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39話 夜と朝食




 私達は海辺の喫茶店『マリールー』へと到着するとサトルとタクヤを繋いだ包帯を解いた。そして荷台から落ちない様に支えていると、タクヤが横からサトルの身体を抱き抱え


「コイツは俺が運ぶから紬ちゃんはそこのドアを開けてくれ。」


私は急いで喫茶店のドアを開けてタクヤとサトルを喫茶店の中へと誘導した。


「お帰りなさい。」


と朗次が私達を迎えてくれた。喫茶店の中にはたくさんのオイルランプや蝋燭で明かりが灯されていて少し温かかった。朗次はタクヤの近くへ寄ると抱かれたサトルの顔を見て


「そうか君だったのかtime write君は。どうりで上手い筈だよ。あの頃から君は音楽を辞めて無かったんだな。」


そう優しい顔でサトルの頭を軽く撫でた。そして頬を触ると


「冷えているな。食事も摂らずに寝ているのか。」


そう言ってカウンターの奥の部屋へと入って行った。タクヤはサトルを何処へ置こうかと周りをキョロキョロと見ている事に気付いた私はカウンター席の椅子を揃えて並べて


「タクヤくんここなら寝かせられるよ。ここにサトル君を寝かせなよ。疲れたでしょ? 本当にありがとう。」


タクヤはサトルを優しくソッと並べた椅子へと寝かせた。すると奥の部屋から朗次は毛布を持ってきてサトルへと掛けてあげた。そしてその隣へテーブルと椅子を運び


「Azamiとサオリちゃんはもう少しすれば帰って来るだろうから、君達はそこで休んでください。」


朗次はそう言ってカウンターでコーヒーを淹れて私達の前へとカップを置いた。私はコーヒーをひと口飲むと今までの状況で硬くなっていた体と気持ちが解れ、力が抜けてテーブルへうつ伏せに身を倒した。タクヤも疲れが溜まっていたらしくコーヒーを飲むと腕組みをしたまま寝息を立て始め、私もその音を聴きながらいつの間にか寝てしまっていた。


 ただ只管夜の世界で電気も無ければ時間も判らないが、10km以上離れた隣町へと歩いて往復してtime writeを探したりとしているので丸一日近く動いていたのだ。


 私はテーブルにうつ伏せのまま意識が戻り、柔らかいギターの音色が響いている。その音に目をゆっくりと開くと、オイルランプの柔らかい明かりに照らされた店内の家具がボヤけて映った。すると私の右手へ温かいおしぼりが手渡され


「ほら。ツムギ君、そのおしぼりで顔を拭くんだ。女子がヨダレを垂らしているのはどうかと思うぞ。」


そうAzamiの声が聴こえた。私は慌てて左手で自分の顔を触ると冷たく濡れていたので、この事かとおしぼりで顔を拭いてその後にテーブルも拭いておしぼりを畳んだ。そんな私を見ていたAzamiはサトルの方を見て


「君達は頑張ったな。意識の無い人間を連れてひと山越えるのは中々の苦行だったろう。間違いないコイツがtime writeだ。」


私はそのAzamiの言葉で一つの不安が解決した。自信を持って連れてきたは言いが、サトルがtime writeだとの確証は無かったがAzamiのお陰で確認できて私は少し安心した。私は椅子に座ったまま背伸びをしながら周りを見渡した。相変わらず窓の外は暗く夜が続いているのに辟易しながら立ち上がった。気付けばタクヤの隣へ椅子を置いてサオリが眠りに着いていた。Azamiはそんな私へ


「実際こうも時間も確認できずに夜が続く中でライブを開こうにも開始時間が決められないものだな。それでも君はライブがやりたいのだろう? ツムギ君。」


「はい。私はtime writeの隣で歌ってみたいです。」


「そうだな君ならそう答えると思ったよ。とりあえず今はゆっくりと休もう。流石の私も今回は疲れた。」


Azamiはそう言うと別のテーブル席へと移動してうつ伏せに眠りへ着いた。私は、いや私達はこのいつまでも夜の中で色んな感覚を失っていた。朝が来ないことで生活のリズムは無くなり、ただ本能に従い動くしかなかった。私は静かな店内で一人起きたが、他には誰も居ないのでまた席へと着いて気付けばもう一度寝ていた。


 何度か起きたがその度に誰も起きて居ないので、引き続き寝たりしたが三回程繰り返したところで店内には甘い香りが漂っていてそのタイミングで私は目を覚ました。よくよく考えると昨日から私達は何も食べていなかったのでお腹が空いて目が覚めたのだ。気付けば店内の良い香りにタクヤとサオリも、Azamiも目を覚ましていた。ただ一人サトルだけは寝続けていた。朗次は私達のテーブルへ焼いたトーストとジャムを並べた。


 そして朗次は大皿へ何か色々乗せた物を運んで私達は夜の中で朝食を取り始めた。薄暗くて判り難いがオムレツやソーセージやブロッコリーを湯掻いた物が乗っているようで、私はトーストへマーマレードジャムを塗ってひと口噛った。甘くて苦い柑橘類の味が何故か私を朝の気分にさせてくれ、そこへ朗次はコンソメスープを私達の所へ置き


「本当はtime write君も何か食事を取った方が良いのでしょうが難しいでしょうね。」


といつまで寝ているサトルの方を向いて呟いた。私も正直、ずっと寝ているサトルは食事を取っていない事は心配であった。私は


「time writeの口の中にスープ入れたら飲んでくれるかな? 」


そう言うと皆スープを吹き出し、タクヤが


「紬ちゃん! そんな事したら気管に入って死んじゃうよ! 」


と突っ込みを入れた事で私は冷静になった。Azamiはトーストをスープへ浸しながら口へ運び、サオリはスープを口にしている。朗次は椅子を持ってきて一緒に食事を取り始め、大皿のソーセージをトーストの上に2本並べてケチャップを掛けて丸めていた。お腹が空いていた事もあり無言で食事を進めていたが、私はその事に疑問を持ち


「こんなずっと夜の中でもライブって出来るんですか? 」


そう誰と無く尋ねるとAzamiがスープへ浸したトーストを食べながら


「アコースティックでならどんな所でも出来るさ。しかしこんな状況だとスズモトさんは参加出来ないだろうがな。」


そして朗次が


「形としてはどうとでも出来ますが、問題は開始時刻を謳えないことですね。それも早くやらないとtime write君の体調が心配ですね。」


そう言った。私は朗次のその言葉で不安な気持ちになっていた。どうにかしてサトルを起こさないと生きていける筈がないと思ったからだ。



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