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柔ちゃん!頑張る!

イコマイの村は、すっかり町へと変わっていた。

柔ちゃんの父親、山下十段(ヤマシタジュウダン)は忙しく、必死に冒険者ギルドを切り盛りしていた。

「おい!この町は始まりの町なんだよな?なんでこんな高レベルな依頼があるんだよ!死にかけたじゃねぇかよ!」

イコマイからスタートした新人冒険者は、普通は南東にあるイクサカイ町を最初に目指す。

その道中には兎モンスターなど、初心者冒険者でも倒せるような弱いモンスターしか現れない。

ここで新人は経験を積み、イクサカイ町まで行く事が最初の目標だ。

しかしこのイコマイの西、或いは東には、この辺りでは比較的強いモンスターが生息する。

そのイコマイにギルドができてしまったら、当然クエストとしては難易度の少し高めなモノが集まってしまう事になる。

ギルドに依頼が来ているクエストは、新人冒険者が達成できないモノがほとんどだった。

「ここは始まりの村‥‥じゃなくて町ですが、受付嬢が説明した通り、まずはギルドを利用せず、イクサカイ町までの道中で経験を積んでください。ギルドはイクサカイ町から利用する事をお勧めします」

「じゃあなんでこの町にギルドが存在するんだよ!」

「そうだそうだ!」

山下十段は、新人冒険者たちに因縁をつけられていた。

新人冒険者の気持ちも分からなくはない。

冒険者となり、ギルド登録をして、クエストを達成する所から始めるのは、当たり前と言えば当たり前だからだ。

しかし最低限のレベルというものもあるわけで、そこに達していない人を成長させる為にそもそも『始まりの村』というのが定められていたのだ。

そこにギルドが出来てしまった事で、新人冒険者を混乱させる要因になっているのも事実だった。

「どうしてくれんだよ!装備もまともに買えない新人冒険者なのに、買ったばかりの皮の鎧がもう破けちまったじゃねぇか!」

「俺たちまだ全然金もないから買い替えられねぇよ」

「始まりの町のクエストだから、新人でもやれると思ってたのによー」

「だから説明したじゃありませんか。最初は南東に向かって、そこで兎モンスター狙いでやってくださいと」

十段は困り果てていた。

ギルドマスターの立場上、新人冒険者相手に暴力は振るえない。

このままでは埒が明かなかった。

そこに現れたのは柔ちゃんだった。

「ねぇねぇチチー!これはおこまりかー?」

柔ちゃんは父親の事を『チチ』と呼んでいた。

これは今この世界で流行っている『諜報工作員家族』という絵本に出てくる女の子が、両親を『チチ』『ハハ』と呼んでいるのを真似ていた。

「こら柔。仕事場にきちゃ駄目だよ!チチは忙しいんだから」

そういう十段の言葉に、柔ちゃんはただ首を傾げた。

「こいつのガキか?」

「このガキに簡単なクエストを代わりにやってもらおうぜ」

「ここは新人冒険者の町だからな。子供でもクリアできるはずだよな」

そう言って男たちは柔ちゃんを取り囲んだ。

「止めてください!子供は関係ないですから!」

十段がそういった時、柔ちゃんは一人の冒険者の股間をパンチした。

小さな女の子のパンチだから、そう大した事はないだろうと思いきや、かなり強烈なパンチだった。

そう、柔ちゃんは、孔明の上げたブレスレットで超強化されていたのだ。

「ぐおぉぉ!!いってぇ!何しやがるこのガキ!」

男は怒って柔ちゃんの頭を掴みにかかった。

しかし柔ちゃんはそれをかわし、再び股間へ強烈なパンチをくらわした。

「うおっ‥‥」

男は倒れて悶絶した後、その場で気を失っていた。

「チチのピンチすくったー!」

柔ちゃんは大喜びだった。

しかし周りの冒険者は呆然とし、十段はオロオロとしていた。

「あ、おい!夢美はいるか!回復!回復魔法を頼む!」

十段が呼んだのは、イコマイが町になって共に暮らせるようになった妻の山下夢美(ヤマシタユメミ)だった。

イクサカイの町のギルドで働いていたのだが、こちらにギルドができた事で一緒に暮らせるようになったのだ。

「はいはい。慌てないでください。すぐに治しますよー」

ギルドの受付の奥にあるバックルームから、夢美はゆっくりと出てきた。

美人だけどガッチリとした体形が見て取れる女性だった。

「治せそうか?」

不安そうに見守るのは、十段だけではなかった。

新人冒険者たちも皆無言で見守っていた。

夢美は倒れた冒険者の横に腰を落とすと、腹に一発鉄拳を食らわせた。

「えー!」

一同信じられないものを見たといった感じで、目が飛び出る勢いだった。

「すみません。先ほどの態度はむかついたもので」

夢美の笑顔に一同恐怖した。

一人柔ちゃんだけは喜んでいた。

「ハハのパンチ強烈ー!」

「軽く叩いただけですから、大した事ないですよ」

夢美はそう答えると、倒れる男の方へ視線を向けた。

無造作に男の股間をズボンの上から触り、状態を確認する。

一同唾を呑んだ。

「これ、駄目かもしれませんね」

夢美の言葉に、一同涙がにじみ出てきた。

「まっ、とりあえず回復してみましょう」

夢美の手から光が発せられ、その光は男の股間辺りを照らした。

しばらくすると光が終息し、夢美はかざしていた手をどけた。

「多分大丈夫だと思いますよ」

夢美の言葉に、一同が涙した。

「良かったー!」

「俺はもう駄目かと思ったぜ」

「夢美がいてくれて助かった。ありがとう!」

「ハハは凄いー!」

十段も柔ちゃんも喜んでいた。

こうしてとりあえずこの時のトラブルはよく分からないけど解決した。

しかしこういう事はこの後も度々起こるのだった。


「だからパンチは駄目だってー!なんかチチとハハを守れる技、おしえてー!」

柔ちゃんは孔明の所に遊びにきていた。

その時にギルドであった事も話していた。

孔明は考えた。

そのようなトラブルがあった時、相手を怪我させない程度にやっつける方法を。

柔ちゃんの話を聞くと、新人冒険者は皆、男として死にそうになっている。

母親の夢美がいなければ、男として死んでいたであろう冒険者が何人もいそうだった。

それだけ、ブレスレットを着けた柔ちゃんのパンチはヤバいのだ。

かといって父親を助けられないのも困る。

「分かった。柔道を教えてあげる」

「じゅうどう?なんかそれー、あたし上手くやれる気がするー!」

孔明は『それは当然だ』と心の中で思った。

「じゃあまず一本背負いからだ」

「いっぽんぜおいー!」

孔明は小さい頃に柔道場に通っていた事があった。

一年ほどだったけど、一応基本はできていた。

「柔ちゃんはちっちゃいから、関節技も覚えておこう。腕挫十字固ウデヒシギジュウジガタメはこうやればいいよ」

身軽な柔ちゃんには結構あっている技だった。

「後は相手を倒す為に足を取ったり、手を伸ばしてきたらこうやって外にひねって、背中から押さえつけるのも有効だよ」

「すごいー!お兄ちゃん色々知ってるんだねー!」

途中からは、レスリングの技なのか合気道の技なのか分からないものまで教えていった。

柔ちゃんには武術のセンスがあるのか、直ぐに身に付けていった。

日が暮れる頃には、仲堅冒険者くらいまでなら軽く取り押さえられるくらいにはなっていた。

「お兄ちゃんありがとう!」

「うん。僕も楽しかった」

孔明は教える中で、自分も強くなっていると感じていた。

これ以上強くなる必要は全く何処にもなかったかもしれないけれど、やはり自分が成長していくのを実感できるのは嬉しかった。

「じゃあねー!お兄ちゃん!またくるねー!」

「柔ちゃん、バイバイ!」

柔ちゃんは帰っていった。


次の日から、柔ちゃんの技は幾度となく炸裂した。

あまりに簡単にやられる新人冒険者を見て、いつの間にか無茶をする新人冒険者はいなくなっていった。

誰もが、新人冒険者が五歳くらいの子供に負けるのを見ていれば、自分たちが弱すぎる事を認めるしかなかった。

新人冒険者は皆、一から頑張ろうとアドバイスも聞くようになった。

こうしてギルドのトラブルは落ち着いていった。

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