8話 正式に破棄を申し出ましょう(D)
「ダーレ、終わったわ」
「ありがとうございます」
背中の痛みが消えたと言うことは、フィーやアンが言う通り、傷が癒えたということだろう。ラウラの声の固さもなくなったあたり、綺麗に終わったらしい。
それにしても我が国において、唯一外交不可能とされている山々を超えた先の南の隣国と関わってるなんて。魔法が常識としてある伝説の国、こんなところでその伝説が事実と知ることになるとは思わなかったな。
「変わらず無茶をするようで」
「え? お会いしたことありました?」
「まあ第三王女が助かったのだから、逆に礼を言わないといけませんね」
黒いローブを身に纏う小さな老婆とは会った記憶がない。大婆様という言葉自体は何度かラウラや他の人との口から聴いていたけど、顔を合わせるのはこれが初めてのはず。会話もいまいち噛み合わないし、この人今一つ読めないな。
* * *
「フィー、アン」
占術士の部屋を後にしてしばらく、二人の従者の名を呼んで、ラウラと二人で話したいから場を離れるよう言うと、いつも通り引いた様子で否定された。
「主人と王女様を二人きりにすることが、どれだけ危険か分かって言ってます?」
もちろん王女様の身ですよ、とアン。
「いつも二人でいても止めない癖に」
「人目につく時だけです。普段は町の皆さんがいます」
まあその隙を狙ってラウラにちょっかいだしてるけど。抱きしめるぐらいは許されるよね。最近ラウラも心底嫌がってないみたいだし。
「少しくらい、いいじゃんか」
「我慢出来るようになってから言ってください」
失礼な。我慢してるし。健全な男子たるもの、好きな子と二人きりになったら、あれやこれやしたいんだからな。しないけど。今はひたすらラウラが自分に慣れてくれる為に小さく細かく努力してるんだ。
「あの」
ラウラが後から遠慮がちに声をかけてきた。崖を落ちたばかりの悲壮感はないけど、どこか申し訳なさそうに視線を泳がせている。
「私もダーレと話したいことがあります、から、その、二人きりにしてもらえませんか?」
「え?」
そんな言葉が聞けるなんて。王女としてきちんと教育も受けているだろう彼女からすれば、結婚してない男と二人にしてくれなんて、はしたないことだと思ってる可能性がある。事実、少し頬を赤くしてるあたり恥ずかしいことを言ったと思ってる、あれは。ああやば、可愛い。
「主人、顔! 顔!」
「あ、ごめん。嬉しくてつい」
フィーとアンが顔を見合わせて目だけで会話してる。
二人とも彼女には甘いからな。というか、いつの間にか仲良くなってるから羨ましい。フルネームはおろか愛称で呼んでもらうのも早かったし。
「……分かりました」
「分かってないだろ、顔ひどいぞ」
「そりゃ王女様が心配なので」
「お前達の主人、僕だからな?」
二人が妥協して指定したのは城の中庭のガゼボだった。城の中からは見にくいけど、声は届くからとか。ラウラに何かされそうになったらすぐ声をあげるよう言ってるけど、そんなに自分信用ないわけ?ここまでくると悲しくなってくる。まあなんだかんだで二人にしてくれるから、そこは僕にも甘いという事なんだろうけど。
「やっとラウラと二人きりになれた」
「……」
怪我はない?ときくと、私は全然とかえってくる。彼女の隣に敢えて座ってみたけど、嫌がられることはなかった。
「ねえラウラ」
「何?」
「ここから離れたあの場所で何をしてたの?」
勿論咎めたいんじゃないことを、きちんと伝えた。ラウラは気まずそうにしながら、子供達の飛ぶ練習をしていると言った。
本来なら子供達は大人から教えてもらいながら飛べるようになる。今の子供達は飛ぶ練習をしていない。大人になって必要な時に飛べるように大人達に言わずに練習していたらしい。
「そっか」
「伝えておくべきだったわ。子供達を危険に晒すなんて」
もう出来ないわねとラウラは悲しそうに囁いた。
「ねえ、ラウラ」
「何?」
「それ続けようよ」
「え、それは……無理よ」
姉や大人達に知られた以上、止められるのは目に見えている。今回の場所は見張り役の目の届かない所で飛んでいたから、対応が遅れてしまったのもあると、彼女は言う。
「これからは僕が一緒に行く」
「え?」
「だから、飛ぶ練習しようよ。子供達が満足するまで」
「……」
ラウラの瞳が揺れる。
戸惑いと申し訳なさと、そしてそのわずかな隙間に期待が光って見えた。ラウラの喜ぶことをしたい。だから今みたく微かに滲ませた彼女が必死に隠そうとする本音を見分けるのに必死だ。
けどラウラは瞳を伏せて、悲しそうに笑った。
「だめ」
「ラウラ」
「やっぱり正式に婚約破棄を、姉様……王陛下に申し出ましょう」
「え?」
「私達一族の問題に、これ以上貴方を巻き込むわけにはいかないわ」
「え、」
「だから、この国から出ていって」
真剣な彼女の様子に破棄したい意志の強さを感じて何も言えなくなる。
違う、こんなことを話すためにラウラと二人きりになりたかったわけじゃないのに。