游げないたい焼き
キィ、キィ、
金属の錆びた塊は互いに擦れる度に、
悲鳴の様な悲痛の声を上げた。
「たい焼きになりてえな、」
いい歳をしたおっさんが。
年甲斐も無く。
こんな真っ昼間から。
片手にたい焼きの入った袋を持ち、
ブランコに揺られながら黄昏ていた。
キィ、キィ、
キィ、キィ、
それはリズムをとるかの様に、
一定のリズムで鳴る。
「あぁ、あ。」
口中の水分は失われるが、
程好いあんこの甘さは。
生きずらいこの時代に。
生まれてしまった苦さを相殺しても、
あんこの薄皮を口中に纏わり付かせた。
特に変哲の無い雲を見上げ。
僅かに流れる方へと目を向けた。
視線を元の位置に戻すと、
目の前には知らない女の子が立っていた。
ブランコは2つあったが、
俺が座っている所が良いのだろうか。
立ち上がろうとすると、
女の子は隣のブランコに腰を掛けた。
ギキィ、ギキィ、
隣からは、不甲斐な音が響く。
女の子は、これを知っていたのだろうか。
すっかり根の張ったブランコから、
もう動く気力は無かった。
「学校、どうした?」
ギキィ、ギキィ、
何と無く、話し掛けてみた。
別に深い意味は無い。
ギキィ、ギキィ、
平日の昼間っから。
普通の小学生は、
公園のブランコ等には居ない。
女の子「学級閉鎖。」
ギキィ、ギキィ、
「そうか。」
女の子は普通に返答した。
俺らがガキの頃は、
公園に居たお兄さんお姉さんが。
まるできょうだいかの様に普通に遊んでくれた。
だが。今や時代も時代だ。
こんな俺が女の子と遊ぼうものなら。
『変質者』
として、扱われてしまう。
ギキィ、ギキィ、
女の子「おじさんは?」
ジャリジャリジャリ,
女の子は音を気遣って、漕ぐのをやめた。
「転職活動中」
女の子「ふ~ん、」
意味が分かって言ったのか定かではないが。
ぐぅー、
腹の音だけは誰にもでも理解が出来た。
「これ。
食うか?」
俺は目を合わせる事も無く。
空を見上げながら紙袋を渡した。
女の子「これ。なあに?」
「まあ、良かったら。」
女の子「うん。」
紙袋を開ける音がする。
「たい焼き。
アレルギーとか、大丈夫か?」
女の子「うわぁあ。」
何だか声色が変わり、気になって見てしまった。
そこには、嬉しそうにする。
"純粋な笑顔"があった。
女の子「本当に、食べて良いの?」
「腹。減ってるんだろ?」
女の子「、、うん。」
俺の質問に、女の子の顔は曇った。
「、、全部やるよ。」
女の子はブランコから降りて俺の前に立った。
紙袋からたい焼きをひとつ取り出すと。
女の子「一緒に、食べよう。?」
そう、恥ずかしそうにたい焼きを渡して来た。
「あ、ありがとう。」
自分で買ったのに変な感じだ。
俺はたい焼きを再び口にした。
「なあ、たい焼き。って、泳げるのかね?」
口から出た言葉は少し、変だった。
女の子「泳げるよ。
きっと、」
そんな言葉にも。
女の子は、きちんと返してくれた。
「そうか、、」
俺の歳の半分もいかない女の子に。
俺は救いを求めたのだった。
女の子「たい焼き。
美味しいね?」
「あぁ。」
女の子「私、初めて食べた。」
「そうなのか。
なら、良かったよ。」
女の子「うん。
、、おじさん。ありがとう、」
女の子は泣き出した。
マジか、、
俺は周りを見渡した。
俺の保身の為だ。
でもそこには、誰も居なかった。
安堵と共に、心配にもなった。
拐われたら、誰にも分からないな。
俺はブランコを漕いだ。
キィ、キィ、
気まずかったからだ。
キィ、キィ、
ギキィ、ギキィ、
キィ、キィ、
ギキィ、ギキィ、
「音やべえな」
女の子「うん、」
ブランコ同士の会話は、
女の子を笑わせた。
肌寒くなった俺はブランコにも飽き。
ようやく立ち上がろうとした。
女の子「、、帰っちゃうの?」
「あぁ。」
その言葉には、何か引っ掛かった。
「風邪引くから。
まだ外で遊ぶなら、上着着ろよ?」
女の子「上着、来たら。
もう少し、ここに居てくれる?」
何だか何処かのアニメの様な台詞だった。
いやいやいや。
相手は小学生だぞ。
犯罪だ。
「家で誰か待ってるだろう?」
女の子「ぅん、、」
「なら、早く帰った方が良いぞ?」
女の子「ぅん、、」
煮え切らない反応。
けれど、俺に出来る事は何も無かった。
根を千切り取る様に立ち上がる。
女の子「たい焼き、ごちそうさま。」
女の子は暗い顔をしていた。
そんな女の子に、俺は腰を下ろした。
「また、会ったら。
たい焼き。
一緒に、食ってくれるか?」
女の子「うん!」
名残惜しさを感じながら、
敷地から出ようとした時。
女の子「バイバイ!
またね、おじさん!」
一生懸命手を振る女の子に背を向けて。
俺は小さく手を上げながら振った。
たい焼きは泳いだが。
上手く游ぐ事は出来なかった。
女の子を次に見たのは、
新聞の中の小さな写真だった。
ギキィ、ギキィ、
女の子は、【虐待】されていた。
あの時に会った女の子は、
その最中にあったのだ。
ギキィ、ギキィ、
たった少しの間だけ。
一緒に過ごしただけ。
ブランコを漕いで。
たい焼きを食っただけ。
その時間は、二度と訪れる機会が無かった。
ギキィ、ギキィ、
不甲斐なあの音が、あの女の子を連想させた。
「ごめんな、」
赤の他人が。
游ぐ事の出来ない俺が。
『女の子に、してやれる事は無かった。』
そうやって、また。
逃げた。
似通った漢字の様に。
使えなくなったあのブランコの様に。
俺もこうして、扱われる事も無く。
この社会から、少しずつ消えて行く。
目の前で気持ち良さそうに上手く泳ぐたい焼きを。
俺は羨ましいそうに、指を咥えて見ているだけ。