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8話 僕とAzami




 僕はあの日から学校へと行けなくなってしまった。吉坂から受けた暴力や、スズモト楽器のお兄さんから貰ったテレキャスターを壊してしまった腑甲斐無さや、そんな事が自分を責め続けて僕は学校へと行けなくなった。


 それから何年も自分の部屋へと、自分の心へと引きこもり続けた。たまに心が自分を責める気持ちで破裂しそうになるとネットへ詩なんかを綴り、言葉として吐き出したりしていた。その間、僕の人との繋がりはSNSだけになり、その中で時々気の合う人間なんかも出て来て僕にはそこだけが自分の世界になっていた。それからその中で僕はDTMの存在を知った。


 DTMはデスクトップミュージックの略でパソコン上で音楽を作成して、それをネット上にあげる事で沢山の人達と音楽を共有できるものであり、僕は直接人との接触がなくても音楽に触れられるDTMへ没頭していた。そしてその音源を作るために僕はギターもずっと弾き続けていた。


 そしてずっと、何年も自分の曲の投稿を続ける内に、とあるSNSで僕は一人の女性と出会った。その人の名前は『Azami(アザミ)』と言い、僕と同じで世間で何か有って人付き合いは出来ないけれど音楽を辞められずに居た人だった。僕はその女性とコメントでコミュニケーションを取るようになった。僕とAzamiは同じ様な境遇からかいつしか打ち解けていった。


 それから僕達は何度かコメントのやり取りを繰り返し、お互いが近くに住んでいる事を知り会う約束をした。最初は隣町の海辺の喫茶店で会う話しだった。しかし僕が人に会うのが苦手な旨を伝えて、お互いの妥協点として夕方に停船所近付くの公園で会う事になった。



――それは僕が学校に行かなくなって6年後の夏だった。


 海辺の隣町の駅へ着いた。そこにはまだ青空の残り磯の香りが鼻を掠めて海が近い事を覚った。久し振りに外へと出た僕は何だか足が上手く地面と噛み合わない感じがしたうえに、懐かしい日射しに立ち眩みを覚えながら歩いた。背中に背負ったギターケースに合わせて汗ばんだ背中をモゾモゾさせながら公園へと。


 歩を進める度に僕は不安に駆られた。


 あれだけ何度もコメントを交わして、それから電話番号を交換して何度か電話で話したりもしたが顔を合わせて話す事に様々な憶測が頭を過った。何年も人に会わずに家に閉じ籠った僕は上手く話せるのだろうか? 彼女は僕の事を気持ち悪いなんて思わないだろうか? ただの悪戯(イタズラ)で現れずに遠目から観察されるのではないのだろうか? とそんな事ばかり考えている内に僕の足が止まってしまった。


 見上げた空が赤らむ程に僕の迷いも色付いて、目の前の自動販売機にうつ伏せ気味にもたれ掛かり肘を付いた姿勢で深く息を吐いた。そして起き上がり息を深く吸い、そしてもう一度吐いて僕は自動販売機横のベンチへと腰を下ろした。気付けば道路を挟んで向かい側に目的の公園が有った。もしかしたらAzamiが既に居るかもと周りを見渡したが特に人も居なかったので僕はそのままベンチで空を仰いだ。


 ガラガコン! と音が鳴り、僕は何事かと前を向いたが何も変わりはなく周囲をゆっくりと確認した。その音は予想よりも近く自分の隣の自動販売機からだった。


「青年、君がtime write君でしょ? はいコーラ。君の分ね。」


「は、はい。」


凄く綺麗な長い黒髪の隙間から夕陽を髪飾りの様に煌めかせながら、その女性は大きい瞳を細めながらコーラのペットボトルを差し出してきた。細く白い指先に握られたコーラのペットボトルは細かい水滴が冷たさを知らせていた。僕はそのペットボトルを受け取るとその女性は隣へ座り


「青年、私がAzamiだ。宜しくねtime write君。」


「は、はあ。コーラありがとうございます。」


僕は予想していたよりも美人なAzamiに戸惑い、更に思っていたよりも強引な雰囲気に気圧(けお)されて俯いてしまった。Azamiは手に持ったコーラをひと口飲むと


「私はコーラを飲むと元気になるが君は違うか? ほら飲みな。どうせ私と会うのに緊張してたんだろ? これでも元はテレビにも出ていたアイドルだからな。」


Azamiは訊いても居ない言葉を畳み掛けてきたが、僕は何故かそれに負けない様に話そうと思い


「元アイドルだったんですか? 」


「『元』って言うな。都会の風に敗れはしたが、私はまた人前で歌を歌いたいんだ。必ずリベンジしてやるんだよ。いや私が『元は』と言ったのか、すまない青年。ああ、元アイドルだ。」


「そんな貴女が何で僕なんかに会おうと思ったんですか? 」


「質問ばかりだな。私に興味津々か? 青年、いやtime write君。サービスだ、何でも答えよう簡単な話しだ。君の創った歌が気に入ったんだ。」


Azamiはそう言いながらペットボトルのキャップを開けて、コーラをひと口飲んだ。僕は彼女の『僕の歌が気に入った』との発言を聞いて胸が高鳴り瞳孔が開いたせいか黄金色に染まり出す夕陽を弾いた水滴達が踊る様にキラキラとしていた。そしてそれを口にするAzamiも元々涼しげで美しいのにそれを更に飾り付ける眩さが増して、僕は音を消して静かに自分の心の中の世界で見蕩れた。


 僕は他者との関わりを避け続け、もしも他人と出会ったとしても自分の中の世界に籠りやり過ごす癖が付いてる。その世界は音の無い世界で、ただ僕の心の情景が拡がりその中で僕は一人で立ち、空に開く二つの穴から現実の世界を他人事の様に見ている。その世界で僕は一人鼻歌を歌う。それがいつまでも耳に残り、それに合わせて音楽を創り出してtime writeの楽曲が出来上がるのだ。


「青年、聞いているか? 」


僕はAzamiの声で現実の世界へと引き戻された。現実の世界へと戻るとAzamiはとても生々しくて化粧の施された肌や、少し濡れた唇や、夕陽を背景に動く仕種がとても生々しくて、生々しく現実の世界を拒否する為に下を向いた。


「私は綺麗か? 良いんだ、私は他人(ひと)から観られる為に存在するんだ。寧ろ観てくれ。励みになる。」


「いやAzamiさんって言うか、僕はこの生々しい世界が苦手なんです。人とか空とか風とか生々しくて......。」


僕はそう言って貰ったコーラを飲んで、少しでも身体に清涼感を運び、スッキリとした気持ちになろうとした。




 

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