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6話 羽狩り(L)

 大人達には内緒で子供達と行く場所がある。

 森の険しさが少し抜けた一角、急に崖になってるから気をつけないといけないここで、子供達の飛ぶ練習をしている。飛べない私が飛び方を教えてるなんて笑える話だけど。

 誰にも教えていない、姉様達も知らない場所。私は誰にも言わないでいたことを今後悔している。


「強情だな」

「うっ……」

「ガキども逃がしやがって」


 羽狩り。

 私達がもつ羽だけを奪うことを目的とした賊だ。ここに移動してからはそんなのなかったのに。

 けど、子供達は逃がした。飛べない子はいなかったから、崖から飛んで国に戻れてるはず。


「今回羽だけなんだよな」


 無駄だ。私に羽は出ない。出すことができない。だからどうしたって望む形にはならないのに。

 私達の翼は、普段見る事がない。飛ぶ時にだけ現れる。だから羽狩りは無理にでも羽を出させようとするのだ。こんな風に首を絞めて、崖から落とそうとしながら。


「は?」

「ん?」


 男を超えて見えた先に来てほしくない人が来た。

 瞠目する中に明らかな不穏さを見せている。怒っている。


「お前、何してる」

「こうでもしないと、あんたら羽ださねえだろ」

「ち、ちが、彼は、客、です」


 巻き込むわけにはいかない。彼は客人、私達一族が持つ羽の事は彼には関係ない。巻き込むわけにはいかないのに。


「どっちでもいいさ。俺が欲しいの女子供の羽なんで」


 首が絞まる。

 彼の後で主人と呼ぶ声が聞こえた。もう大人達が来てもおかしくない。少しだけ安心して、苦しい中笑ってやると目の前の男は不快に眉をひそめた。


「時間切れか」


 じゃもういいと言い捨てて、首への圧迫がなくなった。ひゅっと息をのんで、その冷たさに少しだけむせると共に、私の身体は崖の下へ落ちていく。久しぶりの落ちる感覚。そのひどく懐かしい感覚に泣きそうになった。


「駄目だ!」


 地に立つ皆が見えなくなって空が見えた。けどすぐ、視界が覆われて黒く染まる。


「ラウラ!」

「な、んで」


 言葉が返ってこないかわりに、私を抱きしめる腕に力が入った。彼が崖を飛び降り、庇うように私を抱きしめている。


「ダーレ!」


 だめ、この高さだと彼が大怪我してしまう。私だけならまだしも、彼が。

 翼は出せない。どうやったら飛べたの、今飛べなくてどうするの。でもだめ、飛べない。出せない。


(ああお願い、彼を助けて)


 祈るしか出来なかった。落ちる中、目を瞑り願うと、突風が真下から吹いて、木々が私達を包んだ。その一瞬で、私の声に応えてくれたのだと分かったけど、次に訪れた衝撃に舌を噛みそうになった。

 騒がしいぐらいの葉音と枝が折れる音、土が擦れていくのを感じぎゅっと力を入れ、過ぎ去るのを待てば、程なくして頭上から声が降りてきた。


「ラウラ?」

「う……」

「ラウラ、怪我は?」

「ダーレ!」


 少しだけ緩んだ腕の中で顔を上げれば、眉を寄せて見下ろすダーレの姿があった。


「貴方こそ、怪我は!?」

「それよりもラウラが」

「私は傷もないし折ってもいないわ! 貴方が庇ってくれてから!」

「そう……よかった」


 安心したと笑う。私に痛みは一切ない。いくら精霊が私のお願いに応えて助けてくれたとしても、怪我は免れないはずだ。

 抱きしめてくる彼に離れるよう背中を叩こうと触れたら、ぬるりとした水気が私の掌を覆った。


「っ……」

「ダーレ、貴方まさか」


 力が揺るんだのを見逃さず、彼の腕の中から逃れれば、彼は眉を寄せて身を屈めた。

 背中を見れば衣服が擦れて破れ、その先は血が滲んでいる。


「やっぱり怪我を」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょう!」

「君が無事なら、それでいい」


 痛みに汗を滲ませながら笑う。やめて、痛くて辛いのは貴方のはずなのに。本当なら、翼を、羽を出せれば助けられたのに。


「ラウラ」


 頬に彼の手が触れる。土がついた手はざらついていて、そして少し濡れていた。


「泣かないで」


 触れたまま私を心配するその様に、この時はっきりと思い出すことができた。あの時も彼は私を心底心配した様子で駆け寄ってきたんだ。


「な、泣いてなんか」

「ラウラ」


 急に思い出した戸惑いと、泣きそうなのを認めたくなくて、彼への心配や感謝が紡げない。それでもダーレは笑う。少しずつ彼が距離を詰めてきて、それを拒むことができなかった。


「主人!」


 声が聞こえ、彼から離れ立ち上がった。呼ばれた方に声をかければ、すぐに二人の男女が現れた。彼が信頼を寄せ、国まで連れてきた歳の近い侍従たち。


「何やってるんですか!?」

「え、と」

「自分から落ちに行って」

「それは」

「変態な挙げ句、被虐嗜好だなんて最悪ですよ」

「しかも王女様まで巻き込んで」

「ねえ少しは労って」


 私にはそれは丁寧に怪我の有無をきいてくれるのに、彼彼女は自身の主人に辛辣だった。ただそう悪態をつきながらも心配と無事なことへの安心が見えて、私は場違いながらも、この人達の関係が少し羨ましくなった。


「はあ、戻りますよ」

「溜息つくなよ……」

「つきたくもなりますよ。王女様、申し訳ないのですが、一人で歩けますか?」

「は、はい、大丈夫です、が」


 両脇から抱えられ立ち上がったダーレは大丈夫だと言うけど、二人は支えることを譲らなかった。


「わ、私も何か手伝いを」

「いえ、王女様はそのままで」

「でも」

「王女様が主人に触ると、主人は間違いなく王女様に手を出します」

「え……」

「ちょっ、ラウラ引いちゃったじゃん!」

「事実です」


 普段の彼の行いを鑑みれば、ダーレを庇う言葉が見つからず黙るしかなかった。するとフィーが、いつも主人がご迷惑おかけしてます、と苦笑気味に伝えてくる。


「は、離れて歩きます……」

「ありがとうございます」

「ちょっとおおおお!!」


 そしてゆっくり国へ戻る道を進んだ。私は後からついていく。


「ラウラ、誤解だから!」

「はいはい、それだけ元気あれば大丈夫ですね。さっさと戻りましょう」

「お前達のせいだろ?! やっと名前呼んでくれるようになったのに!」

「王女様が警戒されたのは貴方の言動と行いが故です、主人」

「そ、それはさ……」


 三人の楽しそうな会話を耳にしながら、はっきり思い出したあの日に想いを馳せる。

 あの日あの時に触れられた温かさと、今さっき触れられた温もりが重なって、私は急に恥ずかしくなった。なぜだかよくわからないけど、にじり上がる熱を落とすのに必死になる。

 一緒の時間を過ごしすぎた。

 これ以上、巻き込むわけにはいかない。だから。

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