42話前編 兄の処遇(D)
「ダーレ」
「ん?」
「あの、ダーレのお兄さんの事だけど」
「ああ」
兄を捕らえ、僕が王位を継承して、数日は結婚式のあれやこれやでそれどころじゃなかったけど、それも落ち着いた今、ラウラが気にしてしまった。
まあ結構日も経っているしね。
「あんなの忘れてくれててよかったのに」
「そういう言い方は良くないわ」
「ラウラが何度も撃たれてると思うと、とてもじゃないけど良く言えない」
「ダーレ」
むしろラウラの方がすごいよ。
自分を撃って殺そうとしてくる人間に対して、完全に許している。そう簡単に出来る事じゃない。一生恨んでもおかしくないことをされているのに。
「ラウラ、なんで許せたの」
「……少しだけ見えたの」
曰く、リラと同じように兄の何かを見通せたらしい。
本来の記憶を見て、耐えられなかった兄が過ごした時間を一瞬で。
それっきり使えないようだから、今はなにも見えないらしいけど。
「兄さんと話をしたんだ」
「え?」
「何度もね。地下牢なんて長い時間いたくなかったんだけど」
ラウラが早く兄に会った方がいいと言った時、それは捕縛の意味を伴っていない気がした。だから恩情なんて与えたくない兄相手に渋々話を聞きに行った。
「まあ最初はあの時と同じ、ラウラ達を率いて僕が殺しにやってくるとか、言った事もしたこともない話で被害者面してたね」
「……」
たった二週間しかなかったけれど、その後半は少しばかり変化があったのは確かだった。
「兄さんは怯えていたんだよ。その時が来てしまったってね。誓約に殺される、逃げられないって」
「そう」
「自分が死なない為に、ラウラ達一族を根絶やしにしようとしたって」
最初からこの土地を治めていたベレンシュレク家さえいなければ、自分達が確かな国を統治する王家になれると信じて。
ただ怖がっていた。父が言ったように、兄は飲まれた。本来の歴史に。
「兄さんは自分がドゥファーツを襲撃した事を認めたよ」
ラウラを撃ったばかりだけではなく、多くの有翼人種の命を奪った。
その罪は償わなければならない。
「最期まで話して」
「凄惨な話はラウラにしたくない」
「いいの、話して」
ダーレに幻滅する事は一切ないから、と僕が懸念してる事を言い当てる。
あまりに非情であまりにも暴力的な思考を持って兄の処遇を決めた僕を知ったら、ラウラは僕から離れていくんじゃないかと思ってしまった。
本当は恩情を与えて誰も死ぬ事のない平和的な解決を見せて株でもあげる方が良かったのかもしれないけど、今ここでそういった芽を摘まないといけない気がした。
「本当だったら、一昔前の処刑方法でもやって、苦しむ時間をたっぷり得た上で命を奪おうと思っていたんだけど」
まあそもそも見せしめる必要もなかったし、この国の正しい一昔前でもないんだけどさ。
「兄さんには選択肢を与えたよ。水を持って行ったから、それを飲むか飲まないかで」
「そう」
どちらを選んだかはラウラも分かるだろう。水を飲まなかったら見せしめ目的の処刑だ。そっちを選択したら、この王都はえらい騒ぎになっている。それがないということは、兄は水を飲むことを選んだ、そういうことだ。
「充分恩情を与えたと思うわ」
「……ラウラ」
「私達一族がされた事を返す事もできた。それ以上だって出来たのだから」
「……」
「応えてくれて、ありがとう」
これで話は終わり、とラウラは努めて明るく言った。
ラウラがそうしたいなら、僕もラウラと同じように過ごそう。
「そしたら暫く落ち着くのかしら」
確かにラウラの言う通り、やること全部終えている。
兄の事も済んだ。王位も継承した。
ふと、ここでずっと忘れていたことを思い出した。
次に行かなければならないところがある。領地よりも先に行くべき場所。
「ラウラ」
「何?」
「ドゥファーツに戻ろうか」




