プロローグ
「マリーベル・ポンズ・ブロッコリー公爵令嬢! リリアンヌ・キナコバター男爵令嬢を嫉妬により執拗にいじめた罪、および暗殺未遂の罪で逮捕する!
しかも貴様は、闇の神の依り代であるということに慢心し、挙句の果てに閉鎖されていた学園の地下室でアンヌを生贄にしようとした。これは禁忌魔法である。処刑は免れないと思え!」
セキハン国王太子ハロルドが重々しく宣言する後ろでは、寄り添うようにしてふんわりとしたピンクブロンドのボブヘアを編み込んだ少女、リリアンヌが立っている。
ここはセキハン国第一学園、3年生の卒業パーティ。
全国津々浦々から集まった貴族の子弟達が、魔力の制御や高度な礼儀作法を覚えたり、お偉いお貴族様のお子様とツテを作ったり、将来この国の覇権を握るべく勉学にいそしんだり、青春も謳歌したりする、セキハン国の最終教育機関である。
王太子と同じく2年生のマリーベルは、言われたことが呑み込めずにしばらくきょとんとしていたが、徐々に顔色を失っていく。当然だ。彼女はたった今処刑を宣告されたのだから。
恐る恐る、皇子や同じくにらみつけてくるイケメン達、具体的には騎士団長の息子に魔法の天才少年、色気あふれる伯爵子息等々、そして彼らに囲まれているリリアンヌに目をやる。
リリアンヌは男爵家のご落胤で、平民として暮らしていたが、魔力によって出自が明らかになり、この学園に入学した。
彼女の天真爛漫な言動はたくさんの権力者達の息子を惹き付け、今では校内でたびたび取り合いすら繰り広げられる始末だ。
彼女が目に涙をためて王太子を見ると、彼は何もかもわかっているというふうにほほ笑んで頷いて見せる。それを見たリリアンヌは意を決したように彼女を守るように取り囲む男たちの輪から出ると、楚々とマリーベルに歩み寄り、途中のテーブルでまだ刃物を入れられる前のリンゴを一つ手に取る。
白い手で真っ赤なリンゴを両手で包み込み見つめる美少女は、まさに宗教画のような神々しさだった。そして彼女は顔を上げ、マリーベルの前に立ちはだかると、その場で180度回転して皇子に向き直り、鬼神のごとき顔でにらみつけた。
「いじめも暗殺もされてないってさっきから何度も何度も何度も言っているでしょうが! っこれ以上マリーベル様をいじめたらあなたたちの命はないものとお考えください!」
一気に叫び終えると、彼女はふっと息を吐いて、リンゴを掴む手に力を加える。とたんに彼女の握った手からは閃光があふれ出し、一瞬にしてリンゴは蒸発した。
リリアンヌの光魔法だ。マリーベルは判断した。
マリーベルが闇の神の加護を受け闇魔法を行使するのに対し、リリアンヌは光の神の加護を受け光魔法を行使する。
この国には、聖女と呼ばれる女性が存在する。国の平和のために祈り続ける役目を持つ、この国で最も強い権力を持った女性であり、光か闇の神の加護を持った少女しか就任できない役職だ。
加護を受けた少女が二人いるということは、当然リリアンヌとマリーベルはライバル関係とみるのが普通であった。
普通であるのだが。
リリアンヌは手袋を脱ぎ、王太子に叩きつけた。
「言ってもわからないなら決闘してください! 私が勝ったらハロルド様にはマリーベル様のことをあきらめてもらうわ! 私が負けたら……」
そこでぐっと言葉を詰まらせたリリアンヌは、次の瞬間頭を抱えてうずくまる。
「だめぇっ! いくら私は絶対負けないと分かっていても、口に出すのもおぞましい!」
「なんかおかしな話になってきた!」
やわらかに漂うさわやかなリンゴの香り。次々と予想だにしなかった展開が繰り広がる会場に、観衆たちの開いた口はふさがらない。
「お、落ち着けアンヌ、君が優しいのは知っているが、そんなにもやけになってかばわなくてもいいんだ。」
「いや、様子がおかしい。まさか、マリーベルの暗示にかかって……?」
リリアンヌの取り巻きの男たちが騒ぎ出す。リリアンヌはきっと顔を上げてにらみつける。
「かばっているわけでも、ましてや暗示でもありませんわ! だってマリーベル様は……」
リリアンヌは高らかに叫んだ。
「私の一生の最最最推しなんだから!」
完結済みです。
忘れていなければ、一日3話くらいのペースで上げていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。