23話 結婚しよ。それしかない(D)
「ねえ、ラウラは気づいたんでしょ」
「何を」
「ラウラが羽を、翼を持つから狙われるんじゃない。どういう理由であれ、そういう傷つけてくる人間がいるんだって」
「……」
「ラウラだけが特別なんじゃないって」
祭りの日に銃撃に遭って、それが羽狩りじゃなく僕を狙ってものだと話した時、彼女はどこか自分の中で納得していた。何を腑に落としたのかと思っていたけど、たぶん今言った事が正解のはずだ。
ラウラが小さく頷いた。
「……ええ」
「なら一緒にいたって」
「それでも! それでも私はダーレが傷つくんじゃないかと思うと、怖いの。怖くて仕方ないの」
「……ねえ、それって自惚れてもいいやつ?」
「え?」
「少しでも僕はラウラの大切になってる?」
「か、からかわないで」
「からかってない」
ラウラが優しいのは知ってる。でもその中で一際大切に囲ってる部分があって、深くいるようで本当の一線は越えさせてくれないラインがある。もしかしたら僕は今、そこに立っているんじゃないかと思った。
そしたら、ラウラにはそこを越えてもらいたい。僕がラウラの隣にいたいっていう私欲のためだけど、それでも越えればラウラの願いが叶うはず。
「あの日、僕の前で時間を戻せなくなってから使えなくなってるよね。そしたら、ラウラの魔法が使えなくなったのは僕のせいじゃない?」
恐らく、魔法を使う時だけラウラの瞳の色が変わる。羽を出す時もだ。
あの日、ラウラが僕の前で戻せないと青褪めた時、瞳の色が変わろうとしてすぐに戻ってしまっていた。そして女王の言う僕には魔法が使えないという言葉。何が理由で僕に使えないかはまだ分からないけど、あの日の僕がきっかけで逆行の魔法が使えなくなったのは、嫌でも推測できた。
「違うわ!」
「ほら。ラウラが僕のせいじゃないって言うなら、ラウラのせいでもないでしょ」
「そ、そんなの……屁理屈だわ」
ラウラが困ったように眉根を寄せる。それでも、ここで折れるわけにはいかない。ここが踏ん張りどころだ。
「時間を戻せる魔法があるからとか、飛べるから、って理由をつけて自分のせいにしてるラウラこそ屁理屈だよ」
「な、そんなわけ」
「誰も君のせいにしてないし、自分なりに償ってきたんでしょ。じゃあもういいじゃないか」
「よくないわ……だって」
「誰もラウラに幸せになるな、なんて言ってない」
「それ、は」
「思っているのはラウラだけだ」
「そんな」
「ラウラと一緒にいるから不幸になるわけでもない」
ついにラウラは何も言えなくなって黙ってしまう。そう、国にいる全ての民がラウラがいることで不幸になっているわけではない。それに一緒に手伝いして来て分かった事、あの国の民はラウラの幸せを心より願っている。
「……」
「僕はラウラと一緒にいると幸せなんだよ。ラウラにも幸せを感じてほしい」
「ダーレ」
「危機が訪れたら一緒に乗り越えたい。ラウラと一緒なら出来るけど、ラウラがいなかったら無理」
「……ダーレ」
僕の幸せはラウラがあってこそ。なんで八年もかけて探したと思ってるのさ。
「正直、ラウラと一緒にいられるようにって領地の統治も僕がいなくてもまわるようにしたし、ラウラが仕事しないで隣にいてって言うなら、いくらでもいられるように整えてるし。領地手放してって言うなら今すぐ手放してもいいし」
「え、それは駄目よ……」
「ちょっと待って、ラウラなんで引くの」
「だって……ちょっと、重くて」
「ぐふっ」
さっきの指輪のこともあってか、ラウラが微妙な顔をしてる。
なんだよ、折角真面目に口説いていたのに。僕がラウラだけっていうの、まだ伝わらないわけ。あ、それが重いのか。またこのくだり、フィーとアンに言われるんだろうな。
「……」
「あー……もう本当その」
「…………ふふ」
気まずくて何を言ってフォローしようかと思ったら、ラウラが小さく笑った。
「え、と?」
「ダーレ本当不思議」
「ラウラ」
あ、ちょっと可愛い。こんな時にそんな風に笑うとか反則でしょ。
「私の調子を崩すのが本当上手ね」
「え、なにいきなりのディス?」
「でぃす?」
「あ、いや、いきなり僕の悪口って」
「ああそうね。違うの、いい意味よ。私がずっと抱いていた考えをあっさり壊してくれるのねって」
「ラウラ」
「すごいわ、貴方」
もうここまできて我慢できなくなった。ラウラ可愛いすぎ。
抱きしめたら、いつも通りラウラは悲鳴を上げた。
「ダーレ!」
「無理我慢出来ない」
「や、やめて!」
「ラウラ結婚しよ。それしかない」
「待って! ダーレ、貴方はいつもそう! 性急なんだから!」
「え? 僕かなり待ったと思うけど?」
「やることが急なのよ! 離して!」
だからそれが無理なんだって。無茶言うよ。
「ラウラ好き、本当好き」
「もう! 落ち着いて!」
「僕はいたって冷静」
「尚更たち悪いわ! 離して!」
ついにラウラはフィーとアンの名前を呼んだ。すると恐ろしい速さでやってきて、そのまま僕とラウラを引き離した。
両脇抱えられて部屋を追い出されて、本当最悪。今一番いい雰囲気の時だったのに。
「ちょ、まだラウラと話す事が」
「大丈夫。お断りですよ、主人。あっても罵りぐらいじゃないですか」
「勝手に決めるなよ!」
「途中までは良い雰囲気で王女様も心開きそうな展開だったのに最後の最後で我慢できないから」
「え、ちょ、見てたわけ? 覗いてた?」
「いいえ、大方予想しただけです」
「鎌かけたのかよ……」
「本当残念な人です」
「やめろ」
* * *
どうしてもラウラとまだ話をしたくて、本来なら許されない夜更け、フィーとアンの監視をくぐり抜けてラウラに会いにいくことにした。
もしかしたら寝てるかもしれないし、そもそも会えないとは思ってたのに、ノックをしたら返事があった。
「ラウラ?」
「ダーレ? どうしたの?」
「その……少し散歩でも……どうかなって」
「……」
「夜遅いし、無理かな」
諦めて僕も寝るかとノックした手を下ろした時、かちりとドアがあいた。
「……行くわ」




