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真実の愛の実

林檎パイはもうしばらくいりません

作者: ありま氷炎
掲載日:2023/10/06

「ああ。美味しい」

「邪魔だから、食べたら早く帰ってよね」

「ほいほい」


 メイソンはそう返事をしながら、のんびりと食後のお茶を飲んでいる。


「門限あるんじゃないの?大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫」


 アンの問いにメイソンは手を振りながら答えた。


 メイソンはアンの幼馴染で、男爵家の次男。金髪に緑色の瞳の美青年だ。こじんまりした薬店で彼の姿は明らかに浮いていた。

 そんなことを彼は気にすることなく、アンが入れたお茶を美味しそうに飲んでいる。

 メイソン・タービン。十八歳。

 騎士団に入団して三年経つ。二年の訓練の後、正式な騎士に任命された。

 去年、実力かその容姿か、どちらの理由かわからないが、近衛騎士に抜擢。

 人懐っこい性格のためか、先輩や同僚から虐められることもなく、近衛騎士生活を楽しんでいるようだった。

 アンは彼の実家の隣に住む男爵家の次女だ。赤毛に琥珀色の瞳で、強気の性格が顔に現れた、少しキツそうな顔立ちをしている娘だ。

 小さい時は体が弱く、薬師にお世話になったことから、貴族でありながら、薬師を目指し、十二歳の時に薬師の弟子になった。

 次女であったのも幸いして、反対もなく、現在では夢を叶え、小さいながら自分の店を持っている。

 そんな彼女の店に、一週間からメイソンは昼食、夕食と押しかけている。

 二人は恋人同士ではなく、ただの幼馴染。

 メイソンは宿舎暮らしで、食堂も併設されている。

 だが、彼はやむを得ない事情でアンの作る食事をとっていた。


「あのさあ。食堂がだめなら、普通のお店で食べてくれない?毎回来られても迷惑なんだけど?」

「知ってる。だけど、もしアレを混入されていたらと思うと、お店の料理でも怖いんだよ」


 そう。

 メイソンはアレを食事入れられるのを怖がっていた。

 だからアレを絶対混入しないだろう、アンの料理を食べにきていた。

 アレというのは、真実の愛の実のことだった。

 その実を口にすると忽ち眠りに落ち、愛する者のキスでしか目覚めることができないという悪魔の実だ。

 メイソンにとっては悪魔の実にしか思えないが、女性たちにとってそれはとてもロマンチックな代物らしかった。

 近衛騎士という花形の職業、整った顔立ち、細身だが凛々しい体躯、性格も穏やかで優しい。メイソンは女性たちにモテモテだった。来るものは拒まずの彼は誘われるまま、女性たちの間を練り歩いた。

 しかし一週間前。

 悪魔の実、真実の愛の実が社交界で噂になり、女性たちが愛を確かめるために意中の男性へ試し始めた。そうなると目覚めない者もいるわけなのだが、それで愛を確かめ合う男女もいて、女性も男性も真実の愛の実に群がった。

 メイソンにも真実の愛の実を試そうと言う者たちも現れ、差し入れが増えた。

 偶然友人が彼がもらったクッキーを口にして、昏倒した。医師に見せたところ、悪魔の実のせいだとわかり、彼はすぐに友人の婚約者を呼んだ。

 悪魔の実に対して疑念があったメイソンだったが、婚約者にキスをされて目覚める友人を見て、この真実の愛の実が本物だと知った。

 それから、メイソンは一切差し入れを受け取らず、食堂の調理人が不自然な行動を見せたところから、疑いを捨てきれず、食堂に行くのもやめた。

 実家に戻ると女癖が悪い(と思われている)ことをなじられると思って、メイソンはアンの店に通うようになってしまった。

 

「じゃあ、これ。明日の朝食のパンね。こんなこといつまで続けるつもり?っていうか、もう真実の愛の実を禁止でもしたほうがいいじゃないの?上は何を考えているの?」

「取り締まりは始まっているみたいんだけど、なんだかね」

「毎日来られたら私も迷惑だから、早くどうにかしてほしいわ」

「そうだよね。ごめんね。アン。じゃあ、また明日〜」


 パンの入った袋を受け取ると、メイソンは逃げるように店を後にする。


「本当、まいっちゃうわ」

「ケケケ。何がまいっちゃうだ。嬉しいくせに」

「レニー!いつの間にいたの?」


 店にアンとメイソンの二人しかいなかったはずなのに、いつの間にか黒いドレスを身に纏った女性が当然のようにそこにいた。

 レニーは魔女であり、アンの師匠で友人だった。


「もう勝手に入ってこないでよね」

「悪い、悪い。だって邪魔しちゃ悪いだろ」


 ☆


「で、私に用があるんだって?」


 アンはレニーに使いをやっていた。

 レニーは森に住む魔女だが、手紙を寄越せばアンに会いにきてくれると知っていた。本当ならば彼女が行くべきなのだが、昼夜メイソンが来るので店を長く空けることもできなかった。


「きてくれてありがとうね。お茶でも飲みながら話しましょう。今日は泊まっていってくれるんでしょ?」

「もちろん」


 メイソンの使った食器を片付け、アンは新しいカップを取り出す。日中は薬を煮出すことも多くかまどには火を絶やさないので、すぐにお湯を沸かすことができた。

 ポットに湯を注ぎ、カップと一緒にレニーの元に戻った。


「お前さんの話は、大方真実の愛の実のことだろ?」

「そうよ」

「心配しなくても、すぐに騒ぎは収まるよ。今出回っているので、最後の奴だ。もう新しい真実の愛の実はできない」

「本当なの?」

「私がお前さんに嘘を言う訳ないだろう」

「それならもうしばらくしたら、メイソンも来なくなるわね」

「寂しいかい?」

「何言っているのよ。せいせいするわ」

「まあ、油断は禁物だね。出回っているのがいくつかなんて、私にはわからないからね」

「うん」

「まったく、あの子も厄介なものを生み出してくれたわ。おかげで魔女狩り直前だった」

「え?そんな酷いの?」

「結構被害者が出てるんだろ。王が押さえているおかげで、その方向に舵が切られないでよかったよ。本当に」

「……もし食べたら、本当に真実の愛のキス以外で目覚めないの?」

「ああ。私ら魔女にもどうにもできない」

「本当に気をつけないと!」

「そうだね。だが、メイソンは大丈夫だろ」

「え?そんな人がいるの?」

「いるだろ?」

「え?なーんだ。だったら、そんなに神経質にならなくてもいいじゃないの!もう明日来たら、追い出してやる」

「……まあ、勝手にやんな」


 レニーはどうでもいいと、パタパタと手を振り、アンが入れたお茶を目を細めて美味しそうに飲んだ。



 ☆



「アンさん。今日こそはうんって言ってくれ」

「ベラナンダさん。申し訳ありません」


 レニーは一晩泊まった後、朝食をアンに強請り、満足すると森へ帰っていった。その後、薬の補充、次に必要な薬草の一覧を作っていたら、開店の時間になった。

 チリンと扉に付けてある鈴が鳴り、黒髪の青年が入ってきた。

 顧客のベラナンダ商会の跡取り息子フォックス・ベラナンダだった。

 商会は平民ながらも夜会に呼ばれることもある有名どころ。その次期社長フォックスは見目が良いことから貴族からも縁談が持ち込まれる。勿論平民の女性にとっても、もしかして手が届くかもしれない存在。ということで、彼は女性には不自由していない。

 それなのに、フォックスは店に来ると必ずアンを食事に誘った。


「やはりアンさん。あの噂は本当なのでしょうか?タービン卿とお付き合いしていると」


 タービン卿とはメイソンのことである。


「え?どんな噂が広まっているんですか?メイソンは事情があって、うちに食事をしに来ているだけなんですよ」

「そうなんですか?よかったあ。でもお食事とは羨ましい。私もご相伴にあずかってもいいですか?」

「ベラナンダさん。とんでもないです。あの粗末なものなので」

「それでもタービン卿は食べてらっしゃるんでしょう?」

「えっと、あの」


 アンがどう断ろうかと思案していると、来客が訪れる鈴が鳴った。


「あれ?お取込み中だった?」

「メイソン!」

「タービン卿。これはなんと、良い機会。アンさんの手料理をご馳走になりたいと話していたところなんですよ」

「アンの、手料理?」

「そ、そうなの。ほら、メイソンなら気が知れてるから、私の料理でも大丈夫でしょ?しかも事情が事情だし。ベラナンダさんは私の粗末な料理なんて口に合わないと思うし」

「いいじゃない?アンの料理は美味しいし」


 メイソンなら断ってくれると思ったのに、アンの期待を裏切って、彼はフォックスに勧め始めた。


「俺の問題も片づきそうだし。そうだ。今日の昼食なんてどう?俺は今日は昼食これそうもなかったら寄ったんだけど、ちょうどよかった。ベラナンダさん、だっけ?今日のお昼アンの料理食べていけば?」

「な、何言って!」

「それは、それは。タービン卿のために用意されていた食事、卿本人が食べれない。それを私に。アンさん。ぜひそうしてください。タービン卿ありがとうございます」


 アンの返事を待たず、話はまとまってしまった。

 無責任にもメイソン本人は伝言は伝えたとばかり、ひらひらと手を振るとアンとフォックスを店内に残しいなくなってしまった。


 こうして、アンはフォックスのためにお昼を作ることになった。


 ☆


「メイソン。何かあった?」

「何にもないけど」

「なんか物凄い機嫌悪そうだけど。あ、お昼どうしたんだよ。いつもアンさんのところに行ってるだろ」

「今日はお昼抜くことにしたんだ」


 アンのところから戻ってきたメイソンは、なぜか苛立ちを隠せないでいた。

 同僚たちもいつもはにこやかな彼が不機嫌を隠さないことに戸惑っている。

 その中で、彼の友人でもあるウィルだけが何かに気がついた。


「もしかして。アンさんと何かあった?」


 指摘されてメイソンはふと店にいたフォックスの顔を思い出した。

 黒髪の美しい青年。

 メイソンも容姿は整っているが、中性的ではなく、騎士として凛々しいという意味の美しさを持っている。

 だが、店にいたフォックスは、美の女神が好みそうな細身の美しい男だった。


(何を気にしているんだ。俺は。アンだって、好きな人くらいはできる。最近俺が店に入り浸りすぎたかもしれない。そういえば、結婚しないって豪語してたけど、あいつも十八歳なんだよな)

 

 貴族であれば十六歳で社交界デビュー、そのまま婚約者を見つけ、結婚する者ものいる。メイソンも現在十八歳。腐るほど縁談の話がきていると聞いている。

 それが嫌で実家にも帰らず、騎士の宿舎に住み込み、誘われるがまま、女性たちと交際してきた。

 

(そうか。悪魔の実、真実の愛の実を使って結婚相手を見定めたい人もいるんだな)


 ほいほいと遊んでいるメイソンに結婚を仄めかす女性もいる。

 

(真実の愛の実で、愛を確認させて、結婚へ持ち込むつもりなのかな。愛ってなんだろう。ウィルは実を食べても婚約者のキスで目覚めたから、それが愛ってことだろうけど)


 メイソンへの差し入れクッキーを間違って食べてしまったのは、彼の同僚で友人のウィルだった。

 

「ん?お腹減ってるか?俺のパンを食べる?レティが作ってくれたものだから、変な物は入ってないぞ」

「……もらっていいか」

「なんだ。やっぱりお腹減ってるんだ。アンさんのところで夜は食べた方がいいよ」

 

 ウィルからパンをもらって口にしながら、メイソンは彼の言葉を聞き流した。



 「ああ、むかつく。何が問題解決よ。昨日は何も言ってなかったくせに。問題解決なら今晩は来ないわよね」


 フォックスのために煮込みスープとサラダを用意した。パンは今朝焼いたものだ。

 彼は美味しいと喜んでくれたにもかかわらず、アンはむしゃくしゃした気持ちで全然楽しめる昼食ではなかった。

 昼食を終え、お茶を出してから、話も盛り上がることもなく、フォックスはいそいそと帰っていった。

 顧客で、しかも有名な商会の跡取り息子のため、粗相はできない。けれども気分が苛立っていて、会話をうまく繋げることができなかった。


「これも、メイソンのせいだわ。今度会うことがあったら文句いってやる!」


 食事のためにメイソンが来なくなれば、次はいつになるかわからない。

 それに気がつき、アンの怒りの炎はたちまち消火され、今度は虚しい気持ちになってしまった。


 店を閉めるのは、午後七時だった。

 ゆっくり食事をしたいため、店を閉めてから、食事を取る。 

 お腹が減ったら、炒った豆を食べたり、ミルクの入ったお茶を飲んで凌いでいた。

 店を閉め、片付けを終わらせ、店内の明かりを消そうとした時、扉を軽く叩く音がした。


「俺だよ。俺、まだご飯余ってる?」

「メイソン?どうしたの?問題解決って言っていたじゃない」

「それが、まだ先なんだ。お腹減った。何か食べさせてくれ」


 情けない声を出され、アンはメイソンを招き入れた。


「昼の、あなたが食べなかった煮込みスープが残ってるけど、それでいいかしら?」

「ああ、煮込みスープだったんだ。やっぱり譲るんじゃなかったなあ」

「え、譲った?」

「うん。だって、あの人、アンを好きなんだろ?」

「はあ?なんでそんなこと」

「見てればわかるって。それでどうだったの?」

「それ以上聞いたら追い出すわよ」

「あ、ごめん。スープ頂戴」


 本当に空腹のようで降参とばかり、メイソンは素直に両手を上げた。


(メイソンは気にしていないんだ。やっぱりね。知っていたけど)


 彼に椅子を勧めた後、煮込みスープを温め直すためにかまどへ向かう。

 メイソンはフォックスのことを全く気にしていない、それどころか彼を応援するような姿勢を見せていた。そのことにアンはひどく落胆していた。


 ☆


「これ、明日の朝食のパンね。お昼はどうするの?」

「あの男、ベルナンドだっけ。来るの?」

「し、知らないわよ」


 帰り際、いつものようにパンの入った袋を渡していると、意外なことを聞かれ、アンは袋を落としそうになった。


「あ、危ないなあ。アンはあいつのこと好きなの?」

「な、何言っているの?」

「だって、あいつ綺麗だろ?」

「綺麗って。メイソンもそうじゃない」

「俺はかっこいいけど、綺麗じゃない」

「かっこいいって。自分で言う人はあなたくらいでしょ?」

「ははは。だって事実だろ」

「そうだけどね」

 

 アンはいつもなら否定するか、茶化すところだが自然にそう答えていた。そんな彼女をメイソンはじっと見つめている。


「何、見てるの?」

「アンにそう思われているなんて初めて知った」

「……そう」

「あの人が来ないなら、明日も俺、来ていい?」

「勿論よ。ベラナンダさんはお客さんよ。あなたは別なんだから、いつでも食べにきてもいいんだから」

「別……。そっか。じゃあ、明日も来る」

「そう。じゃあ、準備してるから」

「うん」


 メイソンは微笑み、アンもつられて笑い返す。

 苛立ちも落胆も嘘のように消えていて、アンは嬉しい気持ちでメイソンを見送った。


(あー、やっちゃった)


 アンは自分のメイソンへの気持ちに気がついていて、彼を褒めるような言葉を言ったことがない。今日は油断して、素直に答えていた。


(しかも、別とか、いつでも食べにきていいって、馬鹿じゃない。私!)


 自分の気持ちがバレバレではないかと、アンはしゃがみ込んでしまった。


(大丈夫。バレていない。本当。油断大敵よ)


 メイソンはモテる。

 自分の気持ちに気がつかれて距離を置かれたりするのは嫌だった。


(もうちょっと、しっかりしなきゃ)


 アンは立ち上がり、扉の鍵を閉めるとメイソンのために出した食器を片付け始めた。



 ☆


「え?だめですか?」

「ごめんなさい。今日はメイソンが来るって言ったので」

「そうですか。残念です。明日はだめですか?」

「ベルナンドさん。私の手料理は本当お粗末なんですよ。だからベルナンドさんのような方にお出しするのはやはり間違ってます」

「しかし、タービン卿は」

「メイソンは幼馴染なので特別なんですよ。ほら、家族のようなものなので」

「……家族ですか」

「ええ」


 翌日、開店と同時に現れたフォックスにアンはきっぱり断りを入れた。


「じゃあ、外で食事を」

「あのそれも」

「アンさん。これで最後にしますから。お願いします」

「わかりました。最後ですね」


 最後と言われ、アンは仕方なく彼の誘いに乗ることにした。

 顧客と言えども、無理は聞けない。

 またそこまでして店を大きくしたいという野望もアンにはなかった。

 フォックスの実家、ベルナンド商会は確かに規模も知名度も高い。しかし、アンにも誇りがあった。媚を売るような真似はしたくなかったのだ。

 そう思って今まで断っていたが、最後と言われば、一度くらいいいかとアンは思ってしまい、誘いにのった。


 ☆


「ごめん。明日のお昼は店にはいないの。朝早くきてくれたら大丈夫だけど」

「そこまでしなくてもいいから。じゃあ、夕食は来てもいい?」

「もちろんよ」

「じゃあ、明日の夜な」


 いつものように夕食時に来たメイソンに、アンは明日のお昼をフォックスと一緒に外食することを伝えなかった。


(何の用か。聞きもしないもの。興味ないのよ。きっと)


 彼を見送りながら、アンは少しだけ不貞腐れた気持ちになる。


(気にしない。気にしない。私が一方的に想っているだけなんだかさ)


「あ!朝食のパンを渡すのを忘れてた!」


 明日のことを伝えるのに気持ちが集中していて、大事なことを忘れていた。

 追いかけようと店の扉を開けて、メイソンの背中を探してみるが、見つけることはできなかった。


「ああ、もう。これじゃ、メイソン、朝食もどうにかしないといけないじゃないの」


 手に持った袋を乱暴に握る。

 けれども、すぐに別の考えが浮かんだ。


(きっと、私がなんとかしなくても、大丈夫よ。彼には好きな人がいるみたいだし。その人に頼んだり。ああ、でもメイソンは好きな人には何も話せないのかな)

 

 彼がモテモテなのは知ってるし、だからこそ真実の愛の実の混入が怖くて、わざわざアンの料理を食べてにきている。


(本当、私ってなんなんだろう。律儀に食事を作ったりして。彼には好きな人がいて、その人が食事を用意すれば済むことなのに。ああ、それとも、一度真実の愛の実を食べて、その人にキスしてもらえれば、他の女の人たちも諦めるに決まってる。そうすれば問題は一気に解決。なのに、なんだか、私、馬鹿みたい)


 扉を閉めて鍵をかける。

 考えがどんどん暗い方向に向かっていくのがわかっていたが、アンは止められなかった。


「あ〜、早く、この騒動が終わればいいのだわ。そしたら、メイソンも食べ物に警戒しないで済むし、わざわざ私のところへ来る必要もなくなるんだわ」


 そうなると自分が寂しくなるだけなのだが、アンは口に出してそう言わずにはいられなかった。



 ☆


「メイソン。お前の苦労も終わるぞ」

「ウィル。どういう意味だ」 

「いよいよ陛下が動かれるみたいだ。元締めを摘発して、関わったものを一斉に検挙するらしいぞ」

「やっとか。長かった」

「よかったな」


 宿舎に戻ると、ウィルに話しかけられた。

 ウィルも宿舎暮らしをしているが、結婚したら、婚約者の家に引っ越す予定だった。彼は次男で婚約者は男爵家唯一の娘だった。家柄も釣り合いが取れて、本人たちも恋愛結婚。理想的な結婚だ。


「アンさんの料理を食べる口実がなくなって残念だな」

「なんだよ。口実って」

「口実だろ」


 揶揄うように肩を押され、メイソンはむっとして睨んでしまった。


「こわいこわい。メイソンがそんな顔するのはよっぽどだな。あ、湯浴みなら急げよ。そろそろ閉まる時間だぞ」

「早く言えよ!」

「ははは」

 

 宿舎なので食事や浴室が使える時間は限られる。

 夜勤などもあるのだが、浴室は0時から午前4時までは利用できないことになっていた。

 けれども管理者によって時折早くしまったりするので、油断はできない。

 メイソンは慌てて部屋に戻って着替えなどを取ると、浴室へ向かった。

 彼がウィルにもっと詳しい話を聞けばよかったと後悔するのは、翌日の昼過ぎだった。


 ☆


「これ、林檎パイですか」

「そうですよ。どうぞ」


 翌日お昼少し前に迎えにきたフォックスの馬車に乗り、アンはお店に向かった。

 馬車で二人きりになるわけにはいかないと思っていたら、彼のメイドらしき女性が同席していた。女性は挨拶もすることもなく、終始無言。それを不思議がりながらも、ひっきりなしに話しかけてくるフォックスに対応していると、目的のお店に到着した。

 予想よりも小さなお店で、アンは胸を撫で下ろした。

 立派なお店であれば貴族の茶会か夜会で着るようなドレスを用意しなければならないと思っていたところだった。


「ダメでしたか?」

「とんでもないです。楽しみです」


 エスコートされ馬車から降りた後、立ちすくんでしまい、フォックスが勘違いしたようなので、アンは否定した。


「よかったです。どうぞ」


 にこりと微笑まれ、大概の女性ならその美貌にくらりとするところなのだが、アンは平然と受け流して、店に入った。

 フォックスはそういうアンのところも気に入っているのだが、彼女は気がついてなかった。

 前菜から始まり肉料理が運ばれ、最後はデザートだった。

 林檎パイが目の前で切り分けられ、アンの皿に盛られる。

 フォックスに勧められ、口に入れると甘酸っぱい味が広がった。


「……アンさん。美味しかったですか?私はまだ食べたことないのですよ。皆さん、この真実の愛の実に夢中らしいですけど」


 フォックスがそう言った声をアンが聞くことはなかった。

 彼女の最後の記憶は林檎パイによく似た食感と甘酸っぱさだった。



 ☆


「真実の愛の実を売っていたのはベルナンド商会だったのか?」

「そうだ。今頃兵たちが乗り込んでいるはずだ」

「ウィル。悪いけど、今から早退する。隊長にうまく説明しておいて」

「え?嘘だろう」

「本当だ。悪い!」


 ウィルから分けてもらったパンを齧りながら、メイソンは昨日の話の続きを聞いていた。

 朝食は昨日アンからパンをもらい忘れていたので抜き、お昼にウィルからパンを少し分けてもらった。そこで話を聞き、メイソンは昨日のアンの言葉を思い出した。

 お昼の約束、それがフォックス・ベルナンドだとは限らない。しかし確かめようと彼は王宮を抜けアンの店に走った。

 店の扉には昼食時間という掛け札。

 時間はまだ午後二時。

 昼食時間で収まる時間だ。


(なんで、俺は聞かなかったんだ。何の用事かって)


 メイソンは、気にしないふりをしていたがそれは聞くのが怖かったからだった。フォックスと食事をするなどと聞いてしまったら、反対しそうだったからだ。


(別に反対したかもしれないけど、聞けばよかった。なんで変な意地を張って。いや、でもわからない。あいつと食事じゃない可能性もあるんだ)


 その可能性を信じて、周りの店の者に確認してまわったところ、嫌な予感は的中した。

 そうすればやることは一つ。

 ベルナンド商会に向かった。

 兵たちでごった返す中、近衛兵の特権を使ってフォックスの行方を聞いてみたが、まだ捕まっていないとうことだった。

 アンの店に戻って、フォックスが使っていた馬車の行方を探そうとしたところ、店の前で黒いドレスを身に纏った女性を発見した。


「お前さん、いいところにきたよ。来な」

「え?あなたは誰?」

「私はアンの友達さ。アンが病気なんだ。早く来ておくれ」

「病気?」

「眠りの病さ」


 魔女レニーからそう聞き、メイソンはめまいを覚えた。


「ベルナンドの野郎がつかったのか?」

「そうだとも」

「あの野郎!」

「怒りは後だ。早くアンを起こしてやんな」

「お、俺が?」

「嫌かい?じゃあ、フォックスに頼むかね。あの坊や、かなりやる気だったけど」

「一緒にいるのか?」

「ああ、面倒だから一緒に捕まえてる」

「捕まえてる?」

「ああ、説明が面倒だ。とっととついてきな」


 レニーは舌打ちをするとメイソンの腕を掴み、歩き出した。

 その速度は尋常ではなく、彼は必死に足を動かしてついていく。

 森がこんなに近かったのかと錯覚するぐらい、彼らは森の魔女の家にたどり着いた。


 ベッドに眠るのはアンであり、床には手足と口を縛られた男女が転がっていた。


「この!」


 男はフォックスで、メイソンは掴みかかりそうになった。

 フォックスも現れたのがメイソンだと気がつくと暴れ出した。


「うるさいねぇ」


 魔女レニーはそういうと、杖を振るってごんと頭を叩き、彼を黙らせた。


「杖ってそうやって使うのか?」

「使うわけないだろ。魔法使うのも勿体無いからだよ。ほら、王子様。アンを起こしてやんな」

「お、俺?だから無理だって。愛する者のキスだろ。俺では無理」

「そうか。なら、フォックスで」

「あいつで試すくらいなら、俺が先にする」

「ほう、そうかい。じゃあ、頼んだよ」

「起きるかどうかはわからないぞ」

「大丈夫、起きるさ。アンはお前さんのことを好きだからねぇ」

「あ、アンが!?」

「知らなかったかい?馬鹿だねぇ」

「馬鹿ってなんだ。知るわけないだろ。いつも悪態ばっかりつかれて、ああ、最近は違ったな」


 メイソンはアンが誉めてくれたことを思い出し、口元を緩ませる。


「気持ち悪いねぇ。さあ、早くやんな。そんな顔するくらいなら、好きってことだろ」


 魔女の言葉を彼は否定しなかった。

 アンは気の合う幼馴染で、女性だと意識したことはなかった。けれども一緒に食事をするようになり、その笑顔がとても愛おしく思えたのは本当だ。


「真実の愛か。知らないけど」


 自身が抱いている思いが「真実の愛」に該当するのかわからなかった。

 けれどもフォックスではなく、自身のキスでアンが目覚めてくれればと願った気持ちは確かだった。


「……じっと見るのはやめてくれないか?」

「ああ、ごめんよ。ほら、後ろ向いてやる」

「振り返るなよ」

「はいはい」


 魔女レニーが後ろを向いたのを確認して、メイソンはアンのベッドに近づき、その唇に自身の唇を重ねた。甘酸っぱい味がして、アンがゆっくりと目を開く。


「メイソン?」

「起きた。起きた!」

「え、何があったの?どうして、ここに。ベッド?え?」


 メイソンはアンのすぐ傍で顔を真っ赤にしていた。


「ふふふ。めでたし、めでたしだ」

「レニー?どうしたの?え?」

「……俺、アンが好きみたいなんだ」

「みたいじゃなくて、好きなんだよ。真実のキスで目覚めただろ?」

「真実のキス。え?なに?私眠っていたの?」

「そうだよ。アン。あの馬鹿が真実の愛の実をパイにしちまったんだ」

「あれが?」

「そう」

「いっぱいあったわ」

「大丈夫。誰かが口にしたら残りは消えちまう。そういうものだ」

「ならよかった」

「よかったじゃない。なんで、そんな無防備に食べ物を口にするんだ。男の誘いに簡単に乗って」

「だって、最後って言っていたし。メイソンも気にしてなかったじゃない」

「俺は知らなかったんだ。知っていたら止めてた」

「本当?」

「本当だ」

「あ、もう。痴話喧嘩は他所でしな。こいつらは私が締めておくから」

「あ、フォックスは兵に引き渡す必要がある」

「安心しな。私がやっておく」


 魔女レニーが大きく頷き、二人は追い出されるように家を出る。


「どうやって帰ろうか」

「ゆっくり帰ろうぜ。帰ったら、何か作ってくれるか?」

「いいけど」

「林檎パイだけは勘弁な」

「それは私もしばらくはいい」


 メイソンはしばらくしてアンに結婚を申し込む。

 真実の愛の実の話を二人が誰かに話すことはなかった。

 二人は友達のように寄り添いながら、幸せな結婚生活を送ることになった。


 めでたし、めだたし。


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