25話後編 もうすっかり絆されました(L)
「気持ちいい……」
本当に久しぶり。
風を切って、領地や森や川を見下ろして、空をこんなに近くに感じて。
私、飛んでる。飛んでいるんだという実感がじわじわ登ってくる。
「ああ」
よかったね
ラウラ、よかったね
「ええ、本当に」
精霊たちが祝福してくれる。鳥たちも鳴いて挨拶をしてくれる。
こんなにも自由で、満たされるものだったのね。
「……着いた」
徒歩と馬車だと時間がかかるドゥファーツは飛んだらすぐそこにあった。
小さな国だから、飛んで城周りを一周なんてすぐだ。ダーレの領地の方が格段に広い。
「あ」
こんな早い時間なのに、国の皆が、姉様達が、皆が外に出て見上げていた。その表情がみな笑顔で、その笑顔で迎えられただけで泣いてしまいそうだった。
「姉様、皆!」
城前に降り立てば、待っていたと姉様達に抱きしめられる。
「ラウラ、飛べたのね」
「ラウラーうわああやったじゃん」
「姉様方」
「……そうかい、超えてきたかい」
「大婆様」
城の皆とも顔を合わせ、少しすれば次から次へと国中の人が城前に集まってきた。
「姫様!」
「ああ姫様ついに!」
「みんな」
「ひめさま、とべたの!」
「ええ」
どうして知っているのかきけば、大婆様が今日私が飛んで帰ってくることを伝えたようだった。とっくに大婆様にはみえていたのね。大婆様にみえてたものを訊こうにも、ぎゅうぎゅうに囲まれていてそれどころじゃない。
集まってきてもみくちゃにされても、ただ皆が喜んでくれている事が分かって嬉しくて仕方なかった。
「さあ、皆。そこまでにして、私の可愛い妹を返して頂戴」
姉様の一声で、すぐに朝の仕事に戻っていくから、これもまたすごい。私は姉様達と大婆様に連れられて城に入った。
姉様の私室に入り、私は飛べるまでの経緯を話すことになったけど、ダーレのお姉様の件は伏せておいた。元々私の勘違いで盛大な喧嘩をしたなんて、恥ずかしいやら情けないやらで素直に話せない。
「あの領主って本当変わった事するねー笑える」
「マドライナ姉様、気持ちは分かるのだけど」
「ラウラがあいつの事好きだからいいけど、好きでもない男に結婚指輪用意したとか言われたら、きっつくない?」
「……姉様」
彼のする事言う事は確かに大袈裟で驚かされるし、引くっていうのもたまにあるけど、たぶんそれは彼が真っ直ぐに伝えようとしてくれてる故だと思っている。
「マドライナ、ラウラは彼が好きなのだから、逆に喜ばしい事なのよ」
「ええー?」
「姉様」
「事実でしょう?」
もうすっかり絆されました、なんて今更報告するのも恥ずかしいものね。
「貴方、小さい頃の方が彼にべったりだったのに」
「え、姉様方、覚えて?」
「んん? ラウラ覚えてなかったの? あいつが保護者と来る度に引っ付いてたじゃん」
「それなのだけど、最近思い出して」
「へえ」
「ふうん」
急に不穏な空気を纏った姉様達が大婆様に視線を寄越した。大婆様は変わらず、まじないをしながら笑っている。
「大婆様」
「何かね」
「ちょっとそれ私達聞いてないんだけど」
「さて、何のことだか」
「姉様方? 大婆様?」
明らかに姉様達の視線が怖いぐらい殺気立っているのだけど。
無言の攻防の末、姉様達は溜息を吐いて折れた。
「では王として命じましょう。大婆様、後程報告を」
「承知しましたよ、王陛下」
「え、姉様ちょっと」
私の事なのに、私を抜きにして話を進めるってなんなの。少し苛立ちつつ、姉様方にお願いしても、駄目だと言ってくる始末。それはあまりにもひどいわ。
「ラウラ」
「大婆様」
「結婚式がつつがなく終わった頃に話をしよう」
「え、ええ……」
今してくれないのは気になったけど、王命で話さなければならないなら、私に話す順番は後回しになる。なんだか違う気もするけど仕方ない。
「結婚式……ということは婚約は受けるということね?」
「え?」
私が驚いて上擦った声を上げたら、レナ姉様は不思議そうに小首を傾げた。
「ラウラも彼が好きなんだもの。もうエルドラード辺境伯との婚約を嫌がる理由がないでしょう?」
「え、ええ……そうね、姉様」
「ラウラ、嫌なの?」
まあ確かにちょっと変わり者だもんねとマドライナ姉様。
「あら、マドライナ。そこも含めてラウラは彼がいいのでしょう?」
「あ、ごめ」
「い、いいえ、いいの姉様。彼が変なのは、いつものこと、で」
「?」
それよりも、私、大変な事を。飛べるようになった事ばかりだったから、今思い返してダーレに申し訳なくなってきた。
「ラウラ」
「大婆様」
「返事をしていないんだね」
二人の姉から驚きの声。大婆様の問いに私は黙って頷くしかなかった。
「何も……返事していないわ」
ごめんなさい、ダーレ。
私の心内がダーレに伝わるわけがないのに、つい謝ってしまった。




