33話後編 これが私だけの魔法。時を戻す力、逆行(L)
何を話していたかは、はっきりと聞こえなかった。
それでも押さえつけた兄と呼ぶ人ががくりと肩落とし頷いたら、ダーレは立ち上がってこちらに歩みを進めた。
「よかった」
これで終わったと思った。
ダーレもそう思っていたようで、肩の力を抜いて、こちらに向かってくる。
けどその最中、半身起き上がり、弾かれ落ちた銃を拾い上げて、それをダーレに向ける姿が見えてしまった。
ひゅっと息を飲んだ。
「ダーレ、だめ」
「え?」
一つ、銃弾が飛ぶ音が響く。
それは彼を貫いて、その反動で彼は前方に飛ばされたけど、彼自身が踏み込む形で勢いを相殺したようだった。
「ダーレ!」
声を上げたけど、間に合わなかった。
脇腹を押さえて膝をついたダーレは、半身振り返ってナイフを投げた。
銃を構えた相手の手の甲に刺さり、悲鳴を上げて銃を落とす。
同時、フィーとアンが素早くこちらに降りてきて、ダーレを超えてお兄さんを再び動けなくして、床へ押し付けた。
「ラウラ」
「ダーレ、撃たれたのね!」
駆け寄ると、自身の片手で押さえている脇腹の服が赤黒く染まっていく。
かつんと彼の持つ銃が床に置かれ、その空いた手を床についた。
「大丈夫、浅いから」
「何を言ってるの!」
痛みで汗を浮かべ、眉を寄せて苦しんでいるのに、大丈夫だと笑う。
ダーレは私の事を散々言ってたけど、ダーレこそ大丈夫じゃないわ。
「ダーレ」
姉の元へ連れて行ったとしても、ダーレには魔法が使えない。
魔術は大婆様しか扱えないし、南の国の薬だって城に戻らないとないのに。
「王太子殿下!」
ここに来て、フィーとアンが待機させていた王都の警備を担う兵がなだれ込んでくる。倒れている騎士とダーレのお兄さんを連れて室外に出て行く中、フィーとアンがダーレの負傷を叫んで指示を出していた。
この城の者にダーレを治せるの?
こんなに深い傷なのに?
「ラウラ、離れて。汚れる」
「な、馬鹿なこと言わないで!」
血で汚れるとダーレがこんな時まで言ってくる。そんなことを気にしてる場合じゃないのに。
流れる血は思っていた以上の速さでダーレの服を染め上げている。
このままでは危険だ。
「ラウラ」
片手で傷口を押さえ、あいてる片手で私の手をとった。
「大丈夫だから」
私が受けた肩の傷よりも深く、ひどく危険でよくないものだというのは明白だった。
なのに、彼は私の手をとる。
苦しそうに眉を寄せているのに、私に笑いかける。
それが苦しくて胸が痛くなった。
「……だめよ、そんな」
銃に撃たれる痛みは誰よりも分かっているつもり。
幾度となく撃たれてきた。羽に当たって血が出なくても痛みはあるし、肩を貫かれて血が流れれば傷は熱く痛みで眩暈がする程だった。
「そんなこと、言わないで」
「ラウラ」
「ダーレは馬鹿よ……私に気を遣わないで」
絶対泣かない。
今は泣くべき時じゃない。
それはダーレが撃たれながらも、私に笑いかけるのと同じ。
「痛いなら痛いって言って」
「……」
「……私はそんなに頼りない?」
「それ、は」
「私はダーレの助けになりたいのに」
足手纏いだわと、ついぽろっと出てしまう。
ダーレを困らせたいわけじゃないの。
「違う」
静かなのにはっきりと声が通った。
顔色もだいぶ悪くなってきてるというのに、強い力が宿る声。
「ラウラがこれを持ってこなかったら、僕は時間をかけて囲われて撃たれるだけだった」
「ダーレ、」
「だから、君は、足手纏いなんかじゃ、ない」
「ダーレ、もういいわ。喋らないで」
嫌だとダーレが言う。
「ラウラは僕に、欲しい言葉をくれるって言ったけど、それは、僕もだ」
「ダーレも?」
「そう。大丈夫、って言ってくれた。会いたい時に、来てくれた」
それは私がダーレに抱いた気持ちと同じだった。
「同じ、なのね」
ダーレが笑って答えた。
私も笑って返したけど、きっと仕様のない顔をしているわ。
まだ何か言おうと口を開くダーレに、これ以上は傷に障ると思って制止する。
「ダーレ、喋らないで」
今、決めたわ。
ダーレと同じと分かって、私のやるべきことは、たった今決まった。
大婆様は言っていた。いつでも飛べると。
なら、私だけの魔法だって同じはず。
ダーレの前だけ使えないなんておかしい。
ダーレにだけ使えないなんておかしい。
だから、今ここで魔法を。
「……使うわ」
「え?」
「使ってみせる」
今、私自身がダーレの為に使うと決めた。
邪魔はさせない。
どこの誰が決めたものか知らないけど、この魔法は私だけのものだ。
なら、私がいつどこで使おうと勝手のはずよ。
「ラウラ、眼が」
「……助けるわ、ダーレ。絶対」
私達を囲うように円状に金の輪が広がる。
ダーレの手を握る。
いつもと違って弱いけれど、きちんと握り返してくれた。
「ダーレ」
かちりと、何かがはまるような、歯車がぶつかり合うような音が聞こえた。
金の輪は私達を囲って、次に目に追えるギリギリの速さで輪の外側だけが動いていく。
戻っていく。
時間が、戻っていく。
「絶対、助ける」
そうだ。
これが、私だけの魔法。
時を戻す力、逆行。




