29話 明日は結婚式(D)
「えへえへへへへ」
「ダーレ、顔が緩んでるわ」
「そりゃそうだよ、やっと結婚式だよ?」
割ととんとん拍子に進んだとはいえ、衣装が決まってから十日後、結婚式の日取りが決まり、それがいよいよ翌日という、もう嬉しくてどうにかなりそうだ。
「ねえ、ダーレ。お願いがあるの」
「何? ラウラのお願いなら何でも叶えるよ」
なんでもはいいと断られた。どうして。飛びたいっていう願いのくだりの話を思い出してよと内心ごちる。ラウラが喜ぶことが僕の喜ぶことなのに。
「結婚式とお披露目が終わったら、領地の皆さんに私の翼を見せたいの」
「飛ぶってこと?」
「そう」
「うん、構わないよ」
「ありがとう」
一瞬、大丈夫だろうかと心配になったけど、ラウラはそんな僕の考えも見越してか、大丈夫だからと念を押した。
「私が飛べる事は罪じゃないって教えてくれたのはダーレでしょ? 大丈夫、心配しないで」
「ラウラがそう言うなら」
「そうね……緊張でどうにかなりそうだったら、大丈夫って言ってほしい」
「お安い御用だね」
「頼もしいわ」
頼もしいのはラウラだと思う。
だって今僕たちは、いつも通り領民の手伝いをしているのだから。明日結婚式だと思えない。
畑を耕やして、果樹を収穫して、放牧の手伝いをして。本当に明日式なんだよねって思ったけど、それは周囲も同じだったみたいで、そわそわしてる者が大半だった。
ラウラだけ、いつも通りだ。
「ラウラって冷静だよね」
「急にどうしたの?」
「明日結婚式でもいつも通りだから」
少し考えたラウラは、近場の山羊を誘導して放牧を終えると、そんなことはないと応えた。
「緊張するから、いつものお手伝いをしているのよ」
「うん?」
「ただじっとしてるだけだと落ち着かないの。いつも通り過ごせば落ち着くかなって」
「じゃあラウラも本当は緊張してるし、そわそわしてるってこと?」
「……そうね」
最後の同意は何故か不服そうだけど、そこはラウラが素直に話してくれたからよしとしよう。
明日式をあげたら、ドゥファーツに行って正式にラウラのお姉さんに許可やらなんやらしてもらって手続きしなきゃか。色々順番違うけどいいよね。そもそもこっちで式を終えてから帰ってこいって言ったの、ラウラのお姉さんなわけだし。
「ダーレ」
「ん?」
「あまり不躾に訊くものではないのだろうけど」
ずっと気になっていたと言う。
「何?」
「ダーレの御両親に何も御挨拶していないわ」
「ああそれ」
別に亡くなっているわけでもない。ぶっちゃけ健在だ。
そこはなー、何も気にしなくていいんだけど。
「手紙は出したよ」
「婚約しているとはいえ、結婚になって顔も合わせなくていいの?」
「うん」
本当は会わせろとは言われたけど、お断りだ。なにせ、そちら側に行くと、命狙われる確率も上がるし。当然それも、あちらはよく分かっているから、僕が手紙だけで済ませた事を了承したわけで。
「生きていらしたら大伯父様にご挨拶出来たのだけど……」
「そしたら墓参りには行こうか。領地の端にあるんだ」
「ええ」
それでもいつかはラウラに話さないといけないし、僕の家族に会わせる日が来るだろう。遅いか早いかだけだ。
「まあ両親と姉兄への挨拶はドゥファーツで結婚式済んでからにしようか」
「そんな遅くていいの?」
「いいんだよ。ちょっとややこしいんだ」
「無理にとは言わないけど」
「いつかは知られることだし構わない」
「そう」
当然のことながら、この領地で行う結婚式に両親の参列はない。大伯父が生きていた頃、数える程訪問があった程度。僕が継いでからは一度も来ていない。
「こっちから一方的に縁を切ってて」
「え?」
「姉とはまだ手紙のやり取りをしてるけど、両親と兄とは音信不通」
「え?」
「まあそんな関係だったからこそ、僕はこっちで辺境伯を継いだんだよ」
エルドラードの氏を継いだ事ではっきり意思表示した。だからあの家に帰る必要はないと思っている。
真面目なラウラの事だから、婚約関係にあったといえ、こうも性急に結婚式挙げるのは気が引けるんだろう。
どちらにしろ、書類のやり取りもあるから、王都に行って書類提出するついで軽く会えばいいか。
「……私、ダーレの事よく知らないわ」
「そしたら式の後、ゆっくり話そう?」
「いいの?」
「うん、会わせる前に話すよ」
僕がラウラの事を知りたいと思うと同時に、自分の事も知ってほしいと思うわけで。
まあ全部話しても嫌われない自信はあるけどね。大したことじゃないし。
「てんし様」
「どうしたの」
ラウラが子供達に手を引かれていくと、するりとフィーが近づいてきた。目配せと態度でラウラに聞かれたくないことだと悟る。
「主人、あちらが動き出したようです」
「このタイミングかよ……」
「ですが、予め配置していた者達で対応出来ました。仮に倍以上の手数で来られても、領地に到着するのは一週間後、突破されても三日はかかるかと」
「明日の結婚式に影響なければいい。対応出来るなら任せる、難しいなら明日が終わるまで陽動と足止めで頼む」
「畏まりました」
まったく、悩ませてくれる。警備は祭りの日より厳重にしているし、領地外にも配置はしてある。それもこれも近い内に、もう一度襲撃があると踏んでだ。
「予想通りすぎて逆に笑えるな」
誰にも邪魔はさせない。
結婚式っていうのは、ただ幸せだけを感じて祝ってもらうものでいいんだ。
ラウラにはそうあってほしい。




