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3 マリーベルは最最最推しである

 慌てて卒業パーティー会場へと足を急がせ、ぎりぎりセーフで紛れ込んだまさに今が、マリーベル処刑宣言大騒動だ。


私のマリーベル最最最推し宣言に対し、王子たちは「さ、さいさい? 何のことだ?」と戸惑っている。

話が分からん男どもめ。私は鼻息荒く主張する。


「大体、もしもマリーベル様が私を誘拐して暗殺しようとしているのなら、私がここに無事で立っているわけ無いでしょう、はい論破!」

「い、いや、地下室には確かに闇の生贄の儀式を行おうとする痕跡があった。君は聡明だから、一人で逃げのびて、そのうえでマリーベルをかばおうとしているのだろう。しかし禁忌魔法の行使は、未遂であろうとも重罪。マリーベルは処刑を免れることはできない。」

「はぁ!? 何ですか、マリーベル様がやった証拠でもあるんですか? なら証拠出しなさいよ、証拠!」


 私は勝ち誇った顔で問い詰めるが、王子は厳しい顔をして首を振る。


「証拠ならある。君がさらわれたのは寮の部屋だ。そうだね?」

「な、なぜそれを……?」

「パーティーのために君を迎えに行ったら部屋が異常に荒らされていた。そして部屋にマリーベルの万年筆が落ちていた。この通り、家紋までついている。なぜこんなものが現場に落ちていたのか、マリーベル嬢。ご説明願えるかな?」


 皇子が取り出した万年筆は、確かにマリーベルの物だった。長年マリーベルだけを見つめてきた私だからわかる。

目の端でマリーベルの顔色がさらに悪くなったのが見えた。


 私は呆然として呟いた。


「な、なぜそれをハロルド様が持っているの……?」

「だから言っただろう、君の部屋で拾ったと」

「いいえ、そんなはずはないわ! だって、万年筆は……


 私が回収させたんだもの!」



 〇


 それは卒業パーティーの二日前のことだった。


「リリアンヌさま。このようなものを渡して、一体何を企んでいるんですか?」


 私の部屋の合い鍵を渡されたマリーベルの従者は怪訝そうな顔をしている。


「一つお願いがあるんです。明後日の卒業パーティーの直前、たしか私はかどわかされます」

「は?」

「自室でかどわかされる予定なんです。その日絶対に部屋で一人にならないことも考えたんですけれど、私が下手人だったら確実に私を人目がない場所に誘導して、急遽適当な場所でさらうので。それならいっそ堂々と部屋で一人になって、予定通りさらわれた方がいいと思うの。」

「はい?」

「現場にはマリーベル様の万年筆が落とされている予定なんです。私がかどわかされた後、ハロルド皇子が迎えに来る前にこっそり回収してください」

「ま、万年筆が……?」


 従者は眉間をもみだす。


「主人は性格が良いわけではないが、誘拐なんて馬鹿なことをするたちでもない。誰かが主人に罪を擦り付けようとしているということでしょうか。

 そういえば、主人は先日筆箱を無くしたと言っていました。その中に入っていた万年筆の一つとか……」

「マリーベル様の取り巻きが、彼女に知らせずに私に嫌がらせをしているみたいなんです。例えば、彼女たちがマリーベル様を陥れるために、ありもしない罪をでっちあげているとすれば……」


 先日のマリーベルとの会話で私は確信した。マリーベルは私情で誘拐、ましてや暗殺なんてするような人じゃない。王族としての威厳。素敵。


 つまり、誰かがマリーベルを陥れようとしている。


 従者が顔を上げる。


「分かりました。万年筆は必ず回収します。貴重な情報をどうもありがとうございます。しかしあなたは、なぜそのような情報を……?」


 訝し気に問いかける従者。困った。話すと長くなる。


「愛の成せる技ですわ」


 掛け値なしの事実を言っただけなのに、従者はちょっとおののいたような顔をして、そそくさとその場を去っていった。



 〇


「な、なぜ君が証拠品を隠す必要があるというのだ! いや、それ以前に君はさらわれることを予知していたというのか? 一体どうやって!」

「そんなことよりなぜハロルド様がマリーベル様の万年筆を持っているの!? そんなの私の暗殺未遂をマリーベル様に擦り付けるような真似ではないですか!  まさか……」


 私ははっと息をのむ。


 そもそも光魔法と闇魔法の技術については特別扱いされている。早馬で三日はかかる神殿に、集約されているのだ。専門家を呼ぶにも、冗長な手続きやら何やらで五日はかかる。


 彼は地下室に闇の神に生贄を捧げようとした痕跡があったといった。

それではなぜ闇魔法を使えない彼が、その痕跡を闇魔法のものだと断定できたのだ。


だって、この国にいる闇魔法使いは、マリーベル様とあとはただ一人。


「王妃様……?」


 思わず漏れた私の言葉に、王太子が青ざめる。


「マリーベル様が犯人ではなかったとしたら、そんな大掛かりな儀式を行えるのも、それを生贄の儀式だと断定できるのも王妃様だけだわ……!」


「何だって、王妃さまが……!」

「そんな、何のために……!?」


 会場は大混乱だ。


「何故、なぜマリーベル様にこんなことをするの!? こんな美少女を処刑しようとするなんて国家の、いえ世界の損失だわ!」


 叫ぶ私に、震えていた王太子がやがてくつくつと笑いだす。


「なぜ君はそんなにも彼女にこだわるんだい?」

「こんな最高の美少女にこだわらない人類なんていないわ!」

「美少女? 何をたわけたことを。マリーベルは嘘つきだ。」

「嘘つき? あなたは何を言っているの?」

「そう、そんなにも愛してくれている君に彼女は嘘をついていた。いや、彼女ですらないな。だってマリーベルは―――」


「おい、それ以上言うな!」


 焦ったマリーベルの制止も聞かず、王太子は笑いながらまっすぐ彼女を指さす。


「男なのだから。」



 〇


 マリーベルは体育館裏での騒動以来、意地悪な顔はあまりしなくなり、代わりに虚無の顔を多く見せるようになった。今もまさにそんな顔をしている。


 でもそんな顔もとてつもなくかわいいのだ。まさに天使。至高の存在。性癖の塊。


 なのにこの男は何を言っているのだろう。マリーベルが男? 馬鹿らしい話だ。


 しかし私の脳の一部が私の意志とは無関係に推測を続けていく。


 マリーベルが男? ではなぜ女性の格好をしている。聖女になるため? でも服を脱いだら男なのであれば、マリーベルはどうあがいたって聖女にはなれない。何故なら聖女は女性が成るものだからだ。


 では王族の男性の依り代は何になる? 答えは簡単だ。次代国王となる。


 苛烈な性格で知られている王妃がもしもこの真実を知っては、ただじゃ置かないだろう。間違いなく暗殺しようとする。

だから公爵夫妻は息子の命を守るために女として生かせることを選んだ。


しかし万が一王妃が性別の偽装に気が付いたとしたら。息子を皇太子にするべく、マリーベルの処刑の理由を無理やりでっち上げようとするだろう。


 すべての符号があってしまった。


 彼らを手玉に取るなんてとんでもない。ずっと掌の上で踊らされていたのは私だったのだ。


 ゆるゆると振り返ってマリーベルを見る。ハイライトを失った水色の瞳も、式典用にいつものビーズといっしょに丁寧に編み込まれた髪も、最高に性癖なのに。


 男勝りで男言葉の美少女が男だったら、それはただの男じゃないの。


 すべては幻想だった。

 今まで信じてきた光は、幻想だった。


 では。では。では。私は何のためにここにいる。

 一番大切な世界を消し去って。中途半端に記憶だけ与えられて。最高の性癖は幻想で。


「こんな、こんな世界。」


 目の前にピカリピカリと火花が散る。

 会場のどよめきがどこか遠くから聞こえる。

 でも、今は、そのすべてが、どうでもいい。


「いらないよ。」



 〇


 リリアンヌを中心に稲妻が空間に亀裂を入れるように輝く。感情と一緒に魔力までが暴走しているのだ。


「ま、マリーベル様、何とかしてください!」


 従者が半泣きでマリーベルにすがる。


「リリアンヌさまの光の魔力蓄積量は歴代最高。こんなのが暴走したら、世界は確実に消滅します!」

「お、俺にどうしろっていうんだ!」

「自分で考えてくださいよ理想の美少女なんだから!」

「やりたくてやってるんじゃないんだよ、こんな格好!」


 マリーベルは頭を抱える。


 会場はもはやパニック状態だ。あちこちで男女の悲鳴が上がり、避難しようとしていた群衆がドミノ倒しに倒れる。

このままでは魔力がすべてを破壊する前に普通に人死にが出るだろう。


「頑張れマリーベル様! 世界の平和はあなたのお色気にかかっている!」

「あってたまるかそんなもの!」


 ちょっと泣きそうになりながら叫ぶも、確かにこの状況を放置しておくわけにはいかない。他に彼女を落ち着かせるための人材に、自分以外の適任がいるとも思えなかった。


 半ばやけくそでリリアンヌに駆け寄る。

 頬につうっと涙を流しながら振り向くリリアンヌを、意を決して抱きしめる。


「お、落ち着け! 落ち着かないと世界が滅ぶぞ! 国民に多大な迷惑がかかる! 頼むからその物騒な火花を引っ込めろ!」


 ぼんやりとしたまなざしで顔を上げたリリアンヌは、マリーベルと目が合うと少しだけ生気を取り戻す。


 これを止めてはならない、直感したマリーベルは幼子を相手にするようにやさしく問いかける。


「だいじょうぶ。ゆっくり息を吐いて吸え。いい子だから。」


 稲妻が少しずつ弱まっていく。リリアンヌの瞳に光が戻る。


「そうよ、こんな……、――こんな美少女が男なはずないわ!」


 ちょっと膝から崩れ落ちそうになったマリーベルを支えて、リリアンヌは生き生きと叫ぶ。


「そうよ、これは絶対何かの誤解よ! だってこんな美少女が男なはずないもの! 男な、はず、ないのよ!」


 リリアンヌの叫びに呼応するように、稲妻は弱まり、ついにはすっかり消えてしまった。


 世界。世界を守るため。守るためだから仕方がない。自分に言い聞かせながら、マリーベルはリリアンヌを胸に抱きよせる。


「ああうん、そうだな、女だな。もう女でいいからちょっと黙ってくれ。」

「そうよ、女の子よ。だってこんなにも性癖……あら?」


 しゃべりながらマリーベルの胸に顔をうずめていたリリアンヌが不審な声を上げる。


「この胸……本物じゃないわ。」


 状況はわからないまでも、なんとなく安心を取り戻しつつあった群衆に一気に緊張が走る。


 青ざめるマリーベル。そうだ、ほかの令嬢に馬鹿にされないように、マリーベルは多少大げさな偽乳を使っていたのだ。


「マリーベル様……あなた……」


 ばっと顔を上げたリリアンヌは目に一杯のお星さまをためていた。


「貧乳を気にしている系女子だったのね!」

「は?」

「もうっ、どれだけ私の新しい性癖を開拓すれば気が住むの!? いいぞもっとやれ!」


 歓喜に身を震わせながら上目づかいで詰め寄るリリアンヌに、マリーベルは困惑する。気にしているも何も、乳なんぞできようはずもない。だって男なのだから。


「最高です! むしろあなたが性癖です! 私あなたを一生推し続けます!」


 飛び跳ねながら目を潤ませるリリアンヌを、茫然と王子達攻略対象が見つめる。


「で、……なんだっけ。彼女をいじめたから処刑だっけ?」


 マリーベルは力なく笑った。


「とりあえず国は滅びるだろうけど、覚悟はできているのかな?」


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