44話後編 初夜談義(L)
そういえば、王女と領主として夕餉を一緒にして以来、この城で正式な夕餉をとっていなかったかしら。
久しぶりの正装に堅苦しさを感じてしまう。
最近ゆっくり食事をとれてなかった気さえした。それぐらい過去の事に感じる。
「ラウラ」
「はい、姉様」
「足りない物はなかったかしら?」
「ええ、大丈夫」
姉様が王として即位してからも、食後こうして姉様の私室でお茶の時間を頂くことをしていた。もっとも、即位前と後では回数が随分違っていたけど。
「てか、本当ラウラあれでいいの? すっごい付いて来たがってたけど」
「いつもの事だから」
ダーレはフィーとアンに連れていかれた。大婆様の時と同じで割と強引に。
フィーとアンは私と姉様達を気遣かってやってくれた事なのだろうけど、今日のうち二度も同じ事されてるのを見たら少し気の毒に感じてしまった。
「ベッドとかもっと広いのに変えたら? てか二つ用意してもよくない?」
「え」
「マドライナ。二人は夫婦なのだから同じベッドでいいのよ」
「えー姉様ってば」
「領地でも王都でも式を挙げ、書面でも正式な夫婦となったのだから、きちんと自覚も覚悟もあるでしょう」
自覚。
覚悟。
なんだかどれも兼ね備えてない気がする。
ここでお手伝いをしながら過ごしていた頃の関係と違うはずなのに、実感がない。
「式を挙げて初夜超えれば、より調子に乗るタイプぽいけど」
「!」
「ラウラ?」
いけない、動揺を見られた。
「んんん? ラウラ何か隠してるね?」
「な、なにも」
「どもった時点で是としてるようなものよ」
「うう……」
いとも簡単に私とダーレが初夜を終えてないことがばれる。
二人とも当然驚くけど、同時に感心していた。
「内容が内容だけど、あれもよく我慢したねー」
「ダーレをあれ呼ばわりしないで」
「でも彼も望んでいることでしょう? 先送りにし続けると一生触れてもらえないかもしれないわ」
「う、」
「せめてきちんと話して決めなさい」
なあなあでなしになっていることを?
今までのが特殊だっただけよ、そのうちどうにかなるはず。
「甘い事を言っていては駄目ね」
「え」
「じゃ、今日早速ラウラから言ってみ?」
「私から?!」
「手っ取り早いじゃん。式は時間調整できるし、いっそ今日すませちゃえば?」
「簡単に言わないで! はしたないわ!」
今まで幾度となく機会がなかった。
領地での結婚式では撃たれて、そのまま王都で色々な事が起きた。
私はあまつさえ夕餉を通り越して、ぐっすり眠っていたし、それからだって王都で結婚式だなんだでそういうことに至らなかった。
私も大抵毎回疲れて眠ってしまっていたから尚更。
「では今から誘ってきなさい」
「姉様! 言葉!」
この二人、言葉選ばなくなってきた。
「じゃ、よい夜を~ってね。人払いもしとくから~」
「ね、姉様方、ちょ」
追い出された。
あまりにもひどいわ。
ダーレと今向き合ってどう話せばいいの、ちょっと無理があるわ、いきなりよ?
でも結局今日という日が、式を挙げてから割とゆとりがある時だ。話し合うのにちょうどいいのはわかるんだけど。
「……着くのが早い」
もう目の前に用意された部屋。
二人用で用意された時点でわかってはいたけど無視してた。寝る直前でその問題に当たるかどうかだっただけ。
「あ、ラウラ」
「……」
思いきって部屋にはいれば、ダーレは書類と戦っていた。
「ああ王女様」
「あ、ラウラ、ちょっと待って、すぐに終わらせるから」
「いえ、よければもう少ししてから戻ってくるわ」
「だめ、行かないで。ここにいて」
「だそうです」
促され、ソファに座る。
ヤナにお茶をいれてもらって、時間も時間だから下がってもらった。本来なら寝に入るまで一緒にいてもらうけど、ダーレと話さないと。
「お、いいですね。王女様いると捗る」
「なんだよ、もっと量減らせばいいだろ」
「貴方が決めた事で仕事増えたんだから、自分でどうにかしてください」
「ちぇー」
相変わらずだなあと少し和んでしまう。
けど、この猶予時間もそう長くは続かない。
結局ものすごい速さで書類仕事を終わらせて、フィーとアンをさがらせてしまった。
「仕事速い……」
「ラウラとの時間作る為に頑張ったよ!」
そんな、やりましたって顔されても。
言う覚悟すら決めてない私はただ言いづらくて挙動不審になるだけ。
「ラウラ? どうかした?」
「ええと」
姉様方にも知られる程だったのだから、ダーレも気づいて当然なのかしら。
「体調悪い?」
「いいえ」
「誰かに何か言われた?」
「あ、えっと」
言われたには言われた。でもダーレが心配してるような言われたではない。
「あの、あまり驚かないでね?」
「ん? うん」
ダーレの眼を見て言う事は出来なかったけど、なんとか言葉にする事は出来た。
「その、今まで、色々あって、夫婦として……夜を過ごしてないから」
「……」
「……」
ああ、やっぱりこういうことは私から言うべき話ではなかったわ。
ダーレが言葉を失うくらいはしたないことを言った。幻滅するのも当然だ。
「え、いいの?」
「はい?」
「ラウラは、いいの?」
声音に真剣さが含まれていて、ダーレが冗談なく訊いているのが分かった。
どうしよう。
いいえ、作法は知っているし、当然結婚したのだから、そういうことがあるのは承知の上。
「やっぱり、もう少し時間かけようか?」
「え?」
「ごたごたで話し合えてなかったけど、ラウラこういうの駄目かなって」
「だ、だめではないのだけど」
そう、だめではない。
恥ずかしさにどうしたらいいか分からないだけ。
「そういうこと言ってると、真に受けるよ?」
「う……」
見上げてかちあった瞳は、軽い調子で言う割に笑っていない。
それもそうだ、通常慣例通りなら、私達はとっくに夫婦としての時間を過ごしている。
ダーレは優しいから、妻としての私の体たらくを黙って見過ごしてくれていた。
彼と結婚した時点で、夫婦生活は了承しているのに、彼は私の意向を尊重してくれている。
「あ、の」
「ラウラ」
言わないと、きちんとその意思があるって。
そう口を開きかけた時、聞き覚えのある乾いた音が遠くで聞こえた。
「!」
見つめ合っていた互いの瞳に別の緊張が走る。
同時、扉が叩かれた。
「主人」
「どうした」
「急襲です。ドゥファーツが」
すっと血の気が引いていくのを感じた。




