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第10話 治す人がいない

 開け放った窓から、外のざわめきが届いた。


「何やら、兵舎のほうが賑やかだな」


 ベルナール卿は机の上の書類から顔を上げた。同時に、執務室のドアがノックされた。

 入ってきたのは兵士のドミニクである。


「閣下にお願いがございます」

「なんだ」

「聖女を一人、雇っていただきたいのです。すごい聖女です」


 黒い瞳が眇められる。

 どうせ、またインチキだろうとベルナール卿は思った。

 何かうまいカラクリを考えたのだろうが、兵たちの目はごまかせても自分の目はごまかせない。

 会っても時間の無駄だと思った。


 だが、たまたまちょうど、仕事が一段落したところだった。

 少し身体を動かしたい。


(気晴らしに会ってみるか)


「ここに通す必要はない。俺が会いに行こう。どこにいる」

「兵舎の食堂です」





 アニエスは食堂で楽しくやっていた。

 肉と果物を酒をたっぷりと振る舞われて、上機嫌で兵士たちと肩を組んで歌を歌っている。


「お嬢ちゃん、音痴だねぇ」

「ありがとう」

「褒めてねえし」


 わはは、と笑い声が上がったところで、ドミニクが立派な身なりの男を伴って食堂に入ってきた。

 みんなの態度が急に改まる。


 男は長身で肩幅が広く、手足の長い均整の取れた身体つきをしていた。

 黒い髪と黒い瞳が神秘的な美形である。

 ちょっとワイルドな雰囲気もある。


(おお。かっこいいな……)


 珍しく心惹かれて眺めていると、ドミニクがアニエスを呼んだ。


「嬢ちゃん、ベルナール閣下をお連れしたぞ。聖女枠で採用してもらってくれ」

「えっ、ベルナール閣下って、トレスプーシュ辺境伯?」


 そういえば、イケメンだって噂だった。

 恋の病の患者を何人も施術したんだった。


 アニエスは急いで兵士たちの輪から離れて、ベルナールの前に歩み出た。 

 カーテシーをしかけたところで低い声が聞こえた。


「ずいぶん汚ねえな」


(はい?)


 空耳だろうか。


「これ、本当に聖女か?」


 アニエスの鋼鉄の心に、何かがグサッと刺さった。


「お、お言葉ですが、閣下は見た目で人を判断なさるのですか」

「別に判断してねえよ。ただ、感想を述べたまでだ」


 ぐぬぬ、と奥歯を噛みしめて、アニエスは気持ちを立て直した。こんなことで心を乱すようでは、聖女失格である。


「まあ旅をしてきたんだろうし、汚れてるのは構わねえよ。今までの聖女とだいぶ雰囲気が違うが、そこも別に構わん。判断するのは実力を見てからだな。どの程度力があるのか、実際に施術を見せてもらおうか」

「わかりました。では、早速……」


 張り切って肩をぐるぐる回したアニエスだったが、よく考えたら、もう施術する患者はいない。


「あのー……」

「どうした。さっさとやれ」

「治す人が……」

「患者を選ぶのか」


 嘲るように見下ろされて、なぜそんな目で見られるのかと困惑した。

 誰か適当な怪我人がいればいいのにと、まわりを見回すが、いないものはいない。みんな元気でピンピンしている。


「できないなら、帰れ」

「できます」


 患者さえいれば。


(困ったなぁ……)


 その時、門を守っていたポールが食堂に駆け込んできた。


「城門の外にすごい人が集まっています。みんな、そこにいる聖女さんに会いに来たようです」

「何?」


 ベルナールが眉間に皺を寄せた。アニエスは顔を輝かせた。


「もしかして、みんな怪我人や病人なの?」

「そのようです」

「すぐ行くわ。閣下、私についてきてください」



たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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