45話前編 ドゥファーツ、急襲に遭う(D)
互いに湯浴みも着替えも終えてなかったのが逆に良かったなんて言いたいとこだけど、冗談じゃないことが起きた。
「なんで今日」
「こちらです」
銃を携帯して、国を見渡せるバルコニーに出る。
気づくのが遅かった。
火を放たれた。
家が燃え、銃声と人々の声が聞こえる。
「なんてことを」
「ラウラ」
顔を青くしているのが、暗がりでも分かる。声は震えていた。
「ラウラ、奥にいて」
「ダーレは」
「外に出る」
「私も」
「駄目だ」
彼女付きの侍女・ヤナに預けて、僕はフィーとアンを連れて城を出た。
多くの民が城の中へ避難し、戦える城の騎士と大人達が、城周りを囲んでいた。
幸いな事に城は燃えていない。
「兄さんはいないのに」
襲ってくる最たる要因はもういない。
しかもこの場所を知る事が出来るなんておかしい。
「フィー」
「以前王女様を崖から落とした人物を筆頭にした羽狩りの連中です」
「あの時の奴か」
羽狩りでこの場所を知っている人物が一人いる。
ラウラを崖から落としたあの男だ。なんだかんだで足取り掴めず逃がしてしまったままだったけど、ここでまた出てくるか。
「それとベゼッセンハイト公爵家の私兵、第一王太子殿下直轄の騎士部隊で構成されているようです」
「頭ないのに動くのかよ」
優秀なことで。
兄も公爵も捕まる前に命を出していたな。
もういい加減大人しくしておけばいいものを。
「それだけではないよ」
「リラ!」
リラが何かを投げると、それは呻き声をあげた。
「ネル……」
「あてて」
中立の立場を崩さない商人がリラに拘束されて、ここに現れるという事は。
「そっちについたってこと?」
「違いますよ。こっちは儲かればなんでもいいんです」
争いがあった方が儲かるんで、と軽い調子で言った。
身勝手な考えだ。それで人が死ぬというのに。
「よくここを探し当てたね?」
「羽狩りの連中の話とてんしさんの話を聞いてれば、場所は割とすぐに特定できましたよ」
「相変わらず正直だ」
「どうも」
最悪だよ。
もう悪意の芽は粗方詰んだというのに、まだラウラを悲しませるようなことをする連中がいる。
それがもう腹立たしくて仕様がなかった。
「そう悲しむな」
「リラ……」
彼女に見えていただろう、この光景を背になんてことない様子で立っている。
「知っていたんじゃないの?」
「見えているものの一つだね」
「なら」
「だからこの国の民は大きく傷つく事なく、城へ逃げる事が出来たよ」
「……」
そうじゃない。
この光景になる前にどうにかしたかったのに。
少しずつ、遠くにあった喧騒が近くなってきた。
乾いた音が何度も近くを通る。
「人によって良い未来というものは違う」
「そんなの分かってる」
「争いが起きれば、そこの商人のように喜ぶ者がいる」
アンが再度拘束して、城の方へ連れて行く。
後でじっくり話を聞くとしてだ。
「羽狩りは私達一族自体、もしくは翼が手に入れば喜ばしいことだね」
「この国はそんなこと望んでないだろう」
「そうだね」
「御託も詭弁もいらない。僕はラウラにとって最善な事しか選ばない」
彼女を悲しませるものは取り除く。
「リラがネルと同じように中立をとるなら、それは仕方ないさ。でもこういうことになるなら、僕は抵抗するよ」
「ああ、いい心掛けだ」
リラに僕の中にある怒りをぶつけるのは筋違いだ。
彼女には彼女の事情がある。過去を目の当たりにして、この世界の真相も知り得て、未来まで見えるということは、たぶんとても孤独な事。
リラが動かないというなら、僕が動けばいいだけだ。
「面白いね」
「リラ?」
「いいや、なんでもないさ。それがお前の愛の力というものだろう」
喧騒がさらに近く、横目で見れば、この国の騎士と戦う羽狩りの姿が見えた。
「リラ!」
彼女の背後に屈強な羽狩りが飛び出してきた。
奴らが目の前に来ていた。




