姫へのプレゼントを作る
この所、魔法道具屋コウメイを訪れる客は増えてきていた。
若干十五歳にして、ギルド協会の特別会員になった者がいるという話は、勇者が現れたという話に匹敵するくらいの大きなニュースだった。
そんな孔明がやっている店を一目見ようと、名のある冒険者が何人も集まってきていた。
「君が孔明君か。確かにただならぬ雰囲気を感じるな」
「うんうん。確かに。ここに置かれているアイテムも、どれも一級品に感じる」
今までそんな事を全く言われなかったのに、急に変化するのは孔明も気持ち悪く感じていた。
ただ、そうは言っても商品も多少売れるようになって、一応店をしている感じが味わえるのは、孔明も別に嫌な気持ちではなかった。
そんなある日、孔明の元に信じられないような人が訪れていた。
その人は、この国の王様の側近の一人である、『伊集院斎藤』という女性であった。
孔明の住むイコマイ村は、『江戸王国』の領内にある村だ。
その江戸王国の国王の側近を代々世襲で努めているのが、貴族でもある伊集院家である。
伊集院というだけで皆、王族に近い扱いをするくらいで、貴族の中で最も偉い人だと言えた。
とはいえ孔明にとっては、そんな事あまり関係がなかった。
「はじめまして孔明さん。わたくし伊集院斎藤と申します。今日は相談があってまいりました」
とても物腰の柔らかな、それでいて凛とした雰囲気を持つ若い女性だった。
腰には剣を差し、その出で立ちから剣術の腕も相当なものであると見てとれるほどであった。
「ご丁寧に、はじめまして。相談ですか?」
孔明の対応は普通だった。
「はい。もうすぐ姫である『徳川家里』様の誕生日なのですが、国王がそのプレゼントに困っておられまして。そこで孔明さんに何か作ってもらえないかと、そういう次第でございます」
「僕にですか?」
孔明はこの依頼、不安に感じていた。
何故なら、女性に何かを送って喜ばれた経験が全くなかったからだ。
「はい。年頃の女性に贈るものは、やはり年頃の男性に決めていただくのが一番よろしいのではないかと。ちなみに孔明さんなら、どのようなモノを贈ろうと考えますか?」
孔明は少し考えてから答えた。
「僕なら、巨大なカブトムシが喜ばれるのではないかと」
「却下!」
孔明の考えは、即行で斎藤に否定されてしまっていた。
「それは困りましたね。とりあえずアクセサリー辺りで考えていただけないでしょうか。何か魔法を付与した喜ばれそうなものがいいのですが」
「アクセサリーですか」
孔明がアクセサリーと言われて思い出したのが、柔ちゃんに貰った花飾りだった。
あの時貰った友達の花飾りは、魔法によって固めて保存してある。
今も自室に飾ってあった。
「花飾りみたいなのでいいですか」
「悪くないと思いますよ。それに何か魔法効果を付けてもらってもいいですか」
「はい。予算はどれくらいになるのでしょうか」
あまり強力な魔法を付与すると、値段がとんでもない事になる。
予算があるのなら聞いておきたかった。
「そうですね。一千万ゴールドくらいでしょうか」
「一千万ですか!」
孔明は、逆の意味で驚いた。
まさかその程度しか出さないのかと思った。
金銭感覚は既に崩壊していた。
「はい。多少のオーバーでしたらかまいません」
「分かりました。ではいつまでにご用意すればいいでしょうか」
「では、来週のこの時間に又来ますから、それまでにお願いできますか?」
そう言われて孔明は頷いた。
こうして孔明は、国王が姫に送る誕生日プレゼントを作る事になった。
孔明は営業時間中も、ずっと頼まれたプレゼントの事を考えていた。
女の子に贈り物なんて、何が良いのか分からない。
孔明は、自分がプレゼントを贈るつもりで必死に考えた。
でも当然表情はいつもと変わらなかった。
この話を伝えている私ですら、孔明の本当の気持ちを完全に理解する事は出来ていなかった。
「花の飾りのイメージは、あの花飾りでいいから良しとして‥‥」
問題は付与魔法であった。
女の子が喜ぶモノとは一体何なのか。
孔明は寝ている時も夢の中で考え続けた。
「そういえば、姫がどんな人か知らなかった」
孔明はギルドボックスで姫の情報を探した。
「姫は十四歳になるのか。学年だと二個下‥‥でも僕不老だからなぁ」
孔明は一億倍パワーで、一つ歳をとるのに一億年かかる体になっていた。
「姫は魔力が大きく、治癒系魔法が得意。そなんだ‥‥よし決めた!」
付与する魔法が決まったのは、残り三日という所だったが、付与するのに十秒もかからないので、なんの問題も無かった。
出来上がったのは花飾りのブローチだった。
魔法で衣服に装着が可能で、髪につける事もできる優れものだった。
付与した魔法がずっと効果を発揮するように、付けてあるダイヤモンドは蓄魔池にしておいた。
ダイヤモンド自体の大きさは小さく控えめな感じで、花が主役になっていた。
「喜んでくれるといいけど」
最後にそれを木で作った箱にしまい、店のバックヤードの棚に丁寧に置いて、斎藤が取りに来る日を待つのだった。
この日斎藤がやってきた。
「物はできていますか?」
「はい、こちらです」
孔明は箱を持ってきて、斎藤の前で蓋を開けた。
大きさは握り寿司くらいの大きさだった。
「これは素敵なブローチですね」
「魔法で着脱が可能で、髪にも付けられるようにしてあります」
「それは凄いですね。それで付与魔法は何になさったのですか?」
問題はそこだった。
「はい。避妊する魔法‥‥」
「えっ!?」
流石の斎藤も一瞬素で返事を返さざるを得ないものだった。
「は、流石にマズイと思ったので、普通に『祝福』の魔法にしておきました」
斎藤は一瞬崩れた表情を元に戻してから、ひとつ咳払いをした。
「妥当な選択ですね。それで、結構大きな魔力を感じますが、効果はどれくらい持ちますか?」
「百年くらいは持つかと」
「えっ?!」
斎藤は今日二回目の驚きの表情を見せた。
普通継続効果のマジックアイテムは、発動してから一時間くらい効果が続くのが相場である。
百年が本当なら、誰もが驚いて当然だった。
「いや流石にまた冗談ですよね?」
「本当はもっと持つ予定だったんですが、効果を高めたらかなり短くなってしまいました」
「えっ!?」
流石に信じられないといった感じで、鑑定機で確かめてみる事になった。
「やっても無駄だと思います」
「いやいや、流石ににわかには信じられませんので」
鑑定機には、価格を鑑定するだけでなく、含まれる魔力量や、付与された魔法レベルなどを測定する機能もあった。
その辺りはプロなら見れば、或いは感じれば分かる所だけれど、斎藤には『信じられなかった』ので、鑑定する事にした。
まずは価格を調べた。
当然『登録無し、鑑定不能』が表示された。
「この魔法道具は特別で、本当は売り物じゃないので」
「そ、そうなのですか‥‥」
驚きに疲れてきた斎藤は、もう何が来ても驚かないといった表情で、続けて魔力量と魔法を鑑定した。
すると結果は『魔力量百以上鑑定不能、魔法祝福のレベル百以上鑑定不能』と出ていた。
この結果を分かりやすく言うと、『祝福魔法のレベル百以上が、百日以上継続します』という事になる。
百年持つかどうかは分からないが、とにかく尋常じゃない結果と言えた。
「分かりました。これだけで十分凄いものだと分かります。本当にこれを一千万ゴールドでよろしいのですか?」
「はい。かまいません。それと、これは僕から姫にプレゼントです」
孔明は指輪のマジックアイテムを斎藤に渡した。
「これは?」
「電撃魔法が付与された指輪です。魔力量に応じて威力が変わる普通のマジックリングです」
「そうですか。普通ですか。ではお預かりしておきますね」
斎藤は注文していたブローチと、孔明から預かった指輪を大切に鞄にしまい込んだ。
「では、わたくしは失礼します。代金の方は今日明日中には振り込まれるはずです」
「分かりました。ご苦労さまでした」
斎藤は疲れた様子で店を出ていった。
こうして孔明の苦悩の日々は終了した。