その1
俺はこの町がわりと好きや。けど、同級生は嫌やて言うてる。
俺はこの町がわりと好きや。けど、同級生は嫌やて言うてる。
確かにつまらん田舎町やけど、死んでおらんようになったばあちゃんが、大昔はコメ作りで栄えてて、江戸時代には町の真ん中の街道を大名行列が通って、終戦くらいまでは、人や牛車がよう行き来してたと言うてた。
大昔がそんなんやったから、俺が小学生位まで、医者も交番も床屋も酒屋も魚屋も駄菓子屋も電気屋も郵便局もあったで、この小さい町の中で済んでて、ちょっと自慢やった。けど、生活が豊かになって、新しい国道ができて、クルマが通らんようになって、めっきり静かになって、交番もなくなって、ようけあったお店も儲からんからと閉めてしもて、今は、おばあちゃんがやってる駄菓子とたばこを売ってる一軒だけになってしもた。
それで、困ったことになったかと言えば、そんなこともなくて、街の方におっきなスーパーやらホームセンターができたで、車を運転する近所のおじさんおばさん達は、そこで買いもんするようになったで、別に困りはせんだ。
それに、俺は長男やで、出てこと思たことはないし、よその事もよう知らんし、都会は確かに面白いけど、人が多すぎるで、たまに遊びに行く位がちょうどええと思てるし、この町で何とからなんかなと思うのは、道が狭すぎる事くらいや。
愛車をこすらんようにブロック塀や牧垣に囲まれた道の曲がり角をなんとか曲がると、コールタールが塗られた板壁の平屋の横に、二階建ての鉄筋の農舎のある家が見える。その家の前で車を止めてクラクションを鳴らすと、家の前に、この時期だけ立ってる稲を育てるビニールハウスから、ようじのお母さんが出てきて、軽くお辞儀して、「ようじ! 浩二君が来てくれたよ」と言うと、友達のようじが家の硝子戸をガラガラと開けて、爽やかに手を挙げて出てきた。
短髪の髪に、フライトジャンパー、白いTシャツにストーンウォッシュのジーンズ、靴はコンバースのオールスター。手にはスポーツバックが一つ。なんか、去年観た「トップ・ガン」のトム・クルーズみたいで、ちょっと笑ろた。
「久しぶり。無理言ってごめん」
「おおっ、ひさしぶりやな。まぁ、乗れよ」
ようじは、小学一年生の時、関東の方から引っ越してきた。俺らにとって標準語聞くのはなんか変な感じやったけど、一学年1クラスしかないから、2年になった頃には、ようじも少しずつこっちの方言が出来るようになって、それをええ感じで使うから、面白いなってなって、自然と友達になった。
中学まではよう遊んだけど、高校は別々になって、お互いに部活やら高校の友達との付き合いが増えて、あまり会わんようになって、高校を卒業してからは、ようじは予備校、俺は会社の人との付き合いが増えて、ほとんど会わんようになってしもた。
小学校の同級生の付き合いてそんなもんやろうけど、昨日の晩、久しぶりにようじから、「東京へ引っ越すことになった。もし、明日暇だったら駅まで送ってもらえるかな ?」って電話がかかってきて、なんかうれしなって、直ぐに「ええよ。で、何時頃がええん? 」と、引き受けた。
ようじは、昔から勉強出来たけど、東京の大学はさすがに難しいやろと誰もが思てた。けど、さすがはようじ。一年浪人して合格しやがった。
俺らの同級生の中で、進学したんは、親が学校の先生の子や、医者の子だけで、後は、地元の会社へ就職してた。それは、皆、家が農家やからやけど、そんな中でも、ようじとつねあきだけは、ちょっとちごて、自分の力で未来をこじ開けた。
そやで、俺は、正直かっこええなぁて思てたんやけど、ようじが浪人を決めた時、近所の人らは、「あそこの息子さん浪人するんやって」て、ひそひそ言うてて、農業手伝えて言うてるわりに、ちょっとええ大学に入るために、この町を出ると、あそこの息子さんは勉強がよう出来る子や。えらいなて噂になった。反対に、進学でもない理由で出てくと、あそこの子は農業もほったらかしてあかん子やと噂された。そんな親たちの話を聞いてると、ホンマあほらしなる。
「本当にごめんな」
そんな、あほくさい噂も跳ね返したようじは、照れくさそうにそう言うと、カローラクーペのくたびれたシートにドスンと座った。