
そこへ、静かに扉が開き、一人の若い女性がそっと入ってきた。彼女の名はレナ。普段は政府の厳しい監視下で暮らしているが、子供の頃に読んだ絵本に出てくる料理に憧れを抱いていた。
「こんばんは……ここで昔の料理が食べられると聞いたんですが」
レナの表情は緊張しており、怯えたような声で言葉を発した。
「ようこそ。何か希望の料理はあるかい?」
おじさんが優しく微笑みかけると、レナは少し安心した表情を浮かべ、小さな声で答えた。
「ホットケーキが食べたいんです。子供の頃に読んだ本に載っていて、ずっと食べてみたいと思っていました」
「ホットケーキか。いいねぇ、すぐに作ってやるよ」
おじさんはボウルに粉を入れ、牛乳や卵を加えてゆっくりとかき混ぜる。やがてフライパンに流し入れると、ふわっと甘い香りが店内を包み込んだ。
香りに包まれながら、レナは遠い日の記憶を思い出していた。母が寝る前に読み聞かせてくれた絵本の中に登場するホットケーキ。ふわふわの食感、優しい甘さ、そして家族の温もり――それらは彼女がいつしか忘れてしまった、大切な記憶だった。
「はい、出来上がりだよ」
おじさんは皿に積み重なったホットケーキを置き、その上にはバターとたっぷりのメープルシロップがかけられている。
レナは胸を高鳴らせながら一口頬張った。口の中に広がる甘くふわふわとした食感に、思わず目を閉じる。
「ああ、絵本で読んだ通りの味……」
彼女の瞳からは、静かに涙が溢れ出した。久しく感じることがなかった温かな感情が、胸いっぱいに広がっていく。
「子供の頃の気持ちを思い出しました。こんなに優しい味が本当に存在するなんて……」
おじさんは微笑みながら頷いた。
「食べ物にはね、幸せな思い出を蘇らせる力があるんだ。君が感じたその気持ちを、これからも忘れないでくれ」
「はい、絶対に忘れません」
レナは微笑んで頷き、心から満たされた表情で店を出て行った。
その背中を見送りながら、おじさんは静かに厨房に戻る。こうして再び、未来の世界に小さな幸せの光を届けられたことを嬉しく思い、次の客を待つのであった。