第9話 一方、王都では
王都では、アンセルム国王がまたしても寝込んでいた。
セリーヌ王妃が必死に王の額に手をかざすが、いっこうに回復する気配がない。
しばらく頭痛を訴えていたが、熱も上がってきたらしく呼吸が荒くなってきた。
「陛下、お苦しいのですか」
「苦しいに決まっているでしょう!」
バーンとドアが開いて王太后ベレニスが入室してきた。
セリーヌ王妃には目もくれず、息子であり王でもあるアンセルムの額に手をかざした。
アンセルムの呼吸が徐々に穏やかになってゆく。
「この程度の不調も癒せぬとは、情けない」
「ああ……。母上、ありがとう……」
「ありがとう、ございます……。王太后陛下……」
ベレニス王太后は不機嫌な表情のまま、王の私室を後にした。
聖女を養成している建物に向かい、養成機関の長である神官ダニエルを呼びつけると厳しい調子で言った。
「聖女たちの指導はどうなっているのです」
ダニエルがひれ伏す。
皆つつがなく務めているし、王太子エドモンのために選ばれた聖女は、たいへん力のある聖女だと静かに答えた。
「アニエスの力は私も知っています。あの子なら大丈夫でしょう」
「あ、アニエスは……、その……」
ベレニス王太后は危惧していた。
聖女の育成が功を奏して王室が安定してくると、呪いを軽く考える王が出てくる。
ベレニスの力のおかげで、夫である前王クレマンはほとんど病気をしなかった。
だが、舅であるもう一代前の王コンスタンはしょっちゅう寝込んでいた。
王妃を顔で選んだからだ。
そして、ベレニスが気づいた時には、息子であるアンセルムも同じ過ちを犯していた。
エドモンには力のある、本物の聖女を迎えさせなくては。
今はベレニスがフォローしているが、いつまでも長生きできるわけではない。この先ベレニスに何かあった時、力のある聖女がいなければ王室は崩壊してしまう。
理由はわからないが、王太子妃を選ぶ時期に一番優れている聖女は、二番目以下の聖女やほかの時期に修行を積んだ聖女と比べて圧倒的な力がある。
ベレニスがそうだった。
本当ならコンスタンの后に選ばれるはずだった大聖女ドゥニーズも。
アンセルムの時の第一位だった聖女も。
そして、アニエス……
厳しい修行に耐えられる気力と体力が群を抜いているのも確かだが、后になるべき者の力は、呪いに対抗するために、どこかから授けられるのだとベレニスは考えていた。
だが、王にかかる呪いのことは一部の者しか知らない。
最も優れた聖女を后に迎える意味の重要性がイマイチ理解されていないのがもどかしかった。
二番目や三番目の聖女ではダメなのだ。
まして顔で選んだ聖女などに、王の呪いは癒せない。
「エドモンも二十歳を超えて、不調が出始めているようです。早急にアニエスとの婚姻を進めるよう、アンセルムに進言しなさい」
聖女として、神官や同じ聖女たちに厳しく意見を言うことはあっても、政治や表向きの行事にベレニスが口を出すことはない。
他国と違い、身分の低い者が后になることもあるバシュラール王国では、王后や王太后の力があまり大きくないのだ。黙って王に仕えるのがふつうだった。
国を支えているのは、間違いなく后である聖女なのに。
呪いの内容が明かされていないため、聖女が后になるのは単なる慣習だと考えられており、実家が太い聖女ならともかく、特に後ろ盾のないベレニスなどは政治の表舞台では軽く見られている。
アンセルムやエドモンに言いたいことがあっても、神官たちを通すしかなかった。
「アニエスはどこなの?」
「それが、その……」
神官は、頭を下げたまま「アニエスはもういない」と言った。
「いない?」
「エドモン殿下が、婚約を破棄してしまいまして……」
「なんですって?」
「しかし、次に選ばれたネリーも、たいへん力のある聖女で……」
「バカなことを言わないで!」
まただ、とベレニスは思った。
アンセルムの時と同じだ。
(どうして、うちの男どもは、どいつもこいつもああいう女が好きなの?)
天使のように美しい顔立ちに、身体はアレだ、ボンキュッボンとかいう、出るとこがしっかり出ているアレである。
心の中で罵ったはずの言葉に、なぜか神官が(私も好きです)と心の中で口を滑らせる。
お互い、知らずに声に出していたようだ。
ベレニスは神官を睨んだ。
そして言った。
「急いでアニエスを探して、連れ戻しなさい」
アニエスのウエストにくびれはないかもしれないが、聖女としての力は本物だ。あれは桁外れだ。
正しい聖女を王太子妃に迎えないと、王室は本当に滅んでしまう。
「死にたくなかったらアニエスを選べと、エドモンを説得するのも忘れないで」
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