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40話 王位を継ぐ(D)

「なんでお前はいつも邪魔を」

「それこっちの台詞だからね、兄さん」


 力を入れ抵抗をみせる兄は僕らにだけ聞こえる声で唸った。


「そんなに私が邪魔か……」

「兄さん」

「鍵を手に入れていい気になっているのだろう? あれは王家を破滅に導くだけだぞ。お前が扱えるものか」

「何言って」

「第二王太子殿下」


 ベゼッセンハイト公爵が現れた。

 その登場は致し方ない。自分の管轄区域に起きたことなのだから、公然と表に出てくることは基本中の基本。


「何事でしょうか」

「た、助けてくれ、公爵!」


 急に声音を変えて叫ぶ兄に、半ば引きながらも力を込めて動けなくする。


「第一王太子殿下、怪我をされているのですか」

「こいつに撃たれたんだ!」


 割れた窓ガラスにやられたであろう腕には血が滲んでいる。見た限り浅い傷なのに、さも重傷だというアピールをされてうんざりした。


「第二王太子殿下、いえエルドラード辺境伯」

「……」

「王位を返上している貴方はただの末端貴族。本来王族に触れることすら憚られます」

 

 安易に離せと言う事だろう。

 けど離すわけにはいかなかった。ここでこの愚兄を自由にしてなるものか。


「爵位の位はベゼッセンハイト公爵家の方が有利ですが」

「存じております」

「それでも私の発言を無碍にすると?」


 辺境伯として彼の前に立つには立場が弱い。

 なにせ大伯父から僕に引き継がれた二代にしか及ばない爵位。強力な後ろ盾もない。

 そうなると、代々王族に仕える宰相の立場すら持っていたベゼッセンハイト公爵家の権力の方が断然上だ。継承問題に名乗りをあげられるぐらいなのだから。

 そんな公爵は僕の言いたい事を分かっていたようだった。


「ええ。ですので、貴方は何も出来ないのですよ」


 その事実が重くのしかかる。

 ただ平穏にラウラと過ごし生きていきたいと思う事は出過ぎた願いなのか。

 その平穏を奪おうと危害を加える兄をどうにかしようとすることは罪なのか。

 現実的な事に考えを巡らせても、どうしても納得できない気持ちだけが沸いてくる。

 割り切れなかった。


「こちらの事情は聴いてもらえないということか」

「このような事態、住民にも示しがありません。エルドラード辺境伯とその妻には懲罰が必要でしょう」

「罰?」


 聞こえているだろう僕の言葉すら拾う気がないようだ。

 無視をしたまま、勝手に話を進めようとしている。

 今、公爵に進言し、退かせる事が出来るのは王族ぐらいしかいない。

 この場では、僕が組み敷いてる兄ぐらいしか。兄に公爵を退かせるよう言わせるのも手ではあるけど、今の状態では難しい。


「私の管轄区域での諍いは私が管理しなければなりません」

「貴族の鑑ですね」

「ありがとうございます」


 嫌味は当然通じない。


「むやみに王位継承者に暴力を振るう、これは由々しき事態です。さすがに兄弟喧嘩とは言えぬ物騒さですしね。そこの異種族の女性も長い間、第一王太子殿下に付き纏い危害を加えようとしていたそうではありませんか」

「……事実無根です」


 搾り出すのがやっとだった。

 ラウラをなんだと思ってるのか。

 むしろそれは逆だ。兄がラウラの命を狙っていたのに。

 公爵が片手をあげた。

 すると彼の私兵が銃を構える。僕とラウラに。


「彼女に銃を向けるな」

「現場を押さえた時点で、元凶であるこちらの女性には、即時の懲罰を課す判断に間違いはないかと」

「公爵!」


 ラウラに何の罪もないのに?

 事実と異なる事を証明もなしに信じると?

 それが公爵の立場としてあっていいはずがない。


「しかし命を奪うには惜しいでしょうか」

「え?」

「翼のある一族は貴重ですから。籠で飼い慣らすというのも一興ではありますね」


 兄を押さえる手に力が入って、兄が呻いた。

 いけない。冷静でいようにも聞き捨てならない言葉ばかりだ。


「……彼女は人です」

「その一族が観賞用に高値で取引されている事を、貴方だって知らないわけではないでしょう」


 勿論知っている。

 羽だけでも高く取引されるんだ、その身ごとだって売買の対象であることは、とっくに知っていた。

 でもそんなことあっていい訳がない。


「彼女は人だ。これ以上の侮辱は許さない」

「貴方方の命や権利は今、私の判断に委ねられているのをお忘れですか」

「だから、これは兄が」

「しかし第一王太子殿下を組み敷いて拘束してる状況、説明の仕様がないのでは?」

「それは」

「こやつらが話も聞かずにいきなり暴力をふるい、拘束してきたんだ!」

「それは違う。そもそも兄さん達が僕とラウラを撃ってきたのが始まりだろう!」

「……なるほど。こうなりますと、私は管理者として英断を迫られていると」

「は?」

「殿下」


 側に控えているフィーが耳打ちをする。


「想定と異なります。一旦引くのがよろしいかと」


 ベゼッセンハイト公爵が強硬で兄を優遇しすぎることは想定外だった。裏でいくら兄を支持しても表向きは中立をとる、これが王都の貴族だというのに。僕の声などないものとし、兄の言葉を拾うなんて。


「この場は我々が後始末を。どうか」


 フィーもアンも逃がそうとしてくれている。

 騎士も囲っている以上、戦っても勝つ見込みがあるのに。問題なのは公爵と力のない僕だ。


「殿下、王女様の命もかかっています。捕縛される事も今は避けた方がいいでしょう」

「かといって、ここで争いを大きくするのも問題です」

「お願いします。今だけで結構なので、どうか」


 逃げるしかないのか?

 兄を想定通りおびきだせたのに?

 けど実際はラウラの命すら危険に晒した挙句、彼女が最も嫌がるであろう言葉まで受けて侮辱されている。明らかな失敗。この体たらく。


「ダーレ」


 ここにきて、静かに僕を呼んだ。


「ラウラ?」

「貴方の思いを否定しないで」


 私は大丈夫、一緒にいる、と笑いかけてくれる。


「…………はは」


 本当、ラウラは僕を救い上げるのがうまいんだから。

 一言二言でここまで変われる?

 声に魔法でもかかってるんじゃないの。


「……わかった」


 そうだね、もうここまで来たんだ。

 何も出来ない自分なら、出来る自分になればいい。


「僕は、」


 ラウラを守る。ラウラと幸せになる。そのために最善を選ぶと決めている。それが僕の幸せだから。


「王位を継ぐ」


 だから今ここで全てを終わらせる。それが僕の選択。

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