9話 Azamiの過去と月下契約
夕陽が海へ半分沈み掛けた海の傍の公園は、黄金色が彼方此方に乱反射を繰り返しパチパチと音を立てている様に感じた。その方を見ながらAzamiは
「生々しいか...... 。苦手な物は誰にでも有る。私にだって有る。私はおじさんが苦手だ。歳のいった男性が苦手なんだ。その点君は若々しくてどこか中性的で問題ない。寧ろ好みであるぞ。」
そう言ってカラカラと笑った。僕はAzamiの言葉に照れてしまい、また下を向いた。そんな僕を見るとAzamiは綺麗な顔をまるで人形の様に寂しそうにして固まった。
「幾ら今が良かろうが、何れ君も年老いて崩れていくのだから愛せはしないがな。」
そう言うとAzamiは黙り混み、僕も自分から話す方では無いので静かな時間となり、夕陽は頭だけとなり黄金色の空は徐々に青身を増して一番星が灯った。僕はその間にまた自分の中の世界へと入りそこで体育座りをして、暗い空の二つの穴から現実の世界の海を眺めていた。気丈で居丈高に見えたAzamiが覗かせた寂しさが、自分の中の世界で音符と成り降り注いでくる。現実の世界の僕はギターケースからアコースティックギターを取り出して、降り注いで来る音符に合わせて指を動かし弦を弾いた。
風が集まりそれが気泡と成る様に音に変わり、優しく溶ける様に弾けて流れる。それは繋がる事で言葉の様で、更に言葉が繋がる様で文と成り、更に文が繋がり物語と成る様に夕暮れと夜の間を羽ばたいて結んだ。
その音色の空で海の中の様に泳ぐ、1匹の淡い色使いのグラデーションを帯びた大きな魚が現れた。優しく優雅にそれでいてダイナミックに楽しそうに泳いでいる。
僕は現実の世界へと引き戻され、その魚の正体がAzamiの歌声である事を知った。Azamiの歌声は僕のギターの音色の中でアドリブでありながら歌詞も適当に自由に流れに乗っていた。やがて陽が沈み暗くなった海の近くで二人のセッションは静かな夜に染み入る様に広がりをみせ、まるで世界に二人だけの様な気持ちになりお互いの音に酔いしれ合った。
自然とお互いの音を求め合い、それは言葉を交わすよりも確かなもので二人は目を閉じて何時間も弾き、歌い続けていた。そしてそのセッションが終わると僕とAzamiは汗だくになっていた。Azamiはバッグからフェイスタオルを取り出して顔を埋めて拭くと徐に立ち上がり自動販売機へと向かいもう一度コーラを2本買い1本を僕へ差し出し
「青年、いやtime write君。楽しかったな。」
そう飾りの無い笑顔で言った。僕も激しく頷いて彼女の差し出したコーラを手に取ると二人で乾杯をして勢いよく飲んだ。夜と言えどこの暑い夏の日に汗だくになった身体へ冷たいコーラが流れ染み渡った。そして初めてのセッションで想像以上に二人の音が合う事が嬉しくて、より一層の心地良さに僕は少し身震いをした。
暗くなった景色に僕は驚きながらも受け入れて、ウエスを取り出してギターを拭いた。そしてギターケースへとしまうとAzamiは立ち上った。
「time write君、一緒にそこの灯台まで行かないか? 嫌なら別に良いぞ。」
僕はその言葉に答える様に立ち上りAzamiの目を見て頷いた。髪が伸びて目が隠れてしまっている僕の目が見えたかは判らないけれど。
「Azamiさんはなんでアイドルを辞めたのですか? あんなに歌が上手いのに。」
唐突に放ってしまった僕の質問にAzamiは真面目な顔のまま、質問には答えずに歩き続けている。僕は離れない様に後ろを付いていく。外灯の並ぶ防波堤に僕とAzamiの影は遠く伸びて並んで灯台へと進んでいく。灯台へ近付くとAzamiは立ち止まり、この暑い季節に似つかわしくない長袖Tシャツを脱ぎ始めた。僕は急に上半身を裸になった下着姿のAzamiから目を逸らした。
「time write君、良いんだ見てくれ。これが私のアイドルを辞めた理由だよ。」
Azamiがそう言うので僕は恐る恐る視線を上げた。するとそこには僕の考えていた事とは違う事があった。Azamiの身体には右肩から袈裟状に激しく火傷の痕が残っていた。
「私がおじさんが嫌いな理由もこれだ。四年前に都会へ出てアイドルを目指していた時に付けられた傷だ。塩酸をかけられてね。幸い顔には掛からなかったが、身体に浴びせられて握手会の最中であったが為に手当てが遅れてこの様だ。握手会に来ていた中年男が手を離さずに握り続けて何かを叫びながら私に塩酸を掛けたんだ。それ以来、恐怖心から人前に出られなくなりそのまま人知れず引退したんだ。今でもその日の事が夢に出るよ。」
「何でそんな事を僕に? 」
Azamiは長袖Tシャツを着ながら
「恥ずかしながら、アルバイトはしているがお金が無いからな。契約金代わりに裸を見せたとでも思ってくれ。」
そう自分の過去を話した気まずさから、誤魔化す様にそう言った。僕はそのAzamiの告白に、自分が過去に受けた暴力で人前に出られなくなった事と重ねて、涙が溢れて来た。そんな僕の両肩を掴んでAzamiは美しい顔を近付けて
「私達の過去に失った夢は動画配信であれば取り戻せる気がするんだ。私は君にその勇気を貰ったんだよ。」
「僕もそんな気がします。」
「それなら契約成立だな。time write君。これから連絡を取って曲を創って行こう。」
僕達は穏やかに力強くうねる海の傍でユニットを組む契約を交わした。それは今でもハッキリと思い出せる程に全てを蒼く染め輝く望月の下だった。その事から僕達二人のユニット名は『月下契約』とした。
それから月下契約として二人で打ち合わせをして何度も練習を重ねてレコーディングを行い動画をアップロードしていった。始めの内は大して再生もされなかったので、元々視聴者数の多かったtime writeの名前を前に出す事で従来の視聴者も増えそこから月下契約は徐々に人気を増やして行った。
何よりも僕が創って、そこへAzamiのボーカルが加わり世界観はどんどんと広がって行き、次々と新しい曲が出来て行くのが楽しかった。僕はそれからAzamiと契約を交わした灯台で度々あの日の事を思い出しながら作曲することが会った。




