箱庭
今から30~40年前に書いていたものです。
つたない文章で、よくもまぁ、恥ずかしげもなく、同人誌に載せていたもんだとあきれています。
ちなみに、当時のペンネームは大森千と申しておりました。
父さんが、また新しい何かを造ったというので、
研究室までのぞいてみる事にした。研究室といっても
窓には、鉄格子がはまっているけどな…
二重扉の鍵を開けると、いつもの前かがみの背中が見えた。
「どんなのさ」
「あぁ、ちょっとな、まぁ見てみろや」
シャーレーにスポイトで、何らかの液体を入れながら
顕微鏡をあごで指した。レンズを覗くと、緑色のモノが見える。
「なんだい?これ」
「箱庭だよ」
ぼそっとした父さんの口調は、上機嫌の時のものだ。
「ハコニワって何さ?」
「知らんのか。昔の人が考えた、
自然の風景や庭園の模型のことだ」
「へぇー、だけどこれ、ただ緑色してるだけじゃん」
ピントをあわせても、ぼんやりとしか見えないその緑は、
父さんの機嫌の良さとは、裏腹に僕を不安にさせる。近づいてくる
父さんはずり落ちた眼鏡の奥で、ニヤリとし、スライド・ガラスに
先程のシャーレーの中身を、スポイトで入れる。一滴、また一滴と。
液体は変化し反応をおこす。
「こいつはまだ試作品だけどな。この中によぉ、この前
造った細胞を入れてやるのさ。するとそいつが、この
箱庭に順応するのがわかったんだな」
研究といっても、これが一体何なのかは、誰にもわからないわけだが…
そんな僕の不安をよそに、喜んで語る父さんは、まさに狂気そのものだ。
そう、この人は僕の父。
「ふーん」
しかし、まぁ考えてみれば父さんがこの「ハコニワ」とやらに熱中して
くれている間は、しばらく平和ってことになる。母さんの神経だって
少しは休まるだろう。そりゃそうさ。
暴れ狂う狂人の力を抑える家族の図なんて、なんともみじめだものな。
「じゃぁ、ガンバって」
僕は部屋を出た。鍵をかけた扉の向こうには、父さんの背中。
見上げると空は、にわかに曇りだし、あっというまに雨になった。
まるで父さんが、雲の上からスポイトで落としているかのような雨だった。