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10話 絆されてる(L)

「ダーレ」


 小さく呼ぶと僅かに目を細めた。


「……」


 そのままゆっくり近づいて来る。鼻先が触れ合ったところで、私は瞳を閉じた。

 静かに触れ、静かな温かさを感じる。

 それがあまりに心地好くて身体が震えた。


「……ダーレ」

「ラウラ」


 いつも聞かないとびきり甘い声が耳をくすぐる。

 もう一度名を呼ばれ、力強く彼の胸に囲われた。


「……ラウラ」

「……ん、」


 あれ、今、私、何を。

 確かに触れた。ダーレの、唇が、その、私の。


「うそ……」


 突然訪れた自覚に、急に身体が熱くなった。

 あ、あ、私、今、ダーレと、き、キスを。


「ラウラ?」


 緩んだところを思い切り胸を押せば、あっさり離れる。立ち上がって彼を見下ろすと、ぱちぱち目を瞬かせていた。


「あ、今、私、」

「どうしたの、ラウラ」


 なんてことないといった様子でいるダーレになんだか無性に腹が立った。こっちはまだ身体中熱いというのに、しれっとした顔して。

 第一、婚前の男女が、キ、キスをするなんてだめだわ。それに私はダーレと婚約してるとはいえ、そのつもりはないんだから。なのに、ラウラどうしたのときいてくるとか、ちょっと無神経すぎやしない?


「し、知らない!」

「え、ちょ、何が?!」


 踵を返してガゼボを後にする。

 ダーレは追いかけて来ず、その場で立ち上がって私の名を呼んだ。


「待って、ラウラ。まだ話す事が」

「放っといて!」

「ラウラ、どういうこと?!」

「知らない!」

「ええ?!」


 八つ当たりも甚だしい事は充分承知していた。でも、これ以上彼と面と向かうことは出来なくて、私は足早にその場を去った。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 翌日、どこを探そうにも彼はいなかった。


「領地に戻るそうです」

「え……」


 レナ姉様にきけば、あっさり彼の所在を教えてくれた。領地に戻る。それはつまり。


「一時的にですよ?」

「え……あ」


 婚約破棄をした上での退城かと一瞬そんなことを考えてしまった。

 昨日否定されたばかりだというのに。適当な言葉が出て来ず、しどろもどろになっている私を見て姉様はそれはもう上品に笑った。


「ラウラ、貴方前にも増して可愛くなったわね」

「姉様?!」

「そんなに赤くなって」

「あか?!」


 そこにマドライナ姉様が戻ってきて、私達の様子に首を傾げた。


「どうしたの?」

「ふふ、マドライナ。ラウラったら可愛いの」

「レナ姉様!」

「ふうん? あの婚約者?」

「!」


 的確に私とレナ姉様の会話を読んでくるマドライナ姉様に対して、レナ姉様はそうそうと笑う。もうやめてほしい。なんなの、さっきから。


「あれだけ嫌がってたのに、いないと淋しいっておもしろー」

「ちが」

「あら、領地に戻ると聞いて泣きそうになっていたのに?」

「違うわ!」


 もう知らない、と足早にその場を去った。もう本当姉様達はずるい。いつまでたっても私を子ども扱いしてからかうばかりだもの。

 足も速く、少し落ち着こうと中庭に出ると、大婆様が野草をとっていた。


「大婆様」

「ああラウラ」

「手伝うわ」

「ありがとう」


 大婆様がとれない高さのものをとって籠に入れる。城の庭先で事足りる程に野草を育ててはいるけど、ダーレと一緒にここの手入れをしたことはなかったかな。


「大婆様、姉様達ったらひどいの」

「おや、でもラウラはあの男がいなくて事実辛いのだろう?」

「大婆様まで!」


 野草とりの手伝いをしながら、姉様達の話をすると、姉様達と同じ事を言ってくる。ひどいわ、皆して私をからかおうというの。


「……ねえ大婆様」

「なんだい」

「私、飛べるようになるのかしら?」


 今まできいたこともなかった。大婆様にきくということは、未来の確定事項をきくようなものだ。今まで怖くてきけなかった。けど、昨日の事を思い出して、ダーレが一緒に叶えようとしてくれる飛ぶという願いに可能性を見出したかった。


「ラウラ」

「はい」

「我々はいつでも飛べる」

「え……」

「問題はお前の内側にあるんだよ」


 飛べないとは言われなかった。かわりに私が飛べるという明確な回答はない。終いには私の予言に頼ってはいけないとも言われてしまった。大婆様にはすべて御見通しってこと。


「ラウラ~」

「マドライナ姉様」


 名を呼ばれ振り返れば、マドライナ姉様が手に白い紙を持ってやってきた。


「手紙」

「あ、ありがとう姉様」


 差出人の名前はなかった。思い当たる節がなくて小首を傾げる。するとおやおやと大婆様が頷いて、マドライナ姉様を連れて城に戻っていく。待ってと言ってもきいてくれなかった。


「一人で読んだ方がいい」


 大婆様ったら見えているのね。それなら誰からの手紙か教えてくれてもいいのにと、小さく息をついて近くの木陰を選んで座ってじっくり読むことにした。


「……ダーレ」


 手紙の主はダーレだった。

 そこには昨日話せなかった事、つまり今日から領地に数日戻ることと言えなかったことに対する謝罪が書かれていた。謝ることでもないのに。


「う、わ」


 その先はただただ私への気持ちが連なっている。よくここまで書けるわ、逆に感心してしまう。私への心配も含めて、彼は自分を最優先にしてもいいと思う。

 ただ、最後になるたけ早く戻ると書かれているのが目に留まり、それが嬉しくて頬が緩んだ。

 だいぶ絆されてると気づいたのはもう少し先の話。

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