8 筋肉は、魔法で出来ている
過度な筋肉描写に御注意下さい。
11/26 スライムの生態情報を追加しました。
「おいおい、生まれたての小鹿のモノマネが特技かぁ?」
「うるせぇよ! 好きでぷるぷるしてるんじゃねぇよ!」
30分くらい正座でお話をしていたので上手く立てずに、『相棒』に寄っ掛かりながら立ち上がろうとする俺。
その姿はまさに、生まれたての小鹿が頑張って初めて立ち上がろうとしている姿そのもので...
「ヌオーッ!」とか「フンヌゥ!」と健闘している俺の横で、ジレンは手で口を隠しながら笑いを堪えてぷるぷるしていた。
...
やっと足の調子が戻ってきたとこで、俺は立ち上がる事が出来た。
「疲れた...」
「角の森から生きて帰って来れるのに、足の痺れごときに悪戦苦闘するなんて、お前さんは面白いやつだなぁ」
「森の奴等は確かに狂暴だったけどさ...
足の痺れは全人類に平等に降り掛かる悪夢だと思ってるんだけど、そこんとこどうよ?」
「コツさえ掴めば、いくらでも正座出来るだろ?」
「さいですか...」
「ふむ...見た感じ強そうに見えないしな。
足の痺れだけで疲れているお前さんが森から生還出来た理由は、その『魔道具』か?」
「『魔道具』?」
『魔道具』、聞き慣れない単語に疑問を覚える俺に、ジレンは俺が寄っ掛かっている『相棒』を顎を動かして指し示した。
「馬を必要としない馬車...
外装は全部鉄で出来てんのか? やけに硬そうだな?」
ジレンは手の甲で「ガンッガンッ」と硬質な音を立てながら『相棒』の車体を叩いている。
ちょっと凹んでないか?
どんだけ力入れてんの?
「重さは...フンッ!」
ジレンは『相棒』のボンネットに手を掛けて、力一杯『相棒』を押す。
ジレンの足元の地面がどんどん抉れていく...
今『相棒』がちょっと動かなかった?
ゴリラなのこの人?
「あ、あの、そこら辺にしてもらえると助かるんだけど...」
そろそろ『相棒』が悲鳴を上げそうなのでやめてもらいたい。
「ふぅ...
金属の塊見てぇな重さだ、これ本当に動くのかよ?」
「車の重量はほぼエンジンだからな...
クレーンでも使わないと持ち上げられないし。
それくらい重くても、車はちゃんと動くぞ」
「ほーん、車っつうのか...そのまんまだな?」
馬車から馬を取って、車。
確かにそのまんまだ。
「コレをちゃんと動かすとなると、結構な『魔力』を喰いそうだなぁ...」
初めて見る車をじっくりと観察しているジレンの呟きから、『魔力』という、今度は聞いたことがある単語が聞こえてくる。
『魔力』...MP、マジックパワーを意味する、ファンタジー物では必ずと言っていいほど出てくる概念。
『魔道具』に『魔力』...これらの単語から俺は、一つの可能性を導き出した。
「『魔道具』とか『魔力』とか...もしかして、この世界には『魔法』があったりするのか?」
「当たり前だろ?」
『魔法』が当たり前。
どうやら本当にこの世界は、俺の知っている世界とは別物らしい。
ファンタジー物で王道とも言える『魔法』が、この世界には存在しているんだ。
俺は性懲りもなくワクワクしていた。
一時間くらい前に森でその片鱗を味わった事は、もう綺麗さっぱり頭の中から消えていた。
「突然ニヤニヤしだしてどうした?
気持ち悪いぞ」
「え、あ、ニヤニヤしてた?」
「してたぞ」
無意識の内に顔が綻んでいたらしい。
当然だった。
こんなにも俺の好奇心を刺激する『魔法』という存在...
誰しも一度は使ってみたいなと思った時があるだろう。
もしかしたら、この世界なら俺にも『魔法』の力が...?
『魔法』に対して、俄然興味が沸いてきた。
「なぁ! 魔法、見せてくれないか?」
「なんだ、見たこと無いのか?」
「あぁ、俺の国には魔法が無いんだ」
「今時そんな国があるかね...?
よっぽど閉鎖的な国なんだなぁ?」
「いいから!
魔法!
見せて!」
のらりくらりとお茶を濁すジレンに痺れを切らした俺は、さらに食って掛かる。
ジレンの両肩を掴んで懇願する俺に、ジレンは「おうっ」と目を丸くしながら返事をした。
「わかったわかった...
見せてやるから一回離れろ、な?」
「うん!」
俺は即座にジレンから離れた。
そして、無邪気な子供のようにキラキラした目でジレンを見つめる。
炎かな? 水かな? 雷かな?
どんな魔法が飛び出てくるのかと、期待して待つ。
それに対してジレンは、頭をポリポリと掻いてバツが悪そうにしている。
「俺の魔法はお前さんに魅せるようなもんじゃないんだがな...」
見せるようなもんじゃないって、どういうことだろうか?
渋々といった感じでジレンは突然、身に纏っていた鎧を脱ぎ捨て、最終的に上半身が裸になるまで服を脱いだ。
ジレンの、筋肉モリモリの上半身が露になる。
盛り上がった大胸筋、割れた腹筋は見事な6パック。
その屈強な身体の至るところに傷が付いていて、一番目立っているのは胸に刻まれた大きな裂傷の跡だ。
一体何をどうしたらそんな傷が付くのか。
見ているだけで痛々しい。
だが、俺の見たいのは筋肉ではない。
「...男のむさ苦しい上半身を見せろ、なんて一言も言ってないんだけど?」
「これからだ、俺の魔法は」
びっくりした。
この盛り上がった筋肉こそ俺の魔法だ、と言わんばかりに胸元をアピールしてくるものだから、思わず吐いてしまう所だった。
「裸にならないと魔法が使えないのかよ」
「これはだな、魔法を見たことがないお前さんでも判るようにしてんだ」
「はぁ」
上半身が裸になると見やすくなる魔法って、一体なんなんだ...
逆に興味が沸いて来た。
「じゃ、いくぞ?」
「うん」
ジレンは両手を引き絞り、中腰になって、「オオオオ...」と気合を入れだす。
ジレンの上半身が、謎のオーラに包まれていくのが分かる。
このオーラはもしかして...『魔力』?
次第に昂りを見せるオーラはさらに色濃く浮き上がり、紅のオーラとなって身体全体を覆い尽くす。
そして、
「ハァッ!!!」
ジレンの気合の掛け声と共に、紅のオーラが弾け飛ぶ。
そして...ジレンはさらにムキムキになっていた。
「...」
「...」
...ジレンの大胸筋は先程とうってかわり、豊満な『雄っぱい』と言えるほどまでに増大していた。
上腕二頭筋も、三角筋も、何処ぞの超サ○ヤ人を思わせるほどに肥大化している。
...ジレンの筋肉は、魔法で出来ていた。
「...どうだ?
俺の身体強化魔法は?」
ドヤ顔のジレンに、俺は叫んだ。
「おっさんてめぇ騙しやがったな!?
純情な俺の好奇心を弄びやがって!!!」
「だから言っただろうが!
お前さんに魅せるようなもんじゃないってよ!」
「見せるじゃなくて魅せるの方!?
当たり前だろ!
誰もおっさんの筋肉なんて見たくねぇよ!」
「おいおい、これでも俺が20歳の時にはこの筋肉に惚れた女が何人も押し掛けてきてだな...」
「おっさんのモテ期の話は聞いてねぇぇぇぇぇぇ!!!」
期待していたファンタジーとはまったく異なる、原始的な筋肉の暴力に俺はガクリと膝を付いた。
この世の不条理と筋肉を呪って、俺は叫ぶ。
俺の荒んだ心を慰めてくれる人は、ここには誰も居なかった。
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怨嗟の叫びを大地に叩き付けてから少しして気を取り直した俺は、膝に付いた汚れを払い落とし、立ち上がる。
そんな俺に、ジレンは申し訳なさそうな顔をして、
「俺は魔法が得意じゃなくてな。
お前さんが想像しているような『魅せる用』の派手な魔法はまったく使えん、悪いな」
「いいよ...何の魔法を見せてほしいとかちゃんと指定しなかった俺が悪かった。
だから早く服を着てくれ、頼むから」
「お前さんそれは幻覚だ。
服はもう着ているぞ」
「言い方が悪かった、早く鎧を身に付けてその黒いインナーの上から浮き彫りになってる筋肉を俺に見せないでくれ...」
「...」
ジレンは納得がいかないような顔をするも、渋々鎧を装着し始める。
大男の筋肉がモリモリと盛り上がっていく、一周回ってファンタジーなその光景が今でも頭にこびりついている。
飛び散る肉片と舞い散る血飛沫の中から無事生還した俺でも、流石にグロッキーにならざるを得なかった。
筋肉はもう二度と見たくない...
「本当に失礼なやつだな...
んでよ、話を戻していいか?」
「あぁ...あれ?
何の話をしていたんだっけ?」
フラッシュバックする筋肉から逃れるために、少し記憶が飛んでしまったらしい。
確か、車の事についてだったっけ...?
「その魔道具、車の話だ」
「あぁそうだったな...大体話したと思うんだけど?」
「まだ一つ、デカイ懸念事項が残ってるだろう?」
「え?
...あぁ、なるほど」
「出せよ、お前さんの魔道具を乗っ取ったっていう魔物をよ」
さっきまでの俺の失礼な言動を無かったことにしてくれていた優しい雰囲気のジレンは居なくなり、まるで危険物を前にするかのように身構えるジレンが居た。
ジレンは担いだ大剣で自分の肩を「トンットンッ」と叩いている。
物騒な雰囲気のジレンに少し怖じ気づくも、何を心配しているの分からない俺は言われた通りにする。
「...出てこれるか?」
俺は『相棒』に呼び掛ける。
正しくは、『相棒』の中に居る『スライム』に対して。
ニュルニュルニュルニュル...
車のボンネットから次々と出てくる、鼠色の触手。
俺の呼び掛けに応えた『スライム』は、その触手を絡ませ、どんどん大きくなっていく。
「おっ、おお...」
ジレンが数歩後ずさる。
数秒後には、出逢った時と同じくらいの大きさの『ビックスライム』がそこに佇んでいた。
俺よりも身長が高いジレンを、上から見下ろす『ビックスライム』。
ジレンは若干気圧されていた。
「でっけぇな...マジかよ」
「モンスター...魔物って言うんだっけ?
多分コイツは魔物なんだろうけど...俺の命を救ってくれたんだ。
コイツが『相棒』を乗っ取って走ってくれなきゃ、今頃森の連中に囲まれて...死んでた」
「...」
「だからさ、コイツはそんな悪いやつじゃないと思うぞ?
コイツも餌を探してて、そんで俺が餌付けして、仲良くなった。
お互いに命を助け合ったっていう点じゃ、コイツも『相棒』だ」
俺は『新しい相棒』の身体を撫でる。
ぷよぷよしていて、若干暖かい気がする。
なんだろう、ちょっと身体が赤みを帯びてるような...
コイツ、照れてない? 違う?
違う違うと、スライムは触手を振っている。
でも顔はそっぽを向いている...顔なんて無いけどな、身体の向きが別の方向を向いたような気がするんだ。
「...俺が懸念してたのはよ、これだけでかいスライムとなると、備わった賢さも段違いなんだ。
もしかしたら俺らよりも賢いかもしれねぇぞ、そのスライム。
何を考えてるかわかんねぇのが魔物だ...捕って食われねぇか心配だったんだ」
「なるほど、それなら心配要らないな。
コイツは魔物達から取れる『石』を好んで食べるんだ。
ほら」
俺はポケットに入れていた『例の石』を取り出して、スライムに差し出す。
念のため、幾つか取っといてたんだ。
スライムは喜んで、差し出された『石』を自らの身体の中に取り込んだ。
身体の中でどうなっているかは、スライムの身体が不透明だったので良く分からない。
「そりゃ『魔石』だ。
魔物が持ってる魔力が、死んだときに体の中で固まった物...スライムは魔力さえ含まれてりゃ何でも食うぞ」
「そうなのか?」
「あぁ...ちなみに、魔石は人間からも採取できる。
...もしかしたら、お前さんを食うつもりだったのかもな?」
「え"っ」
本当に?
そうスライムを見つめる俺に、スライムは「ブンブン」と身体を横に振る。
身体が丸っこいので、ぷるぷるしてるようにしか見えない。
「違うよぉ」とでも言いたげに、スライムは触手を伸ばして俺の事をスリスリ撫でてくる。
媚びてるつもりだろうか。
「ハハッ、冗談だ。
スライムが人を捕って食うなんて事はねぇよ。
スライムには好みがあってな、基本スライムが魔石を食うのは魔力を補充する為であって、率先して動物を襲うって事は無いはずだ」
「普通に倒しまくってたけど?」
「魔力の補充を目的にすんなら、襲うこともあるだろうよ。
見た限りソイツ、魔力が足りてなさそうじゃねぇか。
スライムってのは元々透明で、濁った色になるほど不健康...魔力不足って判断出来る。
それほど衰弱してたんだろ...そんなとこに丁度よくお前さんが現れて、エサやり役として拾ったんだな」
「ってことは...俺はコイツの飼育員に任命されたってのか?」
「良かったじゃねぇか、こんなでかいスライムに好かれてよ。
並の魔物使いでも滅多に見ねぇぜ...まぁ、どれだけ言うことを聞くかは分からねぇがよ」
「...俺ら、仲良しだよな? 『相棒』?」
不安そうな顔で語り掛ける俺に、スライム、もとい『相棒』は体を縦に振って肯定する。
...やっぱり、俺にはぷるぷるしているようにしか見えなかった。
筋肉、それ即ち万能の魔法...
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