第二話 『忘れられないオムライス』
翌週の土曜日、「ふるさと亭」は再び柔らかな光に包まれ、ディストピアの未来へとタイムスリップした。おじさんは手際よく料理の仕込みを終え、静かに客を待っていた。
ほどなくして店の扉が勢いよく開き、一人の少年が駆け込んできた。少年は名前をケイといい、まだ十代半ばだが、親を早くに亡くし政府運営の施設で育てられていた。栄養管理された無機質な食事ばかりで育った彼は、食事に対して何の喜びも感じたことがないまま成長した。
「ねぇ、ここって本当に昔の料理が食べられるの?」
ケイは好奇心と不信感を混ぜたような目で、おじさんを見つめて尋ねた。
「もちろんさ。何か食べてみたいものはあるかい?」
ケイは少し考えてから、ふと顔を上げて答えた。
「オムライスって料理を食べてみたいんだ。昔の本に載ってて、ずっと気になってたんだ」
「オムライスかい、いい選択だね」
おじさんは優しく頷き、早速フライパンに卵を流し込んだ。卵がジューッと音を立てて焼ける匂いに、ケイは目を輝かせる。厨房から漂うバターの香ばしい香りが、少年の心を高鳴らせていく。
「はい、お待ちどうさま」
おじさんが差し出した皿には、黄金色のふわふわした卵に包まれたケチャップライスが美しく盛りつけられていた。頂上にはケチャップで小さく微笑んだ顔が描かれている。
ケイはひと口スプーンで掬い、ゆっくりと口に運んだ。初めて感じる、卵の柔らかさと甘酸っぱいケチャップライスの絶妙な組み合わせに、彼の表情が一瞬で変わった。
「すごい……これが本物の味なんだ!」
ケイは無我夢中でオムライスを食べ続けた。その味には、親を亡くして以来、彼が知らずに求めていた家庭の温かさや優しさが込められているようだった。
「料理って、ただ栄養を摂るだけじゃないんだね。なんだか心まで温かくなる」
ケイの呟きに、おじさんは優しく微笑んで答える。
「食べ物ってのは、人の心を満たすものだからな。君が今日感じたものを忘れないでほしいね」
ケイは涙を堪えるようにして何度も頷いた。彼の心の中に、小さな希望と夢が芽生え始めていた。
「また絶対に来るよ!」
ケイは満面の笑顔で言うと、元気よく店を飛び出していった。
その背中を見送りながら、おじさんは静かに微笑んだ。彼は次の客を待ちながら、厨房で再び出汁を引き始める。こうして「ふるさと亭」は、またひとりの心に灯をともしたのだった。