その9
目の前に90度に曲がったカーブが迫ってくると、ようじはカーブを指さし大声で、
「浩二! あのカーブで幻の多角形コーナリングみせてくれ !」て、言うた。
「あほかっ! そんなことしたら、車、壊れるわ。」
そうは言うても、腕の見せ所や。峠で鍛えたヒールアンドトゥでギアを落とすと、2T-Gがグワンと音を立てる。ハンドルを切ってクリッピングポイントを狙うと、KYBのスポーツサスとピレリ―の60タイヤを履かせたカローラはレールの上を走る様に向きを変えた。いつも思うけど、この瞬間がすごく気持ちええ。
「おおおっ。すごいな。さすがサーキットの犬。」
「あほっ。誰が犬や」
ようじは、ほんまにおもろい。東京に行ってしまうのがつくづく残念やと思う。
カーブを曲がり、橋を渡って、田んぼの真ん中の道をちょっと進むと、隣の小学校区へ入った。
すると、ようじが変な事を言い出した。
「浩二。あの青い屋根の家。誰の家か覚えてる? 」
青い屋根の家。それは俺の初恋の久美ちゃんの家やけど、初めての失恋もやった。
ようやく忘れてきたと思てたのに、ぶり返すつもりなんやなと思た。
「お前、嫌な奴やな」
ようじは大声で笑った。やっぱりなと思た。
「すまん。あれは俺たちが悪かった。」
「ホンマやで」
あれは、中三の時やった。俺とようじとカズキとマサヒロとで、バスで街の模型店へ行った時、バスの中で、「あっち向いてホイ」で負けた奴が、好きな女子は誰かって言わなあかんようになって、負けてしもた俺は、真剣に「久美ちゃん」と言った。そしたら、皆が冷やかし始めて、しまいには、朝から降り続いた雨で曇ったバスの後ろ窓に、ようじとカズキがアイアイ傘を書いて俺と久美ちゃんの名前を入れた。