4話 婚約破棄できない(L)
私の名は、ラウラ・サンティユモン・ベレンシュレク。山間の小さな国の三番目の王女だ。
上に姉が二人いて、一番上の姉が、レナ・ブリッツェン・ベレンシュレク。現王だ。
二番目の姉が、マドライナ・シンティッリーオ・ベレンシュレク。レナ姉様の側近として政務を担っている。
レナ姉様が即位してからは、以前ほど関わり合える時間はなくなってしまったのだけど、良好な姉妹関係を築けていると自負している。
「ねえ姫様、あれやって」
「うん?」
「お花咲かせて、ひめさま」
「姫様」
子供たちに手を引かれて、指さされた蕾はもうすぐ咲きそうだった。このぐらいならいいだろう。
「仕方ないわね」
「わあい」
きちんと自然の摂理があるから普段はしない事を伝え、わかってると次から次へと子供たちは頷いた。それでも見たいというのは、私も同じだから分かる。だからこうしてたまにお願いしている。
蕾に片手を添える。お願いをすると、ふわりと花が咲いた。
咲きたて独特の色の薄さ、まだ緑がかって白さは薄く、少し透き通っている様と、絹のように薄くこしらえた柔らかさ、伸びきらず巻かれたゆとりを持つ花びらを見て自然と顔が綻ぶ。始まりの瞬間はいつ見ても綺麗でたまらない。
「へえ、すごい」
「!」
「アザレアか」
気づかなかった。
子供たちに紛れて、後ろから覗かれていたなんて。
「ん? ラウラ、どうしたの?」
「あ、な、」
子供たちの歓喜の声が遠く、見られてしまった事に全身の体温が失われるのを感じた。見られてしまった、どうしよう、誤魔化せない。
「あれ、ダーレいたの?」
「いたのってひどい言い様だな。最初からいたよ」
「じゃあ、姫様がお花咲かせるの見た?」
「ああ」
すごいでしょ、と子供たちがダーレに自慢する。
彼はダーレ、ダーレ・エルドラード辺境伯。一ヶ月ほど前に突然やって来た、私とそう年の変わらない麓の領主だ。
「ラウラはすごいね」
そう言って笑う。そこには微塵も悪意を感じられない。人と違う何かを見る事もなく、不可解な力に不審がることもなく、利用しようと企む姿もなかった。冷えた体温が急に戻って来るのを感じる。
「ああ、ラウラ。今日も可愛い」
「ちょ、ちょっと」
言って抱きしめてくる。彼はとても触れ合いが過剰で、毎日一度はこうして抱きしめてくる。今までこの国で過ごしてきて、抱きしめてくるのは子供たちと二人の姉ばかりだった。当然、私はこの手の彼の行動に免疫がない。
「僕の天使は照れ屋さんだね。可愛いから全然いいけど」
「ダーレ!」
やめてと言っても止めてくれないことはこの一ヶ月で学んだ。それでも抵抗しないとだめ。私は彼との婚約を破棄したいのだ。その為に、意思表示は普段からちゃんとしないと……だというのにこの有様とは我ながら情けない。
そう、彼がこの国に来てすぐ、小さい頃勝手に決められていた婚約者だとすぐに知る事になった私は、姉様方に婚約破棄を訴えた。
* * *
「姉様、ご存知だったのですか!?」
「何を?」
「あの者が私の婚約者、エルドラード辺境伯だったことです!」
「あら、貴方知らなかったの」
「知らなかったのラウラ、はは笑えるー」
「姉様方!」
二人して知っていたなんて。
でも彼も私が婚約者だと知ってはいなかったようだった。でなきゃ、丁度いい、なんて言葉出てこない。
「今すぐ! 婚約破棄の手続きをしてください!」
「認めません」
「姉様!」
何故か問うと、婚約者が改めて正式な求婚の申し入れをした以上、無碍にはしない。たとえ婚約者ではなかったとしても、求婚者の訪問があった場合、迎え入れることはこの国の決まり事として存在している。挙句、あちらは猶予を与えろと訴えてきた。それを一度認めているのだから、尚更今すぐは破棄できないという。
「そんな、姉様……」
「ラウラ、貴方には丁度いい時間なのよ」
「どういうことですか」
「大婆様も仰っていたわ。いつか貴方に会う事だけを求めて訪れる人間を無碍にはするなと」
「え?」
* * *
大婆様はこの国の占術士、その言葉は予言だ。無視する事は出来ない。それも踏まえた上で、姉様はあの者を国へ留まらせることを許したのだろう。それに加え、姉様が謁見の間で目利きしている。その目利きは本物だから、彼は本当に無害なのだろう。
けど、だからといって毎日ひっついてくるんじゃ、私が疲れる一方ではないの。
「ダーレ、あたしも」
「ダーレ、つぎオレも!」
「はいはい」
私をひとしきり抱きしめて満足したダーレは、子供たちにせがまれて抱っこしたり肩車したりと忙しくなる。
すっかりここに馴染んできている。由々しき事態だ。すぐにでも彼にはこの国を去ってほしいのに。ほぼ毎日破棄を言い渡しているのに、彼はそれでも笑っていたりするから、もうこの人に言葉通じないんじゃという思いに駆られた時すらある。
「ねえ、ラウラ」
「はい」
「あれ、どうやったの?」
綺麗に咲いたアザレアを指して問われる。あまり話したい内容ではないけど、一度見られた以上、いつかは彼の耳に届いてしまうと思った私は渋々話す事にした。
「精霊の力を借りたの」
「せいれい?」
「草や木々、風や雨にはひとつひとつ存在が宿っているの。その声が私には聞こえるのよ」
「へえ」
しょっちゅう会話が出来るものではないけれど、たまに言葉が聞こえてくる、その程度。だから、お願いをすれば応えてくれる。
子供達が私だけが使える力だと彼に伝えている。彼はそれに対し、特段驚く事もなく笑っていた。素敵な力だと、笑っていた。
外の人間というのは大概私達に奇異の眼を向けると思っていたけど、彼は違う。少なくともこの一ヶ月はそれらしい姿は見た事がなかった。
「ダーレ、てんしってなに?」
「あれ、知らない?」
「うん」
知らない知らないと次々に声があがる。
「ラウラも?」
「ええ」
彼はたまに不思議な言葉を使う。私を指してテンシという言葉も何度も聞いたけど、その意味を問うたことはなかった。
「そっか。うん、天使はね、綺麗な翼を持った美しい人の事だよ」
子供たちに向けていた視線をこちらに寄越して微笑んだ。その瞳が真剣さを帯びていて、私は恥ずかしさに目を逸らした。
ダーレはいつだって心臓に悪いことを言う。彼の行動と言動に動揺する事ばかりで、やっぱり彼とはあまり一緒にいたくない。なのに彼は毎日私と一緒にいたがるのだから困ったものだ。
「ねえラウラ、結婚式いつする?」
「しません!」
「ええ……」
彼はとても軽薄。私が断ってる婚約もさもあるように話を振ってくる。
「言ってるでしょ! 貴方とは婚約破棄すると!」
「気が変わったかなって」
「そう簡単に変わりません!」
「そう?」
「あんまり言葉が過ぎると、貴方の侍従に言いつけます」
「それは本当やめて」
件の一ヶ月、頑張って名前呼んでもらったり、会話もそこそこしてもらえるようになるまでのお話は、なろう日間ランキングにランクインしたら番外編で書きます(笑)。
ここ細かく書いてると、クールのごとく予定話数を大幅に超えてしまうので、現段階では一ヶ月後でいきます。