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第13話 ベルナール、受難の日々

 アニエスを訪ねる人の群れは、数日たっても続いていた。

 手の空いている兵士たちが城門の外にテントを建て、アニエスを手伝って人々を整列させたり、お気持ちで支払われる代金を受け取ったりしている。

 

 ベルナールは、少し離れたところからその様子を見ていた。

 近くに行こうとすると、兵士たちが邪魔をするからだ。


 ベルナールがアニエスを泣かせたという噂は、気づいた時には城中に広まっていた。


「女の子に向かって、汚いとか臭いとか言ったらしい」

「最低だ」

「閣下はデリカシーがなさすぎる」

「嬢ちゃんが可哀そうだ」


 城のどこを歩いていても、部下たちの目が冷たい。

 ベルナールは針の筵に座らされている気分だった。


(俺だって、反省してるんだ……)


 あまりに明るく元気な聖女だったから、つい部下に対するような気安さで思ったことをそのまま言ってしまった。

 しかし、どんなに強くたくましくても、アニエスは女の子だ。十八になったばかりの、花も恥じらう乙女なのだ。

 言っていいことと悪いことがあった。


(まいった……)


 アニエス本人からは何も言われていないが、それは、もうその話題に触れたくないくらい傷ついたからだと、ソフィは言う。

 

 どうしたら許してもらえるだろう。


 ベルナールが一人の女性のことをこんなに真剣に考えるのは初めてだった。

 

 自慢ではないが、ベルナールはかなり女性にモテてきた。

 ベルナールが口説いてなびかない女性はいなかった。


 だが、その高い鼻も部下たちの陰口でポッキリと綺麗に折れる。


「あんなんだから、閣下はいまだに独り身なんだ」

「あれだけ顔がよくて結婚できないってのは、つまりそういうとこだよな」

 

 がーん。

 頭の中で鐘を撞く音がする。


 そうなのか……。

 そうだったのか……。


 演習場の隅の花壇の前にしゃがみ込み、背中を丸めているベルナールを優しく慰める者は誰もいなかった。


 アニエスの施術で身体の調子がよくなったフォール辺境軍の士気は上がりまくり、国境での小競り合いで圧倒的優位に立つようになった。ルンドバリの襲撃そのものが間遠になっている。

 へんに暇なのもよくなかった。


(俺は、いつからこんなにヘタレになったのだ……)


 フォールにその人ありと謳われ、自信と力に溢れ、勇猛果敢を絵にかいたようだと言われた男はどこへ行ってしまったのだ。


(このままでは、いかん)


 とにかくアニエスの気を引いて、可能ならば謝らせてもらい、許しを請わねば。


 ベルナールは馬で城下に出かけ、顔見知りの女に頼んで髪飾りを選んでもらった。

 兵士たちの目を盗んでアニエスに近づき、それを渡そうと試みる。


「アニエス」

「あ。閣下、ごきげんよう」


 髪飾りを差し出すと、アニエスは不思議そうな顔をした。

 贈り物だと言うと「なんでですか?」と聞いてくる。


「なんででもいいだろう。いいから受け取れ」

「嫌です。ソフィさんのお下がりがたくさんあるからいりません」

「なんだと」

「髪飾りは、もう十分なのです」


 では、ごきげんようと微笑んで、アニエスはすたすたと兵舎のほうへ行ってしまった。


(髪飾りでは、ダメか……)


 真珠のネックレスやエメラルドのブローチ、クジャクの羽でできた扇などを贈ろうとしてみたが、アニエスはまったく興味を示さなかった。

 何か欲しいものはないのかと聞けば、今は特にないと言う。


 こんな女は初めてだ。


 花束だけは気に入ったらしく、やっと受け取ってもらえた。

 けれど、何日も続くと、まだ前の花があるからいらないと言われてしまった。


 そうこうするうちに、冷ややかだった部下たちの目が、ベルナールへの深い憐憫と同情を込めたものに変わっていった。


「閣下、嬢ちゃんが好きなものを贈ったほうがいいです」


 兵の一人がそっと耳打ちしてくる。


「アニエスが好きなもの……」


 肉くらいしか思いつかない。

 ベルナールは、試しに肉を皿にのせてアニエスを待ち伏せしてみた。


「アニエス、肉だぞ」


 アニエスは近寄ってきたが、ソースをまとった上品なフィレ肉を見ると、にこりと笑って通り過ぎていった。

 柱の陰に折り重なって隠れていた兵士たちが「惜しい」と囁く。


「閣下、嬢ちゃんの餌付けをするなら、ロースのかたまり肉がオススメです」

「骨付きのリブロースあたりもいいと思います」


 いつの間にか、兵士たちはベルナールの味方になっていた。


「閣下がそんなに女性に一生懸命になるのは、初めてですからね」

「応援しますよ」


 だが、アニエスの好きなかたまり肉は兵舎の食堂に行けば、いつでも好きなだけ食べられる。

 ベルナールは諦めて苦笑を漏らした。


「俺はもう、嫌われたままでも構わん」

「閣下……」

「アニエスは実に楽しそうだ。それでいいじゃないか」


 傷ついたままでないなら、少しは救われる。


 しかし、黙ってアニエスを観察していたベルナールは、ある異変に気付いた。


 テントの下のアニエスは、いつものようににこにこ笑っていた。

 笑っているが、あの漲るようなパワーがまったく感じられない。


 城門を出てテントに向かった。


「アニエス、おまえ、少し無理しすぎじゃないか」

「はあ……。バレましたか……。さすがに、少々、疲れてきました……」

「ドミニク」


 近くにいたドミニクを呼んで、ベルナールは指示を出した。


「医者と看護師を補佐に付けろ。ある程度の治療をしてからアニエスに回すんだ。最初から何もかもアニエス一人で治していたら、さすがの彼女も身が持たない」



たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] お肉ってw 聖女=猛獣みたいで、笑ってしまいました( *´艸`)
[良い点] 前作から続けて読ませて頂いています! あちらも素敵なお話でしたがこちらもとても面白くて引き込まれております〜(๑>◡<๑) のぼりを担ぐ聖女様とややヘタレな辺境伯様(笑)の活躍を楽しみに…
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