38話 坂と休憩、キスと魔法
time writeを引き摺り歩く私に気圧されて、母親とタクヤは固まっていた。私はズリズリと一歩ずつ歩いて
「タクヤくん手伝って。」
そう言うとタクヤは慌ててtime writeを背負って
「無茶するよな。」
と余裕で歩き始めた。母親は何かを思い私へ
「サトルは中学生の時に虐めに遇ってずっと引きこもっていたの。それがやっと外に出掛ける様になったの。それなのにまた昔の虐めていた子に暴力を振るわれてまた落ち込んでいたの。そんなサトルを連れ出して貴女は何が出来るの? 」
そう目を見詰めながら訊ねた。私は何故だかそれが自分を認識してくれた様に感じて素直に答えた。
「お母さん。私は彼が好きなんです。だから信じてください。お騒がせしてすみません。」
と頭を下げてtime writeを抱えたタクヤと共に階段を降りて行く私を母親は黙って私達を見送っていた。そして夜のままの外へと出てタクヤはtime writeを自転車の荷台へ座らせると私に厚手の包帯を渡して
「紬ちゃん。これ固定用の包帯。俺も自転車に乗るから彼を落ちない様に俺へと括り付けてくれ。」
自転車へと乗り、私は言われた通りに彼とタクヤを包帯で縛り付けた。するとタクヤは自転車に跨がったまま歩き出して私はその隣でtime writeを支えながら一緒に歩いた。流石に意識の無い人間を連れての長距離移動は困難を窮めて私は何度もtime writeを起こそうと試みたが一向に反応は無かった。
「ねえタクヤくん。彼は何で起きないのかな? 」
「えっ? 俺が聞きたいよ。意識を失ったとしてもこれだけの衝撃を受けていれば気付くはずなんだから。」
そんな愚痴も溢しながら私達は山道へと歩いて行った。流石に人を乗せて動くと体力の有るタクヤでもキツそうにしていたので、私も微力ながら自転車の後ろを押しながら歩いた。私はそんな辛い中でもtime writeが目を覚まさない理由を考えていた。これだけ動いても目を覚まさないのは睡眠で無く、気絶でも無いのだとするなら何なのかと考えた。私はきっと意識的に意識を閉ざしているのだと言う考えに至った。彼は意識は有るのだが、この世界を無視し続けているのだと。
汗を流しながら、私達は山道を登り終えると次は下り坂であった。普通ならば下り坂は楽であるが、後ろに意識の無いtime writeを連れて移動するとなるとタクヤにとっては大変な事であった。常にブレーキを握りながら足ではスピードが出ない様に踏ん張りながら進んでいるので辛そうにしていたが、タクヤは私へ気を使い笑顔でいた。そんな私は心の中でタクヤへ感謝した。
真っ暗な上に木々に囲まれた山道を歩いていると月明かりも届かずに困難であった。時々ある何かを踏んだ感触や、腕に当たる草や枝の感触に驚きながらも私達は道を進んだ。しかし途中でタクヤも疲れたらしく一度包帯を解いて平場で休憩をした。
そこは木々もなく開けた場所で、暗くてよく解らないが駐車場の様であった。まだ意識の戻らないtime writeを横に寝かせて私達も車の歯止めへと座り込んだ。タクヤは荒れた呼吸を調えながら
「あと、もう少しなんだけどね。ちょっと休もう。」
そう言った。私は息を大きく吸い込んで空を見上げ
「うん。私も限界だった。ありがとう。」
と答えた。空には鏡の様に光り輝く月が山や木々を青く照らして、その周りを星々が小さく瞬いている。私は横に寝かされたtime writeの隣へ寝転がり、月へ向かって手を伸ばし
「月も恋も手が届きそうで届かないものなんだねぇ。」
そう呟いていると、それを見ていたタクヤは笑いながら
「もう少しなんだよ。試合終了まで勝利を信じた奴が勝利を掴むんだ。俺だって不釣り合いに美人なサオリと付き合えたんだから。頑張って叩き起こしてちゃんと伝えないと。」
私はそんなタクヤを見て、本当にこの人は強くて優しいのだと知った。こんな暗闇で何も使えない不便な状況であるのに、私の事を気遣って励ましているのだから。そしてそれはサオリを愛しているからその友達である私の為にここまで尽力してくれている。私はそんなタクヤが友達の彼氏であることが嬉しくて、自然と笑みが溢れ
「タクヤくんありがとう。タクヤくんがサオリの彼氏で嬉しいよ。」
素直にそう言うと、タクヤは照れ臭そうにして立ち上り背伸びをして一人で遠くへ離れていった。残された私は隣で横になるtime writeの方に目を向けた。月に照らされた彼の顔は透き通る様に美しく私の胸は音を立て、そっと手を伸ばして頬に触れた。
「ねえ、聴こえてる? 君ってサトルって言うんだね。私は紬って言うの。」
そう言うと私は上体を起こして上からサトルの顔を覗き込んだ。美しい寝顔のサトルを眺めていると、ふと唇へと目が移った。もしも私が眠ったままのサトルと口付けを交わせば目を覚ましてくれるかもしれない。と子供の時に読んだ絵本の様な事を考えて私は顔を近付けていった。
「よし! 紬ちゃん、そろそろ帰ろうか。今が何時か判んないし。」
と突然タクヤが戻ってきて、口付けをしようとしていた私は慌てて飛び起き
「そ、そうだよね。みんな待ってるし急がないとね。」
私は何事も無かったかのようにタクヤ返事をすると、名残惜し気にサトルの手を掴んで引き起こし自転車の荷台へと運んだ。そして始めの様にタクヤへと包帯で結んで私達はまた海辺の喫茶店へと向けて歩きだした。
それから数分歩いて山道を降りると、木々は無くなり私の住んでいる海辺の町が見えてきた。汽車であれば数分間の距離なのに歩いて向かうだけで数時間掛かる事に不便さを実感しながらも、久し振りに感じた自分の町を愛しく思った。あと少しで海辺の喫茶店へと辿り着く距離になったところで私は安心と不安に駆られ始めた。
目的のtime writeを連れて来る事はできたけれど、彼が目を覚ます保証は無くて、それでも朗次とAzamiはライブの準備を進めている。こんな電気も無い夜が続く世界でどの様なライブになるのか想像も付かないが、time writeが目を覚まさなければ話しにならない。私はそんな気持ちの中でサトルの手を握り、目を覚ましてと願いを込めていた。それでも目を覚まさないサトルの顔を見ながら。




