5話 安らぎと嫉妬
私達が話しに夢中になっていると、店主がカウンターから平皿を3つ持ってテーブルへと持ってきた。皿にはふわふわのスクランブルエッグとカリカリに焼けたベーコン、そしてキツネ色に焼けたパンケーキが各々温かそうに湯気を燻らせていた。そして店主はマグカップとメモ帳とボールペンを持ってきた。私はこんな料理が作れるのであれば、水出しコーヒー以外も作れたのではないのか? と思ったが言わないで置いた。
「青春だねぇ。そのプレートは僕からのサービスだから、さっき話していた停電に付いての君達の話しを聞かせてくれないか? 」
そう優しい笑顔を向けて私達の前にナプキンを置いて、その上にフォークとナイフを並べた。サオリは嬉しそうに
「本当に良いんですか? パンケーキ。全然わたし達の話しだったら良いですよ。」
と言うとタクヤも4席の内の空いた椅子を引いて、どうぞどうぞと着席を促した。店主は無精髭の生えた細い顎をさすりながら椅子へと腰掛け
「ありがとう。」
と長い髪を頭頂部の所で束ねた頭を軽く下げた。私も連れて頭を下げると、サオリの隣ではタクヤがこ馴れた感じでフォークとナイフを使いパンケーキを切りながら
「すみませんね。いただきます! 」
と食べ始めていた。私も続いてお礼を言いスクランブルエッグをフォークで掬い口へ運ぶと、溶ける様に軟らかくバターの香りが口の中いっぱいに拡がり自然と笑顔になっていた。それを見た店主は
「美味しそうに食べてくれると嬉しいよ。ありがとね。さっきそっちの髪の長いサオリさんだっけ? 君が言っていた『停電とは違う』って考察が気になってね。」
低い穏やかな声でそう言いながら電子ライターをシャツの胸ポケットから取り出して私達の前に出し、カチッ、カチッと鳴らした。しかし音が鳴るだけで火は起こらず
「ほら、電子ライター。圧電素子の衝突ですら電気が起こらない。君達が話している通りに電気が消えたみたいだよね。」
私は店主の話し声に説得力を感じて食い入る様に聞いていた。それはライターに注目させられて集中してしまっていたからかもしれなかったが、私はこの店主の話しに何かの答えが有る気がした。そしてその気持ちから一つの質問をした。
「何で電気は消えちゃったんですか? 」
「そうだね。人類が電気を使えたのは本当は魔法の力で、その魔法が使えなくなったのかもね。この手順で行えば電気が起こるって法則が消えちゃったんだから。」
背凭れに寄りかかり背筋を伸ばした店主はそう言いながらマグカップを手に取ると、店内のランプ型の蛍光灯がチカチカと明かりを灯しカウンター横のテレビが点いて、テレビスタジオの人間達が右往左往している姿が映り出した。映像が映っている事に気が付いたカメラマンは無防備に話し込んでいる女性アナウンサーにカメラを合わせていた。
店主はその状況を見てマグカップを持ったまま椅子からゆっくりと立ち上り
「電気が戻ったからこの話しはここまでだね。なんだか僕の話しを聞いてもらっただけになっちゃったけれど、そのプレートのサービスは変わらないからね。ゆっくりしていって。」
私達にそう柔らかい笑顔で言伝てカウンターの奥へと下がって言った。
「魔法...... か。」
ついつい口に出してしまい動揺した私はサオリとタクヤの顔を見たが、二人とも私と同じで店主の言葉が頭に残っている様であった。私は明々とした店内で、先程の『電消』とでも言うべき事態の理由よりも、彼の曲が聴けなくなるのかも知れないと言う気持ちが寂しさを引き起こした。その気持ちから私はスマートフォンを取り出して『time write』の動画を画面に映した。
サオリとタクヤは二人でテレビを眺めながら話している。私はその前で下を向いてスマートフォンを眺めて、ついついtime writeの動画を再生してしまった。きっと彼のものだと思われるギターの音が鳴り出し、そして女性の声で歌が流れ出した。店内には彼の創ったであろう音楽が響いていたが私はそんな事も気にならないぐらい聴き入っていると
「本当にツムリンはそのtime writeって人が好きなのね。」
「あっ、ごめんサオリ。なんかこの歌を聴いていると凄く落ち着くの。この海みたいに。」
そう窓から見える港を見ながら私が応えると、サオリとタクヤも振り返り窓の外の港を見た。すると先程の店主が食べ終わったタクヤの皿を引きに私達のテーブルに来ると
「君はtime writeが好きなんだね。それともAzamiちゃんの知り合いかい? 」
そう言いながらタクヤの前の空いた皿を手に取った。私は唐突に現れた彼の話しに一気に目が見開いた。
「お兄さんはtime writeの事を知ってるんですか? 」
突然、身を乗り出して訊ねる私に店主は少し驚きながらも
「あ、ああ、Azamiちゃんならたまにこの店にも来るからね。time writeの方は会った事はないけど、Azamiちゃんは一人で海を眺めながらコーヒー飲んだりしているよ。とっても綺麗な子でモデルみたいだよ。」
そう言いながらカウンターへと戻り皿を洗い始めた。私は彼とユニットを組んでいる女性が凄く綺麗な事を知り、少しゾワゾワとしたものを感じた。人見知りの様な振る舞いだった彼が顔を合わせるAzamiと言う女性は、彼の中で特別な存在なのでは無いのかと下世話な考えが過ったのだ。今までそんな他人の事を気に掛けたことなんてなかったので、慌ててその妄想を手で払って消した。
そして私は立ち上りカ足早に歩き、カウンターへ両手を突いて店主へと質問した。
「Azamiさんはtime writeとこのお店に来たりします? 」
いきなりの私の行動に店主はキョトンとした顔をして
「time writeの方は人見知りらしく一度も来た事はないね。Azamiちゃんは月に一回は来るんだけどね。いつもカラッと晴れた日にね。」
「な、ならそのAzamiって人はどんな人ですか? 」
「Azamiちゃんは明るくて綺麗な声をした黒髪の美少女だね。」
私は予想はしていたが、店主がその女性を褒める言葉の度に少し胸の辺りがモヤモヤとしたものに締め付けられた。そんな私の肩をサオリがポンっと叩いて
「ホント、ツムリンっておとなしそうなのに大胆に動くわよね。ご飯も食べたし帰るわよ。すみません突然、お会計お願いします。」
私に話した後で店主へとお勘定の催促をした。私は我に帰ると急に恥ずかしくなり小さく頷いた。




