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41話 タイルの空と月の下




 一歩一歩、足を動かして前へと進んだ。彼が弾いているであろうギターの音は少しずつ大きくなっていく。その音が大きくなればなる程に鼓動は強くなっていく。ずっと暗闇の中で見る事のなかった彼に、time writeに出会うのだ。緊張しない方がおかしいのだと言い聞かせて一歩一歩。


 私は灯台へと辿り着いた。月明かりに照らされた灯台の下に彼のギターと歌声が聴こえてくる。


「灯台の向こうに君は居るんだね。」


そう呟くと意を決して私は灯台の周りをゆっくりと歩いた。相変わらず彼の歌声は心地好く私の全身を包み込んでいく。優しいのだ。きっと彼自身の優しさが音となって溢れているのだ。そう思うと私は自然と全身を覆っていた緊張がほどけて、彼が逃げ出さない様に早足で堤防のコンクリートブロックへと近付いた。


 月明かりがキラキラと輝く光の粒となり降り注ぎ、その中で彼がギターを弾いている。不思議な事に私の足音がしないので、私はゆっくりと海へと向かいギターを弾く彼の背中へと近付いた。手を伸ばせば届くぐらいに近付いて立ち止まり息を飲んだ。そして



「すみません。さっきから貴方の歌声を聴いていました。真っ暗な中で引き寄せられて。」



初めて彼に出会った時の言葉を掛けた。彼はギターを弾く手を止めて


「何でここに居るんだ。帰れよ。ここは僕だけの場所なんだ。帰ってくれ! 」


そう冷たく、重く、威嚇する様に私に言った。私は少し息を吸って


「こんな素敵なギターと歌を奏でて寄ってこないでは無いでしょ。安心して私は聴いているだけだよ。」


私はゆっくりと彼に背中合わせでコンクリートブロックへ座り星空を見上げながら黙った。彼が息を吸ったのが背中から感じる。彼は何か話すと思った。


「やめてくれよ。僕はもう人前じゃ音楽はやりたくないんだ。」


「うん。解るよ。」


「解るんだったら帰ってくれよ。僕は逃げたんだ。そんな僕になんの用だよ。」


「うん。君と会いたかったの。」


「会ったって仕方ないだろ。こんな僕みたいな負け犬に...... 君がいくら望んだって演奏はしないよ。」


「うん。いいよ。」


「ふざけるなよ。演奏しないんだから帰れよ。もう人と会いたく無いんだよ。そもそも君は誰なんだよ。僕は君を知らない。何が目的なんだよ気持ち悪い。」


「あっ、そうだよね。私、君が好きなの。好き過ぎて自分の説明するの忘れてた。私のことは知らないんだよね。あのね色々とあったのよ。Azamiさんと会ったり、朗次さんと会ったりさ。」


「...... Azamiさんと会ったの? 」


「うん。会ったよ。綺麗な人で気丈で優しかった。」


私のその言葉でtime writeは少し黙った。そして少し時間が経つと時と指をもて余してポロンとギターを鳴らした。そして少しギター弾き始めて私はそんな彼の音に耳を傾けてリズムを取った。するとギターを弾くのを止めて


「Azamiさん怒ってた? 」


そうおずおずと私に訊ねた。私は即座に


「うん。怒ってた。」


「そうだよね...... 」


そしてまたギターを弾き始めた。それは彼の動画を見ていた私の知っている曲だった。彼のメロディに合わせてリズムを取りイントロダクションからAメロに入る。その時に私はその歌を唄った。驚いたのかtime writeのギターが少しもたついたので背中をグッと押し当てながら同じテンポのままで歌い続けた。するとtime writeはリズムを取り戻してギターを弾き続けた。


 私は背中で私の歌に合わせてリズムを取っているのが伝わった。私はそれが嬉しくてサビに入る所で力が入りボリュームを上げた。それに合わせてギターの音量も上がる。私が彼のギターメロディに合わせて、彼が私の声量に合わせて二人でリズムを取って、シンクロしながら所々で私とtime writeは一つになり、離れてはまた一つになり。緩やかに繰り返しながら私とtime writeは一曲終えてしまった。少し余韻に浸りながら月を見上げて深く息を吐いた。


「これ新曲だったのによく歌えたね。」


「たくさん練習したから。最初は何回も動画を見ながら練習していたけど電気も使えなくなってたから歌詞をノートへ書き写したりして、Azamiさんにも手伝ってもらって。それで私は君と、time writeとこれからライブをやれって話しになったの。」


「えっ? ライブ? なんで? 」


「君が引き込もっている間に色々有ったの! 」


「色々って...... 」


「色々あったのよ。全部聞く? そうだその前に自己紹介しないと。」


そう言って振り返ろうとするとtime writeは私の背中に背中をグッと押し当て


「ちょっと待って振り返らないで。」


そう慌てて静止したので、私はため息を吐きながら


「わかったわよ。このままするわよ。私はツムギ。糸島(いとしま)(つむぎ)、すぐ近くの大学へ通っているの。生まれは少し離れた田舎町でね。山に囲まれていて海が無かったから海が珍しくて好きなの。」


「ツムギさんか。僕も海が好きです。海の近くで育ったけど。それで何で音楽を? 」


「あの日、これと同じ灯台の下で君の歌を聴いて気持ち良かったからずっと探していたの。君と君の音楽を。そうしたら動画でtime writeを見付けて、そして近くの喫茶店で朗次さんを知って、それからAzamiさんの存在を知って偶然出会ったのよ。隣町にサオリに会いに行ってたら偶然に、あっ、サオリは私の親友で凄く綺麗なのよ。後で紹介するね。」


「なんか解ったような、解らないような。」


そう言うとtime writeはまたギターを鳴らし始めた。私はその歌が理解出来たのでゆっくりとギターへ合わせて歌い始めた。バラード調の歌だったので壊さないように優しく包み込む様に歌い始めた。空を見上げながら。するとさっきまで無表情に輝いていた夜空の星々は息をするように瞬き少しずつ動き始めた。月もゆっくりと移動を始めて緩やかに空はタイル状にポロポロと剥がれ、少しずつ明るい色の空が見え始めてきた。


 月は動く度にすり減る様に光の粉を私とtime writeへ降り注がせて、私達へと触れるとまるで雪の様に光を染み込ませた。私達は月の明かりに濡れながら二人の音を震わせて一つになり薄暗い中でぼんやりと輝いた。まるで心で話し合う様に二人で。



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