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〜太陽の彼女〜

プロローグ             


一 章 真夏のカケラ        


二 章 真夏のイントロ       

 

 三 章 真夏のジャンプ       

 

 四 章 真夏のメランコリー     

 

 五 章 真夏のサヨナラ      


 エピローグ             

 



海に溶ける君、雪に染まる僕(太陽の彼女)


  マイナス100度の太陽みたいに 

  身体を湿らす恋をして  眩暈がしそうな真夏の果実は 

  今でも心に咲いている  遠く離れても黄昏時は 

  熱い面影が胸に迫る

四六時中も好きと言って

夢の中へ連れて行って忘れられないHeart&Soul

夜が待てない砂に書いた名前消して

波はどこへ帰るのか通り過ぎ行く Love&Roll

愛をそのままに涙の果実よ


~真夏の果実 サザン・オールスターズ~ 




プロローグ


 江ノ島までの道程は良く知っていたつもりだった。

秩序知らずだった学生時分には第三京浜を何分で通り抜けられるかを勲章にもしていた。


 踏み切りの多い小田急線は、車を転がしてたボクには「厄介な代物」であったけど、乗り換えなしであの江ノ島に連れて行ってくれることだけは最高の電車だった。


 1990年二月一日

その日は朝から大雪だった。

待ち合わせをした新宿駅で、同行の広告代理店の人間を既に30分以上待ちながら、ボクは2本目の缶コーヒーをすすり出した。

「お待たせしました。いやぁ、参りましたねこの雪には・・・。」

 長靴に山男のようなフード付ジャケットを着込んだ加越という広告マンは、煙草で黄色くなった歯を惜しげもなくさらけ出し笑った。

「大変でしたね、国立でしたっけ?ご自宅は。ここまでどのくらいかかったんですか?」

 ボクはありきたりの社交辞令を言いながらも、これからこの長靴男と海辺を歩くことを考えて気が滅入ったが、そんな思いはすぐ忘れられた。なぜなら、それよりも辛い現実が今すぐそこにあったからだ。


 教訓、雪の日に電車に乗ってはいけない。


 電車の遅れは予想をはるかに超えていた。すし詰めの車両をまるで梅雨時の不快指数と同じ状態にしながら、その状態がまるで「あなた自身のせいです」と言わんばかりの空気と一緒に当初の到着時刻を2時間以上も遅れて午後2時頃目的地に到着した。

 そこで待ち受けていた向山という現地の顔ききを名乗る男に平謝りの末、「顔合わせ」の儀式は始まった。


加越の、

「でも、まぁ不幸中の幸いですね。昼時を外したから、ゆったりと話がでる・・・」

というセリフに、”いったいどこの世界に季節外れの大雪の海のリゾート地を好んで訪れる輩がいるだろうか?昼時もその他の時間も客数なんてさして変わるわけないだろう。”

そう思いながらもボクは持ち前の笑顔で頷いた。

 外は吹きすさぶ大雪。もはや帰りの電車の保障もない状態に、ため息を飲み込みながら、もう笑顔は限界かなと思った頃、向山という男の機嫌も治り、その饒舌に更にため息を飲み込むハメになった。

 1時間を越える”無駄話”を終えて、「まぁ、いっちょ場所でも見てみっか」という向山の声に煽られ、ボク達は浜辺を見に行くことにした。30cmは超えていると思われる積雪に、向山から長靴を褒められ、はしゃぐ様に歩く加越を一瞥して、ボクはどうにか海が見える位置まで来て立ち止まった。


「ほうら、あのあたりがあんた達に貸すと言ってる山鹿んちのしょばだ。よぉ~く見てやんな、なんてたって、海の家やる奴らはこれでみんな一年食いつなぐんだからなぁ・・・」

 向山の指差す場所など全く識別できないほど、あたりは一面の白だった。


 でも、その指差す場所が分からないことも気にならず、ボクはその景色に魅了されてしまった。雪が、海に溶けていく・・・。

 薄暗い海になす術も無く、はかなげに溶けていく真っ白な雪に、ボクは色も音も温度も奪い取られ、只々立ち尽くすだけだった。




第一章 真夏のカケラ


あの暑い夏を思い返していた。そう言えば、あの夏から何年の日々が過ぎたのだろう。あれからボクはただ走り続けてきた。それが時として幻であると感じ、時としてリアリティを持ちながら、ボクを励まし、勇気付け、癒していた。

 いくつかの場面をスローモーションでリフレインしながら、ボクは彼女を追っていた。


 魔法はかかっているのだろうか?

魔法?魔法はかけたんだっけ、かけられたんだっけ・・・。 

兎にも角にも、鏡に映る自分の姿に関係なくそのままボクはただただ月日を刻んでいった。


 そう、あの夏は、こんな風に始まった・・・。

 1990年を目前に、我が赤松製菓株式会社の企画会議は白熱しているように見えた。実利に則したキャンペーンを!

エンドユーザーに響くお金の使い方でなければ!顧客をまず第一に考えろ!様々な意見を凌駕したのは、

「50周年ですよ。半世紀に1回ですよ。ここででっかいアドバルーンを上げなければいつやるんですか?」

という常務の意見だった。


 この言葉は、妙な説得力とともに、その後準備されていた『50周年スイーツ・ビーチハウス完成図』に輝きを伴なわせた。


 当時は確かに、一定地域でのサンプリングや販売を目的に、企業が俗に言う海の家をキャンペーン場所として利用するケースが増えてはいたが、50周年を迎える我が社の主力商品は“ぜんざい”だ。焼け付く陽射しにのど越しが極めて悪いぜんざいをどうやったら結び付けられるんだろう。


 そんなハテナは全く関係なく、実施の決定を勝ち取った常務は浮かれ気分で、

「まぁ、とりあえずやってみよう!なぁ、大したことじゃない。咲良、お前に託すぞ。凄い事じゃないか、我が赤松製菓の未来をかけて挑む事業だ!考えても見ろ!夏の海だぞ、リゾートだぞ。なぁに、そのうち俺が助っ人を調達してやるから心配するな」

 そのまくし立てるような話し方が人を不安にさせることをこの人は全く考えていないんだろうなぁ・・・。

 ボクは毎度のあきらめ顔で、想定される被害を兎に角小さくすることだけを考えていた。

アンチテーゼでしかない感情も、実際の夏の海を思い浮かべると、それはそれでなんとなく浮かれ気分になってしまう。"まぁいいか・・・、決断力と行動力に時間的なギャップがあることがボクの欠点だ。とりあえずと言った後で、失敗することが今までの人生経験上、どれだけあっただろうか・・・。

 学生時代に"何でもイイ族・何処でもイイ族"と揶揄されたほどの優柔不断なボクは、またここでも失敗したわけだ。

兎にも角にもと、海の家を利用したプロモーションの前例を調べていると、監督官庁の複雑さから法規まで、めんどくさいことが山積みであることがわかった。同僚から同情しか伝わらない励ましを受け、ボクはげんなりとしながらも通常業務の他にこのプロジェクトの企画案を作成することに没頭した。


 助っ人はまもなくやってきた。汐田と名乗るその男は、少しやり手のような出で立ちで愛想なさげに挨拶したが、どこか生真面目そうな一面が垣間見れた。

「汐田です。今までは制作プロダクションで、営業やってました。常務とは自分が学生の頃から長い付き合いでして、子分のようにお付き合いさせていただいております」

 えっ?子分?あのC調子人間の子分?あちゃ、こりゃ助っ人どころじゃないぞ・・・。


「あっ、宜しくお願いします。咲良といいます。なんかあれですね、未だ寒いのに海の家なんてピンときませんよね・・・。」

 あれっ?反応がない・・・。なんかNGワード食っちゃたかなぁ?ええい!こういうときは酒に限る。

「あっ、汐田さん、もしお時間があったらこれから呑みに行きませんか?ほら、お近づきのしるしって大切でしょ!」

「おっ、いいですねぇ。行きましょ行きましょ」

 大体にして、広告系の人間は飲みにいくことが商売みたいな時代だった。好きな誘い言葉は「呑みに行かない?」嫌いな返事は、「今日は都合が・・・」が合言葉のようになっていたから、彼は二つ返事で引き受けてくれた。


「そうでしょ!ねっ、あの人はだいたい調子良すぎるでしょ!」

 3杯目の生ビールを空にした頃、汐田は少し饒舌になってきた。

 でも、待てよ、子分だって言ってたよなぁ。もしかしたらブラッフかもと一瞬思いながらも、ボクも4杯目の生ビールで、汐田を呼びづてしてしまうほどに盛り上がってしまった。

 汐田はボクと同い年で、痛いところや痒いところ具合が似ている、なんとも居心地の良い奴だった。ボクは今回のプロジェクトで初めて元気になったような気がした。

「汐田ってさぁ、雪が海に溶けるところ見たことある?」

「えっ?雪?さあねぇ、冬は海行かないからなぁ、あんまり。特に雪が降るような日に海行ってどうするの?」

「だよねぇ、それがさぁ行ったのよ今年の2月に江ノ島、汐田もさぁ、いつか悩まされると思うけど、向山ってちょっと危なそうなオッサンに会いに雪の海まで・・・。」

 ボクは、特に抑揚もつけずに、その時の情景を話して聞かせた。

「へぇ、咲良さん・・・、サクちゃんでいいか、サクちゃんて意外とロマンチストなのねぇ。」

「忘れられないんだよねぇ、なんか『見ちゃった』って感じ。ホント、色も、音も、温度までも無くなっちゃった。」

「雪の海ねぇ、でも、まずその前に夏の海やっつけないとでしょ」

 ボク達はお互いの夢の話しまでひけらかし、安い居酒屋にしてはご機嫌極まりないな宴会を終えた。


 その日からボク達は、どちらともなく夜のプロジェクト・ミーティングを日課とし、夏の海に胸をときめかせていた。

お互いに自分たちの性格をさらけ出したあとは、きっともう、言いだしっぺの張本人は忘れてしまったであろう夏のイベントの成功について、真面目な議論も始まった。

「まずは集客でしょ。それから食品会社がやる意義っていうかコンセプチャルな部分。 このあたりがしっかりしていないとね」

 汐田はちょっと広告マン的な言い方をした。

「そうだね、でもさ、稼ぎに走ると揉めるよきっと。だって周りはひと夏の稼ぎで1年食おうっていう連中ばかりだからね。」

 ボクはうっすらと昔、向山が言っていた言葉を思い出しながら言った。


 ボク達は周りに影響のない商品とサービスを喧々諤々と話し合い、思いを馳せていった。 

 ボク達は、他の海の家の配慮を考えて飲食のサービスは、売り出しの主力商品「濃厚まったりぜんざい」以外は、海の家では定番のラーメンや焼きそばといった定番メニューを置かずに、缶ビール・缶コーラに限定し、その代わりにアイスクリームの販売をすること、お土産商品として「夏ならやっぱりTシャツでしょ!」の汐田の言葉を信用して調達することにした。その他、約2ヶ月に渡る開催期間に切り盛りするイベントの内容と方法、更にはスタッフの確保とその予算化と、綿密に計画を立てていった。ちょっとしたベンチャー企業のような、自分たちで決めていくワクワクさに充実した毎日を送っていったのだった。


 ある日、汐田が浮かない顔をしていつもの居酒屋に顔を出した。

「よぉ、遅かったじゃない。どうだったTシャツ。」

 汐田は途中までの経緯と事業計画を常務に説明するということで、外回りをしていたボクといつもの場所で待ち合わせをしたのだった。

「事業内容的には問題なし。まぁ、人の問題とか細かな問題はあるにせよ」

「ふんふん、人は考えないとな・・・。それで?」

「いや問題はTシャツなんだ。常務がさぁ、俺に任せろ!って言って、早速発注しちゃったんだ」

「あれま、流石に早いねぇ親分は。それでそれで?」

 ボクはもうビールが入ってるから調子が良い。

「いや、問題は数なんだ」

「数?大丈夫だよ、50万人から来るんだよ!夏の湘南だよ!ビビるなよ、2000でも3000でも売ってみせるって!」

 ボクは正直言って出来上がっていた。

「いや、実は5万なんだ」

「えっ?」

「5万枚も発注しやがったんだよ、あのC調が。それでもって、それに予算かけちゃったから、他のモノは、予算なしで乗り切ってくれ・・・。だってさ」

「ゴマン・・・。あちゃちゃ・・・。」

 ボクは、何故か『黄色いハンカチ』よろしく無数のTシャツが洗濯物のように干されている光景が頭の中を駆け巡り、言葉を失いながらもかろうじて3杯目の生ビールを注文した。

「最初に予算を使ってしまったってことは、Tシャツの売り上げから随時予算を継ぎ足していかないといけないってことだろ?」

「まぁ、そうなるね、支払い債渡にもよるだろうけど、イベント終了時精算ってわけにはいかないだろうな」

「細かな経費管理は経理部に任せるとしても、当面のキャッシュフローは俺たちで把握していかないとな、特に人件費含めたランニングのコストは支払いが滞ると大変だ」

「ああ、全くあのC調オヤジには苦労させられるぜ」

 その日のボク達は頭の中で計算ばかりしてたので、酔いもそこそこの消化不良だった。


 その後もTシャツ事件はボク達の頭を強烈に殴りつけながらも、前向きに夜のプロジェクト・ミーティングは進んでいった。

「問題は何をメインのイベントにするかだよなぁ」

「ぜんざいかぁ。当然、あったかとか優しい

とかのテーマで集約されちゃうんだよね」

「だいたい、ぜんざいなんてこのバブルの時

に合ってないよなぁ、なんてそんな業界に転職してきた俺もどうかと思うけど。」

 ボク達はアイディアを捻り倒したが、なかなか良いアイディアは浮かばない。アイディアの枯渇は潤いが大事とビールをお代わりしながら、アイディアミーティングを続けた。

「まぁ、映画だったらこんな時にスペシャル

なアイディアが飛び出してうまくいくんだけどなぁ」

「汐田は映画ってどんな作品が好き?」

「イージーライダー!」

「えっ?」

 ボクは間髪入れずに応えた汐田の様子に少しびっくりした。

「知らないの?デニス・ホッパー、ピーターフォンダ。あのチョッパーハンドル、カックイぃ~!」

「いや、知ってるけど・・・。あんまりズバっと言うもんだから」


 そうか!とボクは思った。

商品から入るから、そのイメージに行き詰っちゃうんだ。それを取り巻く物語が主役になればいい。ボクたち自身を売り込む!という手があるはずだ。それには、わかりやすさが一番だ。 そう考えたとたん、インドアの発想からアウトドアに切り替わった。

「映画やろう!野外で!Movie at the Night beach。夏の夜に波の音と車のノイズを効果音に映画を見るのさ!ビールもコーラも販売できる。それに主力商品の「濃厚まったりぜんざい」いや「冷たい濃厚まったりぜんざい」だ!横の海の家にラーメン売ってもらってもOK!夜の海辺に映し出す、貴方のとっておきのあの作品。」

「イージーライダー!」

「そう、イージーライダー!そうさ、赤松製菓は菓子メーカーだもん。名前も “ビーチスイーツ”にしよう!」


 ワクワクしていた。汐田もさっきのTシャツのショックはどこかに吹っ飛んだようだ。だけど、ボクは分かっていた。汐田よ、そんなことで盛り上がりを消したくなかったから言わなかったけど、イージーライダーはダメだ。ワイルドとスイーツは合いそう無い・・・。


 次の朝、ボクはいつもより早く出社し、取る物取らず外出した。そして訪問先に着くや否やすでにそこにその人がいることが分かっているようにドアを開ける前から声をかけた。


「中窪さ~ん!おっはようございま~す!お茶持ってきましたぁ~」

 ボクの営業先の映画館でまもなく勤続40年を迎えるその初老の映写技師は、“映画と餡子に関しては、誰にも負けねぇ”が口癖の、でも口数は少ないボクのこよなく愛する映画人だ。

「はい、おはようさん。何だい?お前が朝早くから来るってこたぁ、たくらみがあるんだろ?」

「そうなんですよ!本当なら“とらやの羊羹”でも土産に持ってきたかったんですけど、朝だから開いてなくて」

「調子いいこと言って。で、何だい?相談ってのは・・・」

「野外映画ってどうやるの?何が必要?場所は海なんだけど!」

「野外映画ぁ?今どきは流行らねぇぞ、そんなもの」

「いいんだって、絶対面白いから!」

「野外映画ってのはなぁ、一番の難敵は音だ!映画ってのはその場所に臨場するから。 もっというと、それをいっぱいの人が体験しているから面白いんだ。野外映画は、屋外だから、反響音もねぇし、だから、ほとんどがドライブシアターにしてるわけよ。音の問題を短絡的に解決してるんだありゃぁ。でもなぁ、車のカーラジオに音拾わせて、ガラス越しに観るなんてつまんねぇじゃねぇか。映画は、やっぱり屋内よ!ちょっとかび臭いくらいの小屋がいいねぇ。」

「そうか・・・。でもね、中窪さん、ドライブシアターはダメなんだ。浜辺だから。なんとかなんない?」

「なんともなんねぇな。100人くらいに観せるのだったら、なんとか4チャンのスピーカーでもいけるだろうけどな」

「100人かぁ、よし、ありがと。他には何がある」

「映画に必要なものって、おめぇ、そりゃスクリーンだろ、銀幕だろ。おっと、銀幕じゃなけりゃダメだぞ。最近はなにやらシロモノもあるが、あれじゃダメだ。光り方が違う」

「そうか、銀幕ね・・・。どうしたら手に入る?銀幕、お金ないんだ・・・」

 久しぶりだった。こんなに真剣なのは。やらされている感のない仕事。学生の頃のサークル活動のようだ。ボクは、たたみかける様に今回の騒動を話し、最近、閉館になった知り合いの映画館に連絡をとってもらい、なんとかかんとか銀幕を手に入れた。あとはスピーカーだ。


 スイーツ・ビーチハウスの建設が始まった6月、汐田に現場に飛んでもらい、ボクは友人のいるスピーカーのメーカーを訪ねていた。

 スピーカーではそのブランド力を含め、他を圧倒していたB社だが、その社風は以外にフレンドリーな感じがした。

ジーンズ姿で登場した宣伝課長は、アメリカに本社を持つ会社という開放感か、時間を忘れるほどの余談のみの打ち合わせで、最後に最高の商品を用意してくれて、送り先だけをアシスタントに告げておいてくれと言いながら颯爽と去っていった。

 なんともカッコイイその振る舞いに、ボクは、スピーカーは一生B社にしようと固く誓った。


 その日、海帰りの汐田と久しぶりに夜のプロジェクト・ミーティングでお決まりの生ビールを飲み交わした。

「汐田ぁ、カンペキだよスピーカー。あれなら、ロックイベントも組めちゃうぜ」

「ロックイベントかぁ・・・。腕がなるねぇ」

「あれっ?何?もしかして、汐田もなんか楽器やるの?」

「えっ、まぁね、ギターを少々・・・、アコースティックだけどね」

「へぇ~、俺も少々やるのよ。いっそのこと、映画の余興は二人でやっちゃおうか!」

「おっ、イイかもね。海でギターかぁ、まるでワイルドワンズだね。サクちゃん!」

「せめて、ビーチボーイズにして欲しいナァ・・・」

 C調常務のおかげで、紆余曲折はあったにせよ、ボクたちのテンションは、最初に夢を描いていた頃に戻っていた。


 それから数日後、デスクワークをしている最中に、電話口を押さえた女性社員からボクは名前を呼ばれた。

「咲良さ〜ん、一番に電話入ってますよ、なんかちょっと怒っているみたいな感じ?」

「えっ?何かやったかなぁ」

ボクは緊張しながら、いつもより丁寧に電話に出た。

「はい、咲良です」

「お前さんか、江ノ島で映画のイベント企んでるのは」

「あっ、はぁ、あのぉどちら様ですか?」

「筋が通ってねぇんだよ」

「あっ、はい」

「俺たちは、興業でメシ食ってんだ、挨拶無しに勝手な事やられたら、困るんだよ」

 電話主は藤沢興業といって、藤沢、鎌倉にいくつかの映画館を所有している会社の社長さんとのことだった。

「あっ、すいません、えっとですね、このイベントの趣旨はですね」

「バカ野郎、説明しに来い!」

 電話から耳を遠ざけたくなるくらいに勢いよく電話を切られた。


 新橋から東海道線で藤沢を目指す。一番早い電車を選択した。

ここまで来たのに江ノ島には行けず、更には重い課題を抱えている。

ボクの気持ちは晴れやかでない方のブルーだった。

藤沢興業は雑居ビルの3階だった。4階建てのそのビルはエレベーターが無かった。

 階段を昇る足取りが兎に角重い。


 ドアを開けるとすぐ目の前についたてが有り、「ご用の方はベルでお知らせください」という文字と共にベルが目に入ったが、このオフィスの広さからいって、どう見てもドアを開けたらついたての向こうの人は気づいている筈だと思った。

ベルを鳴らしたら、50がらみの女性が面倒くさそうについたての向こうから現れた。

「はい、どなた?」

「あっ、私、赤松製菓の者ですが、社長さんはいらっしゃいますか?」

「はいはい、一寸待ってね、社長〜、赤松食品さんだって」

「あっ、赤松製菓です」

「だって〜」

 そらみろやっぱり聞こえてるんだ。

「お電話では大変失礼致しました、私、赤松製菓の咲良と申します。江ノ島での映画イベントの件、お願いのご相談が遅れました不躾、誠に申し訳ございません」

「何も、そんなにかしこまらなくてもいいんだよ。なんだ?その手に持っている荷物は」

「あっ、すいません、つまらない物で恐縮ですが、我が社の商品の詰め合わせでございます」

「悪いなぁ、気を遣わせちゃって、ああ、俺は藤沢だ」

 藤沢興業って地名の藤沢じゃなかったのか・・・。

ボクはちょっと驚いた顔になってしまった。

「あっ、今、お前さん、地名の藤沢じゃなかったのかって思っただろ?」

「いえ、あの、はい・・・」

「いいんだよ、掴みはオッケイってことだ」

「あの、本当に映画のことではすいません」

「兄ちゃん、咲良さんだっけ?なんの映画が好きだい?」 

「ボクですか?いや、そんなに高尚な作品は・・・」

「いいんだよ、言ってみな」

「あっ、はい、「ディアハンター」とか・・・」

「あん?」

「いや、やっぱり、あの・・・」

「デニーロかい、あれはヤツの作品の中でも秀逸だなぁ、俺は10回観た」

「え、そんなにですか」

「結婚式でかかる「君の瞳に恋してる」がサイコーだ」

「フランキー・ヴァリですね」

「おお、そうよ。 俺はなぁ咲良さん、人間を見るときには、必ず好きな映画を聞くんだ。それでだいたいのことは分かるってもんだ」

「流石ですね、どんな映画でも分かっちゃうなんて」

「わからねえよ、わかるわけねぇだろ。 わからねぇのに最近の映画屋は次から次へとくだらない映画をよこしやがって、もう、映画なんて作らなきゃいいんだよ、なぁ」

「あっ、はい」

「俺は好きな映画とだけ暮らしていきてえなぁ、で、何をかけるんだ?」

「はい?」

「ラインアップだよ、イベント映画の」

「いや、実はまだそこまでは…」

「最初の作品は「君がいた夏」にしな」

「あっ、はい」

「知ってるか?」

「ジョディ・フォスター」

「おっ、咲良ちゃん着いてくるねぇ、気に入った、よし、焼き鳥食いに行こう」

「えっ、今からですか?」

「ダメか?」

「あっ、いや、大丈夫です、お供します!」


 それからボク達は近くの焼き鳥屋で延々と映画の話をした。

いけないとは思ったが、酒が入ってしまったのでボクも好きな映画の話を蕩々と話してしまった。

藤沢社長はそれを嬉しそうに聞いてくれていた。

「いいかい、咲良さん、興業屋ってのは人だ、人がオッケイなら何も問題ねぇ。 咲良さんが、いやでっかい食品会社さんがイベントをやるからって文句を言うほど了見は狭くねぇ。どんな奴がやるかが問題なんだよ。あんたは挨拶に来た。問題ねぇ、後は俺に任せろ」

 酔った目で言う藤澤社長に何をどう任せれば良いのか分からなかったが、ボクは礼を言いながら何度も頷いた。


 藤沢社長は、湘南エリアの興行主全部に「俺が責任を持つから」と了解を取って廻ってくれた。


 藤沢社長に言われた「人だ」の言葉は、ボクの心に静かにけれど力強く収まった。

 


 それからのボクたちは、この大掛かりなイベントに必要な機材、備品を汗と涙を代償に獲得していった。

まさに足の営業。

よくよく考えてみたら、C調常務はボクたちに最高級のネゴシエーションの経験をつませるために課したのではないかと一瞬思ったが、本当に一瞬だけだった。なぜなら、彼はもう既に他の事に夢中で、このプロジェクトは半ば忘れていたからだ・・・。


 兎にも角にも、飲料の販売ボックスから、タイアップ用の映像素材、さらにはそれを流す映像機材、休憩室用のエアコンまで、綿密な計画の下そろえていったのであるが、肝心の人の問題だけは、宙に浮いていた。

 スタッフ人材の確保・・・。

 ボクにとって一番不向きなことだった。苦手な分野であることに加え、本業の仕事にトラブルが発生したことで、ボクの頭の中では、この厄介な問題をもう一人のボクが追い出そうとしていた。

そんなある日、現場中心であったため、ここ数日顔を合わせなかった汐田から会社に電話がかかってきた。

「サクちゃん、今マクドナルドに来てるんだけどさ・・・」

「ご苦労様。ホント頭下がるよ・・・」

「なんか、いっぱいいるんだよね」

「何が?」

「客だよ、客、それも若者、たぶん地元の。 平日のこの時間なのに・・・。」

 天下のマクドナルドだ、客もいるさ、そりゃ若者も多いでしょと思った瞬間、汐田のやろうとしていることが頭に響いてきた。

「ちょっと待て、汐田くん!よぉ~く考えよう。闇雲はいけない。それに若い女の子に声をかけたら、ナンパとしか思われない。良くて宗教勧誘だ。なんて言うか、やるとしても台本とか用意して、リハーサルしてだな・・・」

 ボクはもう、自分がやる気分にさせられていた。

そんな心配をよそに、「案じるより産むが安し。また後で電話する!」と言い捨てて汐田は電話を切った。


 大体が心配性のボクである。汐田が一生懸命、若い女の子に声をかけている情景が、それを迷惑そうな顔で見ている女の子の顔が、頭の中で駆け巡った。

すぐにでも飛んでいきたい気分にかられた。

マクドナルド・・・。

そう言えば駅前にあったのをハッキリと覚えている!と思った瞬間にマクドナルドの赤い看板が脳裏に浮かんだ。

ただその情景はあの降りしきる雪の中だった。


 待ち望んだ汐田からの電話は、それから4時間後だった。

6時を過ぎた頃、詳しいことは帰ってから、いつものところで待つようにとだけ言って電話を切られた。

電車に飛び乗る前だったようだ。


 汐田に大仕事をさせておきながら、いつもの居酒屋で待つのは気が引けたので、汐田が到着するであろう時間を見計らって店に顔を出すと、汐田も丁度着いたばかりのようで、メガネを外しておしぼりで目を押さえていた。

「ご苦労さん!」

 ボクは、少し申し訳なさそうに切り出した。

「おう!サクちゃん、今日は不快指数がピークだね。なんか移動するだけで疲れちゃったよ。」

「ホント、お疲れさん。まずは喉、潤しておこ!」

「すいませ~ん、生ビールまだですかぁ~!」

 いつもより喉ごしよく生ビールを飲む汐田を見てから、ボクもおもむろにジョッキに口をつけた。

「ど・・・うだった?」

「どうもこうもないよ」

「やっぱりな、いや、そんなに甘いもんじゃないし、でも、すごいよ汐田のその行動力!尊敬したマジに。大丈夫、ボクの知り合いに求人系の雑誌の編集やってる奴がいるから、さっき電話しといたごめんな、もっと早くしておけばヨカッタよな・・・。ホント・・・。」

「って、サクちゃん何、矢継ぎ早に喋ってんのさ。5人確保したよ。」

「えっ?確保って・・・。」

 ボクは、刑事が人質事件で人質になっていた人を発見したときに使う“身柄確保”よろしく、汐田が救助している場面を想像して、混乱した。

「なにボケっとしてるのよ、スタッフ5人キープできたって言ってんの。 時給は他の海の家と同じ条件ってことで。なんかタイミング良かったみたいなの。この時期にみんな決めるんだそうだ。一人の女の子に話したら、友達も誘ってくれて、意外と簡単に決まっちまった。」

「汐田ぁ~。」

 涙が出てきた。心のそこから嬉しかった。

その日はいつもより酒が弾んだ。

不快指数のせいじゃなかった。



汐田のお手柄をきっかけに、このプロジェクトは一気に組織化された。

汐田が見つけた5人の採用方法を総務部に確認してると、新しく会社に中途採用で入社してきた松山という男が、プロジェクトメンバーに加えられることがわかった。

相変わらず常務は何の相談もなく勝手にやりやがると憤ったが、よく考えると援軍はありがたい話だ。

ボク達はあと数週間で始まる夏の海のため、現場に乗り込む機会が少しずつ増えていくのだから。


 松山はボク達より一つ年上の見るからに頑強な強面の男で、大学時代まで剣道をやっていたと自己紹介を受けた。

見るからにナンパなイメージのボクと汐田は、緊張しながらも、お決まり文句である

“呑みに行きませんか?ほら、お近づきのしるしって大切でしょ!”

を切り出したのだが、松山の「いえ、自分は呑めませんので」という言葉に、背中の汗は倍の量になってしまった。

しかし、切り出した手前、いつもの飲み屋でプロジェクト・ミーティングを行なうことにした。

「えっと、松山さんは・・・、松ちゃんでいいです・・・よね。松ちゃんは・・・。」

「まっつんにして下さい。」

 ボクは汐田の顔を見て、どうすんのさ?という合図を送った。

流石に大人の汐田は、冷静に

「はい、まっつん。おっ!意外とイケるねぇ」

 と話を丸めた。何がイケるのか意味がわかんないけど・・・。

「ま、まっつんも大変だよね、せっかく入ったと思ったら、訳わかんないイベントプロジェクトにまわされちゃってさぁ、ビックリしたでしょ?」

「・・・。」

 おいおい、ここは黙るところじゃないでしょ? 

これからどうなるんだろ?

気の弱いボクは、もうめげていた。

「まぁ、人生いろいろあるし、これも経験!ひと夏の経験!なんてね!」

 笑い顔の汐田に更にめげた。


 兎にも角にも、今までの経緯を話し、何よりまっつんのインタビューを心地よく聞き出すことにつとめたボク達は、肝心の明日に控えた現場視察及び建物竣工のスケジュールを相談しようと思ったのだが、「あっ、私は明日、総務に呼ばれてますので行けません」というまっつんの言葉に、一気に酔いが覚めてしまった。




第二章 真夏のイントロ


 6月に入ったというのに、梅雨は一向にやってくる気配がなかった。

こんな年はきまって冷夏だと言う無責任なC調常務を本気で睨みつけ、ボクたちは江ノ島まで車を飛ばした。


 ボクが江ノ島に行くのはあの雪の日以来だ。

あの時とは全く違ったちょっと湿り気はあるものの、心地よい風が車のウィンドウから入ってきた。

「あの雪の日以来なんだ。」

「えっ、雪?」

「話しただろ!海に溶けてく雪の話」

「・・・、そうだっけ? あっ、それより昼飯なんだけどさ、美味い定食屋があって・・・。」

 まぁ、無理もない。汐田にはなんの興味もわかない話だろうから。


 ボク達は、大船駅を越えて、モノレール沿いに車を走らせた。

腰越の交差点を過ぎたら、目の前は海だ。ボクは海育ちのくせに、今でも、海が見えると身を乗り出してしまうクセがある。

「イヤッホー!海ダァ」

「おい、よせ!ハコノリは!危ないって!」


 汐田は焦りながら、ケンタッキーフライドチキンの駐車場に車を滑り込ませた。

「あれっ?美味い定食屋じゃなかったの?」

「いいのいいの、ここは車置いておくだけ!」

「あれっ!いけないんだ!ただ置きじゃん」

「後でコーヒー、買っちゃるから大丈夫だって・・・」

 今月に入って頻繁にこの地を訪れてる汐田は駐車場の目星もお手の物だった。ボク達は車から降りて歩き出した。

汐田は勝手知ったる顔で134号線を横断した。

 あたりを見回してたボクは、その場所が駅とは反対方向の場所だということにようやく気が付いた。


 134号線沿いを歩いていくと、確かにそこにあった。

 C調常務が得意げに掲げたあの海の家パース図通りの海の家、いや、ビーチハウスが!

普通の海の家しか知らないボクには、白く光った一際美しいその建物は、まるで王子様でも住んでいる白亜の御殿のように見えた。

「他の海の家はなぜないの?」

「他んちは2日もあれば出来上がっちゃうから、まだまだ後でよいんだとさ」

「なんたってウチは建築期間1ヶ月をもって、ようやく今日竣工だ。他のバラックとはワケが違う。」

 汐田は、まるで我が家を紹介するように自慢げだ。 

 無理もない。

 ここまで現場は汐田一人に任せてきたのだから・・・。


 汐田が絶賛するに足りる定食屋は「かきや」という名で、確かに冗談みたいに美味しかった。

ボク達は、何の悪びれもなくビールを注文し、これからやってくる“海の季節”に思いを馳せた。

「そろそろ時間だな、戻らなきゃ。」

「えっ?」

「いや、今日はもう一人バイト候補者が来るはずなんだ。ホラ、例のイベント会社のお調子モンの営業いるじゃない。

どうやらあいつの知り合いらしい。」

「へぇ、あんなに心配してたのに何とかなるもんだナァ、人って・・・」

「何を言う!俺の功績じゃ!」

「ごもっとも!」

 汐田はスイーツビーチハウスに着くやいなや、シャワー室やら、トイレやらチェックし始めた。

ボクは、初めて見るすべてが珍しく、壁なんかを叩いてはニヤついてしまった。

「あのぉ・・・。」

入り口付近からの声にボクたち二人が同時に反応した。

「はい!」

 でも、そのあとに言葉を続けたのは汐田だけだった。

ボクはというと、その言葉の主に魂を吸い取られたように動けなくなってしまったのだ。


 雪だった。

あの日に見た海に溶けてく、強くて、でも儚い雪の場面が頭を占領してしまった。

書類を見ながら、汐田がボクに何か問いかけていたが、到底耳には入らなかった。

「雪・・・」

「えっ、サクちゃん、ナニ呼び捨てにしてんだよ」

「えっ、あっいや何?」

「だから、秋沢さんだって!彼女の名前は・・・。」

「秋沢由樹です、ヨロシクお願いします。」


 それから、ボクはこの夏が全く持ってごきげんな夏になるという実感を手にするのに3時間を要した。

晴れた初夏の陽射しと海に溶ける雪と、彼女の微笑みとボクの正気が同じ温度になるのに3時間もかかったのだ。

3時間後、その後打ち合わせにきたイベント会社とのミーティングを終え、ボクたちの今日の任務は終わった。

「サクちゃん!秋沢由樹、可愛かったなぁ・・・。なんかこれだけでご機嫌な夏になりそうだ・・・。」

「そ、そうかなぁ。実は、コンタクトしてないんであんまり良く見えなかったんだ。」

 ウソだった。このあいだ買ったばかりの使い捨てコンタクトが目の奥で輝いていた・・・。

それだけ話すと、ボクは汐田が運転する車の助手席で眠ったふりをして目を閉じた。

もう一回、彼女をしっかりと思い返すために・・・。


 汐田が現地で頑張っている間、ボクとまっつんは、このイベントの最大の目的である我が社の「濃厚まったりぜんざい」を真夏の海でどうPRするかを毎日、毎日考えていた。

「まっつん、もううんざりだよなぁ、ぜんざい。 もともと、俺、あんこ苦手なんだよなぁ。どうして、他の商品じゃダメなわけ?」

「そう?おいらは好きっすよ、ぜんざい」

「まっつんは、甘党派だからなぁ」

「夏にぜんざい、誰でも考えるのは単純に冷やす“冷やしぜんざい”、これで充分だと思ったんだけどなぁ・・・」


 ボクは、兎に角、夏=冷たい飲み物で決定!と思っていたのだが、社内の企画会議で却下をくらったのだった。

理由は、味は兎も角、のどが渇いたときにビーチで人が飲みたいと思うかという一点だった。

「だいたいさぁ、夏のビーチでぜんざいなんて転地がひっくり返っても飲まないね、俺は」

「まぁまぁ、いっそのこと逆転の発想で温かいの出しますか?」

「おお!“君は耐えられるか!熱さの向こうに涼しさがある”なんてね」

「そうそう、我慢大会とかもやっちゃって」

「優勝者には、とびきり冷えたコーラ進呈!なんてっね…、ダメだよ、ウチの商品が悪者になっちゃ。 ああ、どうして他の商品じゃダメなんだよ、フルーツものとか美味しい商品いっぱいあるのに、よりによって、普通の商品よりまったりですからねぇウチのは。 思いっきりのどに張り付く感じだ。」

「ああ、ダメだ、ちょっと出てくる」


 ボクは、中窪さんのところを訪ねた。

 映画の銀幕を世話してくれたお礼が未だだったこともあるが、もともと餡子が苦手なボクに餡子の素晴らしさを逆に植えつけたのが中窪さんだった。最初に営業に行った時に、担当窓口の人と半ば事務的に販売の話をして取引が決まりかけたときに、たまたま映写室から出てきた中窪さんが問いかけたのだ。

「そのぜんざいはどこが他と違うんだ」

「あっ、はい、当社の商品はですね、手軽に食べられるカップタイプでして・・・」

「そんなことは聞いておらん、味はどう違うんだ」

「えっ、あ、北海道産の小豆をですね、厳選して・・・」

「ダメだダメだ、お前からは美味さが伝わって来ん」

「何を言ってるんですか、この商品はウチの先代がリヤカーを引いて売り歩いていた頃からの人気商品で、ウチがここまでになれたのもですねぇ」

「お前のとこの歴史など聞いちゃおらん、味はどうかと聞いてるんだ」

 なんだこのクソオヤジ!とボクは思った。

 もう取引条件のすり合わせも終えて、手打ちの段階だったのに。

「もういい、食わせて見ろ」

「ど、どうぞ」

 ボクはぶっきらぼうに商品を手渡した。中窪さんは、一口食べて目を閉じた。どーせ、また文句を言うんでしょと思っていたら、しばらくして笑顔になった。

「お前は商品に救われているな」

「えっ?」

「このぜんざいは、甘みと食感が絶妙だ。きっと良質なザラメと小豆を使っておる」

「だから、北海道産だって・・・」

「黙れ、良い材料を使ってどういう味に仕上げるかを知っておらんとダメだ」

「はぁ」

「いいか、甘みを引き立たせている塩をもっとセールストークに使え」

「塩・・・ですか・・・。」


 釈然とせず会社に帰ったボクは先輩に、小豆とザラメと塩の話をした。驚くことに我が社の商品はこの3つのバランスが命だと教えられた。


 それからは、中窪さんがボクの師匠となった。

 中窪さんは、映写技師になる前に有名な甘味物のお店で職人をしていたことがあるそうで、自分でもよく餡子を作っているとのことだった。


「中窪さん、先日は銀幕の件、どうもありがとうございました」

「おお、上手くいきそうか?」

「まだこれからなんで、判らないですけど絶対成功させます」

「そうか・・・、で、今日はなんだ。 タダで映画を見ようって了見か?」

 ボクはちょくちょく中窪さんに映画を見せてもらっていた。

「いえ、実はウチの主力商品あるでしょ、前に中窪さんに褒めてもらったおぜんざい」

「小豆とザラメと塩じゃな」

「そうそう、あの商品をね、50周年記念でこの夏売らなくちゃいけないんですよ、それも灼熱の浜辺で。 それでどうしたもんかと師匠にご意見を」

「浜辺でぜんざいか」

「そうなんですよ、無茶苦茶でしょ?夏の暑いときにぜんざいなんて」

「なるほど、あれは普通のぜんざいより濃厚に出来ているからなぁ」

「そうそう、のどが渇いているときにのどに張り付く不快感と言ったら・・・」

「バカモン!お前はまだまだ半人前だな」

「餡子は温めても冷えても美味いんだ、生クリームが温めて食えるか?」

「冷えてもって、ぜんざいは冬の寒いときに温かいから美味しいんでしょうが」

「だから、お前はダメなんだ。商店街の喫茶店に行ってみろ、夏の盛りはカキ氷だ」

「カキ氷ねぇ」

「お前、カキ氷で一番人気は何かわかるか?」

「・・・」

「氷あずきだよ」

「そうか、冷えても美味いどころか、冷やして美味しじゃないか・・・! 中窪さんありがとう」

 ボクは帰り道に氷あずきを思い浮かべながら、夏のビーチをイメージした。うん、何とかなりそうだ。


 翌日、ボクは常務を前にプレゼンを行った。

 用意したのは、「濃厚まったりぜんざい」とふわふわのカキ氷、それからホイップクリームと塩飴それから彩りにチェリーのゼリー。

塩飴を入れた容器に特殊製法で雪のような細かさににたカキ氷に「濃厚まったりぜんざい」をかけてホイップクリームを乗せる。

最期にチェリーのゼリーを加えて出来上がり、わずか30秒で出来上がった。


「どうですか?常務」

「うん、これは美味いなぁ ウチのぜんざいがいっぺんにオシャレになった」

「オシャレとまではいかないですがこれなら生かせますよ、灼熱のぜんざい!」

「うん?この飴はなんだ?」

「よくぞお気づきに。 夏の暑さに奪われるのは塩分。 最期に口の中の甘さを調和しながらも塩分補給の塩飴です。どうです?」

「うん、美味い、採用だ!」


 ボクは飛び上がるほど嬉しかった。

 いける、いろんな問題があったけど、これならいける夏の海!


 急遽ボクは、まっつんと一緒に江ノ島に向かった。

勿論、汐田にこのアイディアを披露するためだ。


 江ノ島駅に着いたボク達は、そこがもう夏の準備が整えられていることを知った。

お土産物を取り扱う店は夏のその時に向けてリハーサルをしているようでもあったし、あきらかに人通りが多い駅前にボク達も背中を押されている気がした。


「汐田~!グッドニュースだぞ!」

「あれ?サクちゃん、来る予定だっけ?」

「懸案だったウチの商品、思いついたんだよ夏でもいける食べ方を」

「おっ、面白そうな話」


 ボクとまっつんは駅前で用意したカキ氷を取り出して早速例のものを作り出した。

「いいか、これはアイスが違うから、本物はこんなものじゃないんだぞ」

「うんうん」

「チェリーゼリーを乗せて、はい、できあがり!どうぞお召しがりください」

「どれどれ、あっ、美味しいかも」

「だろぉ? 夏の暑いときだったらもっと美味いぜ」

「いいかも」

「かもはいらないよ」

「いけるいける」

「そうそう、行ってらっしゃい」

「???、でもサクちゃん、これって調理品だよね?」

「うん、まあそうだな」

「だったら、いるんじゃない?食品衛生責任者」

「えっ?」


 そうだった、調理食品を扱う場合、営業施設ごとに食品衛生責任者を定め置かなければならず、所管地域の保健所に出向いて養成講習を受けなければならない。


「あちゃ、そうだった」

「あれってどのくらいの時間が必要なんだろう」

「確か1日か2日だったと思うけど」

「そうか、それだったら俺が空いている時間に行ってくるよ。海の家の最終仕上げには未だ時間があるし、常駐している俺が行かなきゃダメでしょ」

「汐田ぁ、お前ってやつは本当にいいやつだぁ」

 汐田を抱きしめて喜びに浸っていると、入り口から呼びかける声がした。

「すいませ~ん、荷物持ってきましたぁ」

 ボクと汐田は目を見合わせた。


 やって来たのはC調常務が発注した5万枚のTシャツだった。

「トラックを長く止めて置けないんで、早速運び込んじゃいたいんですが」

「あっ、はい、どうする?汐田」

「ストックヤードがあるからそこに運びこんじゃおう。すいません、梱包ってどのくらいの大きさですか?」

「これが梱包サイズです」

 運送会社の人がダンボールを一つだけ持ってきていた。

「思ったより小ぶりだな、これならさっさと運び込んじゃえば大丈夫じゃない?」

「いいですか、じゃあ降ろしちゃいますね」

「あっ、この梱包で何個あるんですか?」

「ちょっと待ってください」

 運送屋はポケットから少しよれた納品書を取り出して見せた。

「500個ですね」

「ご、五百個???」

 ボクと汐田は目を見合わせた。

 今、ここにいるのはボクと汐田とまっつんの3人だけだ。

「おい、汐田、今日は亮介は来ないの?」

「今日は大してやることなかったからバイトは入ってないんだ」

「参ったなぁ、仕方が無い俺たちで頑張るか! まっつん、その腕っぷし期待してるよ」

「あいよ~」

 今までで一番威勢のいい声でまっつんは応えてくれた。


 ボク達はダンボールを運び続けた。最初は威勢よく運び出したが、やっぱりこの数となると大変だ。ボク達はリレー方式でダンボールをストックヤードに運び入れ、最期に腕っぷしを見込んでまっつんにストックヤードに収納してもらったが、途中でまっつんがストップをかけた。

「まずいよ、これ、ちゃんと整頓していれないと入りきらないよ」

「えっ、参ったなぁ。 どうする?一旦整理に回るか」

「すいません、どうするんですか?トラック止めて置けないんですよ~」

 ボク達の話を聞いていたのか、運送屋は困った顔で訴えた。

「仕方が無い、汐田、とりあえず表に全部降ろそう」

「そうだな・・・、いやいや参ったぜこれ」


「すいません・・・」

 汗びっしょりで弱り声のボクの後ろから女神のような声がした。

この前見たときとは全く違う白のブラウスに薄い黄色のエスニック風のマキシ丈スカートを纏った秋沢由樹が立っていた。

その姿は汗でグショグショのボクの体を乾かす爽やかな風のようだった。

「どうしたんですか?」

「あっ、そうか、由樹ちゃん、今日手続きに来るんだった」

汐田は緊急事態の事情を説明して由樹ちゃんに待ってもらうように頼んだ。

「それなら手伝います!」

 彼女は、ボク達がトラックから荷物を降ろしている間、ストックヤードに運び入れたダンボールの整理を始めた。

 ボク達は、必死の思いで段ボールを積み卸し、受取証にサインをしトラックを引き上げさせた。

「全く以て重労働だぜ」

「こりゃぁ、お疲れさんビールが必要だなぁ」

「二人とも未だ終わってないぞ、ストックヤードに入れ込まないと」

「そう言えば由樹ちゃんが手伝ってくれるって言ってたぞ」

「あっ、そうだ、ちょっと見てくるよ」


 ボクは汐田とまっつんをひとまず休憩させてストックヤードに入った。

窓もないその空間は息苦しい程の熱気だった。

最初にまっつんが運び入れた数十個の段ボールは奥から綺麗に整頓されていた。

ボクは感心しながらふと横を見ると、額から汗を吹き出しながら朦朧となって横たわっている秋沢由樹を発見した。


「おい、大丈夫か?」

 ボクは彼女を抱き上げると、空気の通う入り口付近に移動させた。

「ごめんなさい、なんかボーとなっちゃって」

「こっちこそゴメン、独りでやらせてしまって」

 ボクは大声で汐田を呼び、この海の家で唯一クーラーの付いている控え室に彼女を運び入れた。

「ここで少し横になっていて、本当にごめんなさい。あっ、今、何か飲み物を買ってくるから」

 ボクは早口にそう言うと、クーラーの状態を確認して足早にその部屋から退室した。

ドキドキしていた。

 彼女と二人きりでいることに・・・。

 彼女が横たわっていることに・・・。

 ボクはほとんど目を合わせられず、ただただオロオロしながら部屋を出たのであった。


 ボクが部屋から出ると、機転を利かせたまっつんがスポーツドリンクを持って立っていた。

「おっ、今それを買いに行こうと思ってたんだよ、悪いけど彼女に差し入れに行ってくれる?」

「かしこまり〜」

 まっつんは、何やら役得だというような顔をして控え室に入っていった。

 本当はボクが持って行きたかったんだ。

 でも、何故か素っ気ないフリをしたかった。

 業務上のことだから、事務的にやらなきゃいけないんだ。

 ボクは、彼女の様子を思い浮かべるに頭に血が上って来るような自分を一生懸命諌めた。


 それからボク達は、総出で残りの段ボールをストックヤードに運び入れたが、結局、十数箱は入りきらず、仕方なく 控え室に運び込む事にした。


「でも、今はまずいだろ、由樹ちゃんが休んでいるんだし」

「そうだよなぁ、でも、スポーツドリンクが足りなくなっちゃっているかもしれないし」

「ちょっとだけ様子を見るって事で・・・」

 ボク達は、3人して控え室前まで行き、できるだけ優しく扉を叩いた。

 応答がない。

 仕方なく、そっと扉を開けて中の様子を伺った。


 彼女は眠っていた。

 その姿は、まるで眠れる森の美女だった。



 その夜、ボク達は海の音が聞こえるほど近い居酒屋で反省会を行った。

 反省会と言っても、話題はどうしても秋沢由樹のことに流れてしまう。

 ボクは、酒を飲みながらその話題をするのがためらわれて、ついつい無口になってしまった。

「それにしても由樹ちゃんの寝顔、可愛かったなぁ」

「思わず固唾を呑んでしまったッス」

「だいたい、まっつんずるいよ、スポーツドリンク買ってきたのは俺なのに、隠れてさっさと持って行ってしまうんだもん」

「そこは何?隙を見せない?剣道の極意ってやつ?」

 まっつんは何やらわからないことを言いながらもいつもより陽気だ。

 酒は飲めないくせに・・・。

「サクちゃんはどうだったのよ?最初に控え室に運び入れたのサクちゃんじゃない」

「いや、俺は何て言うかただただ一生懸命だったっていうか」

「でも、明日は俺だけだもんね、彼女に会えるのは。君たちはくそ暑い東京のコンクリートジャングルで額に汗して働きなさい」

 

 確かにそうだった。

 ボクとまっつんには東京に帰ってやらなければいけない仕事が溜まっていた。

「なぁ、汐田、食品衛生責任者の講習で大変だったらこっち来て手伝うぞ」

「平気、平気、海開きまではまだ2週間ある。直前になったら否が応でもヘルプを頼むよ。それまでは、バイトくんたちと頑張ってるよ」

 汐田の素っ気無い言葉に、少し寂しかった。

ボクの心はもう、ここの夏の空と海と彼女の瞳に釘付けだった。


 東京に戻ったボクとまっつんは、スイーツ・ビーチハウスを開業するために必要な備品の入手に各所を回った。


 まずは、夏の海には欠かせないビールやコーラを冷やしておくクーラーボックス。

最初は業務用の冷蔵庫を探したが、思わぬ高値に出し入れの効率を考えて、イベントでよく使う“どぶづけ”と呼ばれる水槽にたどり着いた。

 “どぶづけ”のレンタル業者を当たるも、これが開催期間中の間レンタルするとなるとこれでも予算オーバーだった。

 仕方なく、ボク達はつてを辿って地元の酒屋さんに余っている“どぶづけ”を探して貰ったところ都合良く頃合いの品が見つかって、思わぬコストダウンに成功した。


 次にこの“どぶづけ”に入れる氷の手配をこれまた地元の氷配達業者に日配してもらう事にして、メイン商品の「濃厚まったりおしこ」に使うふわふわアイス様の氷とブロックアイス、それから砕氷と呼ばれる、いわゆるかち割り氷の手配を行った。


「なんだ、結局、地元に頼っちゃう感じだなぁ」

「仕方ないでしょ、物流も含めると地産地消が一番!」

 まっつんは、ちょっと博学面をして得意げに言った。


「そうは言ってもさぁ、俺たちは東京サイドだぜ、東京にいて良くやったと言わせたいじゃない。汐田におんぶにだっこじゃ格好悪いよ」

「後は何が必要なんだっけ?」

「えっと、イベント用のモニタ・・・、大型のTVで代用できると思うんだけど」

「TVっすか、それなら友だちが電気屋やってるんで話してみますよ」

「まっつん、でも、買い取りはできないよ、何て言っても大方の予算はTシャツに化けちゃってるし」

「分かってますよ、出来るだけ安く借りられるように。かしこまり〜」


 まっつんは、早速、友だちの電気屋に電話をし始めた。

 ボクは状況が知りたくて横でまっつんの電話に耳をそばだてていたが、世間話に花が咲いている様でいっこうに本題に触れる様子がない。


 仕方がないので、トイレに行って帰ってみると、まっつんがまたまた得意げの顔をして待っていた。


 この得意げな顔は、いつもどこかズレていることが多かったのでボクはあまり期待せず結果を聞いてみた。


「どうだった?」

「どうだったと思う?」

「いいよ、もったいぶらなくて」

「新品3台確保!」

「確保って、予算は?」

「ダ〜タで〜す」

「えっ?何?ダ〜タって」

「ダ〜タって言えば無償提供」

「えっ?マジ?」

「何でも、家電メーカーからプロモーション用に配給されたやつがあまっているんだとさ。店の宣伝してくれるなら貸し出しOKだって」

「ま、まっつん、君ってやつは・・・、本当は頼れるやつなんだ」

「何、本当はって、あっ、いままで頼れないやつって思ってたな?まぁ、良く言われるんだけど」


 ボク達は、時間の経過に合わせてどんどんチームになっていった。


 何度も塗り替えられたこの大イベントのスケジュール帳も、開始日である海開きまで、もう少しのページしか残っていなかった。


 しかし、そこに書き込まれたタスクは夏休みの宿題の様に山積みだった。


「おう、咲良、急遽決まったんだけどなぁ、海開きの日に社長が見学に来るぞ」

「えっ?社長が直々にですか」

「そうよ、俺が誘ったんだ、俺たちの功績を目の当たりにさせようと思ってな」

 俺たちのって、あんたは余計な事しかやってないだろう・・・。のどまで出かかった言葉を飲み込んで、またやっかいな宿題をボクはスケジュール帳に書き込んだ。


「それからなぁ、この盛大なイベントをばんばん宣伝させたいから、お供に広告代理店を連れて行くぞ」

「はぁ、広告代理店ですか?」

「そうよ、仲良くやってくれ、まぁ、これからは一蓮托生の気持ちだぞ俺たちは!ガハハハハ」

 その俺たちってのはやめてくれ。


海開きまでの1週間は、徹夜続きだった。

内装の他に、イベント用のモニターが5台、ビール・コーラ用のクーラーボックスにアイスクリームボックスの搬入。

ボクが交渉したB社のスピーカーをはじめ、ステージ用のPA機器も揃い、最後は閉鎖した映画館から入手した銀幕を設置して、なんとか格好が付いた。

汐田とその付き合い方の戦略を立てよう!と話していた“まっつん対策”も、今や頭の中から消えて無くなっていた。

ボク達はもう、押しも押されもしないチームになっていた。


 兎にも角にも、あのC調常務が、寒さの身にしみる年末に企てた夢のスイーツ・ビーチハウスは、まだ弱いけれど確実に夏の陽射しに敢然と立ちはだかったのだ。


 海開きの2日前に、アルバイトの女の子6名と男の子1名に、ボク、汐田、まっつんの9名の全スタッフが終結し、最終チェックのミーティングが行なわれた。

「え~、でありますから、皆さんの燃えるような情熱に、え~、期待しまして・・・」

「おい、汐田、夏の甲子園が始まるんじゃないんだからさぁ」

「うん、そうだな、まぁ、ケガのないように楽しく行きましょう。とりあえず、名前いってもらおうかな、うん、ホラ、間違えるといけないし」

「いや、そんな言い訳調子で言うと、かえって変に聞こえるんですけど・・・、っていうか汐田ダメダメ!俺がやる!ハイ、ボクは咲良と言います。汐田はもうみんな知ってるよね。残りのこっちのお兄さんは松山さん、ちょっぴり強面だけど根は優しい」

 ボクは、まっつんの表情を気にしながら、当たり障りのない紹介を終わらせ、アルバイトに名前だけを言わせた。

かすみ、玲子、志保、優香、マユミ、そして由樹。さらに、モデル雑誌から飛び出てきたんじゃないかと思えるほどのいい男、亮介。


「みんなの方が夏の海は詳しいだろうから、助けてもらうこといっぱいあると思うけど、頑張ってやっていきます。どうそヨロシク!」

 多少、社交辞令もあったんだろうけど、全員笑顔で返事をしてくれた。

 由樹ちゃんも笑顔だったのでちょっと得意になった。

兎にも角にも、ボク達の夏の幕は上がった。


 次の日の夜は海開き前夜ということで、地元のビジネスホテルに宿泊し万全の体制で臨もうということになり、ボク達は夜の街に出かけた。


 藤沢で一番といわれる安くて美味い中華料理を食べた後、リゾートっぽいバーに入ったボク達はさっそくアルバイトの照合を始めた。


「汐ちゃんはさぁ、もう何回か会ってるでしょ、バイト君達に」

かなりの進歩だと思う。まっつんは、この頃までには、汐田のコトを汐ちゃんと呼ぶようになっていた。

「って言ってもねぇ、まだ顔と名前が一致しないし、まず、ちょっとうるさいのがマユミ、文句が多いんだよなぁ。まぁ、海の家のバイトの常連だってことだからいろいろ知ってるけどね。それでもって、優香とかすみが仲良しコンビのお調子者高校生。」

「ええっ?高校生なの、あいつら・・・。」

「そうよ、マユミの知り合いってコトで連れてきてもらったの。あと亮介も」

「あいつ、なんであんなにカッコイイんだろう。男としてちょっと落ち込むよ。」

「いやぁ、男は顔じゃないっす。オイラは剣道やってたから、余計、顔は関係ないッス」

「・・・」

「まぁ、真面目なのは志保ちゃんかな。彼女も高校生だけど、他の二人とはちょっと違う。 おとなしいし、ちゃんと言う事聞きそうだし、俺の目の高さが証明できたね」

「なんだよ、汐田、やけにご執心じゃない。さてはお気に入りだね?」

「いやいや、お気に入りはなんてたって由樹ちゃんでしょ。あのスラリと伸びた足、長い髪、なんてたってあの微笑。」

「オイラも由樹ちゃんッス。性格もよさそうだし、仕事もできそうだし・・・。」

「そういう、サクちゃんも由樹ちゃんがお目当てだろ?」

「バ、バカ言うなよ。俺は、ホラもう一人の、なんだっけ名前・・・。」

「玲子」

「そう、玲子ちゃん!」

 ウソだった。名前も覚えられないような子がお気に入りのはずなかった。

でも、酒のツマミに話す女の子の話レベルではとても言い出せなかった。

 ちょっと後ろめたさを隠すために引き上げるきっかけをボクが作り、お会計を済ませて店のトビラの前に立った時だった。

 さっき汐田が褒めまくった志保が店に入ってきた。

どっからみてもヤンキーにしか見えない男に、思い切り肩を抱かれながら・・・。

 彼女はボク達を一瞥して、男と奥のカウンターに座った。


「汐田、高校生だったよな、彼女。飲み屋に男と、こんな時間に・・・。」

「ねぇ、恐いでしょ。夏の海は・・・。まっ、なんですね。皆さん、見なかったってことで、ひとつ・・・。」


 次の日に志保がスイーツ・ビーチハウスに現れなかったのは言うまでもない。

「ねっ、言ったとおりでしょ?」

 バイトが一人ぬけたことと、それが勝手に高く信用付けした志保だったことにショックを隠さずにいると、横からマユミが面白がって口を挟んだ。

「な、なんだよ、言ったとおりって」

 ボクが聞き返すと、汐田がそれを遮って

「マユミ、お前は人を信用しなさ過ぎ!こういうところは協調第一!」

「そんな甘いこと言ってると、他の子にも悩まされちゃうよ。なった方が楽だと思うけどなぁ鬼管理官」

 マユミは言い捨てるように汐田の横をすり抜けていった。

「なんだよ、汐田、何かあったのかよ」

「いやさぁ、マユミのヤツ、自分がベテランだからってああしろ、こうしろって五月蠅いのよ」

「ふ〜ん、でも飛び越えて自分で言ったりはしないんだ」

「それはないな、・・・、きっと、責任とるのが嫌なんじゃない?」

「そうかな?意外と優秀な秘書になったりして」

「何それ?」

「ビジネスの世界では良くあるのだよ汐田くん、有能な秘書は決して表には姿を現さず、陰で支えて、上司を立てる。そしてその信頼関係がやがて愛の炎に・・・」

「サクちゃん昼メロの見過ぎ」

「何を言うか、俺の考えるシナリオはもっと高度で魅力的なのだ!」

「どっちにしてもさ、調和が一番、マユミにもそんな感じで指導してよね」

「あっ、うん、まぁ・・・」


 いづれにしても今日からがボクたちの夏の出発だ!と強くおもったのだが、固い結束は始まる前からもろくも崩れた。


 7月1日、ボクたちが待ち焦がれた海開きは、前日までなんとかゆっくりエンジンをかけてきた夏の陽射しをいっさい遮断したどんよりとした曇り空だった。


「あ~らら、なんか前途多難って予感の天気じゃない?」

 冗談ぽく言ってはいるが、汐田の顔には真面目な不安と“まだ始まるには気持ちの用意ができてないから”という安堵の表情が交互に見られた。

「まぁ、ゆっくりやっていこうよ。先は長いんだしさ。」

 まっつんは、アルバイト達の手前かリラックスムードを作ろうとして大きな声を出していたが、もともとの強面なので緊張感を増してしまった。

「なんかさぁ、今年は冷夏だっていう噂もあるみたいでさ」

「大丈夫だって、俺は昔からスーパー晴れ男で有名なんだ」

 ボクはリレーが終わった瞬間に土砂降りになった運動会を思い出し、急いで頭から打ち消した。

「大丈夫だって、大丈夫だって・・・」


 兎に角、ボク達は緊張していた。

 まだ午前10時ではあるが、海には散歩をしている近所の輩と思われる数人しか見えなかった。

 最初だからと、アルバイト達にも無意識に緊張を強要させてしまったが、所詮は夏の海、波の音は絶好のリラクゼーションになった。

 ボクは、毎年この時期を体験している亮介をつかまえて、静かな海を眺めながらとるに足らない話を始めた。

「亮介っていつから海来てるの?」

「5年前ですかね、15の夏からです。」

「やっぱり海っていい?」

「海っていうか波乗りですネ僕は・・・。」

「そうか、波乗りか…。亮介ってモデルばりのカッコよさじゃない。芸能界とか目指せばいいのに・・・。」

「いや、そんなにカッコよくはないっスけど、役者には興味あるんですよ。このバイトも、映画のイベントがあるっていうからお願したんです。実はいままでやってた海の家からも誘われていて・・・。」

「本当?実はボクも昔、役者志望だったんだよね。貧乏と才能に限界を感じてくじけちゃったんだどね。」

「そうなんスか?どうりで咲良さん、雰囲気あると思った・・・。」

「おだてても何にも出ないよ。でも、海ってドラマだよな。なんか道具も照明も効果音も全部備わってる天然舞台だ。この海を背景に映画撮りたいよな。」

「あっ、なんか今、七里の方で撮影やってるらしいっすよ、クワタの映画」

「クワタかぁ・・・。この海見ながら、クワタ聞いたら、涙出ちゃうかもな。」

「波が良いときは最高っすよ、マユミっているでしょ、あいつも最近波乗り始めたんですけど、小さい頃から暮らしてきたのに海が別物になったって騒いでます」


 その夏は、地元のヒーローであるサザンのクワタが始めて映画を撮るというので、話題は持ちきりだった。

静かな風の中でどんな映画を撮ってるんだろうと思いを馳せていたボクたちの前に、汐田が青い顔をしてやってきた。


「サクちゃん、大変だ。浜の東の方から大勢の方々がやってこられる・・・。」

「どうしたの、落ち着こうよ、日本語ヘンだよ!」

 と言って、浜の東を見て汐田の驚愕が理解できた。


 50人、いや100人はいるだろうか、スキンヘッドやパンチパーマにサングラス、エナメル靴に金のネックレス、半袖姿の人間の腕には、着ているシャツよりも派手な柄がのぞいている。

 見た目にハッキリと判る方々だ。

「サクちゃん、どうしよう。今やってる海の家なんて数件しかないし、絶対来るって、ウチにも・・・。」

「えっと、亮介!まずはアルバイトの女の子を控え室に避難させてくれ。それから亮介はごく普通の近所の客という設定で対て・・・亮介!演技だ!」

「・・・。はい、判りました。」


 程なくして、招かざる客はやってきた。亮介は一番奥のテーブルでタバコを吸っていた。店に入ってきたのは10人程度。特に明るくもなくボクは言った。

「いらっしゃいませ。」


 汐田とまっつんもそれにあわせて挨拶を言った。

 彼らは空いているテーブルに着くと店の中というよりもボク達を交互に見合わせ、特に話をするでもなくじっとしていた。

 身が凍るほどの沈黙だった。

 しばらくして男たちの一人がぼそっと問いかけた。

「ラーメンくれ」

「あっ、申し訳ございません、あいにく当店ではラーメンは置いておりま・・・。」

 汐田の返事が終わらない間に、怒号が降りかかってきた。

「おいこらぁ、なめてんじゃねえぞ。 海の家でラーメンなくて何食えって言うんだ?」

「す、すいません。ですが、当店は食べ物は置いておりませんの で・・・」

「上等じゃねえか。こいつらみんな腹空かせてんのに食い上げかよ!」

 ボクは、おっ、やっぱり上等じゃねえかって言うんだ。と感心していたが汐田ばかりに任せてはおけないと加勢に出た。


「申し訳ございませんお客様、他のお客さんのご迷惑になりますので・・・」

「おっ、他の客?どこにいるんだよ?客が?」

 と辺りを見回し、スミのテーブルの亮介を見つけて凄んだが、亮介は2本目のタバコに火を点けて平然と相手の顔を見据えた。

「おっ、兄ちゃん良い目してんなぁ。なんか文句あんのか、ええ?」

「別に・・・」

 “良い表情だ!演技賞モンだぜ”だけど、これ以上温度が上がったら手をつけられないなぁと思った瞬間、秋沢由樹が現れて、周りに聞こえるように、ボクに話しかけた。

「すいません、向山さんが表の自動販売機の事でいらっしゃってます。」

「えっ?向山さん?」

 ボクは、更なるトラブルかと一瞬たじろいだが、仕方なく彼女と表に出てみたが、そこには向山の姿は無かった。

「あれっ?」

と戸惑うボクに、彼女は、「すいません、向山さんの名前を出せばどうにかなるかと思ったので。」と、向山が来ているなどというのはでまかせで、彼女が向山と知り合いであることや、向山が地元の顔効きであることを説明してくれた。

 店の中に戻ってみると、凄みをきかせていた連中の姿は微塵も残ってなかった。

 ボクがキョトンとしていると、汐田が、ボクが表に出ると同時に、奴らは顔を見合わせて浜辺側の入り口から退却していった事を興奮して話し始めた。

 彼女の行動が功を奏したことが判って彼女を見ると、まるで女神のように微笑んでいた。 

こ、この子は何者だ・・・。


 午前中の強面のお兄さん達の訪問のおかげで、初日だと言うのにボクたちはどっと疲れてしまった。

 午後からはあのC調常務とお付の広告代理店たちが、社長様を連れて視察にやってくる。

 海開き初日、平日の曇り空のビーチにお客はいるはずもなく、どうせ来るならもっと活気があるときにすれば良いものをと思いながらも、社長に施設の細部を説明するには格好の状態だと思い返し汐田と二人で、作戦を立てた。

「なんてったて数千万円がかかってるんだからなぁ。施設の凄さも理解してもらわないと」

「俺はなんと言っても独断で決められたTシャツの量を見てもらわないと」

「音響機器とか映像機材もしっかりみてもらおうぜ、なんてったってウチの売りだからね」

 待ち構えていたボクたちに、ご一行はご機嫌でやってきた。

 しかし、肝心の社長の姿が見えない。

「あれ?社長はどちらにいらっしゃるんですか?」 

「それがなぁ、急遽、スケジュールが合わなくなってしまってなぁ」

 またお得意の急遽だ・・・。


 結局、C調とお付きだけの締まらないご一行により疲れが増したが、ホッとした気持ちもあった。

その時始めて知ったことだったが、お付の広告代理店マンはまっつんの大学時代の同僚だった。

「えっ?知り合いってあの加越さんのこと?」

 ボクは、あの雪の日に同行した広告代理店マンの長靴姿を思い出しながら聞いた。

「大学時代の剣道仲間っス」

 なるほど、彼も強面だったなぁ。剣道というのは・・・。

 いらぬことを考えていたボクに、調子を狂わすあのC調が耳に響いた。

「いよぉ、咲良、汐田、松山!おまえら本当によくやったなぁ。すごいじゃないか、このあたりの海の家じゃダントツだぞ」

 このあたりって、そりゃ周りは十年以上使いまわしている建材でおっ立てた代物、一緒には出来ないでしょと思いながらも、褒め言葉はありがたくいただいた。

 ボクたちは、まずはバックヤードを説明しようと誘導しようとしたのだが、C調常務はそれを振り切って言った。


「悪いなぁ、ここに来るまでに時間がかかっちゃってなぁ。もう、そうそうに戻らんといかんのだ。後は、彼らに説明しておいてくれるか?」

 C調常務は、広告代理店マン2名とPR会社の人間2名を置いて、さっさと退散した。

全く何しに来たんだか・・・。

 仕方がないので、ボクたちは、加越さんとPR会社の人間にスイーツ・ビーチハウスの様子を説明した。


 この日のために、モニター数台を協賛してくれた家電メーカー、浜に向けて素敵なサウンドを届ける高性能スピーカーやPA機器一式、スタジオ内では、子供たちがゲームを楽しめるコーナーもあり、最新のトップチャートのプロモーションビデオが店内に流れている。

これらも全て汗を流してお願いしてこぎつけた協賛だ。

 ボクたちは、そんな恩義をこの時こそお返ししなければと熱弁を振るったが、PR会社の人間はあまり興味を示した様子ではなかった。


「まあ、後は全体の雰囲気とかを視察していきますので」

 と軽くいなされて、ボクらの前を彼らは通り過ぎて行った。

 

「あっ、そうだ、メインの商品の出来映えを見てもらわないとですね。一寸待ってください氷を用意しますから」

「氷ですか?」

 PR会社の人間が不機嫌そうな顔をした。

「ええ、今日は涼しいですが、こんな天気でも美味いですよ」

「ああ、だったら後で頂きます。 ちょっと腹が冷えちゃってて」

「ああ、そうですか、まぁそれなら先ずは施設内を見学してください」


 夕風に気がつき時計を見ると、4時45分だった。

お付き達が出て行った後は、何となく人気がない浜辺を相手に総勢揃ったボク達チームが悲しく思えて、予定の5時を待たずに店を閉めようかとも思った。

 ボク達は、店の終了時間に合わせ浜辺に向かってクワタの“真夏の果実”を流した。

 このビーチスタジオがオープンしたら、始業と終業時刻に海に向かって大音量でこの曲をかけようとみんなで決めていたのだ。


 曲が二番に入ろうとした時、明るい笑い声が砂浜でしたのを聞いて、汐田が「やばい、サクちゃんどうやらお客さんがまだいるみたいだ」と言った。


「もう、いいんじゃない汐田、今日はお終いにしてもらおうよ」

 ボクはいい加減なことを言いながら、着替えが終わったバイトのみんなを見送っていると、急に汐田の大きな声が聞こえた。


「どういうことですか?」

 ボクとまっつんは、驚いて浜の方に出て行った。

 汐田は広告マンとPR会社の人間を前に仁王立ちだった。

 さっき浜側で笑い声がした正体は彼らだったのだ。

「どうした汐田?」

 汐田はボクの質問には答えず、相手を睨み付けていた。

「あなたたちはPRの為の視察に来たんですよね?それがビール片手に談笑ですか?おまけに何ですか?こんな所まで連れてこられてやってられないぜって、どういうことですか?」

「あっ、いや、あのですね、そういうつもりでは無くて」

「じゃぁ、どういうつもりなんだよ?」

 ボクは汐田に変わって敬語を吹っ飛ばして凄んだ。

「あ、いや、ビールは飲んでません」

 萎縮して言ったのは、先ほどボクに一瞥をくれて腹が冷えたと訴えた男だ。

「腹が冷えて、ウチの氷は食えねぇけどビールは飲めるのかよ!」

「いえ、ビールは飲んでません」

「お前ら、バカにするのもいい加減に」

「サクちゃん、もういい」

 急に汐田が熱くなったボクを止めた。

「もう、いいんだ。いいにしよう・・・」

「だけど、汐田」

「いいんだ・・・」

 汐田の真面目な顔にボクは引き下がるしかなかった。

「すいません、今日はもうお引き取りください。PRの企画のお話はまた後日改めて」

「はぁ、・・・、あのですね、ビールは飲んでな」

「お引き取りください」

 汐田の何者をも受け入れないという態度に彼らはすごすごと帰って行った。


「どうしたんだよ常務のお墨付きだからって言っても遠慮する必要ないんだぜ」

「そうっスよ、ふざけているのはあいつらなんだし。しかし、加越のやつも見損なったなぁ」

 そうだった、彼はまっつんの友だちだった・・・。

「いや、今日は門出の日だからもめ事をなくしたいんだ」

「なんだよそれ」

 ボクは突き放すような言い方をしてしまった。

「俺さぁ、今までの人生の中で、いっつも出だしをくじいちゃうタイプなんだよね。徒競走とか、新学期とかさぁ、最初が肝心、最初が肝心」

 汐田は自分に言い聞かせるようにそう言った。


 そんな言い方をしたが、きっと汐田はボク達みんなのことを考えたんだろう。

 うちの会社にやってきていきなり何千万もの予算を持ったプロジェクトに参加させられ、現場を仕切っている身となれば気持ちも分かるし、彼は責任感が強いタイプだ。


 少しの沈黙の間、ボク達の耳には波の音しか聞こえなかった。

グレーの空とグレーの海がその音をいつもより大きく聞こえさせていたように思った。

「なぁ、汐田、このプロジェクト、絶対成功させような」

 ボクは汐田を見ずに、波に向かってそう言った。

「あぁ」

 同じように汐田も海を見ながらそう返した。


 遠くでボクたちのそんな姿を秋沢由樹がそっと見ていた。



 翌日は打って変わっての晴天だった。

 海は天候によって全くといって良いほどその姿を変える。

 空の色と同じく青く、波しぶきは光り、音は明るいメジャー音になったように聞こえた。


 夏休みに入っていない平日とあって人はまばらだったが、海はもうリハーサルではない輝きをしていた。


 夕方からはバイトのみんなの友だちがこぞって駆けつけてくれた。

「全く以てバイトさまさまだね」

「そうだよなぁ、だいたい我が社の社員は誰一人来ていないって言うのに」

「そりゃ無理っス、東京からのこの距離、仕事を一寸抜けてっていうわけにはねぇ」

「まぁ、いずれにしてもバイトさまさまだな」

「しかし、夕暮れの人気の少ない海って哀愁があっていいよなぁ」

 汐田はしみじみとつぶやいた。

 ボクとまっつんにとっては始まったばかりだが、汐田はもうこの海に一ヶ月以上馴染んでいる。見れば汐田の肌は、もう地元の人間の様に真っ黒だ。

その汐田が、これまで一生懸命突っ走ってきた汐田が、ボク達が加わったことで今まで気が付かなかった夕方の海に初めて気が付くほどの余裕が出たのかもしれない。

「汐田ぁ、俺たち3人で頑張ろうな」

「えっ?」

「最高の夏にするッス」

「今まで頑張ったお前の苦労も三分の一、その代わり楽しいことは三倍だ!」

「サクちゃん、嬉しいよ、俺、嬉しいよ」

 ボクは、汐田の目が光っていたのを見逃さなかったが見ないふりをして海を眺めた。


 バイト連中は、夜遅くまで仲間達とはしゃいでいた。

 若者の中ではしゃぐ秋沢由樹の姿を見ながら、ボクは少し大人になっている自分を何となく寂しく、それでいてなんとなく誇らしい不思議な気持ちで眺めていた。


 翌日は来る週末に向けて、主力商品と銘打った「濃厚まったりおぜんざい」のカキ氷バージョンのロールプレイングを行った。

 何と言ってもこの商品にかけてはボクがリーダーにならなければならない。

ロールプレイングでは、注文のとり方からお勧め商品としてのセールストーク、オーダーから仕上がりまでの手順とサーブの仕方まで念入りに行った。

 特に用意するアイスの質が気温によって変化するため、気を使ってのリハーサルだ。

「それにしてもサクちゃん、名前、もっと何とかならなかったの?」

「濃厚まったりおぜんざいカキ氷」

「それじゃぁそのまんまじゃん」

「仕方ないでしょ、商品名は正確にしっかりとアピールすること!って強く社長から言われちゃったんじゃ」

「でも、この長い名前じゃ説明する時にも面倒くさいよ」

「う~んそうだな・・・、よし、こうしよう」

「えっ?」

「まず、ポラロイドカメラで商品写真を撮って、それを貼り付けた手作りメニューボードを作って各テーブルに置く」

「フムフム」

「お勧めのときは、こちらはいかがですか?とボードを差し出す」

「なるほど、商品名を読ませて認知させるのか」

「そうそう」

「よし、そうとなったらボード作りだ」

 ボク達は、C調常務が記録用にと送ってきたポラロイドカメラを用意して早速、濃厚まったりおぜんざいカキ氷ボードの作成に入ることにした。


 カキ氷用の氷は、あらかじめ砂糖が入っている氷を使用する。

 冷蔵庫の中から取り出したカチンコチンの氷を少し溶け出す状態まで待って削りだす。

 これだけで、ビックリするほどのふわふわな氷が出来上がる。

「ええっ?魔法みたい!」

 バイトの中で一番元気なマユミがその氷の状態にビックリして声を上げた。

「いいかい、このふわふわ感が我が社の商品にぴったりとなる訳だよ」

 ボクは少し自慢げな口調で、濃厚まったりぜんざいをかけてホイップを乗せた。

「まずは一番驚いてくれたマユミに試食してもらおうか」

「ラッキー!」

「ええっ、ずるい!」

 思わぬ人気にボクは得意になってバイトの人数分をせっせと作った。

「おいおい、サクちゃんダメだよ、バイトに作らせないと」

「おお、そうだった。 それじゃぁ、マユミにボク達の分を作ってもらおうか」

「OK!任せといて!」

 威勢は良かったが、ボク達の分の出来上がりは何とも不細工な仕上がりのものだった。

「まぁ、いいか 夏はまだ長いからね」

 そう言って、ボクはメニューボード用に撮影するとびきり美しい一品を作り撮影を開始した。

 絵を描くのが得意だと名乗りを上げた玲子が、ちょっと可愛すぎて何とも商品のイメージにそぐわない気もするボードを何枚か作り上げてくれた。

「こんなもんかな?」

「上等!上等!」

「意外とポラロイドって綺麗に写るんだな」

「最初はね、でも時間が経つと劣化するから、ひと夏超えたときにはどんなになっているやら」

「そうか、持つのはひと夏だけか・・・、そうだ、みんなの顔写真も撮らないか?」

「みんなって俺たちも?」

「そう、夏の始まりの顔を撮っておいて、貼り出しておこう、スタッフ紹介にもなるし、それに・・・」

「それに?」

「このプロジェクトが終わる頃には劣化された自分の写真を乗り越えて新しいステージに進むんだ」

「なるほどね」

 ボク達は一人ひとり顔写真を撮りあった。

 少しテレたボクの顔写真にちょっと貼り出すことに抵抗を感じたが、スタッフ全員の顔が並ぶとそれはそれは様になったイントロデュースになったのだった。

 秋沢由樹はその写真達の中でひときわ爽やかな笑顔で佇んでいた。


 その日、マユミは遅刻してきた。

「こらぁ、マユミ!今週3回目だぞ」

「すいませ〜ん、朝方良い波きてたもんで」

「良い波って、お前まだはじめたばかりなんだろ?波乗り」

「あっ、誰かちくったな。この季節はさぁ海水浴客がいない時しかできないんだよね」

「それでも勤務中はおぜんざいがあなたの職務、ぜんざいのプロでよろしく」

「了解!ぜんざいのプロにしてくれたら代わりに波乗り教えて上げる」

「おっ、本当か?よし、やる気出てきたぞ」

「ですよね〜、咲良さんみたいに汐田さんも喜べばいいのに」

「何だ、汐田は喜ばなかったのか?」

「つまんないこと言ってんじゃねぇって怒られちゃった」

「相変わらず厳しいねぇ」


 このビーチスタジオのユニホームは、ボクと汐田とまっつんがビーチスタジオロゴが入った白のポロシャツに紺のショートパンツ、バイト連中は同じ紺のショートパンツだが上着はTシャツスタイルだった。


 このバイトが着ているTシャツがすなわちこのイベント用にC調常務が発注したあの5万枚の代物である。


「汐田さ〜ん、ユニホーム忘れて来ちゃったんですけど一枚貰っても良いですかぁ?」

 マユミが少し甘えた声でおねだりした。

「ダメダメ、ユニホーム用に一人3枚支給しているだろ、それ以上はお買い上げ!」

「え〜!だって、一夏過ごすのに3枚だけじゃ絶対足らないと思うんですけど」

「ダメダメ、そんなことでたがを外してたら、何枚でも使っちゃうことになるだろ」

「え〜、今回だけ、お願い!」

 流石、汐田だ。

 この店の店長の威厳を頑なに崩さない。

 それでいながらボクの方をちらちらと見て、助け船を催促している。

 ボクは仕方が無く、裏手に回ってしらじらしくマユミを呼んだ。

「お〜い、マユミ、一寸来てくれ」

「はぁい」

「昨日お客さんがTシャツ買うって言うから広げちゃったヤツがあるんだけど、見本として壁に貼り付けようと思ったんだけど、いまいち場所がきまらなくてさぁ、お前、あとやっといてくれない?」

「えっ?咲良さん、後って、どこに貼れば良いんですか?」

「いいんだよ壁じゃなくても、お客にアピール出来るように使えば、例えば美人のスタッフとかさ」

「あっ、アタシだぁ!」

「はい、それじゃぁ、さっさとその美人に貼ってきてくれ」

 汐田がサンキューという顔をした。


 結果的にはその一件が発端となった。


 スタッフの女の子は、自分がモデルだからと着こなしを追求したいと言って襟元にハサミを入れてボートネックぽくアレンジした子が出て、これが以外に夏の海に似合っていたものだから、承認されると我こそはというファッションアレンジが始まった。


 中には、ほとんどTシャツの原型をとどめていない物もあり、これは流石に却下だと言い放ったらどうせ夏は水着なんだしいいじゃないと若い声が一揆を起こした。


 結局、ボク達は「売り物は商品、君たちじゃないからな、そこのところを忘れんように!」と厳しく言いながらも、楽しく仕事ができている実感にほくそ笑んだ。


 少し夏がほぐれてきた、そんな気分になっていた。

 夕方5時、店じまいの時間に浜に並べていたビーチベッドとパラソルを仕舞い、シャッターを下ろして後はスピーカーだけを仕舞う状態にしていつもの“真夏の果実”小さすぎない音でかける。

 最初は、何となくで始めたこの儀式は、ボク達に馴染む海と風と夕陽に無くてはならないアイテムとなった。

 ボク達はそれぞれに波の向こうを見ながら、何を考えるでもなくしばらくの間時を過ごした。都会の喧騒、誰も話はしないけどノイズだらけの満員電車、早歩きのサラリーマン、せっかちな信号機、ここにはそのどれも無い。

「なぁ、汐田」

「何だい、サクちゃん」

「何でもないけど、素敵だよな」

「何言ってるのさ、人生が気持ちよいって言ってるんだよ」

「えっ?何、哲学してんの?そんなカッコイイ言葉要らないですから・・・。」

「いや、唄の一つも作ろうかと思ってさ」

「なるほどね、それもいいな、やるんだったらクワタに負けないヤツ作ろうぜ」

「ラジャー!」


 その週末は一番の賑わいを見せた。

 企画していたイベントに水着ギャルだの、その水着ギャルを狙っている裸自慢の兄ちゃんだのがこぞって参加してくれて、イベント用に調達した会社のマスコットキャラクター「アンアン」の着ぐるみも大活躍で、最初は暑い夏の海で着るのは嫌だと駄々をこねていた宣伝部の吉村も絶好調で大活躍だ。

「おい、吉村、あんまり頑張りすぎるとぶっ倒れるぞ」

 休憩時間に着ぐるみの頭だけを取って控え室で休んでいた吉村に声をかけた。

「いやいや、サクちゃん、サイコーだよ」

「それだけ汗びっしょりになって喜んでるんなら頼もしいな」

「だってあれだよ、みんな俺に向かってカワイイ〜って寄り添ってくるんだよ」

「いやいや、オマエじゃなくてキャラにだろ」

「どっちだっていいさ、相手は水着のギャル達だぜ」

「何?吉村君それはいけないね、君は疲れているだろうから私が代わろう」

「ダメです、あなたはあなたの仕事をやってください。これは俺の役目」

 そう言うとまだ汗が引いていそうもないのに吉村は着ぐるみをかぶり直した。

「あっ、このヤロー汐田に言いつけるぞ」

「お・か・ま・い・なく〜」

 外から汐田の声がした。

「サクちゃーん、ビール補充よろしく〜!」

「ほらほら、お仕事でっせ、働きなはれよ」


 ビールの補充ついでに、ストックヤードの整理もしておき、仕事をした気分満載で表に出てくるとマユミがボクを見つけて駆け寄ってきた。

「何処行ってたんですか咲良さん?大変なんですよ!」

 マユミの紅潮した顔で、事件だと悟った。

「どうしたんだ?」

「あの、何て言いましたっけ?着ぐるみの人」

「吉村か?」

「そう、その吉村さんが着ぐるみ着たまま浜の端まで行っちゃって、そこの海の家の人にからかわれて連れて行かれちゃったんです」

「何だって?」

「それで、汐田さんが連れて行かれた海の家に行っちゃって・・・。」

 浜の端の海の家って言ったら、向山さんの海の家だ!

「分かった、マユミ、悪いけど、ちょっと此処見ていてくれ」

 ボクは、向山さんの海の家まで走った。

 ストックヤードを整頓していた時にかいた汗とは違った冷や汗が顔を伝った。


 考えてみたら、向山さんの海の家を訪れるのはこれが初めてだった。

 あの雪の日以降は、一度人を介してお礼の一席を設けたが、それ以降は足が遠のいていた。 本当だったら、先に汐田を紹介がてら海の家に挨拶に行くべきだった。

 海の家を訪ねると、奥の事務所にいるからと通されたが、事務所のドアの前で一瞬足がすくんだ。

 思い切ってドアを開けるとそこには着ぐるみの頭だけを取った吉村と汐田が正座をしていた。

 思わず息を呑んでしまったが、汐田達の後ろにひざまづいた時には、とりあえずはしっかりした声が出た。

「すいません、向山さん」

「おう、しばらくだな」

「忙しさにかまけてご挨拶もせず、更に管理不行き届きで」

「いやな、うちのシマで派手なことしてもらうと営業妨害ってことにもならぁな」

「ごもっともです、誠に申し訳ございません」

「でもよ、汐田くんだっけ?彼が誠実に対応してくれてよ」

 見ると、我が社の「濃厚まったりぜんざい」が箱ごと運ばれていた。

 後で聞いたら、向山さんは甘い物に目がないんだそうだ。

親分の上機嫌に手下が文句を言うはずもない。

ボクたちは、向山さんの世間話を聞き流した後、無事に釈放された。


「知ってたのか?」 

「えっ?」

「向山さんが甘い物好きだって」

「知るわけないよ。でも、謝りに行くときは、菓子折は常識だからね」

「流石、元広告マンだ」

「そうよ、これでもクライアント様に何度土下座したことか」

「自慢になんねぇな」

「まぁ、うちの商品しか持って行くモノがなかったんだけどね」

「大正解だ!うまくすれば向山さんのことだから美味い!って触れ回ってくれるぞ」

「とりあえず、よかったよ、吉村〜、今日は上がりでビールでも飲むか!」

 見ると後ろに着いてきていた吉村はまだ血の気が戻ってない表情をしていた。

 その日は、バイトの亮介も誘って、男だけの飲み会としゃれこんだ。


 相変わらず下戸のまっつんはウーロン茶での乾杯だったが、ビールジョッキを合わせる音は、数が多い方が盛り上がる。

「やっぱり、大人数は良いなぁサクちゃん」

「最近は二人で缶ビールだったもんな」

「缶ビールとウーロン茶ッス」

 まっつんが仲間はずれにするなと割って入った。

「まっつんって一番飲みそうな顔してるのにねぇ、て言うか、えっ?何々?バイトの女の子達とは飲みに行かないの?」

 やっと、吉村が調子を取り戻した。

「そこは、雇い主と従業員、ちゃんとケジメを付けてるさ」

 汐田が学級委員みたいに胸を張って言った。

「え〜、勿体ないでしょ、俺だったら毎日でもだけどなぁ」

 吉村はとかく軟派なところがある。

 こいつをスタッフに入れなくて本当に良かった。

「でもさぁ、バイト同士は問題無いんでしょ?どうなの?えっと、亮介くんだっけ?」

 吉村のケアレスな発言にボク達はちょっと耳をそば立てた。

 枝豆を口に頬張っていたところへの質問、そして全員からの目線にちょっとびっくりした顔をしたが、亮介はあまり興味が無いような素振りになって言った。

「飲みですか?まぁちょくちょく行きますよ」

「そうか行くのか・・・。」

「まぁ、メンバーは決まってますけどね」

「マユミと玲子と、それから・・・、」

「それから?」

「横の海の家のやっちん」

 ボクは安堵の顔になってしまってないかと胸をなで下ろした。

 よく見ると、汐田もまっつんも同じ顔をしていた。

「そうなの、あの子は行かないんだ、あの、何て言ったけ…、そうそう、ユキちゃん」

 また、この男は勝手にズカズカと!あのまま向山さんのところに置いてくれば良かった。

「由樹ちゃんですか?彼女は地元の他の連中と飲んでますね、よく店は同じになるけど、最後はお決まりのバーがあるって言ってましたよ」

「お決まりのバー? お決まりのバー?」

 ボクはひょっとこの目のように目をまん丸にしてしまったが、やっぱり、汐田もまっつんも同じ顔をしていた。


 週が明けた月曜日、定例の役員会からあくびをしながら出てきたC調常務と目があった。

 常務はボクからすぐに目をそらして、来る方向とは逆に歩き出した。

 あきらかにボクに対して何か隠し事がある。

「常務、ちょっと待ってください」

「おっ?何だ、咲良じゃないか、何だなぁ、月曜の朝は気分がもう一つだなぁ」

「常務、ボクに何か隠し事があるんじゃないですか?」

「な、何を言うか、隠し事なんてそんな・・・」

「じゃあ、何でボクと目が合ったのに逃げようとしたんですか?」

「逃げるって、お前、人聞きの悪い」

 C調常務は咳払いを一つして、覚悟を決めた。

「悪い報告がある」

「えっ、ボクにですか?」

「うん?まぁ、お前と松山だ」

 ボクとまっつんと言えば、スイーツ・ビーチハウス関係しかないじゃないか・・・。

「何ですか?言って下さい」

「うん、実はお前が考えた「濃厚まったりおぜんざいカキ氷」なんだが」

「は、はい・・・」

「社長に食べさせてなかったんだ」

「あっ、はい」

「ほら、海開きの日に連れて行く筈だったのが急遽キャンセルになっただろ」

 確かに、あの時はあんたも大きなお土産残して早々に帰っちゃったけどね。

「問題・・・、ありですか?」

「今日、食べさせたんだ、つい先ほど、そしたらな・・・」

「そしたら?」

「うん」

「何ですか、早く言って下さい」

「うん、大満足で」

「なら良かったじゃないですか」

「まぁな、それで、これをこの夏にしっかり売り込め!夏の海で販促強化しろ!だから、人員増強だ、咲良と松山は常駐要員にして広報、宣伝部とも連携させろ…てっことだ」

 この男、早口でまくし立てやがった。

「つまり、ボクとまっつんは江ノ島?」

「そう、島流しだ」

「いつから…ですか?」

「ジャスト・ナウ」

 晴天の霹靂だ。

 ボクはあなたが感じる100倍以上、気分が乗らない月曜日だったんだ。

 何故かって?あの太陽と波はここには無いからさ!




 第三章 真夏のジャンプ


 記念すべき常駐1日目はこの夏一番の暑さだった。

 常駐と言っても、会社が宿泊を許してくれるのは映画を上映する週末のイベントの時だけだったので、毎日自宅まで時間をかけて帰るか、スイーツ・ビーチハウスのサマーベッドで夜を明かすかのどちらかだった。


 砂浜を照らす太陽は、その温度が1℃違っただけで数倍の熱さを作り上げる。

 まるでフライパンの上で踊るポップコーンのように弾けながら若者がやってきた。

「いやぁ、爆裂的っすね今日の暑さ」

「そうですよね、今日は更にヒートアップしてますよね」

「参っちゃうよ、今日はもう午前中からビールが水みたいに入るって感じさ」

「あんまり飲み過ぎないでくださいよ、まぁウチは大助かりですけどね」

「それじゃビールと・・・、えっと、あれ何?」

 そういって若者は玲子が描いたカワイイポップを指さした。ボクはここぞとばかりに売り込みに熱が入った。

「お客さんはお目が高い!何を隠そう、あれこそがウチの秘密兵器、この夏大流行間違いない逸品「濃厚まったりぜんざいカキ氷」なのです!!」

「あっ、はい」

「何てったってウチのは氷が違う!もちろん小豆が決め手!後味すっきりの…」

「あっ、お兄さん、圧が・・・」

「えっ?買うの?買わないの?」

「えっ?あぁ、それじゃぁ一つ?」

「一つだけ?」

「いや、二つ・・・ください」

「毎度あり〜!お客さん“濃厚まったりぜんざいカキ氷”2個入りました」

 ボクは上機嫌でオーダーを通し、更にひつこくお客に“濃厚まったりぜんざいカキ氷”の開発秘話を話しているとその様子を見て、少し笑いながら由樹ちゃんがビールと一緒に運んできてくれた。


 お客さんが帰るとボクは汐田に呼び出された。

「サクちゃん、今のはマズイでしょ、あれじゃ恐喝押し売りだよ」

「はい、すいません。でも、何としてでも売りたくて・・・」

「気持ちは分かるけど、あれじゃ逆効果!」

「すいません、以後気をつけます」

 ボクが真面目に汐田に怒られている様を見て、由樹ちゃんはケラケラと笑った。


 ところが、さっき売った若者がきっかけで、その日は若い男が「濃厚まったりぜんざいカキ氷」を求めて押し寄せることになった。

 何でも想像以上に美味かったことと、それを運んできてくれる女の子が超カワイイと浜で評判になっているとのことだった。

 “濃厚まったりぜんざいカキ氷”を求めてくる客は夕方になっても衰えず、閉店前に在庫分が無くなってしまい“売り切れ”で断ることになる始末だった。

「サクラさん、良かったですね」

 閉店後にボクが疲れた表情で缶ビールを飲んでいると、秋沢由樹がそっと声をかけてくれた。

「あっ、いやぁ由樹ちゃんのおかげだよ。あいつらほとんど由樹ちゃん目当てだったもの」

「そんなことないですよ」

「ホントだって、そうだ、お礼しなくちゃな、今度一杯おごるよ」

「本当ですか?期待しちゃいますよ」

「ホント、ホント、本当!えっといつがいい?」

「お〜い、サクちゃ〜ん」

 肝心なところでまっつんの声がした。

「呼ばれてますよ」

「えっ、あっ、うん・・・、今行く〜」

「考えときますね、いつにするか」

 ボクは、疲れがいっぺんに吹っ飛んだ。


 ボクは天にも昇る気分で、誰かにこの喜びを伝えたくて汐田を探し回った。

 閉店後にスタッフの子が帰った店内はガランとしていた。

 ここにもいないかとドアを閉めようとした時、マユミの大きな声が聞こえた。

「だから、そうじゃないって言ってるでしょ!」

「だったら、なんで言ったとおりにしないんだよ」

 汐田がマユミに説教をしているようだった。

 汐田のヤツ、今日は説教日だな。

「だから、アタシはあの子達がへんな悪ガキとふざけあってたから、ちゃんと仕事しろよって言っただけ」

「だったらなんで取っ組み合いになるんだよ」

「だって、あいつら遅刻してるやつに言われたくねーよなんて言うから」

「だからって手は出すなよ、それに確かにお前、最近遅刻多いぞ」

「だって、最初ん時、波乗りできないのか?って聞いたじゃん」

「何だ?意味わかんないなぁ、それとこれと同どう関係が・・・」

 ボクは思わず口を挟んでしまった。

「汐田ぁ、今日の売上ってさぁ・・・」

 マユミはボクの声を聞いて逃げていった。

「どうした?サクちゃん」

「どうしたもこうしたもないよ、悪いけど今の話聞かせて貰ったんだけどさ,マユミのやつ、お前に惚れてるぜ」

「なっ、何言い出すんだよ」

「最初にマユミに波乗りできるか?って聞いたんだろ?あいつ、できなかったから今、必至に練習してんだぜ、お前に褒められたいがために。健気だねぇ・・・。」

「なんで俺に褒められたいんだよ」

「だからさぁ、この前も言ったろ、有能な秘書の話。とどのつまり、マユミは汐田に惚れているわけだよ」

「今は、俺たちはそんな状況じゃねぇだろ?これからが稼ぎ時なんだから」

「ごもっとも・・・」

 ボクは、秋沢由樹のことは黙っていようと心に決めた。


 その日の売上は予想を超えて上々だった。

 その為、売上処理の他、在庫の補充、棚の整理とやり始めたら時間があっという間に過ぎた。

「あ〜!」

「ど、どうした?サクちゃん」

「忘れてた、どうしよう・・・」

「何を?」

「約束・・・」

「誰と?」

「あっ、いや、りょ、亮介だよ、飲みに行く約束してたんだ」

 全く持って大失敗だった。マユミと汐田のことを心配している場合ではなかった。

 仕事を片付けて店の表裏を確認したが、秋沢由樹がそこにいるはずはなかった。


 翌日のボクは、秋沢由樹に約束をすっぽかしたことを謝ろうとタイミングを伺っていたが、なかなかなチャンスが訪れなかった。もっとも、ボク達以上に全く会話をしない汐田とマユミのおかげでスタッフの目は興味津々のようだった。

「まっつん、明日の映画イベントの手配は万全かい?」

「がってん承知のすけでやんす。ぬかりなく進めてますよ」

「汐田に店を管理して貰っている以上、一押し商品のプロモーションとイベント管理だけは、何としてもボクとまっつんでやりきらないとな」

「それにしてもこの時間の上映で本当に大丈夫なのかなぁ」

 ボク達は、この週末からメインイベントの「真夏の夜の海辺シター」を開催する。

 藤沢興業の藤沢社長に初っぱなは「君がいた夏」にしろとアドバイスをもらっていたが、最初だし、子供も集まってくれる期待を込めて「ロジャーラビット」を選出した。

 「ロジャーラビット」は、アメリカのカートゥーン(アニメ)映画で主役のロジャーラビットの他、ミッキーマウスやドナルドダックといったディズニーキャラクターとワーナーブラザースのバグズバニー、MGMのドゥルーピー、パラマウントのベティブープなど、映画会社の枠を超えて一時代のキャラクターが総出演する豪華な映画だ。子供向けにもなんて理由を付けたが、実は大のアメリカン・キャラクター好きのボクのリコメンドによるものだった。

 日没時を過ぎた夕方6:30会場としたが、予想以上の反響で6:00には付近の若者がこぞって集まってきた。ボク達はここぞとばかりに“濃厚まったりぜんざいカキ氷”を売りまくり、時間になったら映写技師の中窪さんのつてで手に入れた自慢の銀幕をステージ上に降ろした。ボク達は銀幕の後ろ手にいたのだが、浜辺の波側から映写される光りが銀幕に反射してお客さん一人一人の表情を見て取れた。映画を観ている人の表情ってよいものだ。ボクはいろんな人の力を借りてこの「真夏の夜の海辺シアター」を実現できたことに本当に感動していた。

「ねぇ、サクちゃん、なんで上映作品の中にイージーライダー入ってないの?」 

 イベントに関しては任せきりだったので手持ちぶさたの汐田が聞いてきた。

「まぁね、大人の事情ってヤツかな」

「楽しみにしてたんだけどなぁイージーライダー」

「お前さぁ、ライダーって言えば、波乗りの方はどうなったのさ」

「波乗りって?」

「マユミだよ、マユミ、あっちの関係もイージーに纏めてくれないとスタッフが興味津々だぞ」

「そうなんだよね、このままじゃいけないと思ったからさ、とりあえず呑みに誘うことにしたよ」

「そうか・・・、って本当か?いつだよ?」

「いつって、まだ決めてないけど・・・」

「早いほうがいい、今日行け、この後、すぐ行け!」

「でも、後の撤収とか打ち上げとかさぁ」

「いいんだよ、もともとイベントは俺の役割なんだからさ、いいか、今日行くんだぞ」

 映画上映が終了し、客を送り出して清掃を終えたら、スタッフを集めて終礼を行った。

 予定通り、そこには汐田とマユミの姿はなかった。ボクはこのタイミングを狙って秋沢由樹を捕まえた。

「ゴメン、由樹ちゃん、この間の一杯おごる話すっぽかしちゃって」

「えっ? いやだ、私がいつにするか考えておくって言ったままっだったんですよ」

「えっ? あれ?そうだった?」

「あわてんぼうですね、そうだな、いつにしようかな?」

「今日とか?」

「今日はだめなんですよ、これから約束があるから。明日からは、すごく忙しくなっちゃうだろうからなぁ・・・。でも、きっと行きましょうね、楽しみにしてますから」

 はぐらかされた・・・。汐田のことを心配している場合じゃなかった・・・。ぬか喜びはするもんじゃない・・・。ボクはその夜、酒の飲めないまっつん相手にやけ酒に走った。


 秋沢由樹の言ったとおりだった。翌日の八月最初の日曜日は晴天に恵まれたこともあって、多くの海水浴客が繰り出してきた。どこの海の家もかき入れ時だと増員し、こぞってお客にお金を落とさせた。ボク達も「濃厚まったりぜんざいカキ氷」に使う氷が追いつかなくて、途中からビールを中心の販売に切り替えたが、それでも冷却が間に合わず、やむなく横の海の家にお客を回す羽目になってしまった。

それでも、多くのお客をこなすことができたのは、汐田の店長ぶりとイキの合ったマユミの働きによるものが大きかった。

「おつかれさま〜、汐田、今日の売上どうだった?」

「新記録だよサクちゃん、これなら会社に面目が立つよ」

「相変わらず真面目だな〜、いいんだよ会社なんて、もっと肩の力を抜けって」

「そうは言っても俺はこのプロジェクトから参加なんだからさぁ」

「大丈夫、大丈夫、あのC調常務をみなよ、あれでも出世してるんだからこの会社は」

「それはそうだけど、そうは言っても真面目が一番」

「大したモンだよ、確かに今日なんてお客さんのさばき方が堂に入ってたからな。特にマユミとの連携は抜群だ。正直に言えよ、昨夜何かあったんだろマユミと」

「何かあっただなんて、ただ酒を飲んで話をしただけだよ。お互いの趣味の話とか・・・」

「おお、それで、それで」

「このイベントが終わったら、俺もサーフィンやってみようと思ってさ」

「えっ?何だ何だ、完全に感化されちまってるじゃないか」

「いや、サクちゃん、話聞くとかなり面白いらしいんだ」

「とか何とか言って、お前、マユミに惹かれて始めるんだろ?」

「いや、そういうんじゃなくてさ」

「わかった、わかった、せいぜい俺も頑張るよ え〜い、海のバカヤロー」

 ボクは汐田がハッピーな気分になっていることが嬉しくて定番のセリフを叫んだ。

「何すか?今おいらの悪口言ったでしょ?」

 店の奥からまっつんが笑いながら顔を出した。


 翌日からは平日にも拘わらず、海の賑わいはとどまるところを知らなかった。

朝の波音を楽しむ時間は僅かとなり、すぐに人の波音にかき消された。

焼け付く陽射しに限界まではしゃいだ後は、みんな海の家に逃げ込んでくる。

そして、日没近くになると先を争うように人並みは去っていく。

ボク達はそのルーティーンに少しだけ慣れながら、忙殺の毎日を楽しむようにもなった。


 「真夏の夜の海辺シアター」第二弾は、藤沢興業の藤沢社長ご推奨の「君がいた夏」が上映された。

ボク達は2回目と言うことで余裕ができたので、お客さんの後方から、一緒に映画を鑑賞した。波打ち際の最後方に立っていたボクの3mほど横に秋沢由樹が同じように立って観ていた。

既に観た映画だったのに、海風と波の音のおかげなのか、とても心に突き刺さる物語に思えた。

 ジョディ・フォスター扮するケイティは自由奔放な女性。

自殺した彼女の遺灰を託された従兄弟のビリーは彼女との思い出の中からの言葉を思い出す。

「深く潜って暗い海底に触れて、そこから陸に戻るの」ラストシーンで、ビリーは彼女の遺灰を桟橋の先の海へと撒き散らす。

 ボクはおぼろげに自分が灰になったら、同じように海へとまき散らしてほしいと思った。


 週末の「真夏の夜の海辺シアター」イベントが開催されない平日は、日没前に少し吹く風が合図のように帰り支度を始めだした。ボク達は定刻の17:00にいつものように少し大きめの音量で“真夏の果実”を流し閉店を知らせた。

 忙しさに身体が慣れていなかった頃は、閉店を迎えると同時に疲れ切って座り込んでいたが、余裕が出てくると、誰もいなくなった海がまるで自分たちのもののように思えて、浜辺ではしゃいだりもするのだった。

「汐田、ちょっと青春しようぜ」

「何、青春って」

「波打ち際で、どっちが早く走れるか競争」

「やだよ、俺、脚早くないし」

「いいんだよ、青春なんだから」

「何すか?青春すか?やるっすか?」

 聞きつけたまっつんも加わり、ボク達は海辺の徒競走を始めた。

スタート地点も曖昧なら、ゴールも決めていない徒競走だ。

やりたそうになさそうだった汐田が思いの外真剣に走り、一番波打ち際を走っていたまっつんが期待通りに転んでびしょ濡れになった。

ボク達はそれを見て大笑いした。

 そこへポラロイドカメラを持ったマユミが走ってきて、青春を写真に納めてやるから夕陽をバックにジャンプしろと促した。

流石にボク達は、それは恥ずかしいと拒んだが、夕陽のタイミングは今しかないんだからとはやし立てられ、とりあえずやることにした。

ボク達はさほど調子を合わせた訳ではないのに、三人とも満面の笑顔のジャンプだった。

ボクは気がつかなかったけど、その様子を秋沢由樹が遠くから見て微笑んでいた。

 もしかしたら、ボク達はこの時、この夏一番輝いていたのだろう。


 あくる日も容赦ない陽射しがビーチを照りつけた。

その容赦ない陽射しを求めて、一体どこからやってくるのだろうと思えるほど人の波が覆い尽くした。

 人混みを芋洗いに見立てることがあるが、汗をかいて走り回っているボク達からすると水着の柄が違っていても、体の日焼け具合や体つきが違おうとも同じ芋に見えてくる。そんな中、明らかに芋ではない、と言っても芋より良いものに見えるというわけではないが、一風変わった男がスイーツ・ビーチハウスを訪れた。

「申し訳ないが水を一杯くれないか?」

「え〜、ビールじゃダメですか?他にはお茶とかコーラとかもありますよ」

 マユミがいつものようにフレンドリーなのか邪険なのか分からないような態度で言った。

「金がないんだ。水で良い」

「金がない?話になんないね、オッさん冷やかし?邪魔だから帰って」

 ことの他、マユミの声が大きかったのでボクは咄嗟に反応した。

「どうした?マユミ」

「あっ、咲良さん、このオッさんタカリですよ」

「えっ?」

「タカリとは失敬な!私は水を一杯くれと言っただけだ」

「まぁまぁ、お客さん、申し訳ないですけどここには売り物しかないんですよ、残念ながら水も置いてないし」

 ボクは、諭すようにその男に言った。ここは大人の態度で接するに限る。

 納得が行かなそうな素振りで佇む男に奥から秋沢由樹がやってきて、私が払いますと代金をボクに渡すと冷えたウーロン茶をその男に渡した。

「おお、ありがとうね由樹」

 由樹?呼びずて?何?この男?何?何?

 ボクは謎を解明したく、浜辺に座ってウーロン茶を飲む男の横に座った。

 男の身なりは黒っぽい甚平に古臭い麦わら帽子、あご髭が放題のように垂れ下がっている。

「どうも先ほどは、あれですね、今日も暑いですね」

「・・・・」

「地元の方ですか?」

「なぜそう思う」

「いや、あの、家からふらっと来た感じの格好だなって思ったので」

「二ヶ月前からここを地元にした」

「二ヶ月前?」

「早く茗荷谷のアジトも引き払わないといけない」

「豊島区ですか、ここまで結構ありますね」

「もっと早くに来なければいけなかったんだ、もっと早くに気がつかなくては・・・」

「気がつくって何を?」

「いいかい君、全ての生物は海から生まれ海に帰るんだ」

「はぁ・・・」

「帰る海を忘れて自分を誤魔化して時間を過ごしている馬鹿者ばかりだ」

「はぁ・・・」

「邪魔したな、またいずれ 由樹に礼を、あっ、いや自分で言う」

「はぁ・・・」

 ボクは何故この男が秋沢由樹の知り合いなのかを聞き出したかったが、あまりに不可思議なキャラクターだった為、聞くことができなかった。

 後でマユミにそれとなく聞いてみると、男の名は山岸といい、脚本家と名乗っているらしい。

二ヶ月前に東京からやってきて、居酒屋で見つけた秋沢由樹を見初めてこの町に居ついたそうだ。

 それからというもの、山岸という男はちょくちょくボク達のスイーツ・ビーチハウスに顔を出した。山岸の姿を見ない日は決まって秋沢由樹が休みの日だった。

彼は毎度金を持ち合わせていないので客とは呼べなかったが、あの日以来、秋沢由樹が飲み物を恵むこともなかった。


「サクちゃん、また来てるぜあいつ」

 裏で倉庫整理をしていたボクに汐田が話しかけてきた。

「ああ、あの脚本家の先生ね」

「脚本家っていっても書いているのはアダルトビデオのシナリオばかりだっていうぜ」

「アダルトビデオ?あんなのに脚本なんてあるのか?」

「あるんじゃねぇの、女優Aの台詞「あ〜ん、あ〜ん」男優「どうだ?へへっいいだろ?」なんてね」

「なんじゃそりゃ」

「兎に角、危険人物だ。 現れたら監視しておかないとな、アルバイトを守るためにも」

 確かに、秋沢由樹に何かがあってはいけない。相手はストーカーみたいなもんだ。

「ちょっと待てよ、その情報、誰から仕入れたんだ」 

「いや、店長としてアンテナを張り巡らせてな」

「あっ、マユミだな」

「いいじゃないかよ誰だって」

 汐田はマユミと上手くコミュニケーションができているらしい。

少し堅物なところがある汐田がこのところ優しくなったとアルバイトの間でも評判だ。

 倉庫整理をほどほどにして、ボクは警備官よろしく表に出た。倉庫も蒸し風呂だが、ビーチはビーチで熱波にさらされる。山岸はビーチパラソルの日陰でパソコンに向かっていた。

害虫駆除は見つけた時にお早めに。ボクは、早速ホシに声をかけた。

「今日も暑いですね」

「ああ・・・」

「あれ?原稿書きですか?聞きましたよ山岸さん、脚本家なんですってね?」

「どうして名前を?」

「あっ、いや、有名だからこの辺じゃ・・・、それに作家先生風格あるし」

「風格などない」

「いやありますよ、その甚平姿も、なんていうか異彩を放ってるし」

「少し黙っていてくれないか」

 どうやら山岸はボクとの親睦は歓迎しないようだ。

しかし、ここで引き下がっては意味がない。

ボクは核心をついてみた。

「山岸さんってウチの秋沢とどういうご関係なんですか?」

「なんだ急に」

「いや、以前、お茶を奢ってもらってたから、その、どんなかなって」

「そんなの自分で聞いてみれば良いだろう、アルバイトなんだから」

「いやま、そうなんですけどね、なんていうか、デリケートじゃないですか、そういう質問って」

「彼女は女神だ」

「女神?」

「私を気づかせてくれた。海が一番大切なものだということを・・・」

「はぁ・・・」

「もう私は海と彼女さえそばにいればそれで良い」

 山岸は遠い目をして台詞のような言葉を言い放った。

 ボクは心にハザードランプがつく感じを覚えた。

そして、持参していたパソコンの画面に映る山岸が書きかけていた原稿を覗き込んだらそのハザードランプは更に強く、早く点滅した。そこには汐田が言ってたようにアダルトビデオの男女の台詞が書き記してあった。

それもそのほとんどが喘ぎ声の台詞だった。 


 真夏の海辺にはいろんな虫が集まってくる。

山岸に手をこまねいていたら、ストレートにナンパを仕掛けてくる関西弁の輩もいるし、女なんか目もくれない、波乗りが一番だと装う強烈な武器を装着したナイスバディな男、媚薬を飲ませてるんじゃないかと思うくらいに何もしなくても女が集るような男まで。

端で見ている分には関係ないが、アルバイトにちょっかい出されると過剰な対応を余儀なくされる。

こっちは、大事な娘さんを預かってるんだと汐田と害虫駆除に躍起になった。

 夏の最盛期で一番のカキイレドキにこの始末なので、夕方の閉店時には、ボク達は疲労困憊ノックアウト寸前のボクサーよろしく“真夏の果実”を聴くのだった。

そんなテンテコマイなある日、外から攻められて防戦一方のボク達に内からの刺客が現れた。

吉村の登場である。

前回の着ぐるみ騒動に懲りもせず、今度は両手いっぱいの袋に詰め込んだ水鉄砲を抱えての登場だ。

「呼ばれて飛び出てじゃジャジャジャーン」

「誰も呼んでねーよ」

「まぁまぁ、そう言わずに。今日はさ、会社にテキトーなこと言ってサプライズのお土産持ってきたんだから」

「今日じゃなくてもテキトーだよお前は。それにサプライズって、その袋からはみ出してる水鉄砲のことだろ?」

「あれ?わかっちゃった?でも、サクちゃん、水鉄砲は古いよ。ウォーターガンって言わなくちゃ」

 吉村は満面の笑みで説明しだした。

「どうでも良いけど邪魔だけはするなよ、今は一番忙しい時期なんだからな」

「まぁまぁ、そんなに怒らないで、モノは考えようだよサクちゃん」

 汐田が横から割って入ってきた。

 汐田の考えはこうだ。ボク達が躍起になっている「害虫駆除」を吉村に任す。吉村は直接的に店の人間じゃないから相手も大事にしづらい。それにあのキャラクターだから、本気で怒る輩も少ないだろうということだ。

「なるほど、厄介な客にはスタッフからサインを送らせて、吉村にウォーターガンで撃退してもらうってわけか!」

「そういうこと」

「それにしても最近、冴えに冴えてるねぇ汐田くん」

「まあね、一応責任者張らせていただいてますから」

 任せる相手が吉村ということに若干の不安はあれど、ボク達が画策した「害虫駆除」は見当違いの効果を発揮した。

スタッフの玲子にナンパするようにつきまとっていた男に吉村の一撃が炸裂した。

男は「おのれ〜」と叫びながら近くにあった別のウォーターガンを手に取り反撃を開始した。

激しい水合戦の中、吉村はこともあろうに玲子を楯にしながら撃ち合いを始めた。

びしょ濡れにされた玲子もウォーターガンを手に取る。

これが引き金で、スタッフの女の子達も先を争って合戦に参加した。

「ちょっ、ちょっと待て」

 思わぬ方向に展開したことに焦った汐田は、止めさせようとやっきになった。

ボクもこの状況に右往左往したが、よく見ると参加しているスタッフもその姿を見ているお客さんもみんな笑顔だ。

「まぁ、まぁ、汐田、見ろよみんなの顔、満面の笑顔だぜ」

「えっ?ホントだ」

「これってもしかしたら大成功なんじゃない?」

 水をかけられるとスタッフもお客さんも大声を上げる。

その声につられて人がスイーツ・ビーチハウスに集まってきた。

スタッフもお客も誰かれかまわず標的になる。

それが、笑いの連鎖となった。

「おっと、サクちゃん、これはやばいぞ避難避難」

 ボクと汐田は、裏手のミキサー調整室に逃げ込んで息を潜めた。

隙間から垣間見ると、まっつんが標的になっていた。前から優香の攻撃をかわそうとした時に、後ろから吉村に思い切りバケツの水を浴びせかけられたのだ。

その姿は、まさにずぶ濡れのテディベアのようだ。

それがきっかけで白熱した水掛け合戦は、ビーチハウスを水浸しにしながらもお客を巻き込んだ笑いと清涼に包まれた。

「いやぁ、汐田、思わぬイベントになったな」

「最初はどうなることかと思ったけどお客さんが喜んでくれるのなら問題なしさ」

「偶然だけど、たまには吉村も使えるな」

 ボクたちが高笑いした瞬間に扉が開き、マユミが勝ち誇ったように立っていた。

「隊長、容疑者二人、ここにいました!直ちに確保します」

「よ〜し、二人とも逮捕だ」

 吉村の調子に乗った声が響く

「えっ?」

 反応する間もなくボクと汐田は表に連行され、吉村の合図で参加者全員から集中砲水を浴びせられたのだった。


 お客さんも一緒になったウォータープログラムは予想以上に好評で、次はいつやるのかと問い合わせが殺到したが、これは予告無しのサプライズ企画なのでと何とか質問を交わした。

実際、この日の売上はスタート以来の最高額で、宣伝部の吉村も久しぶりに報告書を書くやる気が出たとご満悦だった。


 いつものように太陽がやさしく人並みを消していき、閉店の時刻がやって来た。

水を浴びて少し気だるさを持ちながらも、スタッフは笑顔で片付けを始めた。

パラソルをたたみ、サマーベッドを重ね、シャッターを閉め「お疲れ様〜」というスタッフの声を聞き終えてからボクも着替えをすませようと更衣室に行きかけたとき、スイーツ・ビーチハウスの海辺側に歩いて行く秋沢由樹の姿を見かけた。何となく誘われるようにボクもその足取りを追うと、浜辺に佇む彼女を見つけた。

「今日は疲れちゃったでしょ、ごめんね吉村のヤツ、お調子もんだから」

 ボクはさりげなく声をかけてみた。

「とっても楽しかったですよ、ここのところ忙しかったから、みんなも気分転換になったんじゃないですか」

 秋沢由樹はボクではなく海を見つめながら言った。

「それにしても夏の海がこんなに忙しいとは思ってもみなかったよ」 

「今年の夏はいつもより賑やかですよ、天気も良かったから」

「良かった?なんか終わっちゃうみたいな言い方だね?」

「夏の海はお盆までです。今年も後10日くらいで終了、その後はエクストラです」 

「えっ?こんなに盛況なのに?」

「終了です。その後はだんだん寂しい海になっていっちゃう」

「そうなんだ」

「海水浴客が減って、そしたら波乗りの天下になるんです。波も今より強くなるから」

 秋沢由樹は波のことを強いと表現した。そして、その言葉の後もその目はまだ遠くを見ていた。

 ボクはその姿の美しさに、またあの冬の日に見た海に溶ける雪を思い出して言葉を失ってしまった。

「咲良さん!」

 秋沢由樹が振り返ってボクに呼びかけた。

「一杯おごってくれるっていう約束覚えてますか?」

「も、もちろんだよ」

「それって、今日じゃダメですか?」

「えっ?いや、ぜ、全然構わないけど・・・」

 ボクはあんまり急で、しかも少し強めの申し出にビックリしながら答えた。

「相談があるんです」

 彼女の目はさっきまで海を見ていた目とは違っていたけど、それにも増して優しい目だった。


 汐田とまっつんには少し後ろめたさを感じながら、用事があるからと早々にボクは着替えを済ませて、秋沢由樹との待ち合わせである少し離れた駐車場に急いだ。

夕方の少し涼しくなった風を感じたが、昼間の水浴びのおかげで気温が良く分からない。

 ボクは涼しいような火照っているような不思議な感覚のまま、駐車場に続く角を曲がったところで秋沢由樹を見つけた。ボクは心をときめかせながらその興奮を抑えて彼女に呼びかけようとした瞬間、例によって邪魔が入った。

「よう、サクちゃん!」

 毎度、浮かれ気分の吉村だ。

「何、今帰り?今日は思いっきり楽しんじゃったねぇ」

「どうでも良いけど、お前はどうしてタイミングが悪いときばかり登場するんだ!」

「えっ、何のこと?」

「いや、何でもない。今日はお手柄だったよ、お疲れさん。じゃあな」

「ま、待ってよ、いやいや今日は凄かったね。あんなにいっぱいの水着ギャルを見たのは初めてだよ。あれだよね、あれだけ大勢で更に水着着られてると目くらまし効果っていうの、もうみんな美女に見えちゃうから不思議だよね」

「そうだね、はい、それじゃぁ俺、急ぐから」

「ちょっと待ってよ、長い付き合いじゃない、判るよその感じ。女でしょ?」

 相変わらずこういうことだけは鋭い男だ。

「いや、俺はこれから大切な打ち合わせが」

「参ったよ、スタッフの女の子に飲みに行こう!って声かけたんだけどフラれちゃってさ」

 こいつ、そんなことまで…。本来なら即刻お仕置きだが、今日のところは勘弁してやろう。

と思っていたところに、秋沢由樹がボク達を見つけて声をかけてきた。

「あっ、咲良さん、まだお仕事ですか?」

「あれ?えっと、そう由樹ちゃんだったよね、いやぁ待ってたんだよ」

 由樹ちゃんはお前に話しかけてはいないぞ!と言おうとしたボクを押しのけて吉村は勝手に話し出した。

「いやいや、今日の盛り上がりは何て言ったって宣伝部の俺の手柄じゃん?それで、何て言うかな、今後の参考のためにスタッフの意見を聞いてより良い企画を考えようとサクちゃんと話してたところなんだけど、由樹ちゃん話聞かせてくれるかなぁ?」

「い、いいですけど・・・」

「いやいや、由樹ちゃん、こんな奴に付き合うことないよ、ほら、大切な話が」

「いいですよ、咲良さんも一緒なら私」

「ほらね、サクちゃん、決まりね!心配しないで、今日の打ち合わせ費用は我が宣伝部が持ちますから、サクちゃんはお舟に乗ったつもりで」

「それを言うなら大舟だろ」

 結局、吉村に丸め込まれた形でボク達は近くの居酒屋に向かった。

 江ノ島の隣町は腰越という漁師町だ。

江ノ島とは隣り合わせだが、ここが鎌倉市の最南西に位置する。

この区間だけ路面電車となる江ノ電沿いに古びた商店街が続き観光地江ノ島とは少し違った雰囲気の街並みだ。

ボク達はその中の昔ながらの居酒屋に居を構えた。

「は〜い、それじゃぁとりあえず乾杯!」

 吉村の出だしのノリはいつもの合コンのそれと全く変わらない。

「それでどうなの?咲良くんや汐田くんは、ちゃんと面倒みてくれてるのかな?」

「面倒ってなんだよ」

「いやいや、サクちゃんも汐田さんも、何ていうか少し真面目なとこがあるじゃない」

「お前が不真面目すぎるんだよ」

「で、どうなの?」

「そうですね、少し真面目すぎますね」

「えっ?」

 ボクは思わずビールを吹き出した。

「ウソです、ウソです。毎日一生懸命で頼れますよ」

 −由樹ちゃん、冗談も言うのか・・・。

「で、何?由樹ちゃんは彼氏とかいるの?」

「お前、そういうデリカシーがないことをいきなり聞くな」

「内緒です・・・」

 秋沢由樹は俯きがちにそう言った。

嫌がっているのか照れているのか俯いた顔からでは判らなかった。

 予定外だった吉村のおかげでボクは渋い顔の連続だったが、よく考えれば、ボク一人ではとても聞けなかった秋沢由樹の横顔を知ることができた。

 彼女は、ここから車で10分ほどの鎌倉山に実家があること。

3つ年上の兄貴と両親の四人家族であること。

血液型はAB型で珈琲より紅茶をよく飲むということ。

そして、海が大好きなくせに冬が好きだということ。

ボクはまた、冬の海に溶ける雪を思い出してた。

吉村は言いたいことだけ言って、飲みたいだけ飲んだら、「明日があるから」と言って案外すんなり帰ってしまった。

「そうか、今日は日曜日だったね」

「サラリーマンは辛いですよね月曜日」

「ここにいると、曜日や時間の感覚が狂っちゃうよ」

「復帰する時にはリハビリが必要ですね」

「いや、今が人生のリハビリのような気がするよ」

「咲良さん、この海忘れないでくださいね」

 秋沢由樹は、夕方遠い目で海辺を見ていた時と同じ目で言った。

「そういえば由樹ちゃん、相談があるって言って」

「咲良さん、もう一軒ご一緒しませんか?」

 ボクの言葉を遮るように彼女は席を立った。

 腰越の商店街をビーチの方に戻り、腰越漁港の入り口という、凡そ場違いな場所にその店はあった。プレハブ建ての2階にネオン管で”Noailess”と綴られていた。

「えっ?ノワイレス?」

「ノワイユって読むんです」

「フランス語?ちょっと判らないなぁ」

 前の店ではそれ程飲んでいなかったので、読めなかったのは教養の何物でもないことにボクは少し恥じた。

秋沢由樹は慣れた様子でプレハブの外付け階段をかけあがり、ボクは少し緊張しながら彼女の後に続いた。

 店のドアを開けると、中にいた常連客達から「よお、由樹ちゃん」と声をかけられるも、続いてボクが入っていくと異様な沈黙に変わった。それは明らかに敵意に満ちた沈黙だった。

「何飲む?」

 マスターらしき日焼けした40がらみの男がカウンターに促しながら秋沢由樹に聞いた。

「カンパリ・・・、あっ、やっぱりキューバリバーにする」

 ボクは、酒を選ぶのにメニューを見るなど野暮になってはいけないと咄嗟にタンカレライムを頼もうとしたが、マスターに遮られた。

「そちらさんは初めてだからお店からテキーラをご馳走するよ」

「そ、そりゃ、どうも」

 店にはサンバがかかっていたが、耳に入ってこないほどの圧力に満ちてアウェイ感がハンパ無い。

まるで、ブラジルに単身やってきたサッカーボーイになったような気分だ。

ボクは少し酔った方が気を落ち着けられるだろうとテキーラを一気に流し込んだ。

まるで体の中で火を付けたように一気にアツくなった。

 するとどこからか声がかかった。

「お兄さん、良い飲みっぷりだね、今度は俺がご馳走するよ」

 ボク達の後ろにいた水色のタンクトップの客の申し出だった。

ボクは初対面の人にそんな謂われはないと断ろうとしたが、その言葉も店の圧力に封じ込まれた。

ボクは一杯目と同じように一気に飲み干した。

しかし、それを飲み干した時に気がついた。これは罠だと。

案の定、グラスをカウンターに置いたとたん、3人目の刺客が口を挟んできた。

「やるねぇ、今度は俺の酒だな」

 最初に感じていたアウェイ感は、この因習につながる伏線であったのだろう。

ボクはまんまとその罠に塡ってしまったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「もう、みんな止めてよ」

 秋沢由樹が少し怒ったような声を出したが、ボクはそれを制するように3杯目を飲み干した。

刺客は全部で7人いた。

結局、ボクはテキーラを7杯連続であおることになったわけである。

しかし不思議と意識はしっかりしていた。

秋沢由樹に弱いところを見せたくなかったことと、ある種の儀式をやり遂げたい欲求に包まれていたのではないかと思う。

「7杯目、ごちそうさまでした」

 ボクがグラスを置くと、さっきまでのアウェイ感は一変した。

中には今日からお前は仲間だとハグをしてきた者までいた。

「お兄さん、名前聞いてなかったな、何て名前なんだい?」

 マスターの問いかけに、ボクより先に秋沢由樹が答えた。

「サク太郎よ!」

「えっ?」

「よし、サク太郎、この辺りで困ったことがあったら何でも相談しな」

「あ、ありがとうございます」

 ボクが5杯目のテキーラを飲み干した頃に見覚えのある顔が店に入ってきていた。脚本家の山岸だ。

彼はスイーツ・ビーチハウスに来たときの出で立ちそのもので、秋沢由樹に会釈するとその後は黙々と独り酒を飲んでいた。

儀式が終了したきっかけで、ボクは山岸に話しかけた。

「こんばんは山岸さん、山岸さんもお酒飲むんですね」

「私も男だ、飲みたいときも、飲まなければならないときもある」

「おっ、流石脚本家、セリフみたいな答えだ」

 ボクは儀式が終わった開放感と少し回ってきた酔いで軽々しく言った。

するとさっきボクにハグしてきた男が、「あいつのことはいいからさ」とボクを山岸から引き離した。

 それからどのくらいの時間がすぎたのだろう。

平静を保っているように見せかけていたが、ボクの中に回ったテキーラは嵐をまき起こしていた。

高らかな笑いと共に話をするみんなの声は外国語のように聞こえ、秋沢由樹の優しいまなざしが心地よく感じた。

「大丈夫ですか?もう帰りましょ」

 秋沢由樹が声をかけてくれたときは少しうとうとしていたようだった。

周りを見ると、最初にいた客の何人かは居なくなっていた。

マスターへの挨拶もそこそこに店を出た途端、波の音が聞こえ出した。

「あっ、階段気をつけて」

 ボクは大丈夫!と笑顔で返したが、秋沢由樹が声をかけてくれなかったら、転げ落ちていた程、酔いが回っていた。

それからボク達はビーチを左手に見て海岸線の道をゆっくり歩き出した。

「あの人達、みんな波乗り仲間なんです」

 秋沢由樹が静かに語り出した。

「えっ、由樹ちゃんも波乗りやるんだ」

「私は見ているだけ、私の・・・、私の彼だった人の波乗り仲間」

「えっ、あっ、そうなんだ・・・、でも、だったって?」

「死んじゃったんです。3年前の今日。まだ海水浴客で賑わう季節に、もう少し待てば波乗りが充分楽しめる時期がやってくるっていうのに、たまたま雨が降っていて海水浴客が少ないからって、沖目に出ちゃって、それで…」

「そ、そうだったんだ。それは、悲しい思いでだね、そんな日にごめん、今日みたいなバカ騒ぎしちゃって」

「ううん、いいんです。その方が良かったんです。私、ずっと・・・、3年間もふさぎ込んじゃっていて、今日もみんなが飲もうって誘ってくれていて、そこに咲良さんを連れてっちゃったもんだから」

「そうか、由樹ちゃんを狙う悪い虫、そう思われて標的になっちゃたってわけだ。でも、まぁ楽しかったよ。最後は仲良くなれたしね」

「2ヶ月前にも同じようなことがあって、同じって言っても咲良さんみたいに飲まなかったんですけどねテキーラ、それに私が連れて行ったんじゃなくて付いて来ちゃったんです」

「えっ?誰が儀式の標的に?」

「山岸さん」

「そうか、だからボクが山岸さんに話しかけたら引き離そうとされたんだ。でも、そんなんだったらあの店に来なければいいのにね」

「それがほぼ毎日来てるんですって。マスターとは少し話すようになったみたいですけど」

 山岸の顔を思い浮かべた。

同じ儀式の標的になったもの同士、なんだか分かる気がした。いや、同じ儀式の標的ではない、秋沢由樹に好意を持っている者同士だからだ。

「ちょうど三年、今日で卒業!みんなにそう言ったんです」

「えっ?ああ、彼氏・・・、何て言ったらいいだろう。何とも言えないや・・・」

 本音だった。ボクはどんな思いで彼女が3年間を過ごしたかわからないし、ましてやその彼のことも何一つ知らない。わからないものが大きすぎて勝手に言葉を言えなかった。

「咲良さん、ビーチに降りましょうよ」

 秋沢由樹に手を引かれてボク達はビーチに降りた。

砂浜はアスファルトと違って足元が不安定で酔った足には少し危なっかしい。

「咲良さん、覚えてます?私、相談があるって言ったんですよ」

「えっ、あっ、そうか、でもそれってさっきの彼氏の話じゃなかったの?」

「そうなんですけど、肝心なのはその先で…、私、とっても気になる人ができちゃったんです」

「えっ?ええっ?」

 酔いがいっぺんに覚めていく、いや、酒どころか血の気も引いて行く気がした。

ボクに打ち明けるということは、ボクの知っているヤツか?まさか、汐田?ありえなくはない。

まっつん?ありえない。吉村?関係ない。まさか、まさか、汐田・・・、ああ、なんて日だ。

「その気になる人は、とても真面目で包容力があって、あったかくて」

「あっ、そ、そうか、うん・・・、わかった、それならボクが何とかしよう・・・」

 ボクは何て言って良いか分からず、適当に返事をしてしまった。

さっきは、彼女の恋愛のことを無責任に言えないと思ったのに。

この間まで、汐田に恋するマユミを応援してたはずなのに・・・。

「何とかしてくれるんですか?本当に?」

「あっ、いや、うん」

「私が気になる人、それは・・・、サク太郎!」

「サク、うん、サク・・・、サクタロ・・・、ええっ?」

「咲良さん、あなたが好きです」

 音が全くしない感じがした。

鼓動の音だけがどんどん大きくなっていった。

全く音がしないのに波の音が聞こえている。

「ドキ・・・、困ったな、ドキドキが止まらないよ」

「・・・?」

「最初に君を見たときにボクは海に溶けていく雪を見て、それから、ボクは虜になってたんだ。それで、その雪みたいに君が現れて・・・、気に入ったとか好きだとかなんて軽い物じゃなく、何て言ったらいいんだろう。君だけじゃなくて、君を思う自分も愛おしくて・・・」

 ボクの話は支離滅裂だった。

秋沢由樹は微笑んでいた。

その微笑みを照れくさそうに俯いて隠しそのまま彼女はボクの胸に顔をうずめた。

 ボクは思わず彼女を抱きしめた。

抱きしめた手を離してしまうと何か言葉をかけなくてはいけないという不安でいっぱいで、只々抱きしめていた。


 波の音と時々聞こえる海岸線を車が通過する音以外は、ボク達の世界には入ってこなかった。

少し落ち着きを取り戻すとそこには満天の星の元だと気がついた。

「私、夏が終わったら、働こうと思っているんです」

「今だって立派に働いているじゃない」

「ううん、ちゃんと社会人として朝から出勤して」

「そうか・・・、勝手だけどボクは、由樹ちゃんはこの海が似合ってると思うけどな」

「この、この海と一緒にいるために働くんです」

「えっ?どういうこと」

「この近辺で独り暮らしを始めるつもりです。っていうか、もう始めちゃうんですけどね。ウチのお父さん、ちょっと難しい人で、私、この3年間気が抜けてたから、言われた通りにしてたんですけど、やっぱり自分の思った通りに生きたくて」

「そ、そうか、スタイルを見つけたんだね、由樹ちゃんなりの」

「咲良さんのおかげです。私、前の気持ちのままで、海で暮らしたら引きずり込まれちゃうんじゃないかと思って怖かったんです」

「前の彼氏に?」

「はい、海っていろんな顔があるんですよね、すごく元気づけてくれたり、心地よかったり、でも落ち込んでいるとずっと底にまで引きずり込んでしまう・・・」

「そうか、由樹ちゃんの決心って大きな勇気なんだ」

「サク太郎、あっ咲良さんが…」

「いいよ、サク太郎で」

「・・・、サク太郎が私の扉を開いてくれたの・・・」

 ちょっと恥ずかしそうに、初めてタメ口で話す彼女はとても愛らしかった。

二人を包んでいたノイズは、まるで鼓動のような調べで二人を包み込み、見つめ合うだけでどんなこともわかり合える気がした。


 積極的な彼女は、有名家電企業の受付嬢としての働き口まで難なく決めてしまっていた。

通勤するには自分の実家より不便なこの場所で暮らすことが条件で就職することを父親と約束していた。

お気に入りのオーディオコンポ以外は実家から持ち寄らず、例の波乗り仲間が自分たちのお下がり品だと言って生活道具の一式を用意してくれたそうだ。

 彼の悲しい事故から3年の彼女を勇気づける会は、彼女の旅立ちの祝いの会でもあったのだ。


 翌日、ボクはまだテキーラが頭に残っていることを自覚しながら、夏の繁忙期の一日をやっつけた。

秋沢由樹のことを汐田に知らせたいと思ったが、結局、夕方まで足を引っ張られてしまった。

閉店過ぎの清掃時に汐田を探したが姿が見えない。

「あれっ?亮介、汐田は?」

「昼間に来たお客さんに誘われたからってさっき出て行きましたよ」

「お客さん?さては逆ナンパか?」

「いや、初老の夫婦でしたよ、なんか長いこと話し込んでたような・・・」

「そうか…、そう言えばこの忙しさってあと少しで無くなっちゃうんだって?」

 ボクは秋沢由樹が言っていたことを海のスペシャリストに聞いてみた。

「そうですね、週末に台風が来そうだからどうかな?その後のお盆休みが影響受けなければいいんですけどね」

「でも、そうなれば波乗り亮介の季節到来ってわけだ」

「土用波が海水浴客を一掃して、波乗り客に変えちゃうんですよ」

「でも、気をつけろよ、波乗りって自分の技に過信しやすいっていうから」

 ボクは、秋沢由樹の彼氏だった人のことを思い浮かべてそう言った。

彼氏だった人?そうさ、今はボクが彼氏なんだ。

そう思ったボクがどんな素振りだったのか分からないが、亮介は少しだけ笑った。

ボク達とは違って亮介や秋沢由樹は、季節を感覚で知っている。

ボクは単純にこの忙しさから解放されるくらいに思っていたが彼らにとっては節を分けるほど大きな変わり目ということを自覚していた。


 次の日、ボクはどうしても外せない用事があって一日だけ東京に戻ってネクタイを締めた。

 スタッフ達には「良い時にサボりますね」と揶揄されたが、本当はひと時も海を離れたくなかった。

海を、いや、由樹と離れたくなかったが正解だ。ネクタイをかなぐり捨てて海に戻った次の日も忙殺は続いていた。

その日は夕方から由樹の一人暮らしのための引越しを手伝う約束をしていた。

仕事を終えると取るものを取らずボクは教えられた住所に向かった。

 海辺から入り組んだ路地を抜けた場所にそのアパートはあった。

築40年は過ぎているだろうか、海辺の潮のせいで金属は普通の何倍ものスピードで錆びる。

鉄製の階段やポスト、一部使われているトタンの建材も長年手入れをしていないような状態に見えるが、これも塩害の一部だった。

「荷物も少ないし、独りで充分よ」と彼女は言っていたが、初めて一人暮らしを始めるということは何かと不安だということをボクは実体験で知っていた。ボクは急いた気持ちのまま錆びついた階段を駆け上がり、教えてもらっていたその部屋をノックした。

「お、遅くなっちゃった、ごめん・・・」

「そんなに汗かいて、大丈夫だって言ったでしょ」

 そう言いながら、汗だくのボクを彼女は満面の笑みで迎え入れた。

「大きな荷物は、みんなが運び入れてくれたから後は片付けだけかな」

「そうか、電気とかガスは開通してるの?」

「うん、電話も開通済みよ、肝心の電話機は未だなんだけどね。私、自分の電話番号って初めて持ったの、なんかとっても嬉しくって」

 未だ主人の存在感がない部屋は夏なのに少し寒そうに見えたけど、嬉しいと微笑む彼女の周りだけ明るく陽がさしたように見えた。

ボクは彼女が部屋の片付けをしている間、放置されていた洗濯機の移動と設置を買って出た。

それは、波乗り仲間たちがお下がりをくれたものということだったが、新品と言ってもいいほどの綺麗な代物だった。

「たぶん、大丈夫だと思うんだけど、何か試しに洗濯する物ってない?」

 洗濯機の設置を終えて、声をかけると返事はなく、由樹は壁にもたれて眠っていた。

おそらく今日一日、気も体も張って初めての一人暮らしのために頑張ったんだろう。

ボクはその寝姿を見ながら、夏が始まる前にスイーツ・ビーチハウスに降ろされたTシャツの段ボールの山の片付けを手伝ってくれて倒れてしまい、控室で休んでいた由樹の寝顔を思い出していた。

あの時の自分に今のこの場面を想像できるわけがない…。


ボクは思い立って、寝ている彼女をそのままに近くの電気屋に走り込んだ。

「すいません、電話機ありますか?」

「はいはい、こちらにございますよ」

「女の子、いや女性が使う物なんですけど」

「そうですね、電話機に女性ものも男性ものもないですから色でお選びいただくことになりましょうか」

 ボクの質問が変だったのか、店員は苦笑しながら案内してくれた。

ボクは陳列されている電話機の中から由樹に似合った一番ナチュラルなデザインのものを選んだ。

 それを抱えて部屋に戻っても由樹はまだうたた寝を続けていた。

ボクは、電話機を取り出し、モジュラージャックを繋げてみた。

受話器を耳に当てると確かに開通しているダイヤルトーンが聞こえた。

ボクはもう一度アパートを出ると、今度は電話ボックスを探して辺りを見回した。

 思いの外あっさりと電話ボックスは見つかった。

ボクはイタズラ心にときめきながら、先ほど教えてもらった電話番号をコールした。

「・・・、・・・。・・・。」

 コールは続き、12回目のコールの途中で怪しそうな、でも少し眠たそうな彼女の声が聞こえた。

「・・・、も、もしもし?」

「こんにちは!ワタクシ、秋沢由樹を応援する会湘南地区代表の咲良と申します!」

「な〜に、これ?」

「全力で応援する次第でアリマシテ!」

「もう、びっくりした!今、どこにいるの?」

「えっと、海岸通りの手前の電話ボックスでアリマス」

「待ってて、すぐ行くから」

 彼女は走ってきた。

さっきボクが彼女の元へ走って行ったのと同じだ。

そしてそのままボクに抱きつくと彼女は言った。

「湘南地区代表でいいの?」

「あっ、いや日本代表、世界代表!!」

 どこに代表するんだと思いながら、自分が一番でいたいと一生懸命思った。

「ああ、お腹空いた」

「そうだな、このまま何か食べに行こうか」

「う〜ん、サユミさんのチキンカレー」

「えっ?何それ?」

「この前のお店覚えてる?」

「ノワイユ?」

「あそこのマスターのパートナーのサユミさんが夏の一日だけ限定で作るの、すっごく美味しいのよ」

「そうか、今日がその日なんだ」

「ううん、でも私がとっても好きだから今日は引っ越し祝いに特別に用意してくれるんだって」

 ボクはつい先日のあの酔っ払いの姿を思い出していた。

「大丈夫よ、今日はテキーラ飲まさせないから」


 平日のこの時間にノワイユにお客はいなかった。

お客の誰もいない店のドアを開けると、今までひっそりと眠っていた何かがふと揺り起こされたような独特の空気が作られる。

「は〜い、由樹ちゃん」

 顔も見ていないのにその人は元気に声をかけた。

「こんばんは、サユミさん、えっとこちらは」

「聞いてるよ、サク太郎だろ?テキーラ強いんだって?」

「あっ、いや今日はちょっと」

「ハハハ、心配しないで、今日は飲ませないから。その代わり私の自信作しっかり味わってよ」

 サユミさんは、さっぱりとした気が良い女性だった。

この時間はサユミさんが、夜が深まるとマスターが店を任されるというのがこの店の基本らしかった。

「そういえば、この店の名前ってフランス語なんですよね?」

「そうらしいけど、アタシはよく分かんないのよ、元々はアタシが映画の「白雪姫」好きだって言ったら、アイツがなんか適当なこと考えたらしくてさ」

「・・・、あっ、そうか、スノウホワイトの発音からノワイトになってノワイトユー、ノワイユ・・・、ですね?」

「なんかアタシには分かんないんだけどさ」

「へぇ、そうなんだ、私も知らなかった」

「誰にも分かりゃしないよ、そんな屁理屈、誰にも言ったことないしね」

「白雪姫かぁ、ボクも好きです」

「おや、そうかい?それじゃぁサユミさん特製の魔女の毒入り林檎のチキンカレー、とくとお楽しみを、ヘーヘッヘッヘッヘ」

 サユミさんは魔女の声色を真似しながら、手際よくチキンカレーを差し出した。

抜群に美味かった。抜群の他の言葉は要らないくらいに美味いカレーだった。

サユミさんは夏の間の二日だけスペシャルメニューを提供するのだそうだ。

このチキンカレーと冷たいトマトのスパゲティ。

どちらも大好評だけど、その二日以外は頑固に作らない。だから今日はとても珍しいのだそうだ。

「あいつも好きだったねぇ、この味・・・、あっ、いけない、昔のことを・・・」

「あっ、いいんですよ、ボク、由樹ちゃんから全部聞いてますから。

それに、張り合ってもどうなるものでもないですしね」

「あんた、いい奴そうだね。おかわりどうだい?あいつは必ずおかわりしてたけどね」

「あっ、くださいおかわり、目一杯」

「ハハハ、現金だねぇ。由樹ちゃん、今年はいい夏になったねぇ」

 秋沢由樹は静かに笑った。


 翌日、ボクはやっと汐田を捕まえることができた。

相変わらずの忙しい1日だったが、途中で一緒に遅いランチができたのだった。

「えっ?由樹ちゃんと?」

「いや、まぁ結果的にそういうことになっちゃってさ」

「やりやがったな、最初から分かってたけどね、サクちゃんが由樹ちゃんをお気に入りだったってことは」

「えっ?マジ?みんなに気づかれてたかなぁ?」

「ハハっ、大丈夫だよ。まっつんだって気がついてないさ、そう思ってたのは俺と」

「えっ?お前と? ハハン、わかったマユミだな!」

「あいつって、ああ見えて本当によく人を見てるからね」

「そうか、そっちも上手くやってんだな。 ああ、そうだ。今日飲みに行かない?久しぶりに」

「・・・、ごめん、今日はちょっと」

「そうか、マユミと約束か、それじゃぁ勝てないな」

「まぁ、そんなとこかな」

 でも、ボクとの約束を断って汐田が向かったのはマユミの所ではなかった。その日、一人で片付けをしているボクにマユミが話しかけてきた。

「咲良さん、ちょっといいですか?」

「おお、マユミ、あれっ?汐田と一緒じゃなかったの?」

「汐田さん、最近変なんです」

「変?今日、話したけど別に変じゃなかったよ」

「変なんです!この前やってきたお客さんと話をしてから」

「えっ?この前って・・・、初老の夫婦?」

「そうです。あの人たちに何か誘われているみたいで」

「誘われてるって何を」

「わかんない、でも変なんです。”人生を豊かにするんだ”とか、”成功するために今があるんだ”とか、兎に角、変なんです」

「何だぁ?自己啓発セミナーか?」

「今日もあの人たちに会うんだって言って行っちゃうし…」

 ボクは汐田の様子を思い返してみた。

別段、変わったところは無かったように思えた。

しかし、その老夫婦のことをボクに話さないでいるのは少し不自然だ。

しかも、マユミを差し置いて会いに出かけるなんて…。

自分に置き換え他としたら、由樹を置いてでも特別な用事ということだ。そんな用事って。ボクの心は俄かにザワつき始めた。





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