42話 月に濡つ僕達は
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僕は全てが理解出来なかった。突然意識の中へと現れたツムギと言う女の子に、そして彼女の話している事に、それからこうやって二人で一緒に曲をやっていることに。
ただ判るのはこの演奏が気持ち良いことだった。
二曲目をやり終えて僕はギターの手を止めて海を眺めた。波へと月の明かりが降り注いでイルミネーションの様に輝き続けた。僕は余韻に浸り、きっと背中のツムギも余韻に浸っている。音楽とは本来このように楽しいのだ。そんな事を考えながら空へと目を向けると僕はツムギの言っていたライブの事が気になり出した。
「もうこの世界は崩れ始めている。君のせいだよ。いや君のお陰か。そろそろ君の言うライブに行こうか。」
「待って。もう少し、ここで歌いたいの。実はライブなんて不安だし...... 」
「ははっ、僕なんていつも不安だよ。」
僕は正直たのしくなってきていた。何に楽しくなったのだろうか? ツムギが居ること、大好きな音楽を誰かとやれること、自分の音楽を好きと言ってくれることそんなことだろうか。僕は何でこんな世界に引き込もってしまったのだろうか? 自分の力無さに情けなくなったから、暴力が怖かったから、努力しても報われない人生に嫌気が差したから、そんな事を考えていると自然と僕の指は動き出していた。
僕は想いを言葉にすることが出来ずにいると何の違和感もなくギターを弾き鳴らす癖がついていた。その音はこの世界に響き渡り、その音に合わせて背中でツムギを感じる。ツムギは優しく歌い出していつの間にか僕はそれを追い掛ける。まるで交互に鬼ごっこでもしているかの様に繰り返し、二人の気持ちが混ざり合い音へと変わる。僕とツムギは互いを伝え終えると静かにこの景色と一つになった。そしてツムギは立ち上り
「なんか今の気持ちのまま行きたいね。」
そう言って僕の手を握ってきた。ツムギの手は暖かくて、柔らかくて、エネルギーが伝わってくる。
僕は目を開いた。
目の前にはあの世界と同じままのツムギが微笑んでいた。そして
「おはよう。行こっか。」
そう囁くように言うと立ち上り背中を向けた。僕は上体を起こして立ち上り、ツムギの後ろを追い掛けた。扉を開けたツムギの後に続いて外へ出るとあの世界と同じで暗闇が拡がっていた。喫茶店と道路を挟んだ向かい側の公園で松明の灯りが幾つか見え、その周りには無数の人影が見える。そして微かにギターと歌声が聴こえる。その曲へ導かれる様にツムギは歩いて行く、僕もその後ろを歩き徐々に歌声はハッキリと形を現していった。
「Azamiの声だ。」
僕がそう呟くとツムギは僕の方を振り向いて、淡々と簡潔に今の状況を説明した。そして説明を終えるとツムギは僕の手を握りライブ会場の公園へと歩き出した。ツムギは曲を終えてMCを入れているAzamiへと手を振った。それに気付いたAzamiは
「私達は次の1曲がラストだ。この次に演奏するのはtime writeとツムギだ! それじゃ行くぞ! ワン、ツー、スリー、フォー! 」
と威勢良くカウントを始め、朗次はギターを激しく掻き鳴らし最後の曲が始まった。真っ暗な中でも観客は歓声を上げて、一緒に歌を口ずさむ者もいた。真ん丸とした満月を背にステージで演奏するAzamiと朗次は神秘的な感じがした。まるで神話の場面の様にすら思えた。それに見蕩れていると体格の大きな男と髪の長い女性がツムギと僕のもとへ近付いてきた。体格の大きな男はタクヤと名乗り僕へとギターケースを渡してきた。
僕はギターケースからギターを取り出して調律を始めた。何回も弦の発する音を聞き分けながらコードを取った。それらが終わるとAzamiと朗次は拍手喝采を受けながらステージの上で手を振っていた。僕はAzamiと朗次がステージを降りるのを確認するとツムギへ
「僕が先にステージへ行くからツムギは後から出ておいで。ボーカルってのはそんなものだから。」
そう言ってギターを握り締めたままステージへと向かった。ステージの脇で僕はAzamiと出会し気まずさを感じたが、Azamiは僕の肩をパンッと叩くと笑いながら
「月下契約は解約だが新たな契約と楽しんでこい青年! 」
そう僕を送り出した。僕は息を飲んで月を見上げて深呼吸をするとステージへと掛け上がった。周囲は真っ暗で松明の灯りに照らされた人影がうっすらと見えるだけだ。僕はそれに少し安心するとギターを鳴らした。するとツムギは観客へ手を振りながらステージへと上がって、観客から疎らに拍手が挙がり始めた。ツムギはおとなしそうな風貌からは考えられない大きな声量で
「ずっと夜で、ずっと電気もなくて、不安な日々だけどさ。それでも私達は楽しめるんだよ。それじゃ行きます!」
僕はツムギの台詞に合わせてギターの弦を弾いた。静かなイントロから入り徐々に強くなる曲を始めるとツムギは大きく息を吸い静かに歌い始めた。観客は静まり月明かりの下で僕のギターの音とツムギの優しい歌声だけが響き周りの景色へと染み込んでいく。それはまるで暗闇で色を失った世界が彩りを取り戻していく様であった。
感じる。
ステージ上で歌うツムギの呼吸。
ステージ脇のAzamiや朗次の心拍。
公園に居る観客の鼓動。
木々や風や海の命を。
僕は音を通して全てと繋がっていく。そしてそれをツムギの歌声が紡いで世界がどんどんと編み込まれていく。色合いを取り戻した世界が拡がっていく。
僕達の後ろに在る黄金色に輝く満月が歌声に削られて降り注いでいる。それからサビヘと入る時にピックを握る指先へ力を入れて掻き鳴らした。するとツムギは身体の中の空気を全て吐き出す様に声で夜空を切り裂いた。その衝撃で月は花火のように弾けて、月の欠片は細かく砕けて、それは八月の夕立ちみたいに僕達へと落ちてくる。
頭へとポツポツと
指先へポツポツと
靴先へとポツポツと
ツムギへとポツポツと
観客へポツポツと
月の光りに濡れそぼり、うっすらとみんなが黄金色に輝いている。僕はツムギへ目を向けるとツムギは笑顔を僕の方へと向けた。そして
「今この時を、今のままにやりましょ。」
と呟いた。僕はツムギへと頷いて今の気持ちを弾き始めた。夜空が明けて月が弾ける様なフレーズを弾き始めた。それを感じたツムギは
「次の曲いくよー! それじゃいくよ!『月に濡つ僕達は』!」
僕はそれからどんな曲をやったのか覚えていない。ツムギがどんな詩をどんな歌いかたをしたのかも。ただ指先と肌に気持ち良かった感覚だけが残っている。夜空が裂けて月が弾けたような感覚だけが。
僕はずっと自分の世界で作り上げた妄想と一緒に遊んでいたのだろうか。ただ心地好い感覚だけが残り、僕は今居る世界が妄想でも現実でもどうでも良くなっていた。微かに感じる冷たいコンクリートの感触、頬が砂粒でざらざらする。僕は防波堤のコンクリートブロックの上で寝返りを打った。夜空は白んでいき朝日が水平線を昇って山々を色付けていく。
全ては幻覚だったのだろうか。Azamiもツムギも、朗次やタクヤも観客も僕の世界の中での。僕は少し感傷に似た気持ちに頬を擽られながら横になって水平線より顔を出す太陽を眺めた。何もかもが美しいのにポッカリと穴の空いた心で。
「time writeくん。いえサトルくん。楽しかったね。」
そう言ってツムギが僕の頭をソッと撫でた。柔らかくて優しくて、僕は説明の出来ない涙が溢れた。
僕も君も。
月に濡れた世界を朝日が照らし輝かせた。
ただただここまで読んでくださりありがとうございました!
感謝です!
次回作もご期待ください!




